オキシトシン治療で表情が豊かに?―自閉スペクトラム症の改善効果とその経時変化―

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2019-05-17 浜松医科大学,日本医療研究開発機構

概要

オキシトシン(用語解説1)によって、現在は治療が困難な自閉スペクトラム症(用語解説2)の中核症状が治療出来るようになることが期待されています。しかし、単回投与では、これまで一貫して改善効果を報告してきた一方で、反復投与では、改善したという報告もあれば改善を認めなかったとする報告もあり、結果が食い違っていました。その理由として、オキシトシンは反復投与すると効果の強さが変化するのではないかと疑われましたが、自閉スペクトラム症の症状を繰り返して評価できるような客観的な方法がなかったので、この疑問を確かめることが出来ませんでした。

浜松医科大学精神医学講座の山末英典教授は、東京大学大学院医学系研究科の大和田啓峰医師らと、この疑問を解決するために、自閉スペクトラム症の中核症状を数値化して客観的に評価できる方法を開発しました。これまでに山末教授らが実施した2つの別個の医師主導臨床試験(用語解説3)の際に、6週間毎日2回のオキシトシンまたはプラセボ(用語解説4)の経鼻剤を反復投与した前後で、被験者が面接者と決まった対人的なやりとりを行う様子を撮影した動画から、表情の定量解析を行いました(図1)。もともと、自閉スペクトラム症の方の表情は、そうでない定型発達者と比較し、対人的なやりとりの際に中立表情(用語解説5)が目立つ上に変化しにくく、笑顔も表れづらいという特徴が見出されていました。それに対してオキシトシンの投与を受けると、どちらの臨床試験でも、プラセボに比べて、この中立表情の変化のしにくさが緩和されました(図2, 3)。さらに、このオキシトシンによる改善効果は、投与を繰返していくと時間と共に変化していました。投与開始から2週間後には効果(効果量d=-0.53)(用語解説6)が比較的強く、4週後(d=-0.41)から6週後(d=-0.41)には弱まりましたが、6週間の投与を終了してから2週間経った時点では再び効果が強く表れました(d=-1.24)(図3)。

今回の研究によって、自閉スペクトラム症の方の表情の特徴がオキシトシンの投与で改善することが再現性をもって検証されました。さらにこの改善効果は時間と共に変化することが分かりました。これによって、オキシトシンによる自閉スペクトラム症の治療が最適化され開発が進むことが期待されます。

なお、本研究は、文部科学省「脳科学研究戦略推進プログラム」の「精神・神経疾患の克服を目指す脳科学研究(課題F):発達障害研究チーム(拠点長:名古屋大学・尾崎紀夫教授)」と国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)脳科学研究戦略推進プログラム『臨床と基礎研究の連携強化による精神・神経疾患の克服(融合脳):発達障害・統合失調症研究チーム(チーム長:浜松医科大学・山末英典教授)』の一環として行われました。

これらの成果は、英科学誌「ブレイン(Brain)」に、日本時間5月17日(金)午前7時に公表されます。

研究の背景

自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder: ASD)は、100人に1人以上の割合で出現する頻度の高い発達障害です。社会的コミュニケーション障害と常同行動・限定的興味という中核症状は、2-3歳で明らかになり一生涯続きますが、これらの中核症状に対して有効な治療薬は無く、その医療上の必要性は世界的に大きなものとなっています。現状では、これらの中核症状については、改善を期待するよりも、行動や感じ方のパターンの特徴として捉えて、その特徴にあった対処方法を身につけることが対応の主流になっています。そのため、中核症状が短期間で変化することは想定されておらず、中核症状を繰り返し客観的に評価できる方法もない状況でした。

研究代表者の山末教授らは、ASDの中核症状に対する治療薬の候補として、オキシトシン経鼻剤の有効性や安全性を検討してきました(JAMA Psychiatry 2014; Brain 2014; Molecular Psychiatry 2015; Brain 2015)。欧米でも行われてきた研究と山末教授らの研究を統合してみると、オキシトシンの社会的コミュニケーションの障害への効果は、単回投与では有効だったと一貫して報告されている一方、反復投与では、効果がなかった、あるいは山末教授らの研究のように、副次評価項目で効果を示したものの、主要評価項目に対しては有効性が見られなかった(Molecular Psychiatry 2018a)などと報告されており、結果が異なっています。この結果が食い違う理由として、評価方法の客観性が不十分であること、反復投与することでオキシトシンの効果が減衰すること(Molecular Psychiatry 2018b)、などが疑われていました。

研究の成果

本研究では、これまでに山末教授が責任研究者として実施した、それぞれ20名(最終的な解析対象は18名)および106名(最終的な解析対象は103名)のASDの当事者が参加した2つの別個の医師主導臨床試験の際に、6週間毎日2回のオキシトシンまたはプラセボを経鼻投与した前後で、対人場面におけるやりとりの様子を記録した動画のコマ毎に、表情の自動的な定量解析を行いました(図1)。これによって、本研究では、表情解析の客観性と定量性の高さを活かすことでオキシトシンの有効性を確認すること、表情解析の繰り返し使用できる特徴を活かして時間と共にオキシトシンの効果が減衰するかどうかを明らかにすることを目的としました。

事前に精神障害のない定型発達者と比較し、ASDの方の表情には、対人場面での中立表情が明瞭かつ変化しにくく、笑顔も表れにくい特徴があることを見出していました(PLOS ONE 2018)。この特徴に注目すると、オキシトシンを6週間投与すると、別々に行った2つの臨床試験で一貫して、プラセボ投与よりも、中立表情の変化のしにくさを表す数値が改善していました(図2, 3)。すなわち、20名の臨床試験で示されたオキシトシンの効果を106名の臨床試験でも確認することに成功しました。さらに、2週間おきに効果を検討していた106名の臨床試験データで検討すると、このオキシトシンによる改善効果は、時間と共に変化していました。すなわち、投与開始2週間後に認められた改善効果(効果量d=-0.53)は、投与開始4週後(d=-0.41)や6週後(d=-0.41)には弱まっていました。この投与期間中の効果の減衰には、反復投与で誘発されたオキシトシンの受容体の低下調節などのメカニズムが関係しているのかもしれません。一方で、6週間の投与を終了した後さらに2週間経つと、改善効果は再び強くなっていました(d=-1.24)(図3)。この投与終了後の効果の回復は、効果減衰のメカニズムから一旦解放されたことによるのかもしれません。

今後の展開

現在、山末教授は、帝人ファーマ社と共同して改良した新規オキシトシン経鼻剤をASD中核症状の治療薬として実用化するために、国立大学法人北海道大学、東北大学、東京大学、名古屋大学、大阪大学、九州大学と共同して、医師主導治験を行っています。この医師主導治験では、今回示した反復投与による効果減衰を回避するための投与方法の改良をテストしています(AMED治験推進事業)。このように本研究成果は、ASD中核症状に対する治療薬としてオキシトシン経鼻剤を開発する上で、有効性を最大限にする最適化した投与方法を見いだす事につながると期待されます。また将来的には、反復投与による効果減弱を示したことで、この効果減弱が起きるメカニズムの解明の取り組みが活発になること、さらには改良した治療薬の開発につながることが期待されます。

参考図


図1.研究の概要

A)6週間のオキシトシン投与期間と6週間のプラセボ投与期間を前半後半で組み合わせて比較した、20名が参加した臨床試験で、参加者はオキシトシンの投与とプラセボの投与を両方受けました。最終的には、オキシトシン投与の後にプラセボ投与を受けた9名とプラセボ投与の後にオキシトシン投与を受けた9名がいました。この際に、投与開始前、前半投与終了時(後半投与開始時)、後半投与終了時の3時点で動画を撮影しました。
B)6週間のオキシトシン投与期間と6週間のプラセボ投与期間を並行して比較した106名の臨床試験で、オキシトシン投与を受けた53名とプラセボ投与を受けた53名に割り振られていました。この際に、投与開始前、投与開始2週後、4週後、6週後、投与終了2週後に動画を撮影しています。
得られた動画からコマ単位で7種類の表情の成分を抽出して数値化する表情解析を行いました。表情の写真は臨床試験参加者のものではありません。


図2.20名の臨床試験における表情の特徴へのオキシトシンの効果

中立表情の変化のしにくさを表す数値の変化量(縦軸)とオキシトシンおよびプラセボの投与効果の関係を示しています。オキシトシン投与では前半6週間も後半6週間も一貫して中立表情の変化のしにくさが減っていますが、プラセボ投与では、変化が一貫していません。全体として、プラセボ投与に比べて、オキシトシン投与では、統計学的有意に中立表情の変化のしにくさが減少していました(P=0.023, d=−0.57; 95% CI, −1.27 to 0.13、一般化推定方程式による)。


図3.106名の臨床試験における表情の特徴へのオキシトシンの効果とその時間経過

中立表情の変化のしにくさを表す数値の変化量(縦軸)とオキシトシンまたはプラセボの投与効果の関係を示しています。全体として、プラセボ投与に比べてオキシトシン投与では、中立表情の変化のしにくさが統計学的有意に減少していました (P<0.001, d=−0.41; 95% CI, −0.62 to −0.20、一般化推定方程式)。さらに、このオキシトシンによる改善効果は、時間と共に変化していました。すなわち、投与開始2週後に認められた改善効果(効果量d=-0.53)は、投与開始4週後(d=-0.41)や6週後(d=-0.41)には弱まり、投与終了後2週間で回復していました(d=-1.24)。

用語解説
1)オキシトシン
脳の下垂体後葉から分泌されるホルモンで、従来は子宮平滑筋収縮作用を介した分娩促進や乳腺の筋線維を収縮させる作用を介した乳汁分泌促進作用が知られていました。しかし一方で男女を問わず脳内にも多くのオキシトシン受容体が分布していることが知られ、脳への未知の作用についても関心が持たれていました。そうした中、健康な大学生などを対象とした研究において、他者と信頼関係を築きやすくする効果などが報告されて注目を集めていました。
2)自閉スペクトラム症(自閉症スペクトラム障害)
従来の自閉症からアスペルガー障害や特定不能の広汎性発達障害までを含む概念です。自閉症的な特性は、重度の知的障害を伴った自閉症から、知的機能の高い自閉症を経由し、自閉スペクトラム症の症状を持ちながらも症状の数が少なく程度も軽い正常範囲の人まで続くスペクトラムを形成するという考えに基づいています。
3)医師主導臨床試験
実際の診療に携わる医師が医学的必要性・重要性に鑑みて、立案・計画して行う臨床試験です。新薬の安全性・有効性を調べ、厚生労働省の承認を得るための臨床試験である、「治験」とは異なります。
4)プラセボ
効果の出る成分を含まない偽薬のことで、効果の出る成分を含む実薬による改善効果と比較することで、服薬によって症状が良くなるという期待から生じる改善効果(プラセボ効果)を差し引いて、薬の効果を客観的に評価するために用いられます。
5)中立表情
顔の表情に現れるとされる基本的な6種類の感情(喜び、悲しみ、怒り、嫌悪、驚き、恐れ)に沿って表情を分類した場合、特定の感情に分類されない表情を指します。
6)効果量(Cohen’s d)
2群の平均にどの程度の差があるか、データの単位や規模に左右されないように標準化したものです。ある現象に対する効果の大きさを表していて、値の絶対値が大きいほど効果の大きさも大きいことを示しています。
論文情報
発表雑誌
BRAIN(ブレイン)
論文タイトル
Quantitative facial expression analysis revealed the efficacy and time-course of oxytocin in autism
著者
(*責任研究者)
Keiho Owada, Takashi Okada, Toshio Munesue, Miho Kuroda, Toru Fujioka, Yota Uno, Kaori Matsumoto, Hitoshi Kuwabara, Daisuke Mori, Yuko Okamoto, Yuko Yoshimura, Yuki Kawakubo, Yuko Arioka, Masaki Kojima, Teruko Yuhi, Walid Yassin, Itaru Kushima, Seico Benner, Nanayo Ogawa, Naoko Kawano, Yosuke Eriguchi, Yukari Uemura, Maeri Yamamoto, Yukiko Kano, Kiyoto Kasai, Haruhiro Higashida, Norio Ozaki, Hirotaka Kosaka, Hidenori Yamasue*
研究グループ

本研究は、浜松医科大学精神医学講座と、東京大学、名古屋大学、福井大学、金沢大学との共同研究で、文部科学省「脳科学研究戦略推進プログラム」の「精神・神経疾患の克服を目指す脳科学研究(課題F):発達障害研究チーム(拠点長:名古屋大学・尾崎紀夫)」および、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)脳科学研究戦略推進プログラム『臨床と基礎研究の連携強化による精神・神経疾患の克服(融合脳):発達障害・統合失調症研究チーム(チーム長:浜松医科大学・山末英典)』の一環として行われました。

本件に関するお問い合わせ先

国立大学法人 浜松医科大学 精神医学講座

国立研究開発法人 日本医療研究開発機構

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