革新的機能性材料開発のためのマルチスケールシミュレーター群を開発

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国内産業による材料開発期間の短縮を目指して開発したシミュレーター群を公開

2019-04-01  産業技術総合研究所

ポイント

  • さまざまな産業用途の機能性材料に対応する九つのマルチスケールシミュレーションプログラム開発
  • 分子スケールから部材スケールまでの広い長さスケールにわたる材料設計が可能
  • シミュレーター群とAI技術の活用による材料開発期間の短縮に期待

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)機能材料コンピュテーショナルデザイン研究センター【研究センター長 浅井 美博】と、先端素材高速開発技術研究組合【理事長 腰塚 國博】(以下「ADMAT」という)は共同で、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構【理事長 石塚 博昭】(以下「NEDO」という)の超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト【プロジェクトリーダー 村山 宣光(産総研 材料・化学領域長/理事)】により、革新的機能性材料の開発支援技術の中核となるマルチスケールシミュレーター群を開発し、一般に公開する(プロジェクト事務局 シミュレーター公開担当:u2m-sim-ml*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。))。

今回のマルチスケールシミュレーター群は、機能性材料に対する理論や手法に基づく計算シミュレーターの開発、拡張、連携により作成され、有機・高分子系の機能性材料を主な対象とする、九つのマルチスケールシミュレーターから構成される。このマルチスケールシミュレーター群とあわせてAI技術やデータ科学を活用することにより、国内産業の材料開発期間が大幅に短縮されると期待される。

なお、詳細は、2019年4月12日に産総研臨海副都心センター(東京都江東区)で開催される「超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト シミュレーター公開説明会」で発表される。

概要図

マルチスケールシミュレーションシステムの適用の例

開発の社会的背景

日本が材料分野での高い競争力を今後も維持・強化していくには、新しい機能性材料を次々に創出していくことが必要である。これまでの材料開発では、技術者が「経験と勘」に基づいて仮説を立て、実験による検証を繰り返すことで最適な構造や組成を求めてきた。しかし、この方法では製品化までに非常に長い時間と高いコストがかかる場合が多い。

一方、計算科学やシミュレーションによる分子設計や材料設計は、医薬、無機材料などさまざまな分野で、新たな創薬基盤や機能材料創成などのために精力的に研究開発されてきた。しかし、有機・高分子系材料は、分子構造だけでは表せないマルチスケールの多階層構造を持ち、それが材料機能を大きく左右するため、計算シミュレーションのアプローチは未確立で、新たなアプローチが望まれていた。

研究の経緯

産総研は、原子・分子からマクロ構造までを俯瞰(ふかん)するマルチスケールシミュレーションの実現を目指し、高効率に機能性材料を設計するための基盤技術の研究開発を行ってきた。従来型の実験的手法に比べ試作回数や開発期間を大幅に短縮できるため最新のAI技術とこれらの成果を融合し、革新的な有機・高分子系材料開発手法の構築を目指している。また、ADMATと産総研は、NEDOの委託事業「超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト」(2016~2021年度)で、計算・プロセス・計測の三位一体による有機・高分子系機能性材料開発の高速化に取り組み、本開発でも支援を受けた。特にプロジェクト前半では、革新的な材料開発基盤の構築に取り組んでおり、その一環としてマルチスケールシミュレーションシステムを開発することとした。

研究の内容

今回開発したマルチスケールシミュレーター群は、有機・高分子材料の構造から機能・物性を予測する。計算シミュレーションの対象となる空間スケールや時間スケールが広範にわたり、予測する機能や物性も多様であり、分子スケールから部材スケールに至る一連の材料開発を一つの計算シミュレーターではカバーできない。そのため、第一原理計算から分子動力学、粗視化シミュレーション、流体解析などの計算シミュレーターを幅広く用いる必要がある。そこで、国内の大学、研究機関や国家プロジェクトで開発された計算シミュレーターを有効活用するため、共同研究により(注1)、これらのシミュレーターの高速化や、目的に応じた機能拡張を行った。さらに、新たに開発した計算シミュレーターを加えて、九つの機能別計算シミュレーターからなるマルチスケールシミュレーター群を開発した(図1)。特に今回開発されたシミュレーター群の主な適用対象は有機・高分子機能材料で、「半導体材料」、「高機能誘電材料」、「高性能高分子材料」、「機能性化成品」、「ナノカーボン材料」などへの適用を想定しており、汎用(はんよう)性に優れる。また既存のシミュレーターでは困難であった機能・物性の予測も実現した。

また、今回開発した計算シミュレーターはすべて公開する。マルチスケールシミュレーター群により材料の組成・構造から機能・物性を予測すると、飛躍的に実験数を削減でき、材料設計開発を加速できると期待される。

図1

図1 開発されたシミュレーター群と想定される適用材料

公開するシミュレーターの概要:
  • 電気・光などのキャリア輸送シミュレーター
    第一原理計算により電気や光などのキャリア輸送特性の予測機能を持つCONQUESTを拡張した。1 μmスケールという大規模なチャネル材料を含んだデバイス系の電圧-電流特性の予測や、ナノ粒子の光学特性の予測が初めて可能になった。
  • 界面原子ダイナミクス・反応シミュレーター
    第一原理計算シミュレーターQuantum Expressoと第一原理-古典力学ハイブリッドシミュレーターHybrideQMCLを拡張した。固液界面(固体と液体の接触面)での化学反応、電極表面の電気化学反応や、金属-有機分子接触面にマクロなずり応力を与える機能などを追加した。
  • モンテカルロフルバンドデバイスシミュレーター
    古典的なボルツマン輸送方程式を、モンテカルロ法により解き、電界に対するドリフト速度(電場の方向または逆方向への移動速度)などの電荷の担体(キャリア)の輸送パラメーターを求めることができるシミュレーターとして開発した。
  • 誘電率などの外場応答物性シミュレーター
    第一原理計算シミュレーターOpenMXを拡張した。例えば誘電率は物質中の電子の状態が寄与する性質であるが、応答の時間的なずれを考慮した複素誘電関数や、光が寄与する光学伝導率の高速計算を初めて可能にした。有機、無機を含む広い物質群に適用できる。
  • 電圧印加粗視化分子動力学シミュレーター
    古典分子動力学シミュレーターOCTA/COGNACとLammpsを拡張した。一定電圧下での分子動力学/粗視化分子動力学の計算ができる。加えて液晶エラストマー(ゴム弾性と液晶性を併せ持つ高分子)など、メソゲン(液晶性を発現させる剛直な構造)を持つ高分子鎖の粗視化分子動力学に対応した機能を追加し、定電圧をかける機能と合わせて、電歪挙動(物質への外部電界によって生じる機械的なひずみ、電気ひずみともいう)の解析などができる。
  • 汎用インターフェース(拡張OCTA)
    OCTAのインターフェース機能を元に、グラフィカル・ユーザー・インターフェースの機能拡張や、画像解析ツール、AI連携ツールを新たに追加し、実験データ、シミュレーションデータを用いたAI解析が容易に行える。
  • フィラー充塡(じゅうてん)系コンポジットシミュレーター
    コロイド分散系(均質な媒体にナノメートルサイズの微粒子や巨大分子が分散している状態)シミュレーターKAPSELを、フィラー充填系ポリマーコンポジット(高分子に無機粒子(フィラー)を混ぜ込んだ複合材料)を取り扱えるように拡張した。せん断流動下での凝集フィラー解砕挙動や、フィラー充填系ポリマーブレンド(複数の高分子を混合した材料)の相分離などを扱える。
  • ナノカーボンコンポジット用シミュレーター
    カーボンナノチューブ、グラフェンなどのナノカーボンと高分子との相互作用を考慮したコンポジット用シミュレーションの機能に加えて、Pythonスクリプト言語による機械学習へのデータ提供を容易にした。
  • 反応性流体シミュレーター
    有限要素法を用い、素反応機構を考慮した複雑形状に適用できるように開発した。熱と化学反応を伴う現象や多孔質構造を考慮した連続体モデルの流体シミュレーションを行える。

(注1)
プロジェクト再委託先としてオリジナルの計算シミュレ-ターの開発者が属する以下の機関と共同研究を行った(順不同):京都大学、東京大学、東北大学、名古屋工業大学、物質・材料研究機構

今後の予定

今後は共同研究者とともに、開発・公開したマルチスケールシミュレーター群の維持・管理を行う。また、産業界で幅広く活用されるよう委託研究や共同研究などによるサポートを進め、国内産業の材料開発に貢献していく。加えて、シミュレーターの出力と、プロセス、計測から得られる多量のデータを合わせて、AI技術(深層学習、機械学習)を用いて、目的に応じた学習セットを構築し、機能・物性予測の速度向上と最適化による材料開発期間短縮につながる環境を構築していく。

用語の説明

◆第一原理計算
計算対象を構成する各元素の種類と、計算対象の構造だけを入力パラメーターとし、調整パラメーターや実験結果を用いないで、シュレディンガー方程式などに基づく基礎方程式を数値的に解いて、計算対象の電子状態を求める計算方法。一度に計算可能な原子数の限界は数千~1万個程度。
◆分子動力学
分子シミュレーション手法のひとつ。原子に働く力に基づき、運動方程式を解いて分子のダイナミクスをシミュレーションする。
◆粗視化シミュレーション
対象を粗く見たモデルによるシミュレーション。分子シミュレーションの場合、複数の原子を一つの単位(粗視化単位)として取り扱うモデルを用いる。
◆キャリア
電気や光を運ぶための担体。たとえば電気のキャリアとしては電子やイオンがあげられる。
◆チャネル材料
デバイスの配線電極間に配置され、電子などのキャリアが流れる部分の材料。
◆ボルツマン輸送方程式
キャリアの輸送現象を表す方程式。キャリアを粒子とし、キャリア間の衝突なども考慮しながら、その位置と速度に関する分布関数の時間変化を計算する。
◆モンテカルロ法
ある過程を予測する際に、現象を記述する方程式を直接解く代わりに、乱数で事象の発生を確率的に取り扱い、多数のシミュレーションを実行して近似解を得る方法の総称。ボルツマン輸送方程式を扱う時にも、キャリア間の衝突に対してモンテカルロ法がよく用いられる。
◆OCTA
NEDOプロジェクト「高機能材料設計プラットフォームの開発」(1998~2002年度、プロジェクトリーダー土井 正男 名古屋大学教授(当時))により開発された高分子材料の汎用シミュレーションソフトウエアである。現在もOCTAユーザーズグループの手により公開されており(http://octa.jp/)多くのユーザーが利用している。
◆Pythonスクリプト言語
高い汎用性を持ったオブジェクト指向型のスクリプト言語であり、さまざまな分野のアプリケーション開発の際に、簡易なコードで高機能なシステムを構築できる高レベル言語である。人工知能関連解析の実装では、事実上Pythonを用いた開発が不可欠である。
◆有限要素法
連続体モデルの数値解析手法の一つ。連続体を小領域(要素)に分割し解く方法。有限差分法に対して要素形状に任意性を持たせることができる。
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