低消費電力の電圧制御磁気メモリの実現に道筋
2019-03-19 理化学研究所
理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター強相関物質研究グループのヴィルモシュ・コーチス特別研究員、田口康二郎グループディレクター、強相関物性研究グループの十倉好紀グループディレクターらの国際共同研究グループ※は、マルチフェロイック物質[1]である六方晶鉄酸化物において、室温近傍で電場による磁化制御に成功しました。
本研究成果は、電圧制御可能な不揮発磁気メモリ[2]など省電力デバイスの実現に向けた研究開発に貢献すると期待できます。
今回、国際共同研究グループは、自発磁化[3]と自発電気分極[4]を同時に有するマルチフェロイック物質である六方晶鉄酸化物Ba0.8Sr1.2Co2Fe11.1Al0.9O22(Ba:バリウム、Sr:ストロンチウム、Co:コバルト、Fe:鉄、Al:アルミニウム、O:酸素)において、物質組成の最適化と高圧酸素アニーリング[5]を行うことにより、マルチフェロイック相を室温以上の450K(177℃)まで安定化し、かつ絶縁性を改善しました。これにより、従来は100K(-173℃)以下の極低温でしか実現されていなかった電場による磁化制御を室温近傍の270K(-3℃)付近で行うことに成功しました。また、室温での電場印加による磁気ドメイン[6]の変化を、磁気力顕微鏡[7]を用いて可視化し、磁気ドメイン構造に関する知見を得ることができました。
本研究は、英国のオンライン科学雑誌『Nature Communications』(3月18日付け)に掲載されました。
※国際共同研究グループ
理化学研究所 創発物性科学研究センター
強相関物質研究グループ
特別研究員 ヴィルモシュ・コーチス(Vilmos Kocsis)
技師 吉川 明子(きっかわ あきこ)
委託研究員(研究当時) 高島 淳矢(たかしま じゅんや)
(日本特殊陶業株式会社 技術開発本部 戦略技術企画部 副主管)
客員研究員 徳永 祐介(とくなが ゆうすけ)
(東京大学大学院 新領域創成科学研究科 准教授)
グループディレクター 田口 康二郎(たぐち やすじろう)
強相関量子構造研究チーム
研究員(研究当時) 中島 多朗(なかじま たろう)
(東京大学大学院 工学系研究科 特任准教授)
客員主管研究員 加倉井 和久(かくらい かずひさ)
(総合科学研究機構(CROSS) 中性子科学センター サイエンスコーディネーター)
チームリーダー 有馬 孝尚(ありま たかひさ)
(東京大学大学院 新領域創成科学研究科 教授)
統合物性科学研究プログラム
動的創発物性研究ユニット
ユニットリーダー 賀川 史敬(かがわ ふみたか)
(東京大学大学院 工学系研究科 准教授)
強相関物性研究グループ
上級技師 金子 良夫(かねこ よしお)
グループディレクター 十倉 好紀(とくら よしのり)
(東京大学大学院 工学系研究科 教授)
米国オークリッジ国立研究所 中性子散乱部門
上級研究員 松田 雅昌(まつだま さあき)
背景
自発磁化と自発電気分極を併せ持つマルチフェロイック物質は、磁場による電気分極制御や、電場による磁化制御などの交差制御が可能であることから、盛んに研究されています。とりわけ、電場による磁化制御は、低消費電力の磁気メモリデバイスへの応用が期待されていることから、大きな関心を集めています。
マルチフェロイック物質は、電気分極と自発磁化が異なる要因によって生じるタイプIと、電気分極が磁気秩序によって誘起されるタイプIIと呼ばれる物質群に分けられ、これまで両方のタイプに属する物質群に対して電場による磁化反転が試みられてきました。
しかし、タイプIでは、電気分極と自発磁化の結合が弱いことから、マルチフェロイック物質とそれとは異なる物質が積層した二重層構造を作る必要があることや、タイプIIではマルチフェロイック相の安定性や試料の絶縁性の問題から、電場による磁化反転が100K(-173℃)以下の極低温でしか実現できないことなどの課題がありました。
研究手法と成果
国際共同研究グループはまず、バリウム(Ba)、ストロンチウム(Sr)、コバルト(Co)、鉄(Fe)、アルミニウム(Al)、酸素(O)からなる六方晶鉄酸化物Ba0.8Sr1.2Co2Fe11.1Al0.9O22の単結晶試料を合成しました。この物質は、タイプIIのマルチフェロイック物質に分類されます(図1a)。
さらに、得られた単結晶試料を10気圧の酸素雰囲気下でアニールすることにより、高電場を加える際に重要となる試料の絶縁性を大幅に改善するとともに、FE3相と呼ばれるマルチフェロイック相を室温よりも高温の450K(177℃)まで安定化することに成功しました。FE3相の磁気構造を図1bに示します。
米国オークリッジ国立研究所において行った中性子散乱[8]実験では、試料に一度も磁場をかけていない場合には、低温から室温(300K、27℃)を超えて450K(177℃)に至るまで、マルチフェロイック相(FE3相、FE2’相)が、自発電気分極を持たない交互縦コニカル相[9](ALC相)、ねじ型らせん磁性相[9](PS相)、フェリ磁性相[9](FiM相)と共存していることが明らかになりました(図2)。また、これらの磁気相が共存していることは、室温で行った磁気力顕微鏡観察でも確認されました。加えて、中性子散乱実験により、図1aで示す試料のab面内に磁場を加え、その後磁場を取り除くと、交互縦コニカル相は消失してマルチフェロイック相に変化し、このマルチフェロイック相が室温でも準安定状態[10]としてほぼ残存することを明らかにしました。
さらに、試料の電気磁気特性を調べたところ、磁場による分極制御と電場による磁化制御が、室温近傍の270K(-3℃)およびこれ以下の幅広い温度領域で可能であることが分かりました。図3に、200K(-73℃)と260K(-13℃)での磁場による分極制御、および電場による磁化制御の振る舞いを示します。また、電場パルスを用いた測定によって、電気分極と磁化がどのように変化するかを同時に測定することによって、270K付近でも両者の結合は保たれていることを示しました。
さらに、室温で磁気力顕微鏡を用いて電場印加前後の磁気ドメインを観察することにより、ドメイン構造の詳細を明らかにし、また電場印可によってドメイン壁が移動し、磁化の変化が生じていることを実証しました(図4)。
今後の期待
今後は、マルチフェロイック相のみが安定に存在して競合する磁気相は共存せず、また分極と磁化の結合がより高温まで保たれるような物質組成を見いだし、さらなる高い温度において電場による磁化制御を実現することが望まれます。また、単一成分からなるマルチフェロイック物質を用いた電圧制御磁気メモリの研究開発が盛んになることが期待できます。
原論文情報
- V. Kocsis, T. Nakajima, M. Matsuda, A. Kikkawa, Y. Kaneko, J. Takashima, K. Kakurai, T. Arima, F. Kagawa, Y. Tokunaga, Y. Tokura, and Y. Taguchi, “Magnetization-polarization cross-control near room temperature in hexaferrite single crystals”, Nature Communications, 10.1038/s41467-019-09205-x
発表者
理化学研究所
創発物性科学研究センター 強相関物質研究グループ
特別研究員 ヴィルモシュ・コーチス(Vilmos Kocsis)
グループディレクター 田口 康二郎(たぐち やすじろう)
創発物性科学研究センター 強相関物性研究グループ
グループディレクター 十倉 好紀(とくら よしのり)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
補足説明
-
-
- マルチフェロイック物質
- 一つの物質で、自発磁化と自発電気分極を合わせ持つ物質のこと。
-
- 不揮発磁気メモリ
- 磁場や電場などの外場を取り除いても、0、1に相当する巨視的な状態が消失しないで残存する、磁気的なメモリのこと。
-
- 自発磁化
- 物質中の電子は、スピンと呼ばれる小さな磁石に相当する性質を持っている。物質に磁場をかけると、このスピンの向きがそろうことによって、巨視的な磁化を持つようになる。通常の磁石とは、外から磁場をかけなくても自発的に物質内の電子スピンが揃って巨視的な磁化をもっている物質であり、自発的にそろっている磁化のことを自発磁化と呼ぶ。
-
- 電気分極
- 物質中では、正の電荷と負の電荷(電子)があり、多くの物質では正電荷の重心と負電荷の重心が一致している。ところが、特定の物質では、正電荷と負電荷の間で偏りが生じ、それらの重心が異なる場合がある。この状態を、電気分極が生じた状態と呼ぶ。一般的に、絶縁体に電場をかけると電気分極が生じるが、強誘電体と呼ばれる物質群では、電場をかけずに電気分極が生じており、これを自発電気分極、または自発分極と呼ぶ。
-
- 高圧酸素アニーリング
- 物質を合成した後、物質中の歪みを緩和したり、酸素量を調整したりする目的で、物質を高温状態に長時間保つことを、アニールと呼ぶ。アニールを行う際、物質の周りは、真空状態であったり、不活性ガスであったり、酸素であったりするが、今回の場合、10気圧という高圧の酸素中でアニールを行った。
-
- 磁気ドメイン
- 強磁性体は自発磁化を有するが、通常、静磁エネルギーを下げるために、自発磁化の向きが異なる多数の領域(分域)に分かれている。この分域のことを磁気ドメインと呼ぶ。
-
- 磁気力顕微鏡
- 磁石で被覆された探針を使って物質の表面を走査して、物質表面からの漏れ磁場と探針の間に働く磁気的相互作用(磁気力)を利用して漏れ磁場を検出することによって、物質の磁気状態を可視化する走査型顕微鏡。
-
- 中性子散乱
- 磁性体中のスピン配列についての情報を得るため、一般的に中性子を使った散乱実験が行われる。中性子は磁気モーメントを持っており、これを磁性体に照射すると、磁性体中のスピンとの相互作用によって、磁性体中で整列したスピンの長さ・整列周期とその向きに応じて散乱されるため、これにより磁性体中のスピンの秩序に関する情報が得られる。
-
- 交互縦コニカル相、ねじ型らせん磁性相、フェリ磁性相
- ねじ型らせん磁性は、回転するスピンが常にある一つの平面上(これをxy平面とする)にあるような配置をとるが、交互縦コニカル相では、このねじ型らせんに加えて、スピンがxy平面からz軸方向に交互に倒れながら回転しているような状態である。フェリ磁性とは、長さの異なる二つのスピンが交互に反対を向いて整列している状態。また全てのスピンを足しあわせるとゼロにはならず、有限の磁化が残る状態でもある。
-
- 準安定状態
- 水を0℃以下まで均一に冷やしても氷にならない場合があるように、真の安定状態ではないものの、あたかも安定であるかのように長い時間存在し続けられる状態を「準安定状態」という。準安定状態の寿命は、低温になるにつれて長くなる。例えば、ダイヤモンドは本来高温高圧でのみ形成される炭素分子状態の一種であるが、急冷されることにより、準安定状態として室温常圧でも非常に長寿命で存在することができる。
図1 六方晶鉄酸化物の結晶構造(a)とFE3相の磁気構造(b)の模式図
(a) Ba0.8Sr1.2Co2Fe11.1Al0.9O22の結晶構造。オレンジの球がバリウム/ストロンチウム、赤の球が酸素、緑で示された4面体または8面体に囲まれた位置に鉄/コバルト/アルミニウムが入る。
(b) FE3相と呼ばれるマルチフェロイック相の磁気構造。磁気構造は、いくつかのスピンをまとめたブロックスピンSLとSS(青色矢印)によって表されている。また、磁気単位格子あたりで足し合わせた磁化(M、緑色矢印)と電気分極(P、赤色矢印)の方向が示されている。
図2 六方晶鉄酸化物の磁化の温度変化と中性子磁気散乱による磁気相図
上パネルは中性子磁気散乱によって同定された磁気相図、下パネルが磁化の温度変化を示す。横軸は上下パネルで共通になっている。ALC、PS、FiM、PMは、それぞれ交互縦コニカル相、ねじ型らせん磁気相、フェリ磁性相、常磁性相を表し、FE2’、FE3はマルチフェロイック相。FE3相が電場による磁化制御に重要な役割を果たしている。FE3相は、450K(177℃)の高温まで、共存状態で存在している。TC1、TC2、TC3はそれぞれフェリ磁性相、ねじ型らせん磁気相、交互縦コニカル相への転移温度を示す。下パネルの紫線、黄線は、それぞれ100ガウスの磁場をc軸に垂直、平行にかけた場合の磁化を示す。黄線は、見やすくするために、磁化の値を5倍してプロットしてある。
図3 磁場印加による電気分極の変化(a)と電場印加による磁化の変化(b)
上側パネルは200K(-73℃)、下側パネルは260K(-13℃)におけるデータ。260Kにおいても、電場による磁化の反転が実現していることが分かる。(a),(b)内の赤色矢印、緑色矢印は、それぞれ、磁場および電場の掃引方向を表し、パネル内の点線は縦軸および横軸のゼロ点を示している。
図4 電場による磁化制御の模式図
赤色、青色はそれぞれ上向き、下向き磁化(M)のドメインを表している。黒矢印のa,cは、結晶のa軸、c軸を表している。それぞれのドメインの中で電気分極(P)の向きは、磁化の向きと90度を保つように結合しており、上向き、下向きの磁化のドメイン同士は互いに逆向きの電気分極を持つ。分極+Pと同じの方向に電場Eを印加した際には、分極+Pのドメインが-Pのドメインより安定になるため、ドメイン壁(DW)が赤矢印のように移動し、+Pドメインの領域が増大する。これに伴い、上向きの磁気ドメインの領域が増大して、試料全体の磁化が変化する。左右では、赤色ドメインと青色ドメインを分けるドメイン壁の入り方が異なっている。