水を電気分解し続けるマンガン触媒の動作条件を発見

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希少元素に依存しない水素製造へ期待

2019-03-19 理化学研究所

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター生体機能触媒研究チームの中村龍平チームリーダー、李愛龍(リ・アイロン)国際プログラム・アソシエイト、大岡英史特別研究員らの国際共同研究チームは、11カ月以上にわたり安定して水を電気分解(電解)するマンガン(Mn)触媒[1]の開発に成功しました。

本研究成果は、クリーンな水素製造技術として注目されている固体高分子型水電解槽[2]への応用が期待できます。

地球上で最も効率よく太陽エネルギーを利用しているのは、植物などの光合成生物です。植物は、水と大気中の二酸化炭素からデンプンなどの有機物を作り出します。このようなプロセスを人工的に再現できれば、脱石油社会の実現につながると期待されるため、「人工光合成」を目指す研究が世界中で加速しています。その実現に向けて重要なのが、水から電子を取り出す水電解反応[3](2H2O→4H+O2+4e)です。しかし、同反応を効率的に行うにはイリジウム(Ir)などの希少金属の触媒が必要であり、豊富に存在する非貴金属を触媒とした場合には、活性が低く、すぐに分解・劣化するという問題がありました。

今回、国際共同研究チームは、鉱物の一種であるガンマ型酸化マンガン[4]を合成し、それを用いて水電解反応の特性を検討しました。水電解反応の可視化技術[5]を用い、触媒の劣化機構を詳細に調べた結果、酸化マンガンが溶出しない反応条件を特定することができました。このことにより、溶出するために使えないと思われていた酸化マンガンを用いても、11カ月以上にわたり安定して水から電子を取り出すことに成功しました。

本研究は、ドイツの科学雑誌『Angewandte Chemie International Edition』のオンライン版(3月14日付け)に掲載されました。

水電解反応による水素製造の概念図の画像

図 水電解反応による水素製造の概念図

※国際共同研究チーム

理化学研究所 環境資源科学研究センター 生体機能触媒研究チーム
チームリーダー 中村 龍平(なかむら りゅうへい)
国際プログラム・アソシエイト 李 愛龍(リ・アイロン)
特別研究員 大岡 英史(おおおか ひでし)

中国科学院 大連化学物理研究所
教授 韓 洪宪(ハン・ホンジョン)

背景

地球上で最も効率よく太陽エネルギーを利用しているのは、植物などの光合成生物です。植物は、雨水や海水など豊富に存在する中性の水と大気中の二酸化炭素からデンプンなどの有機物を作り出します。それにより、ヒトを含めた地球上の生態系が支えられています。

このような植物の仕組みを人工的に再現する試みを「人工光合成」といい、科学者にとって究極的な課題の一つとなっています。特に、化石燃料の大量消費による環境破壊が深刻化するにつれ、環境に優しいエネルギー変換技術としての人工光合成への期待が高まっています。

人工光合成を行うアプローチの一つに、太陽光発電により得られる電力を用いた水電解反応(2H2O→4H+O2+4e)があります。この反応により水から獲得した電子とプロトン(水素イオン)は、水素製造や有機物合成に使うことができます。しかし、水電解反応を行うための触媒として、資源量が少ないイリジウム(Ir)などの希少金属が必要です。一方で、マンガン(Mn)や鉄(Fe)など、自然界に豊富に存在する元素を用いた触媒では活性が低く、すぐに分解・劣化するという問題がありました。

研究手法と成果

国際共同研究チームは、高い耐久性を持つ水電解反応の触媒として、鉱物としても存在するガンマ型の酸化マンガン(MnO2)に着目しました。ガンマ型酸化マンガンは、マンガン乾電池にも利用されている材料です。

まず、ガンマ型酸化マンガンを、熱分解法によりフッ素ドープ酸化スズ電極上に合成しました。得られた電極触媒の構造を電子顕微鏡で観察したところ、原子レベルで大きさが異なる2種類のトンネル構造(1×1と1×2)が粒子中に形成されていることが確認できました(図1)。

次に、得られたガンマ型酸化マンガンを作用電極として用い、水電解反応の特性を評価しました。真水など中性の水を電解すると、プロトン(水素イオン)の生成により溶液のpHが酸性に変化します。このpH変化への耐久性を評価するため、今回の評価はpH2の強酸性環境において行いました。

通常、このような酸性領域で水電解反応を行うと、酸化マンガンはすぐに分解し、溶け出すため、これまで酸化マンガンは、水電解触媒としては利用できないと考えられていました。

国際共同研究チームは、水電解反応の反応経路可視化技術注1,2)を用い、ガンマ型酸化マンガンが水を電気分解するメカニズムを詳細に検討しました。その結果、三電極系[6]において電位を精密に制御することで、ガンマ型マンガン酸化物が劣化せず、安定して水を電気分解できる電圧領域(基準となる可逆水素電極[7]に対して1.6~1.75V)が存在することを見いだしました。そして、この安定電位領域に基づき反応環境を調整することにより、非貴金属系の触媒の中で世界最高の活性(電流密度10mA/cm2の水電解電流を作り出すのに必要な過電圧が489mV)で、水を電気分解できました。

さらに、この触媒は10mA/cm-2の条件において11カ月以上活性を持続することが実証されました(図2黒線)。一方で、安定電位領域からわずか50mV外れた環境で水電解反応を行うと、酸化マンガンはすぐに溶出し、5日後には活性は完全に消失しました(図2赤線)。

また、ガンマ型酸化マンガンを、固体高分子型水電解槽の触媒として用い、水素製造能を評価しました。その結果、安定電位領域において水電解を行うことで、ガンマ型酸化マンガンを用いてもエネルギー変換効率約70%にて、350時間(約15日間)にわたり、真水から水素と酸素を作り出せることを確認しました(図3)。一方で、安定電位から外れた反応条件においては、8時間程度で触媒の劣化が見られました。

注1)2014年6月30日プレスリリース「中性の水から電子を取り出す「人工マンガン触媒」を開発
注2)2017年1月19日プレスリリース「人工マンガン触媒の水分解経路を可視化

今後の期待

鉄やマンガンから作られた水電解触媒は、酸性環境下においてはすぐに溶出する、というのがこれまでの常識でした。従って、本概念は、新たな電極触媒の開発や、最適な反応環境を特定するための新たな戦略になると考えられます。

本成果は、今後さらに活性を高めることで、イリジウムなどの希少元素に依存しない新しい水電解技術の開発につながると期待できます。さらに、太陽電池などで得られる再生エネルギー由来の電力を用いることで、太陽と水から燃料を作り出す人工光合成システムの実現につながると考えられます。

以上は、国際連合が設定した「持続可能な開発目標(SDGs)」のうち、目標7「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」、そして13番目「気候変動に具体的な対策を」に直接的に貢献する研究成果です。

原論文情報
  • Ailong Li, Hideshi Ooka, Nadège Bonnet, Toru Hayashi, Yimeng Sun, Qike Jiang, Can Li, Hongxian Han, and Ryuhei Nakamura, “Stable Potential Windows for Long‐Term Electrocatalysis by Manganese Oxides Under Acidic Conditions”, Angewandte Chemie International Edition, 10.1002/anie.201813361
発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 生体機能触媒研究チーム
チームリーダー 中村 龍平(なかむら りゅうへい)
国際プログラム・アソシエイト 李 愛龍(リ・アイロン)
特別研究員 大岡 英史(おおおか ひでし)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

補足説明
  1. マンガン(Mn)触媒
    光合成生物が行う、水から電子を引き抜き酸素とプロトンを作り出す水分解反応を、人工的に行うための触媒。光合成生物が四つのマンガン原子(Mn)を含む酵素(生体マンガン4核酵素)を用いていることから、マンガンを含む金属酸化物や金属錯体が触媒として検討されている。
  2. 固体高分子型水電解槽
    水を電気分解する際、固体高分子(例えば、ナフィオン)を電解質として用いる手法。特徴としては、真水を基質として用いることができるため、環境負荷が低い水素製造法として期待を集めている。
  3. 水電解反応
    水の電気分解(水電解)とは、正確には水から水素と酸素を作る反応(2H2O→2H2+O2)を指す。この反応は、酸素を生成する陽極反応(2H2O→O2+4H++4e)と、水素を作る陰極反応(2H++2e→H2)に分けられる。つまり水の電気分解とは、陽極において水から電子(e)とプロトン(H+)を引き抜き、陰極でそれらを組み合わせることで水素を作る反応と捉えることができる。陰極材料としてはニッケルやモリブデンなど、非貴金属系で既に優れた材料が開発されているため、今後、水電解による水素製造を実現するためには、陽極材料の開発が重要である。今回合成した酸化マンガン触媒は、この陽極反応を担う材料として有望である。
  4. ガンマ型酸化マンガン
    酸化マンガン(MnO2)の構造の一つ。一般に酸化マンガンは、材料の中に四角形の空洞があり、このトンネル構造により触媒活性が変化する。トンネルの大きさは一つの辺に含まれるマンガン原子の数で表し、ガンマ型は1×1と1×2の二種類のトンネルを持つ。他にも2×2のトンネルのみを持つアルファ型や、1×1のみを持つベータ型酸化マンガンなども存在する。
  5. 水電解反応の可視化技術
    水から電子を引き抜き酸素とプロトンを作り出す水分解反応が、どのように進行しているかを観測する技術。水分子の構造、マンガン触媒の電子状態、構造のゆがみの変化などを、リアルタイムで計測することが可能である。
  6. 三電極系
    本来、正極と負極の二つの電極があれば水電解を行うことは可能である。一方、触媒反応のメカニズムを解析するためには電圧の精密測定が不可欠であり、このため三つ目の電極として参照電極が活用される。参照電極を含めた電極系を三電極系という。一般に、二電極系は工業プロセスで、三電極系は基礎研究で活用されることが多い。
  7. 可逆水素電極
    溶液のプロトン(水素イオン)濃度を考慮に入れた参照電極。三電極系を用いた計測において、触媒となる電極(作用極)電位の基準点を与える。

電極上に合成されたガンマ型酸化マンガンの電子顕微鏡写真とその模式的な原子構造の図

図1 電極上に合成されたガンマ型酸化マンガンの電子顕微鏡写真とその模式的な原子構造

左は、フッ素ドープ酸化スズ電極上に合成されたガンマ型酸化マンガンの電子顕微鏡写真。右は、その模式的な原子構造で、1×1のトンネル構造は、空洞の1辺に一つのMnイオンが含まれるひし形の空洞を指す。一方、1×2のトンネル構造では、長辺にMnイオンが二つ含まれている。左の写真の白い長方形部分が1×2のトンネル構造である。

長期電解試験による酸化マンガン触媒の耐久性評価の図

図2 長期電解試験による酸化マンガン触媒の耐久性評価

電解の電圧条件しだいでマンガンイオンが溶出するかどうかが決まる。溶出が起きた場合、溶液は鮮やかなピンク色を呈する(赤線)。一方で、安定電位領域に基づいて反応環境を調整すれば、溶出が抑えられ、8000時間以上(11カ月以上)安定して電気分解が継続する(黒線)ことが分かった。電位の基準に可逆水素電極を用いた。

ガンマ型酸化マンガンを触媒として用いた固体高分子型水電解槽の図

図3 ガンマ型酸化マンガンを触媒として用いた固体高分子型水電解槽

電解セルの中には陽極として酸化マンガン、陰極として白金が使われており、それらの間に高分子電解質が挟まれている。真水から持続的に水素と酸素を作り出すことに成功した。

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