量子コンピュータ開発の進展

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化学薬品・創薬・新材料開発の加速に向けて

2019-02-08 科学技術・学術政策研究所

量子コンピュータ開発の進展

大手IT関連企業のGoogle、IBM、Intel、Microsoftやベンチャー企業のRigetti Computingなどがメインプレーヤーとなり、量子コンピュータ開発が世界的に活発化しています1)。この1年間で9から72量子ビットへと集積度は急激に向上し、量子状態の持続(コヒーレンス)時間も、この20年間でナノ秒から数百マイクロ秒まで飛躍的に伸びています。もしこのトレンドが続くと仮定すると、2035年頃には100万量子ビット級の実用的な量子コンピュータが実現することになります(図表1)2),3)

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図表1 量子コンピュータの開発動向
量子化学計算への適用

産業界が研究開発を加速する背景には、量子コンピュータの適用による化学薬品や創薬・新材料の設計・開発の劇的な高速化・高効率化の実現への期待があります。最近の量子アルゴリズム研究の進展によって、量子化学計算が指数関数的に高速処理できることが明らかとなり、量子コンピュータを電子状態計算や化学反応シミュレーションに適用することで、大きな分子や遷移金属など重い元素を含む分子系の計算が可能となります。例えばMicrosoftが量子化学計算のターゲットとしている酵素がニトロゲナーゼ[1]です。これまでは、ハーバーボッシュ法が化学肥料の大量合成に利用され人類の食糧生産が維持されていますが、その化学プロセスでは世界の全消費エネルギーの1%以上を使用しているとされています。もし量子コンピュータによってニトロゲナーゼの窒素固定プロセス機構が解明され人工室温合成法が開発できれば、農業革命がおこると考えられています。実際、多くの企業が超伝導、光、冷却原子を用いたデジタル量子シミュレータの開発を行っており、GoogleやIBMは量子コンピュータを利用して、小規模分子(LiH,BeH2,水分子など)の量子化学計算に成功しています(図表2)2)

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図表2 量子コンピュータの量子化学計算への適用

量子化学計算では、図表3に示すように、まず分子の構造と電子状態をハミルトニアン[2]で記述し、いくつかの関数変換工程を経て量子回路に適用します。現在これらの変換工程の大半は、GoogleやRigetti Computingらが共同開発したOpenFermionというオープンソースライブラリ(Python)とプラグイン(OpenFermion-Cirq)を用いて比較的容易に量子化学計算を実行するための量子回路を自動生成することが可能となっています。実際の量子化学計算にはNISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum Computer)という、万能(誤り耐性)量子コンピュータ[3]より難易度が低い、中規模量子コンピュータや通常のコンピュータが利用できます。

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図表3 NISQによる量子化学計算フロー
量子コンピュータの実用化に向けて

実用的な量子シミュレーションを実行するためには、最低でも100万~1億量子ビット程度の集積化が必要とされています。また、現時点では従来のコンピュータに対する優位性は実証されていません。その実用化には未だ多くの課題がありますが、コヒーレンス時間を伸ばすための欠陥除去技術や極低温エレクトロニクスの進展、あるいは室温動作を実現するダイヤモンドNVセンターを用いた量子コンピュータの実現、大規模アーキテクチャ設計など、高度な材料・プロセス・デバイス・実装技術などの総合的研究開発が必要となっています。量子コンピュータ開発の試金石として量子化学計算応用(デジタル量子シミュレータ)を目指すことで、最終目的である万能(誤り耐性)量子コンピュータ実用化の加速につながる可能性があります。

謝辞

本稿作成にあたり、国立研究開発法人産業技術総合研究所ナノエレクトロニクス研究部門エレクトロインフォマティクスグループ 川畑史郎グループ長には、貴重なご意見を頂くとともに、図表資料をご提供いただきました。ここに感謝の意を表します。

参考文献

1) 藤井啓佑、「量子コンピュータの基礎」、オペレーションズ・リサーチ、63、311 (2018)

2) 川畑史郎、 「超伝導量子回路を用いた量子アニーリングマシンと量子シミュレータ:動向・展望・課題」、第79回応用物理学会秋季学術講演会シンポジウム20p-145-3 (2018年9月、名古屋)

3) 川畑史郎、「量子コンピュータと量子アニーリングマシンの最新研究開発動向ーQuantum2.0時代の幕開けー」、低温工学、53、271 (2018)

[1]室温で大気中の窒素をアンモニアに変換する機能をもつ天然酵素(活性中心がFeMo-cofactor)

[2]系全体のエネルギーを表す関数

[3]発生したエラーを検出し、必要に応じて誤りを訂正する機構をもつ量子コンピュータ

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