PM2.5濃度予測の精度向上に貢献する日本の人工衛星
2019-01-18 JAXA
韓国・ソウルでは、2019年1月13日から15日にかけて、PM2.5濃度が1立方メートルあたり100マイクログラムを超える状態が続きました。これにより、最大濃度時には2〜3km先が見えづらい状況となり、不要な外出を控えるように呼びかけられたとともに、公共の工事や交通機関運行が制限されました。この高濃度の原因として、数値シミュレーションから考察すると、ソウルのローカルな発生源からの大気汚染物質に加えて、中国・華北地方を発生源とする大気汚染の越境飛来があったことが推測されます。温室効果ガス排出量削減と併せて、大気汚染物質の実質的な対策が広く求められます。
15日は九州地方でもPM2.5濃度が通常よりも高くなりましたが、中韓で高濃度をもたらした大気汚染物質が薄まりながら越境飛来してきたものと考えられます。ただし、注意喚起がなされる1立方メートルあたり70マイクログラムは超えませんでした。なお、日本におけるPM2.5濃度予測システムはいくつか運用されていますが、九州大学によるSPRINTARSが報道機関などでも広く利用されています。しかし、15日の九州地方での高濃度現象は、SPRINTARSはいくらか過小に予測していました。こうした予測のズレを補正してくれると期待されるのが、日本の人工衛星のデータです。
「しきさい」「ひまわり」による大気微粒子の観測
PM2.5は、大気中に浮かんでいる微粒子のうち、サイズが小さい微粒子のことです。地上でも大気微粒子の観測はなされていますが、広範囲の状況を把握するためには人工衛星が必要です。現在、JAXAの気候変動観測衛星「しきさい」が運用中ですが、これを使って大気微粒子の量を観測できます。その中でも、「しきさい」の特徴の1つである偏光の測定を利用すると、PM2.5のような小さい微粒子を捉えやすくなります。図1は、「しきさい」が1月13日の11時頃(日本時間)に観測した画像で、左図が人間の目で見たものに近い画像、右図の陸上は偏光による観測です(白色部は雲)。右図では赤色であるほど小さい微粒子の濃度が高いことを示しますが、この日時には朝鮮半島の西側で高濃度であったことがわかります。大気微粒子の濃度が比較的低かった日時の画像である図2と比較すると、1月13日の高濃度がよくわかると思います。
図1 1月13日の11時頃(日本時間)に「しきさい」が観測した画像。(左)人間の目で見たものに近い画像(右)偏光輝度の観測(陸上のみ)。赤色であるほど小さい微粒子の濃度が高いことを示し、この日時には朝鮮半島の西側で高濃度であったことがわかる。大気微粒子が比較的少なかった日の偏光観測(図2右)と比べても、広範囲の大気微粒子が観測されていることがわかる。なお、両画像の白色部は雲を示している。
図2 図1と同様。ただし、エアロゾルが比較的少なかった1月6日の14時頃(日本時間)に観測した画像。
また、日々の天気予報で目にする雲の画像を提供してくれている気象庁の「ひまわり」8号でも、大気微粒子を観測することができます。実は、「ひまわり」7号までは大気微粒子を観測することは困難でしたが、多くの光の波長を測定することが8号から可能となったことで、大気微粒子の観測が実現しました。人工衛星による従来の大気微粒子観測は、地球全体を観測できるものの、1日1回しか観測できない極軌道衛星によりなされてきましたが、「ひまわり」は地球上の同じ区域を観測する静止気象衛星です。したがって、アジア・オセアニア地域に限られるものの、「ひまわり」8号は10分ごとに大気微粒子を観測できます。図3は、図1と同日に「ひまわり」8号が捉えた大気微粒子の動きです。10分ごとに観測しているため、詳細な流れを把握することができるようになりました。図3 では、大気微粒子が北西方向から南東方向へ流れていることがわかります。これは、気圧の谷(寒冷前線)の後ろ側に大気微粒子が溜まりながら、気圧の谷の移動に従って流れていることを示しています。
図3 1月13日の10時頃~16時頃(日本時間)に「ひまわり」8号が観測した動画。大気微粒子が北西方向から南東方向へ流れていることがわかる。
日本の人工衛星を利用したPM2.5予測の精度向上
「しきさい」や「ひまわり」8号などの観測により、大気微粒子の状況が詳細に把握できるようになってきました。こうした人工衛星による観測データは、単純に濃度を把握するためだけではなく、PM2.5を予測するソフトウェアに直接的に入力するデータとして活用され始めています。PM2.5や黄砂の従来の予測は、リアルタイムに近い大気微粒子の観測データは使用せず、その時の気象条件の変化のみを考慮してなされてきました。しかし、観測された大気微粒子の濃さの指標を予測システムへ入力することにより、濃度のズレを補正して予測することが可能となり、精度の向上が見込めます。気象現象予測ソフトウェアに観測データを入力して補正することを「データ同化」といいます。日本では、九州大学・JAXA・気象庁気象研究所・国立環境研究所が共同で、大気微粒子を対象としたデータ同化システムの開発を進めています。図4は、その共同研究によるシステムMASINGARで計算された1月14日15時(日本時間)の大気微粒子の濃さの指標です。データ同化を利用したPM2.5や黄砂の予測精度を維持および向上させていくためには、継続した人工衛星観測が不可欠です。なお、このデータは、「JAXAひまわりモニタ」で閲覧することが可能です。
図4 大気微粒子シミュレーションシステムMASINGARで計算された1月14日15時(日本時間)の大気微粒子の濃さの指標。
(文章:竹村俊彦、九州大学応用力学研究所、2019年1月18日)
観測画像について
図1~2
観測衛星 | 気候変動観測衛星「しきさい」(GCOM-C) |
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観測センサ | 多波長光学放射計(SGLI) |
観測日時 | 2019年1月13日11時頃(日本時間)(図1) 2019年1月6日14時頃(日本時間)(図2) |
図3
観測衛星 | 静止気象衛星ひまわり8号 |
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観測センサ | 可視赤外放射計(AHI) |
観測日時 | 2019年1月13日10時頃~16時頃(日本時間) |