酸素ガスの吸脱着により磁石のON-OFF制御に初成功

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酸素分子の電子スピンを見分ける多孔性磁石

2019-01-17  京都大学

北川進 高等研究院物質―細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)拠点長、高坂亘 東北大学助教、宮坂等 同教授、堀彰宏 名古屋大学助教、松田亮太郎 同教授らの研究グループは、酸素ガスを吸脱着させることで、磁化のON-OFFが可能な新たな多孔性分子磁石の開発に成功しました。

本研究により開発された分子磁石は層状構造になっており、その層の間にガスなどの小分子を出し入れできるのが特徴で、分子性多孔性材料の一種でもあります。本研究では、この磁石分子に酸素が吸着すると磁化が消失、酸素を取り除くと回復することを確認し、酸素吸脱着による磁化のON-OFFスイッチが可能であることを証明しました。

本現象は、磁石の性質を持つ酸素分子が磁石層間に吸着されることで層間の磁気相互作用を媒介し、新たな磁気秩序(反強磁性磁気秩序)が誘起されて生じたものです。すなわち、本材料は酸素の持つ電子スピンを感知できる新しい多孔性磁石です。吸着酸素の持つ電子スピンを利用した材料物性の制御はこれまでに例がなく、新しい磁気秩序機構に基づく分子デバイス創製など、イノベーション創出の鍵になると期待されます。

本研究成果は、2018年12月21日に、国際学術誌「Nature Communications」のオンライン版に掲載されました。

図:何も吸着していない、または窒素が吸着されると磁石の性質を保つ。磁石の性質を持つ酸素が吸着すると磁石の性質を失う。

書誌情報

【DOI】https://doi.org/10.1038/s41467-018-07889-1

【KURENAIアクセスURL】http://hdl.handle.net/2433/236044

Wataru Kosaka, Zhaoyuan Liu, Jun Zhang, Yohei Sato, Akihiro Hori, Ryotaro Matsuda, Susumu Kitagawa & Hitoshi Miyasaka (2019). Gas-responsive porous magnet distinguishes the electron spin of molecular oxygen. Nature Communications, 9:5420.

詳しい研究内容について

酸素ガスの吸脱着により磁石の ON-OFF 制御に初成功
―酸素分子の電子スピンを見分ける多孔性磁石―
<発表のポイント>
● 酸素ガスの吸脱着により、磁石の ON–OFF 制御に成功
●磁石にくっつく性質を持つ酸素が多孔性の分子磁石に吸着されると、磁石層間の磁 気相互作用を媒介し、物質の磁化が消失
●常磁性吸着分子の持つ電子スピンを感知する、全く新しい多孔性物質の発見
何も吸着していない、または窒素が吸着されると磁石の性質を保つ。
<概要>

京都大学高等研究院物質―細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス) 北川進 特 別教授、東北大学金属材料研究所 高坂亘 助教、宮坂等 同教授、名古屋大学大学院工 学研究科 堀彰宏 助教、松田亮太郎 同教授らの研究グループは、酸素ガスを吸脱着さ せることで、磁化の ON–OFF が可能な新たな多孔性分子磁石* 1の開発に成功しました。
今回開発された分子磁石は層状構造になっており、その層の間にガスなどの小分子 を出し入れできるのが特徴です。分子性多孔性材料* 2の一種でもあります。本研究では、 この磁石分子に酸素が吸着すると磁化が消失、酸素を取り除くと回復することを確認し、 酸素吸脱着による磁化の ON–OFF スイッチが可能であることを証明しました。
本現象は、磁石の性質を持つ酸素分子が磁石層間に吸着されることで層間の磁気相 互作用を媒介し、新たな磁気秩序(反強磁性磁気秩序* 3)が誘起されて生じたものです。 すなわち、本材料は酸素の持つ電子スピン* 4を感知できる新しい多孔性磁石です。吸着 酸素の持つ電子スピンを利用した材料物性の制御はこれまでに例がなく、新しい磁気秩 序機構に基づく分子デバイス創製など、イノベーション創出の鍵になると期待されます。
本研究成果は、2018 年 12 月 21 日に国際学術誌「Nature Communications」にオンラ イン掲載されました。<研究の背景>
空気中に含まれる気体(ガス)の主な成分は、窒素、酸素、アルゴン、二酸化炭素で す。そのうち最も含有量の多い窒素は 78%を占め、次いで酸素の約 21%であり、この 二つの気体が大部分を占めます。酸素は、我々が生きていく上でなくてはならない物質 です。しかし窒素と比べた場合、二原子分子であることと同時に、分子の大きさや沸点 など様々な性質が類似しており、現在、空気から両者を識別・分離するには、そうした わずかな性質の違いに基づいて行っています。一方で、これら二つの分子の間には、全 く正反対の性質もあります。それが、“磁性”です。一般的な酸素分子は電子スピンを 持ち、磁石にくっつく性質(常磁性* 5)を示すという点で、電子スピンを持たない(反 磁性* 5)窒素や二酸化炭素などの分子とは異なる性質を持っています。我々は、この“磁 性”の違いを識別する吸着材料を創ることに興味を持ち、研究を進めました。
近年、金属イオンと有機配位子の複合化によって合成される多次元格子からなる分 子性多孔性材料(金属―有機複合骨格[Metal-Organic Framework; MOF]や多孔性配位高分 子[Porous Coordination Polymer; PCP]と呼ばれる)が、“選択的なガス吸着や貯蔵”とい う観点から注目を集めています。分子性多孔性材料は、様々な性質や付加的要素を分子 レベルで格子に組み込むことができます。そのため、吸着させる分子との相性や反応性 を制御できるため、ガス吸着の選択性が向上するのです。そこで、“多孔性の分子磁石 (多孔性磁石)”を創れば、「吸着されるガスによって柔軟に磁石の性質を変える材料 が開発できるのでは?」という発想に至りました。
実際に、ガスの吸脱着により磁石の性質(磁気相* 6)を変化させる物質は、これまで に存在しませんでした。特に、酸素分子と窒素分子のような類似形分子の“磁性”とい う全く異なる分子固有の特徴を感知し、その違いを明確に示す多孔性材料は、その存在 すら全くの未知数でした。

<研究成果の内容>
本研究の成果で重要なポイントは、以下の3点です。
1. 今回開発した層状の多孔性分子磁石は、ガスを吸着する前は、フェリ磁性体* 7 (磁化の ON 状態)である。
2. 1の分子磁石に、窒素、もしくは二酸化炭素を大気圧下で吸着させると、1の フェリ磁性体(磁化の ON 状態)を維持したまま、磁気相転移温度* 8(TC)が上 昇する。 3. 1の分子磁石に、酸素を大気圧下で吸着させると、磁化が極めて小さな値(磁 化の OFF 状態)に変化する。
以下、成果の詳細です。
本研究グループは、電子供与性分子* 9 として振る舞うカルボン酸架橋水車型ルテニ ウム二核(II, II)金属錯体と、電子受容分子* 10として振る舞う TCNQ (7,7,8,8-tetracyano-pquinodimethane) 誘導体からなる層状分子磁石を開発しました(図1)。この層状分子磁 石は、ガスを吸着する前の空の状態(ドライ状態と記します)では、磁気相転移温度 TC = 76 K のフェリ磁性体(磁化 ON 状態)です。それに窒素、もしくは二酸化炭素を大気 圧下(100 kPa)で吸着させると、元のフェリ磁性体相を維持したまま、TC はそれぞれ 88 K、92 K となり、ドライ状態に比べて上昇しました(図2)。一方、酸素を大気圧で 導入すると、98 K で反強磁性体転移* 11を起こし、磁化が極めて小さな値になりました (磁化 OFF 状態)。この相転移温度は、酸素分圧を変えることで連続的に変化するこ とが明らかとなりました(図3)。このフェリ磁性体から反強磁性体への磁気相変化(磁 化の ON–OFF 制御)は、酸素吸脱着後 1 分以内に生じ、極めて敏感な反応です(図4)。
さらに、磁気相の違いが見られるガス圧下(低圧下)において、窒素吸着型(磁化 ON 状態)の結晶と酸素吸着型(磁化 OFF 状態)の結晶に構造の違いはありませんで した(図5)。そのため、磁気相変化は構造由来によるものではないことがわかりま す。窒素吸着型はフェリ磁性体相のため、磁石層間の磁気相互作用は強磁性的* 12であ ることが分かります(図2)。一方、酸素吸着型は、層間に取り込まれた二分子の酸 素の持つ電子スピンが、磁石層間の磁気相互作用を反強磁性的に媒介し、結果として 磁石層の持つ磁化同士が互いに打ち消し合う反強磁性磁気秩序が生じています(図 3)。このように本層状分子磁石は、電子スピンを持たない窒素・二酸化炭素と電子 スピンを持つ酸素を、それぞれの磁気的性質から識別できる、今までにないガス応答 性多孔性磁石です。

<研究の意義と今後の展開>
「多孔性磁石」は、従来からよく知られた電場・磁場・光・圧力などの物理的な刺激 とは異なり、“分子吸脱着”という化学的な刺激により駆動する材料です。化学物質の 性質を磁化という物理量に換える、「化学―物理変換」を可能にする材料と言い換える こともできます。酸素は極めて身近な気体分子ですが、扱いやすい気体分子の中ではほ ぼ唯一の常磁性体です(一酸化窒素も常磁性ですが、取り扱いに注意が必要な扱いにく い気体分子です)。本研究では、そのような唯一の性質“酸素の電子スピン”を利用し た物性制御が可能であることを証明しました。身近に存在し、且つ一般的な環境では“気 体”である酸素分子の最も基礎的な特性の一つ、“常磁性”を、物質の出し入れにより 物性制御に結合させるというアイディアは、基礎・応用の両面から大変意義深い結果だ と考えられます。今後は「化学―物理変換」のコンセプトを用い、物質による物性制御 や多成分認識などの応用研究にも展開する予定です。

<論文タイトルと著者>
雑誌名: Nature Communications
英文タイトル: Gas-responsive porous magnet distinguishes the electron spin of molecular oxygen
全著者: Wataru KOSAKA, Zhaoyuan LIU, Jun ZHANG, Yohei SATO, Akihiro HORI, Ryotaro MATSUDA, Susumu KITAGAWA, Hitoshi MIYASAKA
DOI: 10.1038/s41467-018-07889-1

<専門用語解説(注釈や補足説明など)>
※1 分子磁石:日常で用いている磁石に代表されるように、多くの磁性体は合金や酸化 物などの無機物で構成されています。これに対し、分子を用いて作成した磁性体を総 称して分子磁性体(分子磁石)と呼んでいます。分子磁性体は無機物の磁石にはない “やわらかさ”や”設計性や機能性付加の多様性”を有しており、盛んに研究が進められ ています。

※2 分子性多孔性材料:ゼオライトや活性炭、シリカゲルのような無機物のみから構 成される従来の多孔性材料に対して、金属イオンと有機配位子から構成される多孔 性材料の総称です。金属―有機複合骨格(Metal-Organic Framework; MOF)や多孔性 配位高分子(Porous Coordination Polymer; PCP)などと呼称されます。金属イオ ンの配位環境と有機物の持つ高い分子設計性に特徴があり、ナノサイズの細孔を利 用した気体吸蔵・分離・触媒・センサーなどの分野での応用が期待されています。

※3 反強磁性磁気秩序:層間に吸着された酸素分子の磁気モーメントは、隣接する磁 気モーメントと反対を向くように(反強磁性的に)相互作用します。酸素吸着状態で は、層間に 2 分子の酸素分子が吸着されており、酸素分子に隣接する磁気モーメント を反平行になるように並べると、図3に示すように必然的に層の持つ磁気モーメント 同士が反平行になってしまいます。このような場合、物質全体としては反強磁性体と なります。

※4 電子スピン:電子はマイナスの電荷を持ち、自転(スピン)していると考えるこ とができます。そのため、一つ一つの電子は S 極、N 極を持つ棒磁石のように見なす ことができます(コイルを巻いた電磁石をイメージして下さい)。スピンはしばしば、 矢印によって表されます。

※5 常磁性・反磁性:物質の電子スピンがバラバラの方向を向いているために非磁性 であるが、磁場を印加すると、その方向に弱く配列する性質のこと。常磁性体そのも のは磁石ではありませんが、強力な磁石を近づけるとそちらに引き寄せられます。酸 素は常磁性体です。一方、窒素や二酸化炭素などは、磁石に弱く反発する性質(反磁 性)を持っています。

※6 磁気相:常磁性、強磁性、反強磁性、フェリ磁性をはじめとする様々な電子スピ ンの配列の様式(磁気秩序状態)の総称。

※7 フェリ磁性体:隣接スピン同士が逆方向を向く相互作用が働いている場合でも、 スピンの大きさが異なるため、その差分により物質全体としては磁石になる物質のこ と。

※8 磁気相転移温度:その材料が磁石として機能する上限温度のこと。それより高い 温度領域では常磁性体となります。

※9 電子供与性分子:自身の持つ電子を他の分子に与えることが可能な分子。

※10 電子受容分子:電子を受け取ることが可能な分子

※11 反強磁性体(転移):物質中の電子スピン間に磁気的な相互作用が働き、それが 三次元的に長距離に及ぶことで磁石となります。しかし、隣接する電子スピン同士が 逆方向を向く相互作用(反強磁性的相互作用)が働き互いに打ち消し合う場合には、 物質全体としては磁化を持たず、通常の意味での磁石とはなりません。このような物 質のことを反強磁性体といいます。反強磁性体によっては温度によって磁性体に変化 (転移)するものもあります。

※12 強磁性的:本物質は層状構造を持つ磁石です。それぞれの層に着目すると、その 内部ではフェリ磁性体となっており、大きな磁気モーメントを持っています。しかし、 物質全体で磁石になるためには、層の持つ磁気モーメント同士が平行に並ぶ必要があ り、それは層間に働く相互作用が「強磁性的」な場合に実現します。窒素吸着状態で は、層間に強磁性的な相互作用が働いているために、全体としてフェリ磁性体となっ ています。

<特記事項>
本成果は、東北大学金属材料研究所・先端エネルギー材料理工共創研究センター(EIMR)、東北大学学際科学フロンティア研究所・学際研究支援プログラム、旭硝子財団 研究助成金、三菱財団自然科学研究助成、文部科学省新学術領域研究「π造形科学」(代 表:宮坂等、No. 15H00983)、科学研究費挑戦的萌芽研究(代表:宮坂等、No. 15K13652)、 基盤研究(A)(代表:宮坂等、No. 16H02269)、基盤研究(C)(代表:高坂亘、No. 18K05055)、若手研究(B)(代表:高坂亘、No. 26810029)、特別推進研究(代表:北 川進、No. 25000007)、および日本学術振興会特別研究員奨励費(代表:張俊、No. 17J02497)の助成を受けました。 京都大学物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)は文 部科学省世界トップレベル研究拠点(WPI)プログラムの支援を受けました。


図1. 電子供与性分子(水車型ルテニウム錯体)と電子受容性分子(TCNQ 誘導体)か ら合成される層状磁石の模式図


図2. 窒素及び二酸化炭素の吸着下における磁化の温度依存性(外部磁場 100 Oe、ガ ス圧 100 kPa)とその模式図。層間へのガス吸着に伴い構造変化が誘起され、磁 気相転移温度 TC が上昇しているが、ドライ状態、ガス吸着状態のどちらもフェ リ磁性体の磁石である。


図3. 酸素吸着下における磁化の温度依存性(外部磁場 100 Oe、図中の (数字/kPa)は 酸素圧力を示す)とその模式図。層間に吸着された酸素の持つ磁気モーメント(青 矢印)が、隣接する磁気モーメントと反平行になるような磁気相互作用(反強磁 性相互作用)をもたらした結果、磁石層の磁気モーメント(緑矢印)同士が反平 行となり、化合物全体としての磁化が消失した状態(反強磁性体)となっている。


図4. 酸素吸脱着による磁化のスイッチング。85 K(固定)において 15 分毎に酸素圧 を 0~50 kPa の間で繰り返し変化させ、磁化測定を行っている(外部磁場 100 Oe)。 減圧状態では大きな磁化の値が観測され、磁石:ON の状態になっているが、酸 素を導入すると速やかに磁化が消失し、磁石:OFF の状態にスイッチしている。


図5. 窒素吸着型と低圧酸素吸着型の結晶構造(部分:層間に吸着されたガス分子と その周囲骨格のみを示している)とその模式図。どちらも同じ結晶構造である にも関わらず、窒素吸着型は磁石層の磁気モーメント(黄色矢印)同士が平行 に配列し、磁石になっており、酸素吸着型は磁石層の磁気モーメント(緑矢 印)同士が反平行に配列し打ち消し合い、非磁性となっている。

 

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