離れた脳領域の神経活動の大規模同時計測に成功

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2018/09/03 国立大学法人 東京大学,国立研究開発法人 日本医療研究開発機構

発表のポイント
  • 顕微鏡の視野を高速に移動させる小型光学装置を新たに開発した。
  • 脳神経細胞の活動計測に用いることで異なった領野における神経活動をほぼ同時かつ大規模に計測することに成功した。
  • 領野間神経活動の計測により脳における情報処理機構が明らかとなることで、新たなる脳型情報処理アルゴリズムの発見や、精神・神経疾患の理解とその治療法開発に貢献することが期待される。
発表概要

東京大学大学院医学系研究科機能生物学専攻生理学講座細胞分子生理学分野の寺田晋一郎特任研究員、松崎政紀教授、自然科学研究機構生理学研究所の小林憲太准教授、埼玉大学の中井淳一教授、大倉正道准教授らの共同研究チームは、顕微鏡の観察位置を高速に移動させる小型光学装置を開発することで、マウス大脳皮質の異なった領野よりほぼ同時かつ大規模な神経細胞活動の計測に成功しました。

脳の複雑な情報処理機構を明らかにするため、近年日・米・欧において脳機能の統合的理解を目指すプロジェクトがそれぞれ進行中ですが、詳細な脳活動の計測手法の開発はプロジェクト遂行において重要な位置づけにされています。本研究成果は、複数の領野における神経活動計測を簡便な機構によって実現するものであり、今後幅広く脳機能研究において用いられ、分野の発展に貢献することが期待されます。

本研究は、日本学術振興会特別研究員奨励費、文部科学省科学研究費助成事業、JST CREST『脳神経回路の形成・動作原理の解明と制御技術の創出』及び日本医療研究開発機構(AMED)『革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト』の一環として行われました。本研究の成果はNature Communications誌に掲載されます。

発表内容

私たちは脳を使って、外界の情報を五感によって捉え、それを過去の記憶と照らし合わせて、適切な行動を起こすことができます。これら感覚、記憶、運動などの機能は、それぞれの機能に特化した領野(注1)と呼ばれる脳の部分で主に処理されていますが、それぞれ独立したものではなく、強く関連してネットワークを形成しています。ある一定の期間で、どのようにして脳の複数の領野の個々の細胞が相互に情報をやり取りし、複雑な情報処理を行っているのかを明らかにすることは脳機能を理解する上で非常に重要と考えられますが、その為には複数の領野の神経活動を大規模かつ同時に測定することが不可欠です。近年、2光子顕微鏡(注2)と呼ばれる脳深部まで画像化可能な顕微鏡を用いたカルシウムイメージング(注3)を行うことで、生きたマウスの脳神経細胞の活動を数百から数千個単位で計測することが可能となっています。しかし、その観察視野は通常0.5~1 mm程度と狭く、マウスの脳でも数mm離れた場所に位置する異なった領野の神経活動を同時に計測することは困難でした(図1)。より広い視野の観察は低倍率のレンズを用いることで可能ですが、神経細胞を観察するのに必要な空間解像度を維持しつつ倍率を下げるためには、対物レンズと顕微鏡の大型化が必要であり、多大なコストを要するという問題がありました。

そこで本研究チームは、対物レンズ下の空間に着目した新たなる顕微鏡の開発を試みました。通常、高い空間解像度を得るためには作動距離(注4)が短いほど有利なため、対物レンズと標本の間の空間はほとんどなく、これまであまり注目されて来ませんでした。しかし、近年脳を透明化する技術の発展により、従来想定されていたより深くまで脳の観察が可能となってきたことから、作動距離が短いと脳を押しつぶすこととなってしまうため、長い作動距離を持った対物レンズの開発が進んでいました。そのような対物レンズの中から、研究チームは、最も長い8mmの作動距離を持つ対物レンズを選択し、そのレンズ下の空間に、視野を移動させる機能を持った小型光学装置を挿入する顕微鏡を開発しました(図2)。ここで開発された装置は、対となった微小ミラーによって構成される平行移動光学系と、対物レンズの光軸に沿ってミラー対を回転移動させる高速回転位置決めステージから構成されています。この装置によって、顕微鏡の視野を対物レンズや標本の位置を変えることなく移動させることが可能となりました。この装置は最大6mm程度離れた位置まで視野を移動させることが出来、視野の移動は0.04~0.09秒程の極短時間で完了する為、2つの離れた視野への移動と撮影を繰り返すことにより、ほぼ同時に離れた2視野の連続的な撮影が実現可能です。それぞれの視野における観察範囲は従来と同じ1mm程度ですが、離れた視野へと高速に視野を切り替えることで広い観察範囲を実現することから「超視野」2光子顕微鏡と名付けました。

次に本研究チームは、実際に超視野2光子顕微鏡を用いてマウス脳の神経活動計測を実施し、その有効性について検討しました。まず、素子を180度回転させることで可能となる最大距離での2視野イメージングを左右体性感覚野に対して実施しました(図3)。左右体性感覚野は6mm程度離れており、これまでに報告された中で最も大きい2光子顕微鏡用対物レンズを用いた時の5mmという視野でも捉えることは困難でしたが、本手法を用いることで初めて単一細胞解像度でのイメージングが可能となりました。また、連続した3視野を取得し、後で合成することにより1.5mm×3mmという連続した広視野でのイメージングにも成功し、2mm以上程度離れた長距離でも高い類似性を持つ神経活動を示す細胞ペアが存在することを見出しました(図4)。領野間のイメージングは運動課題中の個体においても可能であり、さらなる詳しい解析により、異なった領野同士で、神経細胞の集団活動の試行毎のばらつきが同調するという現象を見出しました。

領野間での情報のやり取りはさまざまな認知機能を支える基盤と考えられています。実際、領野間での神経活動の相関がアルツハイマー病モデルマウスの脳においては変化することも知られています。今回開発された技術は、顕微鏡には手を加えることなく、対物レンズ下への小型光学装置の挿入のみによって2光子顕微鏡を「超視野」化することができるため、低い導入コストで領野間の情報のやり取りの測定が可能となります。今後、本研究で可能となった離れた領野の神経細胞活動の計測により、領野間情報処理の原理が明らかとなることで、新たなる脳型情報処理アルゴリズムの発見によるAIの更なる発展や、精神・神経疾患の理解とその治療法開発に貢献することが期待されます。

発表雑誌
雑誌名:「Nature Communications」9月3日(月)午後6時(日本時間)オンライン版
論文タイトル:Super-wide-field two-photon imaging with a micro-optical device moving in post-objective space
著者:Shin-Ichiro Terada*, Kenta Kobayashi, Masamichi Ohkura, Junichi Nakai & Masanori Matsuzaki*
(*は責任著者)
DOI番号:10.1038/s41467-018-06058-8
用語解説
(注1)領野
大脳皮質における機能領域を区別する際の名称。視覚野、体性感覚野、運動野、聴覚野、前頭連合野などがある。
(注2)2光子顕微鏡
フェムト秒レーザーと呼ばれる特殊なレーザーを用いることで、生体深部にある蛍光分子を観察する事ができ、空間解像度にも優れた顕微鏡。
(注3)カルシウムイメージング
カルシウムイオンと結合したときに蛍光を発するタンパク質を細胞に遺伝子導入することで、細胞内のカルシウム濃度を光に変換する。その光の強度を顕微鏡で計測することで、細胞内のカルシウム濃度を定量する方法。神経細胞が活動すると、同時に細胞内のカルシウム濃度が上昇するため、この方法により個々の神経細胞の活動を測定することができる。
(注4)作動距離
対物レンズの先端とその焦点までの距離のこと。通常2光子顕微鏡で用いられるものは1~3mm程度。
添付資料


図1.マウス脳の大きさと従来の2光子顕微鏡の視野範囲

マウスの大脳皮質は上から見ると一辺1cmの四角形程度の大きさがあり、領野という機能的単位によって分けることが出来る。中央図は右脳における機能的に分離された5つの領域の大まかな位置を示している。2光子顕微鏡を1個1個の神経細胞を観察することが可能だが、通常その視野は1辺0.5~1mm程度であり、領野の一部しか観察することが出来ない(中央図ピンクの四角形)。右図の小さい円状の構造が個々の神経細胞であり大きさは1/100mm程度。


図2.「超視野」2光子励起顕微鏡の原理

長作動距離対物レンズの下部に45°傾けた微小ミラー対を配置することで、視野を横方向へと水平移動させている。この状態で、ミラー対を最初のミラーの中心を軸として回転させることで、観察視野の位置を右図に示したオレンジ色の同心円の任意の位置へと移動させることができる。素子は十分に軽量なため高速に移動させることが可能であり、例えば右図に示したような2つの離れた視野(視野1、視野2)の間を高速に繰り返し位置決めし、各視野にて順次撮影を行うことでほぼ同時に離れた2視野の観察が可能となる。


図3.2視野イメージングによる左右体性感覚野神経活動の計測

左脳と右脳の体性感覚野における神経活動を超視野2光子顕微鏡にて観察した例。中央に示した画像がそれぞれ左脳(視野1)と右脳(視野2)に位置する視野であり、約6mm離れた左右体性感覚野を捉えている。その右側の図は、実際に撮影した動画より抽出された活動があった神経細胞であり、その中の数字で示してある一部の細胞より記録された活動を右側にトレースとして示している。トレースが上向きに尖っている部分が神経活動が発生した瞬間に対応している。


図4.3視野連続イメージングによる運動野の広域イメージング

超視野2光子顕微鏡では連続した視野をイメージングすることで一つの広い視野とすることも可能である。ここでは、運動野にて3つの連続した視野(ピンクの四角形)を撮像することで、3mm×1.5mmという広視野で神経活動を捉えることに成功した。右図はそのようにして計測された神経活動の類似度を相関係数として計算し、図示したもの。灰色の点が個々の神経細胞の位置。比較的強い相関を示した細胞ペアを線で示しており、さらにその中でも強いものほどオレンジに近い色で示している。遠距離においても似通った活動を行っている神経細胞が存在していることが分かる。遠距離の相関を見やすくするため、3つの連続した視野のうち中央に位置する視野を右側にずらして図示している。

問い合わせ先
研究に関すること

国立大学法人東京大学 大学院医学系研究科 機能生物学専攻
生理学講座 細胞分子生理学分野
教授 松崎 政紀(まつざき まさのり)

報道に関すること

国立大学法人東京大学 大学院医学系研究科 総務係

AMED事業について

国立研究開発法人 日本医療研究開発機構 戦略推進部脳と心の研究課

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