福島第一原発原子炉建屋で遠隔ロボットを用いた放射線イメージング測定を実施
2018/08/28 国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
【発表のポイント】
- 福島第一原子力発電所の廃炉作業を進めるに当たって、原子炉建屋内に飛散した放射性物質の分布を正確に把握し、作業員の被ばく線量低減や除染計画の立案を行うことは極めて重要である。しかし、建屋内の高い線量率や、現場に散乱した汚染ガレキや機器が障害となり、建屋内の把握は技術的に難易度が高い課題となっている。
- 原子力機構は、小型軽量化に成功した小型軽量コンプトンカメラ※1をロボットに搭載し、遠隔で建屋内のホットスポットの検知に成功した。
- さらに、遠隔で取得した建屋内の情報を、作業環境の写真と組み合わせて仮想空間上で統合し、肉眼では見えない汚染状況を見えるように加工した仮想空間の構築にも成功した。
- これらの成果により、建屋内に人間が立ち入らずとも、遠隔で汚染状況を把握し、仮想現実技術を用い、作業員の被ばく量を最小にする作業プロセスの詳細な検討や事前訓練などが可能になる可能性が拓かれた。原子力機構としては、研究開発を継続し、福島第一原子力発電所の廃炉に資する成果の創出に取り組んでいく。
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 児玉 敏雄、以下「原子力機構」という。)は、東京電力ホールディングス(株)福島第一原子力発電所(以下「1F」という。)の円滑な廃炉作業に貢献するために、建屋内の汚染分布を遠隔で測定し、高線量率箇所を特定することにより、効率的な除染や効果的な遮へいに反映するための研究開発を進めています。1Fのサイト内には、ガレキや多くの機器が散在しており、放射性物質は3次元的に分布しています。しかも汚染箇所から直接飛来してくる放射線(直達線)だけでなく、直達線が床や機器等に衝突し散乱して飛んでくる放射線(散乱線)も飛び交っていることから、サーベイメータを用いた放射線量率の測定だけでは汚染箇所を特定することは困難であり、作業現場全体の測定に時間がかかるといった問題点がありました。さらに1F原子炉建屋内は放射線量が高いことから、人が長時間立ち入って線量を測定することが困難です。
原子力機構では、事故により原子炉建屋内に飛散した放射性物質の分布を可視化するために、小型軽量コンプトンカメラの開発を進めてきました。この度、東京電力ホールディングス(株)が所有するクローラー型ロボット(パックボット)にこの小型軽量コンプトンカメラを搭載し、作業員の立ち入りが困難な1F原子炉建屋内の汚染分布を測定した結果、周囲に比べて線量率の高いホットスポットの検知に成功しました。また作業現場の写真画像にフォトグラメトリー技術※2を適用することにより、仮想空間上に作業現場の3次元モデルを再構築し、ここにホットスポットを描画することによって作業現場の汚染分布マップを作成しました。作成した汚染分布マップはVR(仮想現実)システムへ適用可能であり、ホットスポットの実際の位置を3次元的に把握することが可能となります。この手法を用いることにより、実際の作業現場におけるホットスポットの位置を容易に把握することができるため、作業員の被ばく線量の低減や、除染計画の立案に役立つことが期待されます。
[研究の背景と目的]
飛散した放射性物質の汚染分布を測定するための技術として、放射性物質の分布を可視化できるガンマカメラという放射線測定器が有望視されています。しかし、従来のガンマカメラは数kgから数10kgと重いため、高線量率で狭隘な場所が少なくない廃炉現場での測定が容易ではありませんでした。原子力機構では、早稲田大学(片岡教授ら)と浜松ホトニクス株式会社が開発したコンプトンカメラをベースに小型ロボットにも搭載可能な約680gまで小型軽量化した小型軽量コンプトンカメラを開発するとともに、従来のコンプトンカメラでは測定が困難な比較的線量率が高い場所で、リアルタイムで汚染分布を表示できるシステムを構築しました(図1)。原子力機構が開発した小型軽量コンプトンカメラは1.5mm角の15×15ピクセルのGAGGシンチレータ※3、4が2層になった放射線センサーと放射線信号を処理する回路からなっており、入射したガンマ線(放射線の一種)が1層目(散乱体)と2層目(吸収体)の各々で相互作用した位置と、受け取ったエネルギーから、ガンマ線の飛来方向を特定することができます(図2)※5。平成29年度には、本システムを用いて1F3号機タービン建屋内部にて、最大3.5 mSv/hのホットスポットを発見することに成功しています。
図1 開発した小型軽量コンプトンカメラ
図2 コンプトンカメラの原理
[研究内容と成果]
今回、この技術をさらに発展させ、クローラー型ロボットに小型軽量コンプトンカメラを搭載して1F1号機原子炉建屋内部での高線量率箇所の探索を遠隔操作で行いました。
さらに、デジタルカメラで取得した複数枚の写真から構築した作業現場の3次元モデルと、小型軽量コンプトンカメラによる放射線画像を融合することにより、ホットスポット等の高線量率箇所の位置や拡がりをより理解しやすい形で作業員に提供できる技術を開発しました。小型軽量コンプトンカメラで測定された放射線分布と、デジタルカメラで取得した実画像を重ね合わせることによって、1F原子炉建屋内における汚染分布を可視化することができます。
測定試験は、平成30年3月に東京電力ホールディングス(株)の協力により、1F1号機原子炉建屋内で、小型軽量コンプトンカメラを東京電力ホールディングス(株)所有のクローラー型ロボット(パックボット)に搭載し(図3)、作業員の容易な立ち入りが困難な高線量率のエリアを走行させて行いました。得られた汚染分布図は、現場から離れた免震重要棟の基地局パソコン上において、遠隔でカラーのコンター図※6をリアルタイムで表示することができました(図4)。
また、フォトグラメトリー技術を用いて作業現場の3次元モデルを構築し、ここに放射線分布のイメージを描画しました。本試験では、あらかじめ作業現場で撮影された写真や、パックボットに搭載したデジタルカメラで撮影した画像を組み合わせて3次元モデルを構築し、ここに放射線分布のイメージ図を描画することに成功しました(図5)。本手法は写真をもとに復元した現場の3次元モデルを用いることから、そこに写された機器やガレキの状態といった現場環境を理解しやすい特徴を有しており、ホットスポットの現場での位置を容易に理解することができます。
さらに、本手法で作成した3次元モデルは、既存のVRシステムを用いて表示することが可能です。図6は、上述のフォトグラメトリー技術を用いて1Fサイト内にある廃棄物置場を3次元モデル化し、そこに小型軽量コンプトンカメラで取得した放射線分布画像を重ねてステレオ表示したものです。市販のVRゴーグルを用いることによって、作業現場の様子や高線量率箇所の存在を体感することが可能です。VR技術への応用は、作業員による作業環境の事前確認、危険予知活動に役立つものと期待されます。
今後、原子力機構では東京電力ホールディングス(株)と協力し、ロボットを用いて1F原子炉建屋内部のより深部の放射線分布の探索を進めていきたいと考えております。本手法の適用により、建屋内に存在する高線量率箇所の位置や拡がりをより理解しやすい形で作業員の皆様に提供できるとともに、ホットスポットの効率的な撤去や効果的な遮蔽により廃炉作業の円滑な推進に貢献できると考えています。
図3 クローラー型ロボット“パックボット”にコンプトンカメラとデジタルカメラを搭載した実証試験用セットアップの写真。
図4 1F1号機原子炉建屋における実証試験の様子。
大物搬入口突き当りの遮蔽板右側の隙間にホットスポットを映し出すことに成功した。
図5 1F1号機原子炉建屋内部の作業現場を3次元モデル化し、ホットスポットのイメージを投影することによって、ホットスポットを可視化した。
図6 1Fサイト内にある廃棄物置場を3次元モデル化し、コンプトンカメラで撮影したホットスポットのイメージを重ねてステレオ表示した。VRゴーグルを用いることによって作業現場のVR体験が可能。
【用語解説】
1) ガンマカメラとコンプトンカメラ
ガンマカメラには、大別して下記の「ピンホールカメラ」と「コンプトンカメラ」があります。
各々の特徴は以下のとおりです。
ピンホールカメラは簡便ですが、大型、高重量となり、狭い現場での測定には向いていません。コンプトンカメラは、入射したガンマ線(放射線の一種)が散乱体と吸収体の各々で相互作用した位置と、受け取ったエネルギーから、ガンマ線の飛来方向を特定します。解析的に放射線源を求める手法を採用しているため、高重量の遮蔽体が要らず小型化が可能ですが、技術的には高度なものです。
2) フォトグラメトリー
物体や景色について、複数の観測点から撮影した2次元写真を組み合わせることによって、3次元モデルを構築する技術です。各々の写真について特徴点を抽出し、特徴点を用いて写真同士をマッチングすることによって3次元モデルを構築します。ゲームや映画に加えて、測量分野で使用されているものであり、今回、廃炉の現場への適用を実現しました。
3) シンチレータ
放射線によって発光(シンチレーション光)する蛍光物質。シンチレーション光を電気信号に変換して、入射放射線数、エネルギーを計測します。
4) GAGGシンチレータ
シンチレータ結晶のひとつ。組成は、ガドリニウム、アルミニウム、ガリウム、ガーネットです。GAGGは従来のシンチレータ結晶(NaI、CsI)に比べ密度が高いため、小さな結晶でも高感度の放射線測定が可能です。また、潮解性もなく空気中の水分による劣化の心配もないため、長期間安定して使用することができます。
5) 散乱体・吸収体におけるコンプトン散乱とエネルギー付与
コンプトン散乱は光子(ガンマ線)が物質中の原子に束縛された電子と相互作用して、エネルギーの一部を失う過程です。失われたエネルギーは電子に与えられ、この電子が散乱体もしくは吸収体の中を走行することによってエネルギーが付与されます。
6) コンター図
図面上で、ある量の値が同じであるような点を結んだ線のこと。一定値ごとに等値線を描いた図面を等値線図(とうちせんず)とよび、属性・分布状況が感覚的にわかるようになっています。等値線図を見やすくするため、各等値線の間の帯ごとに段階的に色彩を施すことも多いです(カラーコンター図)。