5万分の1地質図幅「網走」を刊行しました
2018/08/10 地方独立行政法人 北海道立総合研究機構,国立研究開発法人 産業技術総合研究所,国立大学法人 茨城大学
地方独立行政法人 北海道立総合研究機構 環境・地質研究本部 地質研究所(以下、道総研地質研究所)と、国立研究開発法人 産業技術総合研究所 地質調査総合センター(以下、産総研地質調査総合センター)地質情報研究部門、国立大学法人 茨城大学(以下、茨城大学)は共同で、網走地域において行った地質調査結果をまとめた5万分の1地質図幅「網走」(著者:川上 源太郎・廣瀬 亘・長谷川 健・林 圭一・渡辺 真人)を作成しました。
7月27日より、産総研地質調査総合センターから刊行しています。
最新の研究や地質調査に基づいた高精度の地質図ですので、北海道東部の土地利用や資源探査、減災対策、美しい景観を楽しみつつ学ぶジオツアーなど、さまざまな目的にご活用ください。
地質図幅とは
地質図は、地層や岩体がどこにどのように広がっているかを表した地図で、土地のなりたち、地質災害の傾向などを読み取ることができる、国土の基本情報の一つです。地質図幅とは緯度経度で区切られた地質図で、中でも5万分の1地質図幅は、日本列島を約1300の地域に分割して地域ごとに実施した詳細な地質調査をまとめた、社会的・学術的に最もニーズが高い地質図です。地質図は、土木建築、減災、観光、資源探査など幅広い分野で、最初に参照される資料として活用されています。
成果の概要
網走地域は、北海道東部から千島列島に広がる地質が典型的に分布しています。オホーツク海やその周辺での地下資源に関する研究などを進めていく上で重要な地域ですが、詳細な地質図があるのは網走市周辺など一部地域に限られ、地形や地質の解明は進んでいませんでした。そこで平成23年度から28年度にかけて、道総研地質研究所・産総研地質調査総合センター・茨城大学が詳細な地質調査を共同で行いました。その結果、エネルギー資源探査や、地形・地質を活かした観光を展開していく上で役に立つ、いくつもの貴重な成果が得られました。
網走地域から北見周辺には能取(のとろ)層という地層が分布しているとされていましたが、プランクトン化石(珪藻、渦鞭毛藻)を調べたところ、分布しているのは能取層よりも100~300万年新しいとされていた呼人(よびと)層と、1000万年以上古いとされていた常呂(ところ)層という2つの異なる時代の地層であることがわかりました。オホーツク海やその周辺における石油や天然ガスなどの資源探索に不可欠な、地質構造解明の鍵となる重要な成果です。
また、延長1.7 kmにわたって続く柱状節理の崖や、屈斜路カルデラから流れてきた厚い火砕流堆積物などの素晴らしい露頭も見つかりました。日本各地で近年活発なジオツアーを網走地域でも展開していく上で、貴重な景観資源として活用できます。
今後の北海道の発展、豊かな地域作りのために、「網走」図幅の成果をご活用ください。
※「網走」図幅作成の経緯や調査結果の詳細については、添付資料をご覧ください。
「網走」図幅は8月10日より委託販売を開始します。詳細は以下のサイトをご覧下さい。
https://www.gsj.jp/Map/JP/purchase-guid.html(産総研地質調査総合センターのサイト)
詳しくはこちらへお問い合わせください。
地方独立行政法人 北海道立総合研究機構(道総研)環境・地質研究本部 地質研究所
E-mail: gsh-planning*ml.hro.or.jp(*を@に変更して送信下さい。) TEL: 011-747-2420 FAX: 011-737-9071
国立研究開発法人 産業技術総合研究所 企画本部 報道室
E-mail: press-ml*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。) TEL: 029-862-6216 FAX: 029-862-6212
〔添付資料〕
社会的な背景と経緯
オホーツク海に面する網走地域には、北海道の東部を構成する地質の多くが分布しています。網走地域をはじめとする北海道の東部地域の地史(地質学的な歴史)を解明することは、北海道や千島列島、さらにはオホーツク海の生い立ちを知る上で重要です。網走地域とその周辺地域は、戦時中は石油地質の面から注目され、1939年には広域の地質図(地層や岩体がどこにどのように広がっているかを表した地図で、土地のなりたち、地質災害の傾向などを読み取ることができる、国土の基本情報の一つ)が作成されました。その後は1960年代に地質図幅(地質図を緯度経度で区切ったもの)が順次刊行されましたが、旧図郭(地図の範囲を一定の基準で区切ったもの)の「常呂(ところ)」地域とその南側の「女満別(めまんべつ)」地域が未刊のまま取り残され、半世紀近くが過ぎました。この間、層序(地層のできた順序;新旧関係)や年代などの見直しにつながる成果も若干報告されていますが、この地域の層序と地質分布を明確化するまでには至っていませんでした。
研究内容
今回の5万分の1地質図幅「網走」の刊行により、網走地域の全域にわたる詳細な地質分布が初めて示されたといえます(図1)。この地質図幅は8月10日から委託販売を開始します。
(https://www.gsj.jp/Map/JP/purchase-guid.html)
図1 網走地域の地質(5万分の1地質図幅)
「網走」地域周辺を含む地表踏査を行い、地層・岩石の分布や種類を調べ、また採取した岩石試料の年代測定や微化石の検討を行いました。
網走地域では、ジュラ紀後期(約1億6千万年前)~白亜紀後期(約7000万年前)の付加体(海洋プレートが沈み込むときに、海溝にたまった土砂とともに大陸側に押しつけられ、はぎ取られた地質体を付加体という)として形成された仁頃(にころ)層群が最も古い岩石です。それを覆って、約2300万年~1600万年前頃に浅海~陸棚で堆積した堆積岩類(常呂層・車止内(くるまとまない)層)、約1000万年前に海底火山の噴火で形成された網走層や海底火山の縁辺で堆積した鱒浦(ますうら)層、約700~500万年前にやや深い海底で堆積した呼人(よびと)層、約500~300万年前に浅い海底で堆積した美岬(みさき)層が分布しています(図2)。
図2 網走地域の地質がどのように改められたのか
従来の研究では、網走層を覆う地層として能取(のとろ)層と呼人層が識別されていました。ところが、堆積物に含まれる微細なプランクトン化石(珪藻、渦鞭毛藻)を検討したところ、能取半島に分布する能取層は呼人層と同じ時代の堆積物であること、能取湖西側に分布する能取層は常呂層と同じ時代の堆積物であることが判明しました。このため、地層区分に関する従来の見解を大きく改訂することとしました。
「網走」地域を含む北海道東部には、約3000万年前から約500万年前にかけて、さまざまな形成年代を持つ見かけのよく似た泥岩層が分布しています。これらをそれぞれ区別し形成年代を明らかにすることは、北海道とオホーツク海がどのように発達したか、さらにそこに各種地下資源がどう形成されたかを解明する上で重要ですが、1970年代初めまでこれら泥岩層の形成年代を決める良い手法がありませんでした。1970年代から1990年代にかけて、微細なプランクトンの化石(微化石)である珪藻化石と渦鞭毛藻化石の生物学的な分類が飛躍的に進歩し、その結果それらを示準化石として使って泥岩層の形成年代を決定する技術(微化石層序)が大きく向上しました(図3)。
図3 「網走」地域の泥岩層から産出した珪藻化石
1. Thalassionema schraderi Akiba [約950万年前~約770万年前], 呼人層
2. Denticulopsis dimorpha var. dimorpha (Schrader) Simonsenm [約1000万年前~約930万年前], 鱒浦層
3. Denticulopsis simonsenii Yanagisawa et Akiba [約1450万年前~約870万年前], 鱒浦層
出現と絶滅した時期が判明している化石の産出状況で地層の形成年代を決めます。
図4 網走層に割って入る玄武岩質安山岩の巨大な貫入岩体
網走地域に広く分布する網走層は、帽子岩や網走市指定天然記念物であるポンモイ柱状節理など、いくつもの景勝地を作り出しています。これらは現在火山活動が起きていないこの地域が、約1000万年前には活発な海底火山活動の場であったことを示す名残です。海岸線に続く崖では、流動性に富む溶岩が海底を流れてできた枕状溶岩や、延長1.7kmにわたって露出する巨大な貫入岩体を観察できます(図4)。
日本では、積丹半島が海底火山活動による地層の観察に適したフィールドとして有名ですが、網走地域でもそれに勝るとも劣らない素晴らしい露頭がいくつも見いだされました。他にも、付加体を構成する玄武岩類や、約12万年前に発生した屈斜路カルデラの巨大噴火による火砕流堆積物など、この地域には北海道の各地で見られるさまざまな種類の地質体が分布しています。
まとめ
今回の地質図では珪藻化石と渦鞭毛藻化石による泥岩層の形成年代決定が地質図の精度向上に大きな役割を果たしました。化石の研究が地質図の精度を上げたといえます。北海道東部の5万分の1地質図、および20万分の1地質図の多くは1970年代までに作成されており、泥岩層の区分と形成年代に改訂すべき点が多く残されているので、今後そうした泥岩層の形成年代を微化石で決定していくことにより、地質図の精度を向上させることができます。今回の改訂は北海道東部各地における地質の成り立ちを大きく見直すきっかけとなります。
複雑な生い立ち故にさまざまな地質災害に見舞われがちな日本で、将来どのように大地とつきあっていくか、楽しみながら考えることができるような、新たなスタイルの着地型観光へ繋げることもできるでしょう。
用語解説
- ◆地表踏査
- 地質調査の最も基本的なことのひとつで、地表を自らの足で歩いて、表土を除く地盤の構成物(岩石や地層の種類、空間的・時間的な関係、広がりなど)を調査すること。
- ◆微化石
- 径数mm以下の放散虫や渦鞭毛藻など、主に顕微鏡でしか同定できない小さな化石のこと。微化石のうち、特定の種は年代決定に役立つ。微化石を含む岩石を薬品で適度に溶解させ、微化石を取り出した後、光学顕微鏡や電子顕微鏡などで観察し同定する。今回の研究で年代決定に有効であった微化石は、泥質岩に含まれる珪藻や渦鞭毛藻であった。
- ◆付加体
- 海洋プレートが海溝で大陸プレートの下に沈み込む際に、海洋プレートの上部やプレート上の堆積物が剥ぎ取られ、陸側に付加したもの。