「浮きイネ」の仕組みと起源を解明

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洪水で沈んでも背を伸ばして生き延びる

2018/07/13 名古屋大学 東北大学 科学技術振興機構(JST)

ポイント
  • 「浮きイネ」が洪水に応答して背丈を伸長させるための鍵遺伝子SD1を発見した。
  • 浮きイネが水没すると、SD1たんぱく質の働きにより植物ホルモンの1つであるジベレリンが生産され、急激な背丈の伸長を引き起こす。
  • 人類は、イネの祖先においてSD1遺伝子に生じた変異を利用した。

このたび、名古屋大学 生物機能開発利用研究センター 芦苅 基行 教授、東北大学 生命科学研究科 黒羽 剛 助教らの共同研究グループは、洪水に適応し、背丈を急激に伸長させて生き延びることができる「浮きイネ」を制御する鍵遺伝子を発見し、その分子機構と起源を明らかにしました。

本研究成果によって、長期間、洪水が続いても生存可能なイネ品種の開発や、環境に応じてイネの背丈を人為的に制御する技術の確立が期待されます。

本研究は、米国コーネル大学、理化学研究所、農業・食品産業技術総合研究機構、産業技術総合研究所、埼玉大学、東京大学、神戸大学、九州大学との国際共同研究で行われたものです。

この研究成果は、2018年7月13日付(日本時間午前3時)の米国科学雑誌「Science」オンライン版に掲載されます。

本研究は下記の支援を受けて行われました。

  • 科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業(CREST)
    「作物の地下茎による栄養繁殖化に向けた基盤技術の開発」(JPMJCR13B1)
  • 科学技術振興機構(JST) 地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)
    「ミャンマーにおけるイネゲノム育種システム強化」
  • 植物科学最先端研究拠点ネットワーク
  • キャノン財団
    「食糧問題軽減を目指したイネの分子育種と特性評価」
  • 科研費 新学術領域
    「大地環境変動に対する植物の生存・成長突破力の分子的統合解析」(22119007)
    「植物細胞壁の情報処理システム」(24114001、24114005)
    「植物の成長可塑性を支える環境認識と記憶の自律分散型統御システム」(16H01464)
    「植物の生命力を支える多能性幹細胞の基盤原理」(17H06473、17H06474)
  • 科研費 基盤研究(C)(18K06274)
  • 科研費 若手研究(B)(16K18565)
  • 科研費 特別研究員奨励費(14F03386)
  • The National Science Foundation Graduate Research Fellowship(DGE-1144153)
  • USDA NIFA(2014-67003-21858)
<研究背景と内容>

植物は、これまでさまざまな過酷な環境に適応する進化を遂げてきました。植物の生存に水は必須ですが、水没してしまうほどの大量の水は生存を脅かします。東南アジアでは、毎年雨期になると水かさが数メートルにもなる洪水が発生し、この過酷な環境が約4~5ヵ月続くこともあります。この過酷な環境では、ほとんどの植物は生きていけませんが、バングラデシュを始めとしたアジアの洪水地帯で栽培される「浮きイネ」は、ユニークな進化を遂げてきました。浮きイネは、完全に水没してしまうような洪水が長期間続いても、急激に草丈(イネの身長)を伸ばして水面から葉を出し生き延びることができます(図1)。この伸長能力は非常に高く、時には草丈が数メートルに至るほどです。しかし、その詳細な仕組みや起源については明らかになっていませんでした。

そこで私たちは、ゲノムワイド関連解析注1)および連鎖解析注2)と呼ばれる遺伝学的手法を用いることにより、浮きイネの水没に応答した草丈の伸長に関わる鍵遺伝子としてSD1(SEMI DWARF1)遺伝子を発見しました(図2)。イネは水没すると、エチレン注3)と呼ばれるガス状の植物ホルモンを発生し体内に蓄積します。続いて、OsEIL1a注4)というたんぱく質が蓄積し、これがSD1遺伝子に働き掛けてSD1たんぱく質を多量に生産させることがわかりました。SD1たんぱく質は、植物の草丈を伸長させる機能を持つ植物ホルモンであるジベレリン注5)を合成する酵素たんぱく質です。また、一般的なイネもSD1たんぱく質を保持していますが、浮きイネのSD1たんぱく質の酵素活性は、一般的なイネのものよりも圧倒的に高いことも判明しました。さらに、一般的なイネが成長するときには主にGAと呼ばれるタイプのジベレリンを生産しますが、浮きイネのSD1たんぱく質は、GAよりもGAと呼ばれるタイプのジベレリンを約20倍も多く生産する能力を持つことが明らかになりました。GAはGAに比べてより強く草丈の伸長を誘導します。以上のような巧妙なメカニズムにより、浮きイネは水没するとGAを効率良く生産し、草丈の急激な伸長を引き起こしていることが明らかになりました。

一方、私たちは、浮きイネのSD1遺伝子を手掛かりにして、さまざまなイネの遺伝子情報を比較することにより、浮きイネの起源にも迫りました。現在、私たちが栽培しているイネは、野生イネと呼ばれるイネの祖先から約8,000年の年月をかけて栽培化されたと考えられています。私たちは、浮きイネのSD1遺伝子が、南アジアや東南アジアに生息していた一部の野生イネにおいて生じた変異注6)に由来することを明らかにしました。さらに、この変異を持つ浮きイネSD1遺伝子は、バングラデシュにおける浮きイネの栽培化に利用されたことも判明しました。

SD1遺伝子は別名「緑の革命遺伝子」とも呼ばれ、この遺伝子の機能を喪失したイネ(半矮性イネ)は、ジベレリンの含量が低下することで草丈が低くなり、台風などの強風や豪雨でも倒れにくくなります(背の高いイネは収穫時に風雨に遭うと倒伏します)(図3左)。1960年代以降、この機能喪失型のSD1遺伝子(sd1)を保持した系統が数多く作出されました。これらの系統は化学肥料と共に利用され、倒伏せず高収量であるため、アジアで広く利用されました(緑の革命)。現在でもアジアで育成される多くのイネ品種がsd1を保持していることからも、この遺伝子が人類にとってどれだけ重要かがわかります。一方、浮きイネはSD1遺伝子の機能を逆に強化させることで、洪水時に急激に草丈を伸ばすことができるようになったと言えます(図3右)。人類は、同じ遺伝子の異なる変異を用いて、草丈を低くする方向だけでなく、逆に高くする方向への育種にも利用していたことが明らかになりました。

<成果の意義>

本研究による浮きイネの洪水への適応メカニズムの解明を通して、イネは同じ機能を持つ遺伝子であっても、その働き方を変えることにより、さまざまな環境への適応能力を獲得し育種に利用されてきたことがわかりました。また、本研究により、これまで不明であった浮きイネの起源が初めて明らかにされました。近年、世界各地において降水量の減少による乾燥・砂漠化や、多雨による大洪水といった異常気象が相次いで報告されています。今回明らかになった成果を応用することにより、高収量の浮きイネ品種の開発や、さまざまな環境変化に応じてイネの草丈を調整する技術の確立が期待されます。

<参考図>

図1 水没に対する浮きイネの草丈の伸長

図1 水没に対する浮きイネの草丈の伸長

図2 浮きイネの水没に応答した草丈伸長のメカニズム

図2 浮きイネの水没に応答した草丈伸長のメカニズム

図3 イネの草丈とSD1遺伝子の関係

図3 イネの草丈とSD1遺伝子の関係
<用語解説>
注1)ゲノムワイド関連解析
生物は個体や系統などにより、大きさや病気に対する抵抗性などのさまざまな性質(形質)を持っている。多数の系統のDNA配列データと形質データを統計解析し、それぞれの形質に関連する遺伝子について染色体上の位置を検出する遺伝学的手法。GWAS(ジーバス)とも呼ばれる。
注2)連鎖解析
遺伝学的な特性(連鎖)を利用することにより、ある形質に関連する遺伝子について染色体上の位置を決める手法。2つの親に由来する雑種集団を用いる点がゲノムワイド関連解析とは異なる。
注3)エチレン
ガス状の植物ホルモンで、植物が傷ついたときの防御反応の誘導や、果実の成熟促進などの機能を持つ。
注4)OsEIL1a
DNAに特異的に結合する転写因子と呼ばれるたんぱく質の1つ。イネ植物体内のエチレンの情報を受け取り、エチレンへの応答に関連する遺伝子を働かせる機能を持つ。
注5)ジベレリン
植物ホルモンの一種。植物において細胞の伸長促進や、種子の発芽促進などの機能を持つ。ジベレリンには複数の種類が存在し、イネ植物体における通常の栄養成長期には、GAが主要なジベレリンとして存在している。
注6)変異
同一種あるいは1つの集団内の個体間にみられる形質の違い。主に遺伝子の違いによって生じる遺伝的変異を指し、浮きイネのSD1遺伝子にみられる変異はDNAの塩基配列の違いに由来する。
<論文情報>

タイトル:“An Ethylene-Gibberellin Signaling Underlies Adaptation of Rice to Periodic Flooding”

著者名:Takeshi Kuroha, Keisuke Nagai, Rico Gamuyao, Diane R. Wang, Tomoyuki Furuta, Masanari Nakamori, Takuya Kitaoka, Keita Adachi, Anzu Minami, Yoshinao Mori, Kiyoshi Mashiguchi, Yoshiya Seto, Shinjiro Yamaguchi, Mikiko Kojima, Hitoshi Sakakibara, Jianzhong Wu, Kaworu Ebana, Nobutaka Mitsuda, Masaru Ohme-Takagi, Shuichi Yanagisawa, Masanori Yamasaki, Ryusuke Yokoyama, Kazuhiko Nishitani, Toshihiro Mochizuki, Gen Tamiya, Susan R. McCouch and Motoyuki Ashikari

DOI:10.1126/science.aat1577

<お問い合わせ先>
<研究に関すること>

芦苅 基行(アシカリ モトユキ)
名古屋大学 生物機能開発利用研究センター 高次生体分子機能研究分野 教授

黒羽 剛(クロハ タケシ)
東北大学 生命科学研究科 植物細胞壁分野 助教

<JST事業に関すること>

川口 哲(カワグチ テツ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部

<報道担当>

名古屋大学 総務部 総務課 広報室

高橋 さやか(タカハシ サヤカ)
東北大学 大学院生命科学研究科 広報室 特任助教

科学技術振興機構 広報課

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