クモ糸が形成される初期機構を解明

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強い糸を作るためには分子レベルの準備が必要

2018/05/29 理化学研究所 科学技術振興機構(JST)
内閣府政策統括官(科学技術・イノベーション担当)

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター バイオ高分子研究チームのヌル・アリア・オクタビアニ 特別研究員、アリ・マライ 研究員、沼田 圭司 チームリーダーらの研究チームは、クモの糸が形成される際、クモ糸の主成分であるシルクタンパク質が局所的に「ポリプロリンIIヘリックス構造注1)」を形成することで、シルクタンパク質の一部がクモ糸形成に必要なベータシート構造注2)に転移することを発見しました。

本研究成果は、有害な有機溶剤を使わない環境低負荷型のクモ糸材料の開発や、クモ糸のような高いタフネスを示す素材の開発につながると期待できます。

クモ糸の形成には、ベータシート構造の形成が関与しています。しかし、シルクタンパク質では、同構造の形成過程で、溶液から固体へ非常に速い相転移が生じることから、その分子機構を解明することは困難でした。

今回、研究チームはシルクタンパク質が持つ非晶領域と結晶領域の繰り返し配列を遺伝子組み換え技術注3)で合成し、クモ糸が形成される直前の溶液状態を試験管内で再現しました。シルクタンパク質の分子構造を解析した結果、非晶領域がポリプロリンIIヘリックス構造を形成していました。このことから、クモ糸が形成される直前のシルクタンパク質が高濃度で蓄積される条件下において、同構造を形成することで、クモ糸の形成を妨げる凝集を防ぎ、結晶領域がベータシート構造へと転移することが明らかになりました。

本研究は、英国のオンライン科学雑誌「Nature Communications」(2018年5月29日付:日本時間5月29日)に掲載されます。

本成果は、以下のプログラム・研究開発課題によって得られました。

内閣府 革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)
URL:https://www.jst.go.jp/impact/

プログラム・マネージャー:鈴木 隆領

研究開発プログラム:超高機能構造タンパク質による素材産業革命

研究開発課題:高機能タンパク質素材の高機能発現メカニズムの解明

研究開発責任者:沼田 圭司
(理化学研究所 環境資源科学研究センター バイオ高分子研究チーム チームリーダー)

研究期間:平成26年度~平成30年度

<鈴木 隆領 プログラム・マネージャーのコメント>

本プログラムでは、クモ糸などの天然に存在する構造タンパク質素材を分析し、それらの素材を人工的に生産することによって、既存素材ではなし得ない性能を有した次世代素材・製品の開発に取り組んでいます。構造タンパク質素材の機械的な特性(強度や伸度など)と素材中の分子構造には密接な関わりがあることが知られていますが、天然クモ糸の分子構造は未知な部分が多く、その物性発現メカニズムは完全には解明されていません。今回の成果は天然クモ糸が紡糸される直前の溶液状態における構造変化に関する有用な知見であると考えており、本成果を人工構造タンパク質素材の分子設計や培養・紡糸条件にフィードバックすることによって、素材の高強度化・高機能化に寄与する研究成果だと考えています。

<背景>

クモやカイコなど一部の生物種が生産する糸には、特異的な物性があります。なかでも、クモが獲物を素早く捕まえるときや、危機に遭遇して逃げるときに命綱として使う「牽引糸(けんいんし)」は、軽量でありながら鉄以上の強靭さがあり、高強度構造材料など幅広い分野への応用が期待されています。

このような特異的な物性は、クモ糸の主成分であるシルクタンパク質が、二次構造の1つである「ベータシート構造」を周期的に形成することで現れます(図1)。しかし、シルクタンパク質の場合、同構造の形成過程で、溶液から固体へ非常に速い相転移が生じることから、その分子機構を解明することは困難でした。これが、天然クモ糸を人工的かつ効率的に作製する技術がいまだ開発されない要因の1つです。そのため、クモ糸の形成過程におけるシルクタンパク質の構造変化を解明することは、有害な有機溶剤を使わない環境低負荷型のクモ糸材料や、クモ糸のような高いタフネスを示す素材を開発する上で重要です。

シルクタンパク質は、その両末端であるN末端とC末端注4)の構造がつながることで、クモ糸の形成が進行することが知られています(図1)。一方で、N末端とC末端の間に存在する結晶領域(結晶化した硬い領域=ベータシート構造)と非晶領域(結晶化していない軟らかい領域)の「繰り返し配列」は、シルクタンパク質の大部分を占めるにもかかわらず、その機能と構造の相関は明らかになっていませんでした。

<研究手法と成果>

研究チームは、シルクタンパク質の結晶領域と非晶領域の繰り返し配列を、大腸菌を用いた遺伝子組み換え技術により合成し、クモ糸が形成される直前の溶液状態を試験管内で再現しました。そして、シルクタンパク質の分子構造を溶液核磁気共鳴分光法注5)、円二色性注5)、振動円二色性注5)を用いて調べました。その結果、クモ糸が形成される直前の溶液状態のシルクタンパク質の繰り返し配列は、「ランダムコイル注2)」が65%程度、「ポリプロリンIIヘリックス構造」が24%程度であることが分かりました(図2)。

シルクタンパクの非晶領域はアミノ酸のグリシン注6)を多く含んでいます。一方、結晶領域はポリアラニン注6)で構成されています。アミノ酸配列に着目して解析したところ、非晶領域がポリプロリンIIヘリックス構造を形成することが分かりました。また、この構造が脱水と剪断(せんだん)応力により、結晶領域のベータシート構造へ転移を助けていることが示されました(図2)。

これらのことから、クモ糸が形成される直前のシルクタンパク質が高濃度に蓄積された状態では、非晶領域がポリプロリンIIヘリックス構造を形成することでシルクタンパク質の非特異的な凝集を防ぎ、結晶領域がベータシート構造に転移することが明らかになりました。

<今後の期待>

本研究では、結晶領域が比較的短いシルクタンパク質を利用しており、報告したベータシート構造の形成機構が全てのクモ糸に該当するかについては、さらなる研究が必要です。

今後、日本に多く生息するジョロウグモ(図3)のシルクタンパク質を用いた研究を行うことで、本研究成果を強力な人工クモ糸の分子設計や合成プロセスに生かすことが可能になります。さらに、生体由来の物質だけで人工クモ糸を作製する際には、欠かせない分子機構として幅広く利用されると期待できます。

<参考図>

図1 シルクタンパク質の模式図

図1 シルクタンパク質の模式図

シルクタンパク質は、N末端とC末端の間に結晶領域(結晶化した硬い領域=ベータシート構造、グレー)と非晶領域(結晶化していない軟らかい領域、ピンク)が交互に繰り返してできている。N末端とC末端の構造が分子間の相互作用に寄与し、糸の形成が進行することが知られている。

図2 シルクタンパク質におけるベータシート構造の形成機構

図2 シルクタンパク質におけるベータシート構造の形成機構

グリシンが多く含まれる非晶領域がポリプロリンIIへリックス構造を形成する。同構造が脱水と剪断(せんだん)応力により、ポリアラニンから構成される結晶領域がベータシート構造に転移することを助ける。溶液から固体に転移する繊維化は、不可逆的である(繊維から溶液には戻れない)と考えられている。

図3 ジョロウグモと糸

図3 ジョロウグモと糸
<用語解説>
注1)ポリプロリンIIヘリックス構造
タンパク質が構築する二次構造の1つで、左巻きヘリックスが3アミノ酸残基でひと巻きする。
注2)ベータシート構造、ランダムコイル
ベータシート構造はタンパク質が構築する二次構造の1つで、互い違いに隣り合ったいくつかのポリペプチド鎖が、水素結合により形成する平面状の構造のこと。クモ糸が特性として持つ高強度の由来となる、結晶構造を形成する。ランダムコイルは、特定の二次構造を示さない状態を指す。
注3)遺伝子組み換え技術
本研究では大腸菌を用いて遺伝子組み換えを行った。目的のタンパク質に対応した遺伝子を大腸菌に導入した後に、その大腸菌を培養することで、目的のタンパク質を合成させる。
注4)N末端、C末端
タンパク質はアミノ酸がつながったポリマーであり、隣接するアミノ酸は、それぞれのアミノ基とカルボキシル基がペプチド結合をしている。このポリマーの末端のフリーのアミノ基側をN末端、カルボキシル基側をC末端と呼ぶ。
注5)溶液核磁気共鳴分光法、円二色性、振動円二色性
溶液核磁気共鳴分光法は、核磁気共鳴を利用して水溶液中の分子の構造や運動性を調べる手法。円二色性は、紫外・可視領域を利用した円偏光二色性スペクトルを測定し、タンパク質の二次構造を調べる手法。振動円二色性は、前述の円二色性とは異なり、赤外領域を利用した円二色性スペクトルであり、ポリプロリンIIヘリックス構造の評価に広く利用されている。
注6)グリシン、ポリアラニン
グリシンはアミノ酸の1つ。クモ糸を構成するシルクタンパク質の場合、非晶領域に多く存在する傾向にある。ポリアラニンは、アミノ酸の1つであるアラニンが複数つながった配列。シルクタンパク質の場合、結晶領域として振る舞うことが多い。
<論文情報>

タイトル:“Conformation and dynamics of soluble repetitive domain elucidates the initial β-sheet formation of spider silk”

doi:10.1038/s41467-018-04570-5

<お問い合わせ先>
<研究に関すること>

沼田 圭司(ヌマタ ケイジ)
理化学研究所 環境資源科学研究センター バイオ高分子研究チーム チームリーダー

<ImPACT事業に関すること>

内閣府 革新的研究開発推進プログラム担当室

<ImPACTプログラム内容およびPMに関すること>

科学技術振興機構 革新的研究開発推進室

<報道担当>

理化学研究所 広報室 報道担当

科学技術振興機構 広報課

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