新粒子「ダイオメガ」

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スパコン「京」と数理で予言するクォーク6個の新世界

2018-05-24 理化学研究所 京都大学 大阪大学

理化学研究所(理研)仁科加速器科学研究センター量子ハドロン物理学研究室の権業慎也基礎科学特別研究員、土井琢身専任研究員、数理創造プログラムの初田哲男プログラムディレクター、京都大学基礎物理学研究所の佐々木健志特任助教、青木慎也教授、大阪大学核物理研究センターの石井理修准教授らの共同研究グループ「HAL QCD Collaboration[1]」は、スーパーコンピュータ「京」[2]を用いることで、新粒子「ダイオメガ(ΩΩ)」の存在を理論的に予言しました。

本研究成果は、素粒子のクォーク[3]がどのように組み合わさって物質ができているのかという、現代物理学の根源的問題の解明につながると期待できます。

クォークには、アップ、ダウン、ストレンジ、チャーム、ボトム、トップの6種類があることが、小林誠博士と益川敏英博士(2008年ノーベル物理学賞受賞)により明らかにされました。陽子や中性子はアップクォークとダウンクォークが3個組み合わさって構成されており、3個のストレンジクォークからなるオメガ(Ω)粒子も実験で観測されています。3個のクォークからなる粒子(バリオン[4])は、これまで多数見つかっていますが、6個のクォークからなる粒子(ダイバリオン[5])は、1930年代に発見された重陽子(陽子1個と中性子1個)以外には見つかっていません。今回、共同研究グループは、2個のΩ粒子の間に働く力を「京」を用いて明らかにし、ダイオメガ(ΩΩ)の存在を予言しました。これは、6個のストレンジクォークだけからなる最も奇妙なダイバリオンであり、重陽子の発見以来、約1世紀ぶりとなる実験的発見が期待できます。

本研究は、米国の科学雑誌『Physical Review Letters』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(5月23日付け:日本時間5月24日)に掲載される予定です。

新粒子「ダイオメガ」

図 スーパーコンピュータ「京」(左)とダイオメガ(ΩΩ)のイメージ図(右)

※共同研究グループ

理化学研究所
仁科加速器科学研究センター 量子ハドロン物理学研究室
基礎科学特別研究員 権業 慎也(ごんぎょう しんや)
専任研究員 土井 琢身(どい たくみ)
数理創造プログラム
プログラムディレクター 初田 哲男(はつだ てつお)

京都大学基礎物理学研究所
特任助教 佐々木 健志(ささき けんじ)
(理研仁科加速器科学研究センター 客員研究員)
教授 青木 慎也(あおき しんや)
(理研仁科加速器科学研究センター 客員研究員)

大阪大学核物理研究センター
准教授 石井 理修(いしい のりよし)
(理研仁科加速器科学研究センター 客員研究員)

※研究支援

本研究は、文部科学省 HPCI戦略プログラム分野5「物質と宇宙の起源と構造(統括責任者:青木慎也)」、文部科学省 ポスト「京」重点課題9「宇宙の基本法則と進化の解明(統括責任者:青木慎也)」および計算基礎科学連携拠点(JICFuS)による支援を受けて行われました。また、本研究は、理化学研究所のスーパーコンピュータ「京」と「HOKUSAI」、筑波大学の「HA-PACS」を利用して得られた成果です。

背景
-南部博士のバトンをつなぐ、クォーク・バリオンの研究-

私たちの身の回りの物質は全て、「クォーク」と「レプトン[6]」(電子やニュートリノなど)と呼ばれる素粒子からできています。陽子や中性子、そしてオメガ(Ω)粒子など3個のクォークから構成される粒子は「バリオン」と総称されています。また、バリオンが複数集まったものが原子核です。特に、二つのバリオン(クォーク6個)からなる最も簡単な原子核は「ダイバリオン」と呼ばれます。ダイバリオンは実験的には、重陽子(陽子1個と中性子1個の結合状態)が1930年代に発見されたのみであり、それ以外のダイバリオンは現在に至るまで観測されていません(図1)。

クォークの運動を決める基礎理論は、南部陽一郎博士(2008年ノーベル物理学賞受賞)によって提唱された「量子色力学[7]」です。しかし、量子色力学の基本方程式を紙と鉛筆だけで解くことは、理論物理学の最先端手法をもってしても困難です。ケネス・ウィルソン博士(1982年ノーベル物理学賞受賞)は、この困難を解決する「格子ゲージ理論[8]」を提唱しました。その後、この理論に基づいた大規模数値シミュレーションを行うことにより、量子色力学の直接計算が可能になりました。さらに、2007年に石井理修准教授、青木慎也教授、初田哲男プログラムディレクターは、格子ゲージ理論を用いて、2個のバリオンの間に働く力を明らかにする新しい方法を提案しました注1)。これにより、量子色力学から直接ダイバリオンの研究を行う道が拓かれましたが、ダイバリオンについての現実世界のシミュレーション[9]は、当時の理論手法とスーパーコンピュータの性能では不可能でした。

注1)N. Ishii, S. Aoki and T. Hatsuda,“Nuclear Force from Lattice QCD”Physical Review Letters, vol. 99, p.022001, 2007.

研究手法と成果
-スパコン「京」と「HOKUSAI」が解き明かしたクォーク6個の新世界-

共同研究グループは、石井准教授、青木教授、初田プログラムディレクターの方法を発展させ、現実世界でのダイバリオンの研究を初めて成功させました。本研究の鍵となったのは、「理論手法の発展」、「計算アルゴリズムの開発」、「スーパーコンピュータの性能向上」の三つです(図2)。

まず「理論手法の発展」では、時間依存型HAL QCD法[10]という新手法の確立により、数値計算誤差を指数関数的に縮小させることに成功しました。また、陽子や中性子だけでなく、Ω粒子を含む多種多様なバリオンの間に働く力を計算できるように理論を拡張しました。「計算アルゴリズムの開発」では、複雑に絡み合うクォークの運動を高速で計算できる、統一縮約法[11]という独自の数値計算アルゴリズムを開発し、これまで難しかった大規模数値シミュレーションを可能にしました。

これら新しい理論手法と計算アルゴリズムに基づき、理研のスーパーコンピュータ「京」や「HOKUSAI」などを用いて、初めて現実世界でのバリオン間に働く力を計算しました。この計算は、最先端のスーパーコンピュータでなくては実現困難なもので、それでも約3年の歳月を要しました。

今回のシミュレーション結果の一つとして、2個のΩ粒子間に働く力に興味深い振る舞いが発見されました。2個のΩ粒子をだんだん近づけていった場合、0.3×10-13cm程度まではお互いに引き合いますが、それ以上近づくと、強く反発し合うことが分かりました(図3)。さらに、この引き合う力のおかげで、2個のΩ粒子が結合状態を作る可能性が示されました。

また、この新粒子「ダイオメガ(ΩΩ)」は、重陽子とよく似た性質を持っていることが明らかになりました。重陽子は陽子1個と中性子1個が弱く結合し、陽子と中性子が空間的に離れて運動しています。ダイオメガも2個のΩ粒子が弱く結合し、Ω粒子同士が空間的に大きく離れて運動していることが分かりました(図4)。これは、ダイオメガが重陽子と同様に、ユニタリー極限[12]近傍という非常に結合が壊れやすい特殊な状態になっていることを意味しています。

今後の期待
-スパコンと数理によるダイバリオン研究の幕開け-

本成果により、2個のΩ粒子からなる新粒子「ダイオメガ」が現実世界に存在する可能性が明らかになりました。この予言を受けて、今後、世界各地で行われる重イオン衝突実験[13]により、重陽子の発見以来、約1世紀ぶりとなるダイバリオンの新発見が期待できます。 また本研究では、現実世界で、量子色力学からバリオンの間に働く力を導出することに初めて成功しました。今後は、「京」を用いて行った多種多様なバリオン間の力に関する大規模数値シミュレーション結果を発表し、6個のクォークが織りなすダイバリオンの世界を明らかにする予定です。スパコンと数理により、クォークがどのように組み合わさって物質ができているのかという、現代物理学の根源的問題の解明につながると期待できます。

原論文情報

Shinya Gongyo, Kenji Sasaki, Sinya Aoki, Takumi Doi, Tetsuo Hatsuda, Yoichi Ikeda, Takashi Inoue, Takumi Iritani, Noriyoshi Ishii, Takaya Miyamoto, Hidekatsu Nemura, “Most Strange Dibaryon from Lattice QCD”, Physical Review Letters, 10.1103/PhysRevLett.120.212001

発表者

理化学研究所
仁科加速器科学研究センター 量子ハドロン物理学研究室
基礎科学特別研究員 権業 慎也(ごんぎょう しんや)
専任研究員 土井 琢身(どい たくみ)

数理創造プログラム
プログラムディレクター 初田 哲男(はつだ てつお)

京都大学 基礎物理学研究所
特任助教 佐々木 健志(ささき けんじ)
教授 青木 慎也(あおき しんや)

大阪大学 核物理研究センター
准教授 石井 理修(いしい のりよし)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
京都大学 総務部 広報課 国際広報室
大阪大学 核物理研究センター 庶務係

補足説明
  1. HAL QCD Collaboration
    理研、京都大学、大阪大学、日本大学の研究者による共同研究グループ。Hadrons to Atomic nuclei from Lattice QCD Collaborationの略称。QCDはquantum chromodynamicsの略で量子色力学、Lattice QCDは格子量子色力学を指す。
  2. スーパーコンピュータ「京」
    文部科学省が推進する革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)の中核システムとして、理研と富士通が共同で開発を行い、2012年9月に共用を開始した。1秒間に1京回(1兆の1万倍)の計算ができる計算速度10ぺタフロップス級のスーパーコンピュータ。
  3. クォーク
    物質を構成する最も基本的な素粒子で、6種類のフレーバー(軽い方からアップ、ダウン、ストレンジ、チャーム、ボトム、トップ)と3種類のカラー(赤、青、緑)を持つ。
  4. バリオン
    3個のクォークが結合してできる粒子。陽子や中性子のほかに、ラムダ(Λ)粒子やデルタ(Δ)粒子、そして本研究で取り扱ったオメガ(Ω)粒子などがある。
  5. ダイバリオン
    2個のバリオン(クォーク6個)から構成される粒子。これまで確定しているものは陽子1個中性子1個からなる重陽子のみで、理論的には、Hダイバリオンなどさまざまなダイバリオンが予言されている。

    RIKEN Research > Research Highlights ”Hunting the unseen“ (英語ページ)

  6. レプトン
    クォークと並び、物質を構成する最も基本的な素粒子で、電子やニュートリノなどが属する。
  7. 量子色力学
    量子色力学(quantum chromodynamics、QCD)は、原子核を構成するクォークとその間に働く強い相互作用を媒介するグルーオンが従う物理法則であり、素粒子の標準理論の一部である。量子色力学によれば、クォークは単体で存在できず、常に数個のクォークが集まって、バリオンなどの複合粒子を作ると考えられている。
  8. 格子ゲージ理論
    量子色力学などのゲージ理論を、時間と空間を4次元の格子状グリッドで置き換えて定式化する理論。モンテカルロ法などを使った大規模数値シミュレーションに適している。
  9. 現実世界のシミュレーション
    量子色力学に基づくシミュレーションは、パイ中間子の質量で特徴づけられ、その質量が大きいほど容易に計算ができる。現実世界でのパイ中間子の質量は、約140MeV(Mは100万、eVは電子ボルト、1MeVは約1.8×10-30kg)である。しかし、これまで行われてきた研究はスーパーコンピュータの性能の限界から、その質量が数倍以上大きい、現実から離れた状況での計算しかできなかった。一方、今回のスーパーコンピュータ「京」を用いたシミュレーションでは、パイ中間子の質量を146MeVで計算することが可能となり、ほぼ現実世界と対応する計算を実現した。
  10. 時間依存型HAL QCD法
    従来のHAL QCD共同研究グループの方法では、決まった一つのエネルギーを持つ状態(エネルギー固有状態)に対してのみ適用することが可能であったが、この方法では、複数のエネルギー固有状態を含んだ状態にまで適用することができる。この方法を用いることで、数値計算誤差を抑えることができるようになった。
  11. 統一縮約法
    従来の計算手法では、クォークの個数が増えるにつれ、その運動の絡み合い(縮約)に関する計算量が急速に増大するという問題があったが、統一縮約法では、複数の縮約計算を統一的に扱うことで、指数関数的な高速化を達成した。
  12. ユニタリー極限
    二つの粒子の間の低エネルギーの散乱は、散乱長というパラメータで特徴づけられる。散乱長が発散する状況をユニタリー極限と呼ぶ。このとき、系の状態が物質の詳細な性質に依存しない普遍的な振る舞いを示すことが知られている。
  13. 重イオン衝突実験
    陽子から金原子核までのさまざまな粒子をほぼ光速近くまで加速し、衝突させる実験。米国ブルックヘブン国立研究所(BNL)にある加速器施設RHICなどでこれまで実施されてきた。また、ドイツ重イオン研究所(GSI)にある加速器施設FAIRや茨城県東海村にある加速器施設J-PARCにおいても重イオン衝突実験が計画されている。

 

クォーク、バリオン、ダイバリオンの模式図の画像

図1 クォーク、バリオン、ダイバリオンの模式図

クォークは物質の基本構成要素である素粒子で、アップ(u)、ダウン(d)、ストレンジ(s)など全部で6種類が存在する。3個のクォークから構成される粒子をバリオンといい、中性子(アップクォーク1個とダウンクォーク2個)、陽子(アップクォーク2個とダウンクォーク1個)、Ω粒子(ストレンジクォーク3個)などがある。6個のクォークからなる粒子をダイバリオンといい、実験的には中性子と陽子が結合した重陽子のみが見つかっている。今回、スーパーコンピュータ「京」を用いたシミュレーションにより、ストレンジクォーク6個(Ω粒子2個)からなるダイオメガ(ΩΩ)を理論的に予言した。

現実世界でのダイバリオン研究を可能にした三つの鍵の図

図2 現実世界でのダイバリオン研究を可能にした三つの鍵

「理論手法の発展」により、数値データのノイズ抑制に成功し、「計算アルゴリズムの開発」により、これまで難しかった大規模シミュレーションが可能になった。これらにより、「京」と「HOKUSAI」など最先端のスーパーコンピュータを用いて、現実世界でのバリオン間に働く力の計算が実現できた。

スーパーコンピュータ「京」を用いて得られた現実世界でのΩ粒子の間の相互作用の図

図3 スーパーコンピュータ「京」を用いて得られた現実世界でのΩ粒子の間の相互作用

二つのΩ粒子間の距離が約0.3×10-13cmより小さい場合(緑色の領域)は反発力が働き、0.3×10-13cmより大きい場合(水色の領域)は引力が働いていることが分かった。

粒子の結合状態を特徴づける結合エネルギーと平均二乗距離を表す図の画像

図4 粒子の結合状態を特徴づける結合エネルギーと平均二乗距離を表す図

実線は統計誤差、点線は系統誤差を表す。結合エネルギーは結合の強さを特徴づけ、平均二乗距離はダイバリオンの空間的な広がりを特徴づけている。今回のシミュレーションで予言したダイオメガ(ΩΩ)と重陽子(陽子と中性子の結合状態)は、両者とも弱く結合し、空間的に広がった粒子となっているなど、似通った振る舞いを示している。

1701物理及び化学
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