家畜法定伝染病ヨーネ病に対する制御法への応用に期待
2018-04-02 北海道大学 東北大学 日本医療研究開発機構
ポイント
- ウシの法定伝染病であるヨーネ病で、PGE2が免疫チェックポイント因子PD-L1の発現を誘導し、免疫が抑制されることを解明。
- PGE2産生を阻害するとヨーネ菌への免疫応答が活性化され、さらに免疫チェックポイント阻害薬(抗ウシPD-L1抗体)との併用により効果が増強されることを確認。
- PGE2による免疫抑制メカニズムを標的とした、ヨーネ病に対する新規制御法への応用が期待。
概要
北海道大学大学院獣医学研究院、同人獣共通感染症リサーチセンター、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(以下、農研機構)・動物衛生研究部門、東北大学らの研究グループは、ウシの法定伝染病であるヨーネ病において、プロスタグランジンE2(PGE2)と呼ばれる生理活性物質が免疫チェックポイント因子PD-L1の発現を誘導し、免疫を抑制していることを明らかにしました。
家畜の感染症には様々な種類がありますが、ワクチンが樹立されている疾患はごくわずかです。ウシの慢性感染症には、免疫が抑制されてしまい期待されたワクチン効果が発揮されない事象が認められており、新たな戦略が求められています。本研究グループは、このような慢性感染症では、免疫チェックポイント因子(PD-1/PD-L1等)*注を介してリンパ球(T細胞)の機能が疲弊化され、病態進行を助長することを明らかにしてきました。しかし、これらの免疫チェックポイント因子が、ウシにおいてどのように発現誘導されるのかについては、これまで明らかになっていませんでした。
本研究では,ヨーネ病に罹ったウシで多く発現することが確認されたPGE2に着目し、免疫チェックポイント因子との関連性やヨーネ菌に対する免疫応答への影響を検討しました。その結果、PGE2を介してPD-L1の発現が誘導され、免疫抑制が引き起こされることを明らかにしました。さらに、シクロオキシゲナーゼ-2阻害剤を用いてPGE2産生を阻害すると、ヨーネ菌に対する免疫応答が活性化され、この効果は免疫チェックポイント阻害薬(抗ウシPD-L1抗体)との併用により、さらに増強されることも明らかになりました。本研究の知見を基に、PGE2を介した免疫抑制メカニズムを標的とした、ヨーネ病に対する新規制御法への応用が期待されます。
本研究の一部は、文部科学省科学研究費助成事業、農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業、農林水産省委託プロジェクト研究・薬剤耐性問題に対応した家畜疾病防除技術の開発、農研機構生物系特定産業技術研究支援センター革新的技術開発・緊急展開事業及び東北大学における国立研究開発法人日本医療研究開発機構創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(BINDS)の支援の下で行われた技術開発です。なお、本研究成果は、2018年2月26日(月)公開のInfection and Immunity誌に掲載されました。
背景
ヨーネ病はヨーネ菌の経口感染によるウシなどの反芻動物の慢性肉芽腫性腸炎で、長い潜伏期間を経て発症し、難治性の慢性下痢と重度の削痩(さくそう【やせること】)により衰弱死を引き起こします(図1・2)。この疾病は家畜伝染病予防法により家畜伝染病(法定伝染病)に指定されており、ウシの法定伝染病15種のうち唯一、日本国内で毎年発生が認められます。日本国内における2017年のヨーネ病届出数(牛)は816頭(速報値)で、北海道をはじめとして国内での発生が近年増加傾向にあります。国内の農場でひとたびヨーネ病が発生すると、疾病の蔓延を防止するために、感染家畜の淘汰はもちろんのこと、決められた年数、同居牛の検査義務、家畜の移動制限、畜舎の消毒義務などが課せられています。そのため、本疾病は全国の酪農家にとって大きな経済的損失の原因となっており、様々な防疫対策が講じられているものの、発生防止には至っていません。ヨーネ菌は結核菌と同じ細胞内寄生菌であるマイコバクテリウム属で、世界的に研究されていますが、ヨーネ病の病態や免疫応答に関して未だに不明な点が多く、有効なワクチンや制御法がない極めて重要な家畜感染症の一つです。
本研究グループは、ヨーネ病の病態や免疫応答を詳細に解明し、より有効な対策法の樹立へ繋げるために、近年精力的に共同研究を展開してきました。これまでの共同研究により、ヨーネ病の病態進行には免疫チェックポイント因子PD-1/PD-L1等を介したT細胞の機能抑制(疲弊化)が深く関与することを明らかにしています。そこで本研究では、この免疫抑制メカニズムをさらに詳細に明らかにするため、免疫抑制機能が示唆されたプロスタグランジンE2(PGE2)に着目し、免疫チェックポイント因子との関連性やヨーネ病における免疫応答に対する影響を検討しました。
研究手法
本研究では、日本国内の農場で発生したヨーネ病罹患牛の検体と、日本において唯一の動物衛生に関する国立研究機関である農研機構動物衛生研究部門においてヨーネ菌を実験感染させたウシを用いました。免疫学的な実験手法により、ヨーネ病の病態進行に伴うPGE2の動態やT細胞応答に対する抑制作用を検討しました。さらに、PGE2合成に関与するシクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)の選択的阻害剤である(=PGE2の産生を抑える)メロキシカムと抗ウシPD-L1抗体を用いて、試験管内においてヨーネ菌に対するT細胞応答の活性化効果を検討しました。
研究成果
本研究により、PGE2はウシのT細胞に対しても免疫抑制作用を有しており、ウシの末梢血単核球において免疫チェックポイント因子PD-L1の発現を誘導することが明らかになりました。さらに、ヨーネ病罹患牛では感染局所(腸管)のヨーネ菌感染細胞においてPGE2とPD-L1が共発現しており、血液中においてもPGE2量が高値を示しました。その一方で、試験管内においてCOX-2阻害剤を用いてPGE2産生を阻害すると、ヨーネ菌に対するT細胞応答が活性化されることが示されました。
このように本研究では、ヨーネ病においてPGE2を介した免疫抑制が引き起こされていることを明らかにしました。また、さらなる免疫活性化効果を期待して、試験管内でCOX-2阻害剤と抗ウシPD-L1抗体を併用した条件下でT細胞応答を評価したところ、それぞれを単剤で使用する場合よりも強力にヨーネ菌に対するT細胞応答を活性化できることが確認されました。
今後への期待
本研究により、PGE2を介した免疫抑制がヨーネ病の病態進行に深く関与することが示唆されました。今後はこれまでの知見を基盤として、COX-2阻害剤や抗ウシPD-L1抗体薬などを用いて、ヨーネ病罹患牛における免疫活性化効果を検証する生体試験を行うほか、ヨーネ病以外のウシの疾病においてPGE2を介した免疫抑制がどのように働いているかについても調べていく予定です。
論文情報
- 論文名
- Prostaglandin E2 induction suppresses the Th1 immune responses in cattle with Johne’s disease(ヨーネ病罹患牛ではプロスタグランジンE2の誘導によりTh1免疫応答が抑制される)
- 著者名
- 佐治木大和1,今内 覚1,岡川朋弘1,西森朝美1,前川直也1,後藤伸也1,池渕良洋1,永田礼子2,川治聡子2,賀川由美子3,山田慎二4,加藤幸成4,5,中島千絵6,鈴木定彦6,村田史郎1,森 康行2,大橋和彦1(1北海道大学大学院獣医学研究院,2農研機構動物衛生研究部門,3ノースラボ,4東北大学大学院医学系研究科,5東北大学未来科学技術共同研究センター,6北海道大学人獣共通感染症リサーチセンター)
- 雑誌名
- Infection and Immunity(感染免疫学の専門誌)
- DOI
- 10.1128/IAI.00910-17
- 公表日
- 2018年2月26日(月)(オンライン先行公開。最終版は4月23日(月)掲載予定)
参考図
図1.(左)削痩したヨーネ病発症牛。(右)ヨーネ病発症牛の腸管病変。特徴的病変である肉芽腫により厚くなった腸管粘膜面。写真はいずれも農研機構提供。
図2.ヨーネ病の感染経路・様式。農研機構提供。
図3.本研究で解明したヨーネ病における病態発生メカニズムと免疫活性化法
用語解説
- *注 免疫チェックポイント因子 …
- 一部の病原体やがん細胞は、免疫による攻撃を回避するような仕組みを有している。例えば免疫細胞(T細胞)のPD-1というタンパク質と、病原体の感染細胞やがん細胞のPD-L1というタンパク質が結びつくと、免疫細胞は病原体やがんに対する攻撃を止めてしまう。このPD-1やPD-L1のことを、免疫チェックポイント因子といい、PD-1とPD-L1の結合を阻害する薬を免疫チェックポイント阻害薬という。PD-1側にキャップをしてPD-L1との結合を阻害する薬を抗PD-1抗体、PD-L1側にキャップをしてPD-1との結合を阻害する薬を抗PD-L1抗体という。
お問い合わせ先
北海道大学大学院獣医学研究院
准教授 今内 覚(こんない さとる)
北海道大学大学院獣医学研究院 感染症学教室
農研機構動物衛生研究部門 細菌・寄生虫研究領域 ヨーネ病ユニット
主任研究員 永田 礼子(ながた れいこ)
ヨーネ病ユニット(農研機構のホームページ)
東北大学未来科学技術共同研究センター/東北大学大学院医学系研究科
教授 加藤 幸成(かとう ゆきなり)
東北大学大学院医学系研究科 抗体創薬研究分野
配信元
北海道大学総務企画部広報課
東北大学大学院医学系研究科・医学部 広報室
AMED事業に関するお問い合わせ先
AMED創薬戦略部医薬品研究課