国内の原子炉圧力容器の破損頻度を計算可能にする解析コードの開発に初めて成功

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確率論的破壊力学に基づく解析コードを開発

2018/03/30 国立研究開発法人日本原子力研究開発機構

【発表のポイント】

  • 国内軽水炉の原子炉圧力容器においては、安全性を示す定量的な数値指標である「破損頻度」1)(=「事故の発生頻度」×「事故が発生した際の破損確率」)に関して、従来の解析コードでは「事故の発生頻度」を考慮できなかったため、算出することができなかった。
  • 原子力機構は、「事故の発生頻度」を考慮できる解析機能を整備し、評価に影響する様々な因子の不確かさを考慮することができる確率論的破壊力学2)を用いた、国内の原子炉圧力容器の「破損頻度」を計算できる解析コードの開発に成功。
  • さらに、「破損確率」について、これまでの解析コードでは原子炉圧力容器に1つの亀裂がある場合の評価しかできなかったが、改良により原子炉圧力容器全体に複数の亀裂がある場合でも、その評価をこれまでの1万分の1以下の計算時間で実現した。
  • 原子力機構は本解析コードを2018年3月29日付で公開した。国内で唯一の解析コードとして、例えば、非破壊検査の有効性が定量的に確認できるようになるなど安全性向上への活用に役立てられることが期待される。

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:児玉敏雄。以下、原子力機構)、安全研究センター構造健全性評価研究グループ(以下、研究グループ)では、長い間運転された軽水炉における機器の健全性評価3)に関する研究の一環として、その評価に影響する様々な因子の不確かさを考慮することのできる確率論的破壊力学(PFM : Probabilistic Fracture Mechanics)に基づく解析コードPASCAL(PFM Analysis of Structural Components in Aging LWR)を大幅に改良し、実用的な解析コードとして公表しました。

原子炉圧力容器は一次冷却材のバウンダリーとして安全上最も重要な機器であり、炉心からの中性子を受けて劣化する影響を考慮して健全性評価を行う必要があります。原子炉圧力容器が壊れる可能性は極めて低いとされていますが、これまでその安全性を示す定量的な数値指標である「破損頻度」を求めることはできませんでした。軽水炉が長い間運転されるのに伴って、炉心で生じる中性子の照射量が増えるため、材料の破壊に対する抵抗力である破壊靭性は低下します。この破壊靭性は元来ばらつきが大きいため、そのばらつきや低下の進み具合の不確かさなどを考慮して原子炉圧力容器の破損頻度を求めることが必要です。破損頻度は、米国では規制基準で用いられておりますが、国内においては「事故の発生頻度」を考慮できる解析コードがなく、算出できませんでした。そこで研究グループでは、原子炉圧力容器の破損に寄与する「事故の発生頻度」を考慮する解析機能を整備しました。また、原子炉圧力容器に1つの亀裂を想定して「破損確率」を求めるこれまでのPASCALバージョン3に対して、原子炉圧力容器全体に複数の亀裂がある場合を想定した評価を行うために必要な解析モデルを導入しました。複数の亀裂に対応し、100万年に1回よりも低い頻度を算出するためには計算量が極めて多くなります。そのため、高速な数値計算手法である数値積分法やラテン超方格法4)といった効率的な計算手法を導入し、これまでの1万分の1以下の計算時間を実現しました。これにより、「破損頻度」を求めることができるようになりました。また、原子力機構が主催する産学の委員で構成されたPASCAL信頼性向上ワーキンググループにおいて、ソースプログラムの検証や複数の機関で計算した結果の比較検討を行い、PASCALは高い信頼性を有することを確認しました。さらに、研究グループでは、原子炉圧力容器の「破損頻度」を求めるための標準的な解析手順や解析に必要なデータなどを取りまとめた標準的解析要領5)を世界に先駆けて整備し、国際的に高い評価を受けました。その要領を満足し、国内の原子炉圧力容器の「破損頻度」を計算できる唯一の解析コードとして、PASCALバージョン4を公開しました。

今後、原子炉圧力容器に対する非破壊検査の有効性の検討、リスク情報を活用した検査への活用、規格改定に伴う安全性に対する余裕の評価、原子炉施設の安全性向上のための評価への活用などを通して、軽水炉機器の健全性評価におけるPFM解析の実用化に大きく寄与することが期待できます。

本解析コードは、2018年3月29日付で、JAEA-Data/Code 2017-015として公開されました。プログラムは、原子力機構のコンピュータプログラム等検索システムPRODASを通して入手することができます。

本研究におけるPASCAL4の整備は、原子力規制庁からの受託事業「高経年化技術評価高度化事業(原子炉一次系機器の健全性評価手法の高度化)」として行われたものです。

【研究開発の背景と目的】

軽水炉において、一次冷却材のバウンダリーとして安全上最も重要な機器である原子炉圧力容器は、壊れる可能性が極めて低いとされていますが、これまでその破損頻度を求めることはできませんでした。確率論的破壊力学(以下、PFM : Probabilistic Fracture Mechanics)は、機器に対する負荷や材料特性などの不確かさを考慮できることから、その破損頻度を合理的に求めることのできる手法として注目されています。例えば米国では、軽水炉の炉心で生じる中性子が照射されることによって劣化(以下、照射脆化)が進んだ原子炉圧力容器の加圧熱衝撃(以下、PTS : Pressurized Thermal Shock)事象6)時における健全性評価に関する規制基準にPFM解析が用いられています。具体的には、PFM解析で得られた原子炉圧力容器の破損頻度1)を踏まえて、照射脆化の程度を表す指標である関連温度に関する基準値が定められています。また、ある原子炉圧力容器の関連温度がその基準値を満足しない場合には、その原子炉圧力容器に対するPFM解析で求められる破損頻度が、その原子炉圧力容器を続けて運転するかどうかの判断材料の1つとして活用されています。国内では、まだ破損頻度の基準値は定められていませんが、非破壊検査の有効性に関する検討や安全性向上のための評価において、安全性(安全裕度)を示す定量的な数値指標として、原子炉圧力容器の破損頻度を活用することが期待されます。そのため、原子炉圧力容器の破損頻度を求めることのできるPFM解析コードが必要です。

研究グループでは、軽水炉における機器の健全性に関する研究の一環として、国内の原子炉圧力容器の破損頻度を求められるようにすることを目的に、PFMに基づく解析コードPASCAL(PFM Analysis of Structural Components in Aging LWR)の開発・改良を進めてきました。

【研究の手法】

PASCALは、軽水炉における安全上最も重要な機器である原子炉圧力容器の健全性に関する研究の一環として、平成8年にその整備を始めたPFM解析コードです。原子力規制庁から受託した「高経年化技術評価高度化事業(原子炉圧力容器の健全性評価手法の高度化)」(平成25年度)、及び「高経年化技術評価高度化事業(原子炉一次系機器の健全性評価手法の高度化)」(平成26年度~平成28年度)7)の一部として、改良を進めてきました。

PASCALは、もともと原子炉圧力容器の健全性評価を行ううえで重要な材料の破壊に対する抵抗力である破壊靭性などの様々な因子がもつ不確かさを考慮し、1つの亀裂があることを想定して、PTS事象などの事故が起きた場合の破損確率を求めるための解析コードです。私たちは、このPASCALバージョン3に対して、原子炉圧力容器全体に複数の亀裂がある場合を想定して破損頻度を求められるようにするため、原子炉圧力容器の健全性評価や確率論的手法などの最新の知見を踏まえて改良を行いました。例えば、原子炉圧力容器の破損に寄与する事故の発生頻度を考慮する解析機能、国内の原子炉圧力容器の破損頻度を求めるために必要な解析モデル(国内の原子炉圧力容器の照射脆化の程度を表す関連温度の予測法(脆化予測法)8)、国内原子炉圧力容器鋼材データベースに基づく破壊靭性・亀裂伝播停止破壊靭性9)モデルなど)をPASCALに整備しました。また、精度や信頼性の高い計算手法(亀裂進展の駆動力である応力拡大係数10)の最新の学協会規格に基づく算出法など。溶接によって生じる複雑な残留応力11)分布を考慮した解析も可能。)をPASCALに導入しました。さらに、PASCALに、原子炉圧力容器全体の中性子の照射量の分布や複数の亀裂を想定して、原子炉圧力容器全体の破損頻度を求めることのできる計算プログラムを整備したほか、数値積分法やラテン超方格法を実装することなどにより、これまでの1万分の1以下に計算時間を短縮するなど、その実用性を大幅に向上させました。

PFM解析コードを実用化するためには、その検証が不可欠です。そこで研究グループでは、国内の原子炉圧力容器の健全性評価やPFMの専門家で構成された専門部会12)を開催し、PASCALに導入した解析モデルや計算手法が国内の原子炉圧力容器の評価に適していることなどの確認を行いました。また、PASCALの解析プログラムを検証するため、原子力機構が主催する産学の委員で構成されたPASCAL信頼性向上ワーキンググループを開催し、開発者以外の機関によるソースプログラムの検証や複数の機関で計算した結果の比較検討を行いました。このようなPFM解析コードの整備のための活動に加えて、研究グループでは、上述の専門部会において、原子炉圧力容器の破損頻度を求めるための標準的な解析手順や解析に必要なデータ、それらの技術的根拠を取りまとめた標準的解析要領を世界に先駆けて整備しました。この標準的解析要領は、国際的に高い評価を受けています。PASCALは、その要領を満足する解析を行うことのできる唯一の解析コードです。以上のような取組みを経て、計算速度が従来に比べて格段に速く、高い信頼性を有し、国内の原子炉圧力容器の破損頻度を求めることのできる唯一の解析コード、PASCAL4が完成しました。

研究グループでは、PFM解析の実用化に向けて、このPASCAL4を用いて、例えば、非破壊検査の有効性の検討や安全性向上のための評価への活用など、その活用方策に関する研究も進めています。

【PASCALの概要】

PASCAL4は、表1に示すようにPrePASCAL、PASCAL-RV、PASCAL-Managerで構成されています。その特徴は以下のとおりです。

  • 国内の原子炉圧力容器に対するPFM解析を行うことのできる唯一の解析コード
  • 国内の原子炉圧力容器に対するPFM解析に適した計算手法(最新の学協会規格に基づく健全性評価法や応力拡大係数算出法(表2)など)に基づく解析が可能
  • 国内の原子炉圧力容器に対するPFM解析に必要な解析モデル(脆化予測法(表2)、破壊靭性・亀裂伝播停止破壊靭性モデルなど)を網羅
  • 産学による解析プログラムの検証などを通じて、高い信頼性を確保
  • 従来のPASCALに比べて1万分の1の計算時間を実現
  • PFM解析の入力データの作成や、PASCAL-RVによる並列計算を制御するPASCAL-Managerの整備により、使いやすさが向上

表1 PASCAL4の構成

モジュール名称 説明
PrePASCAL 事故が起きた時の冷却水の圧力及び水温、冷却水と容器内面間の熱伝達係数の時刻歴データから、容器壁板厚内の応力分布及び温度分布を計算する熱応力解析モジュール
PASCAL-RV 単一亀裂に対する条件付き破損確率を算出するPFM解析モジュール。
PASCAL-Manager PASCAL-RVにより計算された単一亀裂の破損確率を用いて、事故の発生頻度も考慮し、原子炉圧力容器全体の破損頻度を計算するモジュール。PASCAL-RVの入力データの作成や並列計算の制御を行うこともでき、使いやすさが向上した。

表2 主な規格類

項目 学協会 規格名
健全性評価法 日本電気協会 電気技術規程原子力編 原子炉圧力容器に対する供用期間中の破壊靭性の確認方法(JEAC4206-2016)
応力拡大係数 日本機械学会 発電用原子力設備規格維持規格(2012年版)など
脆化予測法 日本電気協会 電気技術規程原子力編 原子炉構造材の監視試験方法(JEAC4201-2007[2013年追補版])

【PASCALによる解析例】

研究グループでは、PFM解析の実用化を念頭に、PASCAL4を用いたPFM解析の活用事例を整備するなど、その活用方策についての検討も行っています。図1は、原子炉圧力容器の炉心領域に対する非破壊検査の有無や亀裂検出精度が、破損頻度1)に及ぼす影響について、PASCAL4を用いて求めた結果です。非破壊検査による亀裂検出精度がよくなるほど、破損頻度が下がり、原子炉圧力容器の安全性が向上することが示されました。また、想定しうる安全性向上の取組みとして、中性子照射量を低減する措置を行った場合を想定し、それが破損頻度に及ぼす影響も調べました。図2はその結果であり、中性子照射量低減の程度が大きいほど原子炉圧力容器の安全性が向上することを示すことができました。

このように、PASCAL4は、非破壊検査の有効性の検討や安全性向上のための評価への活用のみならず、機器が安全かどうかを評価する現行の決定論的手法に基づく評価では求めることのできない安全裕度の評価、リスク情報の活用、国内外のプラント間の健全性に関する相対比較などへの活用が期待されます。

図1 破損頻度に及ぼす非破壊検査の有無と亀裂検出精度の影響

図2 破損頻度に及ぼす中性子照射量低減の影響

【今後の計画】

今後、研究グループではPFM解析の実用化に向けて、PASCAL4を用いて、非破壊検査の有効性確認やリスク情報を活用したより合理的な非破壊検査の検討、原子炉施設の安全性向上のための評価への活用、機器が安全かどうかを評価する現行の決定論的手法に基づく評価では求めることのできない安全裕度の評価、国内外のプラント間の健全性に関する相対比較など、PFM解析の活用方策に関する検討を進め、その適用性を示していきます。

【用語解説】

1) 破損頻度

原子炉圧力容器が運転期間中に破損する頻度(単位:回/炉年)を表す数値指標であり、例えば米国では百万年に1回の頻度より小さいかどうかが、運転を継続してよいかを判断する材料の1つになっている。PFM解析により得られる亀裂貫通確率に過渡事象の発生頻度を乗じることで求められる。

2) 確率論的破壊力学(PFM : Probabilistic Fracture Mechanics)

構造物の破壊に影響する様々な因子が有する不確かさを考慮して、破壊力学に基づく評価を通じて構造物の破壊が発生する確率を定量的に評価する手法。(以下のページを参照)。
https://www.jaea.go.jp/04/anzen/group/sirg/pfm.html

3) 健全性評価

安全上重要な設備にひびなどの劣化が見つかった場合に行われる、その進展の予測を含む安全性への影響の評価。

4) ラテン超方格法

確率変数の数やサンプリング数に応じた格子状空間を設定し、その各行・列で必ずサンプリングされる因子の組合せを生成し、効率的に確率密度分布と同等のサンプリングを実現する方法のこと。

5) 標準的解析要領

解析担当者がこれを参照することでPFM解析を行い、破損頻度などの確率論的数値指標を算出できるようにすることを目的に整備された要領。(参考文献:JAEA-Research 2016-022(http://dx.doi.org/10.11484/jaea-research-2016-022))

6) 加圧熱衝撃事象((PTS)事象)

原子炉配管の破損などにより冷却材喪失事故が発生した場合、高温高圧下で非常用炉心冷却水が注入され原子炉圧力容器の内面が急冷されるため、温度差に伴って容器内面付近に引張応力が発生する事象

7) 原子力規制庁からの受託事業

安全研究センターでは、平成25年度に「高経年化技術評価高度化事業(原子炉圧力容器の健全性評価手法の高度化)」を受託し、また、平成26年度からは「高経年化技術評価高度化事業(原子炉一次系機器の健全性評価手法の高度化)」を受託することにより、PASCAL4の整備を行った。

8) 脆化予測法

供用中に中性子照射を受けて原子炉圧力容器の破壊靭性が低下することを照射脆化という。照射脆化のメカニズムに関する最新知見を踏まえて開発された、照射脆化を精度よく予測する方法。

9) 破壊靭性・亀裂伝播停止破壊靭性

衝撃試験、落重試験などの破壊靭性試験により求められる、材料の破壊に対する抵抗力を表す材料特性。破壊靭性のうち、亀裂進展後の停止に寄与する破壊靭性を亀裂伝播停止破壊靭性という。

10) 応力拡大係数

亀裂先端の応力場の強さを示し、破壊に寄与する駆動力を表す指標の一つである。

11) 残留応力

溶接施工などが終わった後に残る応力のことであり、応力拡大係数に影響することが知られている。PASCAL4には、原子炉圧力容器内面を腐食から守るためのクラッド(ステンレス鋼製)を溶接した際に生じる複雑な残留応力の分布を考慮して応力拡大係数を求める機能が実装されている。

12) 専門部会 : 正式名称は「原子炉圧力容器健全性研究専門部会」

原子力機構・安全研究センターが安全研究委員会の下に、原子炉圧力容器に関する確率論的評価手法の適用性・標準化に関する調査研究等を推進するために設置した専門部会。国内の原子炉圧力容器の健全性評価やPFMに関する学識経験者らにより構成されている。

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