価数の揺らぎが引き起こす電子の「量子」超臨界状態の発見

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2018-02-26  東京大学  理化学研究所

発表のポイント:
  • 価数の量子相転移とそれにともなった量子臨界現象を世界で初めて発見しました。
  • 量子臨界現象の起源として新しく価数の臨界揺らぎを確立しました。
  • この価数の臨界揺らぎは広く工業的に応用されている超臨界流体の電子版であり、超臨界流体に量子効果を取り入れる際の指針となることが期待されます。
発表概要:

東京大学物性研究所(所長 瀧川仁)の久我健太郎特任研究員、松本洋介助教、中辻知教授らの研究グループは理化学研究所(理事長 松本紘)放射光科学総合研究センターと協力して、大型放射光施設SPring-8(注1)の理研ビームラインBL29XUを利用した硬X線光電子分光測定(注2)を行うことで、イッテルビウム系化合物(α-YbAlB4)(注3)に鉄を微小量(1.4%)添加することでイッテルビウムイオンの価数が急峻に変化するクロスオーバー(注4)を発見しました。クロスオーバー領域(図1c)では価数が不安定であり、価数の臨界揺らぎが発達していると考えられます。

また鉄添加量1.4%では価数のクロスオーバーと同時に、磁化が非常に大きい(磁性的な性質)にもかかわらず絶対零度まで磁気秩序を示さない(非磁性的な性質)異常金属状態であることも発見しました。クロスオーバーと異常金属状態の発見から、磁性的な性質を示す価数が高い状態と非磁性的な性質を示す価数が低い状態の揺らぎが実現している(図3a)ことが示されます。これは価数の量子臨界点(注5)とそれにともなった異常金属状態の存在を示す世界で初めての実例で、工業的に広く応用されている超臨界流体(注6)を価数変化という形で実現したと言え、水や二酸化炭素で見られるような流体において「量子」超臨界流体の発見を促すと期待されます。
本研究成果は米国の科学雑誌Science Advancesの2018年2月23日付けオンライン版に公開されました。

価数の揺らぎが引き起こす電子の「量子」超臨界状態の発見

図1:水における液体-気体相転移(a)とCe単体金属における価数相転移(b)相図と量子臨界点の予想図(c)。
液体-気体相転移(図1a)も価数相転移(図1b)も共に一次相転移ですが、圧力や温度を調整することで一次相転移が消失します。価数相転移の場合、この臨界終点の周辺で、クロスオーバーと呼ばれる一次相転移の影響で強いダイナミクス(揺らぎ)をともなった状態が現れ、臨界終点で揺らぎが最も強くなります。この特徴は、水の超臨界流体と非常によく似ています。水の場合は臨界終点を絶対零度に移動させることはほぼ不可能ですが、価数相転移の臨界終点の場合は可能です。臨界終点が絶対零度にある場合、その点がまさに量子臨界点であり、図1cのように量子臨界点から延びる点線の周りの赤いクロスオーバー領域に異常金属状態が現れると期待されます。


発表内容:① 研究の背景

水が液体から固体の氷や気体の水蒸気へ変わるように、物質の状態が急激に変わることを相転移(注4)といいます。固体・液体・気体という三態の相転移と同様に、結晶構造が変わることを構造相転移、磁気的性質が変わることを磁気相転移と呼ぶなど、さまざまな相転移があります。

相転移は起こる現象により一次相転移と二次相転移(注4)に分類され、一次相転移は潜熱をともなうという特徴があります。水の液体から気体に変化する相転移は一次相転移ですが、高温・高圧条件下では一次相転移が臨界終点(注4)で消失し、超臨界流体となることが知られています(図1a)。超臨界流体では、液体と気体の状態が揺らいでいるために水分子の強いダイナミクスが現れ、気体の拡散性と液体の溶解性を併せ持ちます。そのため、水や二酸化炭素の超臨界流体は分離・抽出・乾燥・合成反応・触媒等の工業面で応用されています。水の超臨界流体では熱により励起された揺らぎが特異な性質の鍵となっていますが、一次相転移の消失が絶対零度で起こる量子相転移(注5)の場合、量子揺らぎがどのような性質を生み出すか興味が持たれます(図2)。しかし、水や二酸化炭素のような流体を絶対零度にして量子相転移を引き起こすことは実現困難です。

図2:二次相転移における熱揺らぎと量子揺らぎ。 潜熱のない二次相転移で状態Aから状態Bへ変化するときには、熱揺らぎによる経路と量子揺らぎによる経路の2通りがあります。熱揺らぎによる経路(実線矢印)では、化学反応における中間体のように一度エネルギーが高い状態へ励起して状態Bへ変化します。量子揺らぎによる経路(点線矢印)では、トンネル効果により高いエネルギーの状態を経由せず直接状態Bへ変化します。絶対零度に近い極低温では、熱揺らぎが殆どないために量子揺らぎによる経路が支配的となり、絶対零度より十分に高い温度では熱揺らぎによる経路が支配的になります。

図2:二次相転移における熱揺らぎと量子揺らぎ。
潜熱のない二次相転移で状態Aから状態Bへ変化するときには、熱揺らぎによる経路と量子揺らぎによる経路の2通りがあります。熱揺らぎによる経路(実線矢印)では、化学反応における中間体のように一度エネルギーが高い状態へ励起して状態Bへ変化します。量子揺らぎによる経路(点線矢印)では、トンネル効果により高いエネルギーの状態を経由せず直接状態Bへ変化します。絶対零度に近い極低温では、熱揺らぎが殆どないために量子揺らぎによる経路が支配的となり、絶対零度より十分に高い温度では熱揺らぎによる経路が支配的になります。

本研究では、超臨界流体に似た性質を持ち、かつ量子相転移が可能な候補として、物質中のイオンが持つ電子の数(価数)が変わる相転移に着目しました。価数は通常の物質では整数値ですが、価数揺動系(注7)と呼ばれる物質では、時間にともないイオンに電子の出入りがあり、イオンが持つ価数は非整数となります。特に希土類元素を持つ金属、例えばCe単体金属では、常温・常圧付近で価数が3.03+から3.14+へ不連続に変化し同時に体積も大きく変化する一次相転移が現れますが、高温・高圧条件下では臨界終点で一次相転移が消失します。(図1b)。最近の実験的・理論的研究から、希土類化合物において臨界終点を極低温に抑えることができ、臨界終点の周りで価数の臨界揺らぎに起因する電子の超臨界流体とも言える特殊な状態が現れることが分かってきました。この電子の超臨界状態は、理論上絶対零度でも作ることが可能で、超臨界状態に量子力学の効果を取り入れると超伝導のような異常金属状態が現れると予想されています。しかしながら、電子の超臨界状態が絶対零度で起こることを実験的に証明した報告はこれまでありませんでした。

② 研究内容

本研究グループは、イッテルビウム(Yb)化合物α-YbAlB4に注目し、アルミニウム(Al)の一部を鉄(Fe)で微小量置き換える(α-YbAl1-xFexB4)ことで圧力と似た効果が得られることに注目し、α-YbAl1-xFexB4において価数の量子相転移と異常金属状態の観測に成功しました。

大型放射光施設SPring-8の理研ビームラインBL29XUを利用した硬X線光電子分光測定から絶対温度20 K(−253 ℃)におけるYbイオンの価数を精密に見積ったところ、1.4%の微量な鉄置換(x = 0.014)で価数相転移にともなうクロスオーバーを発見しました(図3b)。価数のクロスオーバー領域にあるため、価数の臨界揺らぎ(図3a)が生じていることが分かります。更に、クロスオーバーが現れるx = 0.014付近で、ほぼ絶対零度に迫る測定温度20 mK(−273 ℃)まで磁気秩序を示さずに異常金属状態が現れることを電気抵抗・磁化率・比熱測定から発見しました(図3c)。磁化率や比熱は絶対零度に向かって発散的に増大していることから、価数の臨界揺らぎが絶対零度に向かって発達していることが分かります。その様子を磁場中の磁化の精密な温度変化から解析し、ほぼゼロ磁場・絶対零度に量子臨界点があることも同時に分かりました。今回の発見は、価数の量子相転移とそれにともなった異常金属状態を実験的に確立した世界で初めての実例であり、電子の「量子」超臨界状態を示唆しています。

本研究物質であるα-YbAl1-xFexB4では価数の一次相転移を観測できていませんが、一次相転移は仮想的に絶対零度より低い温度にあると考えられます(図3c)。一方で、体積も価数のクロスオーバーに伴い急激な変化を示し、しかも17 K(−256 ℃) から室温付近の273 K(0 ℃)までの幅広い温度でクロスオーバーにともなう体積変化が起こることが分かりました(図3b)。これは、価数の揺らぎが非常に大きなエネルギースケールを持っていることを示します。

図3:α-YbAl1-xFexB4の鉄置換量xに対するイッテルビウムイオンの状態と価数・体積・電気抵抗の変化。 (a)イッテルビウムイオンの価数が低い状態(非磁性)と価数が高い状態(磁性)とクロスオーバー領域における価数が揺らいだ状態の模式図を示しています。矢印は磁性の向きを表しています。(b)絶対零度で量子臨界点が現れる鉄置換量にて絶対温度20 K(−253 ℃)における価数と17 K(−256 ℃)から273 K(0 ℃)までの体積に急激な変化(クロスオーバー)が表れます。(c)イメージプロットは電気抵抗の温度依存性の冪(抵抗率ρ(T) ∝T nでのn値)を表し、量子臨界点周辺の極低温や価数クロスオーバー(点線)領域では冪が通常金属で現れる2より小さく、異常金属状態となっています。価数が低い領域では極低温で通常金属、価数が高い領域では磁気秩序状態を表しています。また、価数の一次相転移線(図下部の実線)は、仮想的に絶対零度より低い温度にあると考えられ、一次相転移線が絶対零度に接する点(●印)で一次相転移が消失し量子臨界点が現れます。

図3:α-YbAl1-xFexB4の鉄置換量xに対するイッテルビウムイオンの状態と価数・体積・電気抵抗の変化。
(a)イッテルビウムイオンの価数が低い状態(非磁性)と価数が高い状態(磁性)とクロスオーバー領域における価数が揺らいだ状態の模式図を示しています。矢印は磁性の向きを表しています。(b)絶対零度で量子臨界点が現れる鉄置換量にて絶対温度20 K(−253 ℃)における価数と17 K(−256 ℃)から273 K(0 ℃)までの体積に急激な変化(クロスオーバー)が表れます。(c)イメージプロットは電気抵抗の温度依存性の冪(抵抗率ρ(T) ∝T nでのn値)を表し、量子臨界点周辺の極低温や価数クロスオーバー(点線)領域では冪が通常金属で現れる2より小さく、異常金属状態となっています。価数が低い領域では極低温で通常金属、価数が高い領域では磁気秩序状態を表しています。また、価数の一次相転移線(図下部の実線)は、仮想的に絶対零度より低い温度にあると考えられ、一次相転移線が絶対零度に接する点(●印)で一次相転移が消失し量子臨界点が現れます。

③ 社会的意義・今後の予定など

本成果の価数起源の量子臨界現象の発見は、新たな「量子」超臨界流体の発見と呼べるものであり、水や二酸化炭素でみられるような流体において「量子」超臨界流体という概念が新たに広がることが期待されます。今回発見した異常金属状態は、常圧・ゼロ磁場で現れ実験的に高圧実験より容易であることから、多角的に価数起源の異常金属状態を調べることが可能です。

また、価数相転移の量子臨界点の近くでは超伝導が発現するという理論的な予測がありますが、本研究物質で起こる臨界価数揺らぎのエネルギースケールは室温以上であることから、価数転移にともなう超伝導は従来よりも高い転移温度を持つことが期待されます。

発表雑誌:

雑誌名:「Science Advances (2018)」

論文タイトル:Quantum Valence Criticality in a Correlated Metal

著者:Kentaro Kuga+, Yosuke Matsumoto+, Mario Okawa, Shintaro Suzuki, Takahiro Tomita, Keita Sone, Yasuyuki Shimura, Toshiro Sakakibara, Daisuke Nishio-Hamane, Yoshitomo Karaki, Yasutaka Takata, Masaharu Matsunami, Ritsuko Eguchi, Munetaka Taguchi, Ashish Chainani, Shik Shin, Kenji Tamasaku, Yoshinori Nishino, Makina Yabashi, Tetsuya Ishikawa, Satoru Nakatsuji* (+:equal contribution, *:責任著者)

DOI: 10.1126/sciadv.aao3547

用語解説
(注1)大型放射光施設SPring-8:
理研が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある第三世代放射光施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来します。放射光(シンクロトロン放射)とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する細くて強力な電磁波のことです。SPring-8では、遠赤外から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができるため、原子核の研究からナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用や科学捜査まで幅広い研究が行われています。今回、硬X線光電子分光測定に利用したBL29XUは世界トップクラスの精度を持つX線ミラーを持ち、試料内部の電子密度や元素の分布を精密に測定することが可能です。
(注2)硬X線光電子分光
電磁波の中で波長が1 pm – 10 nm程度のものをX線と呼びます。その中でも波長が短いものは、物質に対する透過力が高く、硬X線と言います。一般に物質に光(電磁波)を当てると、光のエネルギーと電子の原子内の束縛エネルギーに対応した運動エネルギーの電子が物質から飛び出します。この電子を光電子と言います。硬X線光電子分光では、硬X線を試料に当てた際に飛び出る光電子の運動エネルギー、すなわち束縛エネルギーと光電子の量を光電子分光装置により分析し、電子状態を知ることができます。
(注3)イッテルビウム化合物:
イッテルビウムは希土類元素に分類され、そのイオンの価数は2+と3+になることが可能です。この価数の違いはイッテルビウムイオンが持つ4f電子数の違いに現れ、2+では4f電子が14個の閉殻となり非磁性、3+では4f電子が13個でホールが1個ある状態に相当し磁性を示します。ここで、4f電子とは、原子核の周りを回る電子の中でf軌道と呼ばれる他の軌道と比べて原子核付近に局在する電子のことで、物質の磁気的・電気的な性質に大きく関わります。
(注4)相転移・一次相転移・二次相転移・臨界終点・クロスオーバー:
水が温度や圧力などで固体・液体・気体へと変化するように、ある条件を境に状態が大きく変化することを相転移と言います。その中で潜熱をともなうものを一次相転移、伴わないものを二次相転移と言います。相転移前後の状態では自由エネルギーが等しいため、二次相転移では熱揺らぎや量子揺らぎに起因した相転移前後の状態で臨界揺らぎが生じます(図2)。一方、一次相転移では潜熱を伴っているために相転移前後の状態を容易に行き来することが出来ず、相転移前後の状態で揺らぎは生じません。しかし、圧力や磁場を加えると臨界終点と呼ばれる一次相転移の消失点において潜熱がゼロになり、一次相転移でなくなることがあります(例えば図1a, b)。さらに圧力や磁場を加えると、一次相転移の臨界終点近辺の状態においては、二次相転移のように強いダイナミクス(臨界揺らぎ)を伴い、密度や価数などが急峻な変化を示します(図1c)。この急峻な変化と臨界揺らぎをともなう状態をクロスオーバー領域と言い、臨界揺らぎは臨界終点で最も強くなります。
(注5)量子相転移・量子臨界点・量子臨界現象:
温度変化による相転移は、熱揺らぎに由来します。一方、絶対零度で圧力や磁場を変化させた際の相転移は、量子力学的な揺らぎに由来し、量子相転移と言います(図2)。量子相転移が生じる条件を量子臨界点と言い、量子臨界点周辺で現れる現象を量子臨界現象と言います。一次相転移の場合は、量子力学的な揺らぎが生じないために量子臨界点や量子臨界現象は現れませんが、(注4)で解説したように一次相転移が絶対零度で消失する場合は量子臨界点や量子臨界現象が現れます。
(注6)超臨界流体:
水の場合の液体-気体相転移は、常圧で100 ℃ですが、加圧すると相転移温度が上昇します。ある条件の臨界圧力・温度以上(水の場合、臨界圧力:218気圧・臨界温度:374 ℃)では、液体と気体を区別できなくなり、密度・粘度・拡散係数・熱伝導度等の性質は液体と気体の中間的な値を示すようになります。このように液体と気体との区別がつかない状態のことを超臨界流体と言います(図1b)。超臨界流体では液体状態と気体状態が揺らぐ、つまり粒子密度が揺らぐ状態であり臨界終点にて最も揺らぎが強くなります。
(注7)価数揺動系:
自由電子とイオンの局在電子との強い相互作用に起因する電荷移動により、時間的・空間的にイオンの価数が変動することを価数揺動と言います。価数揺動状態では圧力・磁場・組成等により局在4f電子と自由電子との相互作用の強さを変え平均価数を変化させることが可能で、価数が低い状態と高い状態の一次相転移を示すことがあります。
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