2025-01-17 東京大学
発表のポイント
◆ 時間反転対称性の破れた反強磁性体における新たな非相反光学現象「電場誘起方向二色性」の観測に成功しました。
◆ 電場誘起方向二色性を利用することで、従来難しいとされてきた反強磁性体の磁区構造を簡便な光学的手法により可視化する方法を開発しました。
◆ 反強磁性体の新たな機能性を開拓し、反強磁性体の応用に向けたスピントロニクス分野などの研究発展にも貢献することが期待されます。
反強磁性体Co2SiO4で生じる電場誘起方向二色性
概要
東京大学大学院工学系研究科の林田健志助教、松本滉永大学院生、木村剛教授による研究グループは、時間反転対称性の破れた(注1)反強磁性体で生じる新たな非相反光学現象、「電場誘起方向二色性」の観測に成功しました。
物質中の磁性を担う磁気モーメント(注2)の総和がゼロとなるように配列した磁性体を反強磁性体と総称し、近年の研究において反強磁性体の磁気モーメントの配列の仕方に応じて、さまざまな現象、機能性が発現することがわかってきました。なかでも系全体の時間反転対称性を破るような反強磁性体が大きな注目を集めています。
本研究では、そのような時間反転対称性を破る反強磁性体の一つである磁気トロイダルモノポールにより特徴づけられる反強磁性体Co2SiO4において、電場印加によって光の吸収が変化する「電場誘起方向二色性」を観測することに世界で初めて成功しました(図1)。さらに、同現象の二次元空間分布を観測することで、反強磁性体の磁区構造(注3)を可視化できることを明らかにしました。この成果は、反強磁性体の新たな光学的特性の解明に貢献するとともに、スピントロニクスなどの分野における反強磁性体を用いたデバイス開発の進展に寄与するものと期待されます。
図1:反強磁性体Co2SiO4で生じる電場誘起方向二色性
発表内容
反強磁性体とは、物質内のミクロな磁化を担う磁気モーメントが互いに打ち消し合い、全体として磁化がゼロになる磁性体です。このため、磁化を有する強磁性体に比べて、情報の読み書きが困難であるとされてきました。しかし近年、磁気モーメントの配列から生じる対称性の破れによって、反強磁性体が特異な物理現象を示すことがわかってきました。特に、時間反転対称性が破れた反強磁性体では、異常ホール効果(注4)など従来は強磁性体特有のものと考えられていた現象が発現することから、次世代メモリなどに向けた応用の観点からも注目を集めています。
今回の研究で着目したのは、時間反転対称性が破れた反強磁性体の一種であるコバルトケイ酸塩(Co2SiO4)です。この物質は、磁気トロイダルモノポールという特殊な磁気的配列によって特徴づけられます。磁気トロイダルモノポールは、スピンの渦状配列に対応するトロイダルモーメント(注5)が、さらに湧き出すように配列した状態に対応する物理量であり、時間反転対称性を破る性質を持ちます。しかし、その実験的な観測はこれまで報告がありませんでした。
研究グループは、磁気トロイダルモノポールを持つ物質においては、電場を加えると、印加電場と平行にトロイダルモーメントが誘起できることに着目しました(図2)。トロイダルモーメントを内包する物質において、方向二色性(注6)という非相反光学現象が発現することが知られており、そこで研究グループは、磁気トロイダルモノポールを持つコバルトケイ酸塩においては、光の吸収が電場の印加によって変化する「電場誘起方向二色性」という新しい光学現象が生じることを予測しました。そこでコバルトケイ酸塩の単結晶を用いた実験を行った結果、光の吸収率が電場によって明確に変化することを実証しました(図3)。
図2:トロイダルモノポールと電場誘起トロイダルモーメント
さらに、研究グループは、この電場誘起方向二色性を利用して、物質内部の磁区構造を可視化することにも成功しました(図3)。反強磁性体の磁区構造の可視化は、従来の方法では難しいとされており、今回の成果は反強磁性体の内部構造をより詳細に理解することにつながります。また、磁場を印加することで磁区構造の反転が生じる様子も確認されており、これがひずみと磁場と反強磁性秩序の三重結合によるものであることを示唆する結果が得られました。
本研究は、反強磁性体における新たな光学特性を解明し、スピントロニクスなどの分野における、反強磁性体を用いた応用研究の発展にも貢献することが期待されます。
図3:観測された電場誘起方向二色性
印加電圧に比例して光の吸収が変化する様子が観測された(左)。赤と青の結果は、右の図の+磁区と-磁区での測定結果に対応する。電場による吸収変化の空間分布測定により、磁区構造が可視化された。
発表者・研究者等情報
東京大学 大学院工学系研究科
林田 健志 助教
松本 滉永 修士課程
木村 剛 教授
論文情報
雑誌名:Advanced Materials
題 名:Electric Field-Induced Nonreciprocal Directional Dichroism in a Time-Reversal-Odd Antiferromagnet
著者名:Takeshi Hayashida*, Koei Matsumoto, Tsuyoshi Kimura*
DOI:10.1002/adma.202414876
URL:https://advanced.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/adma.202414876
研究助成
本研究は、科研費「量子液晶の物性科学(課題番号:JP19H05823)」、「新規フェロイック秩序物性の開拓(課題番号:JP21H04436)」、「高強度テラヘルツ・中赤外パルスによる強相関系の超高速量子相転移の開拓(課題番号:JP21H04988)」の支援により実施されました。
用語解説
(注1)時間反転対称性の破れ
時間の流れの向きを逆向きにしたときに、状態が変化する性質。物質の磁性を担う磁気モーメントは代表的な時間反転対称性の破れた物理量であり、磁気モーメントが一方向に配列した強磁性体においては、物質全体で時間反転対称性が破れている。今回対象としたCo2SiO4のように、反強磁性体の中にも物質全体で時間反転対称性を破るものが存在する。
(注2)磁気モーメント
物質の中の原子が持つ微小な磁石(原子磁石)としての性質。物質全体で磁気モーメント(原子磁石)が揃っているような物質を、強磁性体(いわゆる磁石)と呼ぶ。
(注3)磁区構造
磁性体の内部は一般に、磁気モーメントの向きが互いに180度反転した2種類の領域に分かれている。この領域のことを磁区と呼び、その空間分布を磁区構造と呼ぶ。
(注4)異常ホール効果
金属や半導体において磁場・電流と垂直方向に起電力が生じる現象をホール効果と呼ぶが、強磁性体では外部から磁場を与えなくても磁極の向きを制御することでホール効果が生じ、この効果を異常ホール効果と呼ぶ。最近では時間反転の破れた反強磁性体などでも異常ホール効果が現れることが明らかになってきている。
(注5)トロイダルモーメント
速度ベクトルと同様の対称性を有する時間反転対称性と空間反転対称性を共に破るベクトル的な物理量。磁気モーメントがドーナツ状に並んだ場合などに有限となる。
(注6)方向二色性
磁性体や磁場中の物質において発現する特殊な光学現象。光の入射方向あるいは磁性体の磁気モーメントの向きを反転すると、物質の透過率(あるいは吸収係数)が変化する。この現象が現れるためには、物質の時間反転対称性と空間反転対称性が共に破れている必要がある。
プレスリリース本文:PDFファイル
Advanced Materials:https://advanced.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/adma.202414876