先端医療と宇宙をつなぐ、新しい架け橋へ
2018-05-25 早稲田大学 量子科学技術研究開発機構 放射線医学総合研究所
理工学術院の片岡淳(かたおかじゅん)教授らの研究チームは、量子科学技術研究開発機構と共同で、1-10メガ電子ボルト (MeV) のガンマ線を可視化できる、コンパクトなカメラを開発しました。さらに、陽子線治療中に生ずる4.4MeVの即発ガンマ線に着目し、これを高精度でイメージングすることに初めて成功しました。1-10MeVのガンマ線イメージングは先端医療をはじめ、宇宙の元素合成を探る鍵としても期待されます。
光の仲間であるガンマ線は、波長が電子・原子のサイズに匹敵するほど短く、波ではなく粒子として振る舞います。とくに1-10 MeVのガンマ線は透過力の強さと反応の複雑さゆえ、これを直接「観る」技術は望まれつつも、確立していませんでした。たとえば先端医療では、メスをいれることなくガン(癌)の根治を促す陽子線治療が注目されていますが、照射中に体内の様子(線量分布)を外から見ることは困難です。そこで陽子線が体内の元素と反応し、放出するガンマ線を「当てながら観る」ことで治療精度の向上が期待されます。また、1-10MeVのガンマ線は励起した様々な原子核(たとえば炭素、酸素)から生ずるため、星の内部や宇宙全体の元素合成を紐解く、重要な鍵が得られると期待されます。
今回、研究チームは陽子線と、体内にある炭素の反応で生ずる4.4MeVガンマ線に着目し、高精度のイメージングに成功しました。ガンマ線の発生分布は陽子線のエネルギー損失とほぼ正確に一致しており、治療中のオンラインモニタとしての有用性を世界で初めて実証しました。今回の研究成果は陽子線治療の高度化に留まらず、宇宙科学の新しい窓の開拓へ向けて大きく貢献するものと期待されます。
本研究成果は、Nature Researchが運営する英国のオンライン科学雑誌『Scientific Reports』に2018年5月25日午前10時(現地時間)に掲載される予定です。
論文名: Precision imaging of 4.4 MeV gamma rays using a 3-D position sensitive Compton camera
ポイント
- 1-10MeVのガンマ線に特化した、コンパクトな高精度カメラを開発
- 陽子線治療中に生ずるガンマ線(4.4MeV)の有用性を理論予測
- 開発したカメラを用いて、世界初の高精度イメージングで実証
1. 研究の背景
X線・ガンマ線は光の仲間であるにもかかわらず、人間の目には直接見ることができません。医療の現場ではレントゲンやCT が広く普及していますが、これらは概ね 100 keV (キロ電子ボルト)までのX線を対象とした透過イメージング法です。また、X線は可視光のように集光できるため、未知の方向からくるX線をイメージングすることができます。一方で、100 MeV (メガ電子ボルト)を超える高エネルギーのガンマ線は物質の中で大量の電子・陽電子対をシャワー状に生成します。そのため、シャワーの軌跡を追えば、同様にイメージングが可能です。X線、高エネルギーガンマ線ともに最先端の宇宙観測や素粒子実験で広く利用され、検出器の技術も確立しています(図1)。
しかしながら、その中間にある1-10MeVガンマ線は「観測の狭間」であり、イメージングは困難を極めます。このエネルギー帯のガンマ線は透過力が強く集光できず、またシャワーも十分発達しません。ここで起こる反応はコンプトン散乱とよばれ、ガンマ線が検出器に一部のエネルギーを付与し、また別な方向へ散乱してしまう複雑な反応です。とくに1MeV以上のガンマ線は、検出器の中で何回も繰り返して散乱し、外に逃げてしまう場合も多く、これを正しく検出・認識する技術が鍵となります。
この困難にも関わらず、1-10MeVを直接「観る」技術が強く切望されています。たとえば先端医療では、メスをいれることなくガン(癌)の根治を促す陽子線治療が注目されていますが、照射中に体内の様子(線量分布)を外から見ることは困難です。そこで陽子線が体内の元素と反応し、放出するガンマ線を「当てながら観る」ことで治療精度の向上が期待されます。また、様々な励起原子核(たとえば酸素や炭素)からでるガンマ線(核ガンマ線)は、1-10MeVに集中しており、宇宙の元素合成を紐解く、重要な鍵が得られるはずです。実際、米国NASAの天文衛星が25年前に1.8MeV核ガンマ線で銀河面の26Al(アルミニウム)分布を調べていますが(※注1)、それ以降の研究は停滞しています。
図1: 医療診断および宇宙における、イメージング技術開発の現状
2. 方法
このたび、早稲田大学・片岡研究室では1-10MeVのイメージングに特化した新型コンプトンカメラ(※注2)を開発しました。装置は非常にコンパクトで、5x5x10 cm3程度です(回路部も込みで5×5 x35 cm3程度)。本技術の鍵は、独自開発の「3Dシンチレータ」です。ガンマ線阻止能に優れたCe:GAGGシンチレータ (ガドリニウム アルミニウム ガリウム ガーネット)を採用し、これを光センサーである左右のマルチアノード型光電子増倍管(MAPMT)で挟み込むことで、ガンマ線の反応位置を3次元かつ2mmの精度で計測することが可能です(図2左,中)。さらに、左右MAPMTから独立に得られる位置情報を比較することで、検出器内で多数回散乱したイベントの90%以上を除去し、同時に得られるスペクトル情報から、検出器外にガンマ線が逃げてしまうエスケープイベントを識別します。これにより、1-10MeVで初めて高精度のガンマ線イメージングが可能となります(図2右)。
図2:(左)開発したコンプトンカメラの構成。(中)60Co線源 (1.3MeVガンマ線)を照射して取得した 「3Dシンチレータ」の構造。 (右)左右のMAPMTから独立に位置情報を計算することで、多数回散乱やエスケープしたガンマ線イベントを効率よく除去する (Y方向の一例)
論文では最初の実証として、陽子線治療中のオンラインモニタを模擬したイメージング実験を行いました。陽子線は体内で止まる寸前にエネルギーを一気に解放する性質があり、ブラッグピークとよばれる特徴的なピークを形成します。ピークをガンの位置に一致させることができれば最大の治療効果が得られますが、正確な照射を行わないと正常組織にもダメージをあたえます。そのため、陽子線のエネルギー付与を外部からオンラインでモニタすることが理想です。実験は放射線医学総合研究所のサイクロトロン施設において実施しました。まず、人体を構成する元素を含む様々な物質 (水、アクリル、水酸化カルシウム)に70MeV陽子線を照射し、ここで発生するガンマ線のスペクトルをゲルマニウム検出器により取得しました(図3)。続いてシミュレーションとの比較により、それぞれの核ガンマ線の反応素過程と断面積(反応の起こりやすさ)を詳細に調べ、炭素から生ずる4.4MeVガンマ線が最も強度が強く、またブラッグピークに酷似した分布となることを、理論面から予測しました。最後に、エネルギーを4.4MeVガンマ線に設定した実機でのイメージングを行い、予測の正当性を検証しました。
3. 結果:4.4MeVガンマ線の高精度イメージング
実際の陽子線治療では200MeV程度のエネルギーで照射を行います。体内での陽子線の飛程は 70 MeVでは3.5cm, 200MeVでは25cmと大きく異なるため、今回は図4(左)のような板状のアクリル板を設置し、70MeV陽子線の飛程をみかけ上15.5cm まで伸ばして実験を行いました(アクリル板の隙間の空気中では、陽子線はエネルギーをほとんど落としません)。結果の4.4MeVガンマ線イメージを図4(右上)に示します。図4(右下)は、上の画像を1次元に射影したもので、実線が測定したガンマ線プロファイル、階段状ヒストグラムは陽子線が落としたエネルギーをシミュレーションで計算したものです。シミュレーションの予測通り、4.4MeVガンマ線は陽子線が落とす線量分布をよく再現し、治療中のオンラインモニターとして極めて有用であることが初めて実証されました。
図4:(左)70MeV陽子線を用いた実験セットアップ。(右上)コンプトンカメラで取得した 高精度4.4MeVガンマ線イメージ (右下) 上の画像を一次元に射影し、シミュレーションで求めた陽子線のエネルギー損失と比較。実線(実測の結果)とヒストグラム(シミュレーション)は概ね一致することが示された。
4.研究の波及効果や社会的影響
ガンは日本人の死因の30% を占める重大な疾病です。しかし医療が進歩した現在、ただ治すだけでなく治療後に通常と変わらない、質(QOL; Quality of Life)の高い生活を送ることが強く望まれています。その中にあって、メスを入れる必要のない陽子線治療はその重要性を高めていますが、一方で正しい照射を行わないと正常細胞まで破壊する、いわば諸刃の剣であることも事実です。残念ながら、照射をしながら体内の線量をリアルタイムで可視化し確認することは、現状の技術では困難です。本研究では治療中に陽子線と体内の炭素が反応して生ずる4.4MeVガンマ線をイメージングすれば、治療精度向上の突破口となることを示し、実証しました。また、陽子線治療に限らず、医療分野での放射線利用が比較的低エネルギーの低い、数百keVまでのガンマ線に限られてきたのはイメージング技術の欠如による部分も多々あります。そのため、分子イメージング分野などでも新たな薬剤の可能性をひろげ、診断や治療の自由度の向上につながるものと期待できます。
一方で、次世代宇宙観測への応用も期待されます。先に述べた25年前の米国NASA観測装置は、大きさ1.7m×2.6mもの巨大なものでしたが、今回開発した装置は5x5x10cm3程度とコンパクトです(※注3)。「3Dシンチレータ」の採用により高精度にガンマ線の反応位置を求めることが可能となり、小型化に成功しました。このような小型装置は、世界中で開発が進む数十キログラム級の小型衛星にも搭載が可能と期待されます。宇宙創成のビッグバン以来、我々の身の回りにある元素がどのように生成され、蓄積されたのか? 元素合成の歴史は宇宙進化の歴史そのものと言えます。また、宇宙空間では宇宙線とよばれる高エネルギーの粒子が飛び交っていますが、その加速起源は明らかにされておりません。1-10MeVのガンマ線で宇宙における元素の空間分布や宇宙線の加速源が得られれば、宇宙科学に新たな1ページが加わることは間違いありません。
5.今後の課題
本研究は試作段階のため、今後はより現実に即した装置開発が必要と考えます。たとえば、現在は検出器のレート耐性の問題から、実際の治療ビーム強度より 1/1000低い強度で数時間にわたる測定を行っています。ハードウェアの改善により、レート耐性を100倍程度向上可能であり、わずか数分で同程度のイメージが得られるようになると期待されます。また、実際の治療施設において 200MeV陽子線を照射した実験も必須であり、検出器の最適化とさらなる小型化・高感度化を目指しています。改良版カメラの試作機はすでに測定を始めており、解像度がさらに大きく向上することを確認済みです (Mochizuki et al. 2018, in preparation)。
【論文情報】
・掲載誌:Scientific Reports
・論文名:Precision imaging of 4.4 MeV gamma rays using a 3-D position sensitive Compton camera
・著者 :Ayako Koide, Jun Kataoka, Takamitsu Masuda, Saku Mochizuki, Takanori Taya, Koki Sueoka, Leo Tagawa, Kazuya Fujieda, Takuya Maruhashi, Takuya Kurihara, Taku Inaniwa
【研究メンバー】
・早稲田大学理工学術院 先進理工学研究科 物理学及応用物理学専攻
小出 絢子(実験リーダー)、片岡 淳(論文責任著者)、増田 孝充、望月 早駆、多屋 隆紀、
末岡 晃紀、田川 怜央、藤枝 和也、丸橋 拓也、栗原 拓也
・量子科学技術研究開発機構 放射線医学総合研究所 加速器工学部
稲庭 拓
【補足情報】
※注1
詳細は以下の文献を参照下さい:
Diehl , R. et al., “COMPTEL observations of Galactic 26Al emission”, Astron. & Astrophys. 284, 445-460, (1995)
※注2
コンプトンカメラ全般の原理や詳細については日本光学会機関紙「光学」2016年8月号「放射線物質を可視化するコンプトンカメラ」(片岡淳、武田伸一郎、高橋忠幸)第45巻pp.289-299をご覧ください。
※注3
衛星搭載の検出器は様々な制約があるため、記載のサイズのみで性能(感度や解像度)の優劣を比較することはできません。今後は実際の衛星搭載を意識して、予想される感度、重量などを正確に見積もる所存です。
本研究は、科学研究費補助金・基盤研究(S)(H27~31年度)「実用化へ向けた高解像度3Dカラー放射線イメージング技術の開拓」(代表:片岡淳:早稲田大学理工学術院・教授)の支援を得て実施したものです。