放射線に負けない熱電発電の実現に向けて~スピン熱電素子が重イオン線に高耐性を持つことを実証~

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2020-08-28 日本原子力研究開発機

【発表のポイント】

  • スピントロニクス技術に基づくスピン熱電素子と、熱源としての放射性同位体の組みあわせは、宇宙探査機用電源などへの次世代発電方式として期待できる。しかし、これまでにスピン熱電素子の放射線耐性を示すデータはなかった。
  • 加速器と放射光を用いた解析により、スピン熱電素子の放射線(高エネルギー重イオン線)に対する耐性を初めて明らかにした。
  • スピン熱電素子は、放射線同位体の崩壊熱を熱源とした場合にも数百年にわたり発電性能が劣化しないことが判明した。将来的に、使用済み核燃料等から生じる熱を安全に有効活用する技術の開発につながると期待できる。

【概要】

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 児玉敏雄、以下「原子力機構」という。)先端基礎研究センター スピン-エネルギー変換材料科学研究グループ 岡安悟研究主幹、家田淳一研究主幹、齊藤英治グループリーダー、日本電気株式会社(以下「NEC」という。)システムプラットフォーム研究所 石田真彦主幹研究員らの研究チームは、電子スピンを利用して熱から電気を生む「スピン熱電素子」が、非常に高い放射線耐性を示すことを、重イオン加速器と放射光を使った実験で初めて実証しました。

熱を電気に変換する熱電素子は、自動車や工場等で発生する廃熱を回収し再利用するグリーン技術や、モノのインターネット(IoT)の電源となる環境発電技術の一環として重要視されています。また、熱電素子に放射性同位体を組み合わせた同位体電池は、宇宙探査機用電源として利用されており、放射線環境下でも負けずに動作する熱電素子の開発には大きな可能性が秘められています。

近年、電子スピンを利用したスピントロニクス技術に基づく「スピン熱電素子」が新たに開発され、設計自由度、低環境負荷、経済性の観点で既存技術を凌駕すると期待されています。さらに、このスピン熱電素子を同位体電池に組みあわせることができれば、次世代の発電方法の開発につながる大きな展望が開けますが、放射性同位体と共存する環境下でスピン熱電素子が性能をどの程度保つことができるか未確認でした。

そこで本研究では、スピン熱電素子が放射線に耐性を持つことを検証するため、実際に加速器で高エネルギー放射線である重イオン線を照射し、過酷環境での耐用年数の見積もりを行いました。その結果、仮に熱源として放射性の使用済み核燃料を使い、スピン熱電素子をその近傍に直に配置した場合を想定しても、数百年にわたって発電性能の劣化が生じない見込みであることが分かりました。

本研究は、エネルギー利用分野におけるスピントロニクス素子の重イオン線耐性を明らかにした初めての研究成果です。今後研究を積み重ねることで、将来的には使用済み核燃料などの放射線環境下での廃熱を回収し、安全かつ有効に活用する新技術への展開に貢献するものと期待されます。

本研究成果は、米国応用物理学会誌「the Journal of Applied Physics (ザ・ジャーナル・オブ・アプライド・フィジクス)」のオンライン版に8月24日(現地時間)に掲載されました。

【研究開発の背景と目的】

あらゆるエネルギーの中で、最も身近な「熱」と最も便利な「電気」。その二つを結びつけるのが熱電素子です。熱はいたるところで発生しますが、その多くは廃熱として環境に捨てられています。とりわけ、原子力発電の燃料には使用後も放射性同位体が含まれ、原子核崩壊熱を恒常的に放出することからその長期管理が極めて重要な課題となります。しかし、ここでその熱エネルギーを上手に転換し電気として利用する手立てがあれば、長期間動作する極めて安定な電源と見なすことができます。実際に、太陽光発電が使えない深宇宙探査機には、放射性同位体と熱電素子を組み合わせた同位体電池が搭載されており、数十年にわたる長期ミッションを支え今なお深宇宙の姿を地球に送信し続けています。こうしたことから、高放射線環境下で動作する熱電素子の開発には大きな可能性が秘められています。

熱を電気に変換する熱電素子は、通常異種半導体を接合した構造(熱電対)が用いられます。しかし、この構造は高エネルギーの放射線に弱く、性能劣化を起こす要因となります。このため、同位体電池を構成する放射性同位体は、遮蔽の容易なアルファ粒子(ヘリウム原子核)のみを放出する特殊な核種に限定されることから、その使用に大きな制約が生じています。

この困難を克服するため、本研究チームは、固体中の電子がもつ磁気の性質「スピン」を制御することで従来のエレクトロニクスを凌駕する機能を開発する研究分野「スピントロニクス」に着目しました。スピントロニクスは、情報通信技術分野における省エネルギー技術として大きな期待が寄せられ、世界中で研究開発が進められています。また、スピントロニクス素子には、優れた省エネ特性に加えて、半導体が苦手な放射線に対する耐性があるとされ、高放射線にさらされる小型人工衛星や高度飛行をする旅客機のフライトコンピュータなどのメモリ素子に応用されるようになっています。

そこで本研究では、熱電素子における半導体接合を電子スピンによる仕組みに置き換えた「スピン熱電素子」を利用することで、放射線に対する弱点を原理的に回避する方法を考案しました。そして、実際に作成した素子に高エネルギーの放射線である重イオン線を照射し、その放射線耐性を検証しました。

【研究の手法と結果】

本研究では、塗布法を用いて成膜した酸化物の磁石であるイットリウム鉄ガーネット(YIG)に白金(Pt)を蒸着しスピン熱電素子を作成しました。その素子に、原子力機構が保有する東海タンデム型重イオン加速器で320メガ電子ボルトの高エネルギー金イオンを照射しました。YIGのような酸化物を重イオン線が貫くと、通過部分の結晶構造が破壊されナノスケールの「穴」が形成されます(図1)。照射量を変化させながらスピン熱電素子の性能を評価したところ、低照射量(1010イオン/cm2)では影響が生じませんが、高照射量(1012イオン/cm2)になると磁石の強さが減少し、それに伴ってスピン熱電素子の性能も減衰していきました(図2)。

さらに詳しく重イオン線による影響を調べるため、大型放射光施設SPring-8(原子力機構専用ビームラインBL22XU)の硬X線光電子分光(HAXPES)法を用い、Ptで覆われたYIGとPtの境界面の性質を分析しました。その結果、重イオン線の照射量に応じて境界面での化学反応が促され、スピン熱電素子の性能に悪影響が生じていることが判明しました。このことは、限界照射量の重イオン線でスピン熱電素子の性質が磁石の強さよりも早く消失する主な原因となっていると考えられます(図2)。

【研究の成果】

本研究によって、初めてスピン熱電素子の高エネルギー重イオン線に対する耐用限界照射量が確認されました。使用済み核燃料の近傍という過酷な環境で受ける重イオン線の累積照射量の上限を計算で見積もり、実験で得られた耐用限界照射量をスピン熱電素子の動作期間に換算したところ、数百年間にわたり発電性能が劣化せず、長期目的の電源利用に十分な耐用年数が確保できることが分かりました。

【今後への期待】

本研究は、エネルギー利用分野におけるスピントロニクス素子の高エネルギー放射線耐性を明らかにした初の研究成果であり、今後研究を積み重ねることで、将来的には使用済み核燃料などの熱を回収し安全に再利用する新技術への展開に貢献するものと期待されます。

図1:実験に使用した重イオン加速器とスピン熱電素子にあけるナノの「穴」の模式図

図2:実験結果のまとめ

<付記>

各研究者の役割は以下の通りです。

岡安・家田・齊藤(原子力機構):本研究の計画立案

岡安・針井(原子力機構):重イオン線照射とスピン熱電素子の測定データの収集と分析

小畠・吉井・福田(原子力機構):硬X線光電子分光実験にかかるデータの収集と分析

石田(NEC):スピン熱電素子の作成と評価

家田・岡安(原子力機構):本研究データについての理論に基づいた評価と論文執筆

書籍情報

雑誌名:the Journal of Applied Physics

タイトル:Tolerance of spin-Seebeck thermoelectricity against irradiation by swift heavy ions

(スピンゼーベック熱電能の高速重イオン照射に対する耐性)

著者:Satoru Okayasu, Kazuya Harii, Masaaki Kobata, Kenji Yoshii, Tatsuo Fukuda, Masahiko Ishida, Jun’ichi Ieda, and Eiji Saitoh

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