アモルファス相変化記録材料の局所構造をモデル化する技術を開発

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わずか数十個の原子からなる信頼性の高い局所構造モデル

2018-05-19 産業技術総合研究所 東北大学 材料科学高等研究所 金属材料研究所

ポイント

  • アモルファス物質の局所構造を微細な電子線の回折からモデル化する技術を開発
  • 相変化記録材料への応用によって光ディスクなどの記録メカニズムの理解の進展を後押し
  • さまざまなアモルファス材料の特性の理解やアモルファス・デバイスの高性能化に期待

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)産総研-東北大 数理先端材料モデリングオープンイノベーションラボラトリ(MathAM-OIL)【ラボ長 中西 毅】平田 秋彦 チーフリサーチャーは、国立大学法人 東北大学 【総長 大野 英男】(以下「東北大」という)材料科学高等研究所(AIMR)および金属材料研究所(IMR)の市坪 哲 教授とともに、アモルファス物質の局所構造をモデル化する技術を開発し、アモルファス相変化記録材料の局所構造の特徴を明らかにした。

近年、光ディスクのさらなる性能向上のため、記録層に用いられるアモルファス相変化記録材料の構造を高精度に解析する手法が求められている。今回開発した手法では、リバースモンテカルロ法という従来はX線回折などの平均構造情報に対するアモルファスのモデル化手法を、極微細な電子線の回折を測定するオングストロームビーム電子回折法に適用した。従来のリバースモンテカルロ法と比べてより直接的に局所構造をモデル化できる。この手法で相変化記録材料のアモルファス構造の局所構造を解析したところ、結晶の構造に近いが極度にひずんでいた。今回開発した手法により、さまざまなアモルファス材料の構造・機能解明が進展すると期待される。

なお、この結果の詳細は、米国物理学会誌Physical Review Lettersで発表される。

アモルファス相変化記録材料の局所構造をモデル化する技術を開発

DVDなどの記録層であるアモルファスGe2Sb2Te5の局所構造モデル化の概要

開発の社会的背景

Ge2Sb2Te5(Ge:ゲルマニウム、Sb:アンチモン、Te:テルル)に代表される相変化記録材料は光ディスクの記録層として幅広く利用されている。記録層に情報を記録する際は、結晶である記録層の一部にレーザーを当てることにより照射した領域をアモルファスに変化させ、情報を消去する際には、記録時より弱いレーザーを当ててアモルファスを結晶化させる。アモルファスと結晶の反射率が著しく異なるため、記録された情報を読み取ることができる。

現在、相変化記録材料の記録・消去速度を向上させることで、大容量データの迅速な記録・消去が可能となるため、その記録メカニズムの解明が求められている。また、アモルファスと結晶の反射率の違いを理解するため、それぞれの構造や電子状態を探るための研究も進められている。これまでの研究では、アモルファスの局所構造のひずみ具合が電子状態、さらには光学特性の変化にも影響を及ぼすことが示唆されており、実験的に局所構造を明らかにすることが必要であった。しかし、アモルファスの構造は原子が非周期的に配列しており、局所構造の詳細を精度よく明らかにすることは困難であった。そのため、精度の高いアモルファス構造解析の手法が望まれていた。

研究の経緯

産総研は、東北大AIMR内に設置したMathAM-OILにおいて、数理手法の材料科学への応用に取り組んできており、その一環としてアモルファス物質の局所構造を明らかにする手法の開発を進めてきた。今回、東北大AIMRが開発した極微細電子線を使ったオングストロームビーム電子回折手法に特化した構造モデル化手法である局所リバースモンテカルロ法の開発を行った。

研究の内容

従来のリバースモンテカルロ法では、試料全体から得たX線回折パターンを再現できるように数千~数万原子を含むモデルを作製している。全く異なる特徴を持った構造が同一のパターンを再現する場合もあるため、得られた構造モデルの信頼性が問題になっていた。回折パターンを再現できる原子配置の数は、原子の数が少ないほど小さくなるため、今回開発した手法では、極微細な電子線を使用して観察領域を狭め、対象とする原子数をわずか数十原子にまで減らし、従来より信頼性の高いモデルを作製できる。アモルファスの局所からの回折を基にした構造のモデル化は類を見ないものであり、相変化記録材料に応用した。

記録層としてよく知られている相変化記録材料のGe2Sb2Te5のアモルファスに対し、今回開発した局所リバースモンテカルロ法により構造をモデル化した。まず、アモルファスのGe2Sb2Te5の薄膜をスパッタ法で作製し、1 nm以下の微細領域から走査型透過電子顕微鏡で電子線の回折パターンを測定した。広範囲からの電子線回折パターンはぼやけた円環状となるが、局所領域から得たパターンにはスポット状の回折斑点(図1 (b)~(d) の矢印で示した輝点)が見られ、比較的対称性が良い。これらの回折パターンは、岩塩型構造のGe2Sb2Te5結晶の回折パターン(図1(a))に似ているが、ひずんでいたり、外側(高散乱角側)のスポットがほとんど見られない、などの違いがあり、これらの特徴を再現できるようにアモルファスの構造をモデル化した。

図1

図1 (a) 岩塩型構造と代表的な電子線回折パターン([001]、[011]、 [111]方向(ミラー指数)から電子線が入射したときのパターン)
(b)~(d) アモルファス相変化記録材料から得られた岩塩型構造に類似した回折パターン

図2に、局所リバースモンテカルロ法の模式図とそれによって得られた局所構造モデルを示す。まず、数十個の原子から構成される岩塩型結晶構造を初期構造として仮想的な球体の中に置き、原子をランダムに1つずつ選び出してランダムに移動させる。その際、原子が球体から出るような移動は認めないこととし、それ以外の移動で電子線回折パターンが実験で得られたパターンに近くなる原子の移動を採用していく。構造モデルの電子線回折パターンが実験で得られたパターンとほぼ同等になるまで原子の移動を繰り返して、最終的な構造モデルを得た。得られたモデルは岩塩型構造に似た形状を保持しているものの、構造は極度にひずんでいた。初期構造の岩塩型結晶構造はひずみがない立方体構造であり(図2 b’)、対応する回折パターンでも90°の角度でスポットが並んでいる(図2 b)。一方、開発した手法で得たモデルでは、立方体が極度にひずみ(図2 c’)、対応する回折パターンのスポット間の角度も90°からずれている(図2 c)。つまり、この角度のずれは構造のひずみが原因であることがわかる。また、外側のスポットの強度も同時に弱くなっており、これもまたひずみからくるものである。これらの結果から、結晶とアモルファスの構造の違いは、岩塩型構造のひずみ量の違いによって特徴づけられると言える。

岩塩型構造の結晶では各原子の周辺に八面体配位の局所構造を作っているが、アモルファスでは岩塩型構造の結晶には含まれない四面体配位が主な局所構造であり、この構造の違いにより反射率が異なるという説がある。一方で、四面体を考えなくとも、八面体のひずみで反射率の違いを説明できるとの説もあり、議論となっていた。今回の結果は、後者の説が妥当であることを直接的に示したことになる。

図2

図2 (a) 局所リバースモンテカルロ法の模式図
(b) 初期構造(b’)から計算した電子線回折パターン
(c)局所リバースモンテカルロ法で得られた構造モデル(c’)から計算した回折パターン
(d) 実験で測定した回折パターン
(e) 構造モデル(c’)の中のひずんだ八面体

図中の黄色の球はGeおよびSb原子、青色の球はTe原子を示している。また、図b’、c’、eの赤い線はいずれも岩塩型結晶で見られる0.3 nmかそれよりも短い原子間結合を示している。特に、図c’および図eにおける赤い線は岩塩型結晶のものより極端に短い原子間結合となっており、図eでは中央の八面体が大きくひずんでいることがわかる。(図eは図c’の中央部を拡大して異なる方向から見たものである。)

今回開発したアモルファス材料の局所構造をモデル化する手法は、基本的にアモルファス構造であればどのような材料にも適用できる。そのため、アモルファス材料を用いた太陽電池やディスプレーなどの高性能化に貢献できると期待される。

今後の予定

今後は、今回開発した手法を、リチウムイオン電池の電極材料などの他のアモルファス材料にも応用してアモルファス物質の構造と特性の相関を明らかにしていく。

論文情報

A. Hirata, T. Ichitsubo, P. F. Guan, T. Fujita, and M. W. Chen “Distortion of local atomic structures in amorphous Ge-Sb-Te phase change materials” Phys. Rev. Lett. (in press)

用語の説明

◆アモルファス物質
結晶のように広い範囲の規則正しい原子配列を持たない物質。
◆相変化記録材料
結晶とアモルファスの反射率が大きく異なり、それらの間の相変化が情報の記録・消去に利用できるような材料。
◆リバースモンテカルロ法
アモルファス構造をモデル化する手法の1つ。実験データだけからモデル化する手法としては唯一といってもよい。準備した構造モデル(原子数が数千~数万個)中の原子を1つずつランダムに動かすことにより、構造モデルから計算した構造因子をX線回折や中性子散乱など試料全体から得られた実測の構造因子に近づけていく。
◆平均構造情報
材料全体からの散乱から得られる構造の情報。材料には莫大な数の原子が含まれており、通常のX線回折や中性子散乱から得られる構造因子には、多数の原子が作る局所構造の情報がすべて含まれる。一方、今回は、なるべく少ない原子からの情報を得て局所構造をモデル化した。
◆オングストロームビーム電子回折手法
電子線を直径1 nm以下まで絞り、試料の局所領域の電子線回折パターンを測定する手法。通常はナノビーム電子回折と呼ばれるが、アモルファスの局所構造から情報を得る場合はオングストローム(0.1 nm)レベルまで絞り込むことが必須であるためこのように呼んでいる。
◆スパッタ法
薄膜作製法の1つ。アルゴンをターゲット板に衝突させ、はじき飛ばされた原子を基板上に堆積させて薄膜を作る。
◆走査型透過電子顕微鏡
透過電子顕微鏡の中で電子線を集束させ、その電子線で試料上を走査し、検出器で像を得る。散乱角に依存した特徴的な像が得られる。今回、走査機能を使って回折パターンを連続的に取得した。
◆ミラー指数
結晶の中の方向や面を記述するための指数。岩塩型構造のような立方体(立方晶)では[001]、[110]、[111]方向は以下に矢印で示すような方向となる。

ミラー指数説明図

0501セラミックス及び無機化学製品
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