食べ物の色が作られる歴史的プロセスの解明~人工と自然の境界で作られる五感の歴史~

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2020-02-17   京都大学

久野愛 経済学研究科講師は、1870年代から1970年代の米国に焦点を当て、人々が「自然」だと思う食品の色(例えば赤いトマトや黄色いバナナ)がいかに歴史的に構築されてきたのか明らかにしました。

「目で食べる」という言葉があるように、私たちがある食べ物を「美味しそう」「新鮮そう」と感じる際、視覚は大きな役割を果たしています。ただ、野菜や果物を含め多くの食品は、その見た目、特に色は人工的に創り出されたものでもあります。

本研究では、食品企業の生産・マーケティング戦略や政府の食品規制、「自然な」色の再現を可能とする技術的発展、消費者の文化的価値観(特に自然観)の変化に注目し、「自然」と「人工」という概念の境界が流動的であること、さらに味覚や視覚といった五感の歴史性や社会性について分析しています。

本研究は、2019年11月19日に、「Visualizing Taste:How Business Change the Look of What You Eat」として出版されました。

食べ物の色が作られる歴史的プロセスの解明~人工と自然の境界で作られる五感の歴史~

図:バターの着色料の広告、1916年(「バターを売るには味と色が重要」という見出しをつけて色の重要性を強調)

詳しい研究内容について

食べ物の色が作られる歴史的プロセスの解明
―人工と自然の境界で作られる五感の歴史―

概要
 「目で食べる」という言葉があるように、私たちがある食べ物を「美味しそう」「新鮮そう」と感じる際、視覚は大きな役割を果たしています。ただ、野菜や果物を含め多くの食品は、その見た目、特に色は人工的に創り出されたものでもあります。京都大学大学院経済学研究科久野愛 講師による研究は、1870 年代から 1970 年代の米国に焦点を当て、人々が「自然」だと思う色(例えば赤いトマトや黄色いバナナ)がいかに歴史的に構築されてきたのか明らかにしています。食品企業の生産・ マケティング 戦略や政府の食品規制、「自然な」色の再現を可能とする技術的発展、消費者の文化的価値観「特に自然観)の変化に注目し、「自然」と「人工」という概念の境界が流動的であること、さらに味覚や視覚といった五感の歴史性や社会性について分析しています。
本研究は、2019 年 11 月 19 日に、ハケバケド大学出版局より単著『Visualizing Taste: How Business Change the Look of What You Eat』として出版されました。

図:バターの着色料の広告、1916年 (「畑を売るには味と色が重要」という見出しを付けて色の重要性を強調)

1.背景
 19 世紀末以降、技術革新や産業の発展により、食品や化粧品をはじめ様々な産業で、企業は色や匂いを数値化するなど、それまで主観的なものと考えられてきた感覚を客観的かつ科学的に解明し操作できるものとして扱うようになりました。技術革新と大量生産・大量消費を特徴とする消費主義経済の中で、消費者の五感に訴える商品やマケティング手法はより巧妙になるとともに、多くの企業にとって不可欠な要素となったのです。さらに人工的に作り出された色や匂い、味などは、モノの品質判断基準や消費のあり方を大きく変化させてきました。従来の経済史マ経営史研究では、1870 年代以降の世界的な経済発展や技術革新が、新たな産業の誕生や資本主義経済の発展をいかに促進したのかを明らかにしてきました。他方、文化史・社会史研究者は、技術革新による経済的変化のみならず、例えば鉄道網の発達は汽笛の列車音が「騒音」として人々の生活の一部になるなど、五感の感じ方や時間・地理的感覚にも大きな影響があったことを論じてきました。経営史研究ではあまり注目されてこなかったものの、企業や産業活動は人間の感覚の変化をもたらした重要な要因の一つだといえます。こうした五感の歴史性・社会性を踏まえて本研究は、食品の色に焦点を当て、色が食品の生産・マケティングで果たす役割や、消費者の食に対する認識の変化を分析しています。

2.研究手法・成果
 本研究は、主に文書館史料を用いた歴史研究です。企業や経営史関連のアケカイブや米国議会図書館では、産業誌・市場調査報告書・企業内の書簡・広告などを用いて、企業内・企業間で行われた議論を分析しました。米国国立公文書館では、政府機関に関する史料を収集し、食品規制に関する文書や企業と政府機関の間で交わされた手紙を用いて、政府が果たしてきた役割の分析を行いました。例えば、米国連邦政府は、有害な食品マ原材料を取り締まるため、1906 年に連邦食品マ薬品法を制定しました。同法は、有害な着色料の使用を禁止したと同時に、7種類の合成着色料を「認可着色料」と指定し使用を公的に承認しました。食品産業にとって人工的な着色が正当かつ不可欠な生産過程であることを政府が認めたことで、食品企業による人工着色を推進することとなり認可着色料の使用は急増しました。これにより着色料の使用が一般化するとともに、より一層人々の食卓に着色された食品が並ぶことになったのです。
本研究の意義は、経営史研究と感覚史研究の手法を補完的に用いて、消費主義社会拡大における五感の役割や重要性を解明した点です。従来の経営史研究では、企業戦略やその変遷マ「影響は主に経済的要因から分析されてきました。一方、近年、欧米を中心に研究が進められている「感覚史」の分野では、五感の感じ方は個人の生物学的現象にとどまらず、社会的・文化的要因によっても規定されるという立場をとります。本研究は学際的アプロケチにより、政治的・社会的・文化的環境の中で企業戦略が構築された過程とともに、翻って企業戦略が政治・社会・文化にいかなる影響を与えたのか、企業と社会的・文化的要因との双方向的な関係を明らかにしました。

3.波及効果、今後の予定
 現在、本研究を発展させた研究を科研費(若手研究)のプロジェクトとして行っています。食品産業だけではなく、美容・ファッショグマ自動車産業も対象として、五感 (視覚、味覚、聴覚、嗅覚、触覚)が企業の製造・マケティング 戦略にいかに利用されてきたのか、またそれら戦略が人々の五感の感じ方や認識の仕方にどのような影響を与えたのか、米国、日本、ヨケロッパ諸国を事例に分析します。
本研究が示唆するように、人々の五感を含め生活の多くが、企業戦略や政府の規制に大きな影響を受けています。特に食品や化粧品の健康への影響や自動車の安全性は、単に五感に訴える商品を製造・販売するだけでなく、企業の倫理的判断が重要となります。また、食品の色のように、「自然」に見える色を人工的に作り出すことは消費者を騙すこと、「偽装」と同じなのか、また、どこまでの人工的操作であれば良いのか、といった議論も、企業戦略や消費者への影響を考える上で重要です。

4.研究プロジェクトについて
本研究は、様々な研究機関 主に米国)から研究補助を受けて実施しました。主な機関は下記の通りです。
ハーバードビジネススクール、デラウエア大学、スミソニアン協会 (アメリカ史博物館およびメルソンセンター)、ジョン・W・ハートマンセンター (デューク大学ルーベンシュタイン図書館)、アメリカ哲学協会。

<研究者のコメント>
食べ物の色など、普段当たり前、自然だと思っていることが、どのようにマ誰によって作り出されてきたのかを知ることは現代社会をより深く理解する一途になると考えています。複雑に絡まった糸を一本ずつ解いていくように、歴史を遡り私たちの社会がどこからマどのようにやってきたのかを考えることは、より一層複雑化していく社会において不可欠な知識でありスキルでもあります。

<著書タイトルと著者>
タイトル:Visualizing Taste: How Business Change the Look of  What You Eat (日本語訳:『味の視覚化:ビジネスがいかに食べ物の見た目を作ったか』)
著 者:久野 愛
出 版 社:ハケバケド大学出版局 (Harvard University Press)
ISBN( 13 桁):978-0674983892
出版年月日:2019 年 11 月 19 日
書籍紹介ページ:
https://www.hup.harvard.edu/catalog.php?isbn=9780674983892
cover image courtesy of Harvard University Press

<参考図表>

図:ドュポン社のセロファンの広告、1945 年(見た目の重要性を強調) (Courtesy of the Hagley Museum and Library)

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