2019-10-08 東京大学,東北大学
発表のポイント:
- 日韓共同研究により、グラフェンを30度に「ねじって」2枚重ねることで実現される「準結晶」状態のグラフェンの伝導電子を直接観測し、その超高速ダイナミクスを追跡しました。
- 従来のグラフェンとは全く異なり、「質量ゼロ」の電子が保存されたまま、超高速に2層間に大きな電場が生じていることがわかりました。
- グラフェンは大規模通信を行う次世代光デバイスの有望な材料であり、本成果は準結晶状態を生み出す「ねじれ角」が超高速制御の新たな自由度として活用できることが分かりました。
発表概要
東京大学物性研究所の鈴木剛研究員、松田巌准教授、岡﨑浩三准教授、小森文夫教授らの研究グループは、九州大学大学院工学研究院の田中悟教授、東北大学電気通信研究所の吹留博一准教授の研究グループ及び韓国の成均館大学のJ.R.Ahn教授との共同研究で、グラフェンの準結晶(注1)状態における質量ゼロの電子の超高速変化を光電子分光(注2)の時間分解測定により直接観測、ダイナミクスの追跡に世界で初めて成功しました。その結果、準結晶グラフェンでは、「質量ゼロ」の電子が保存されたまま、0.1 ps(ピコ秒、10-12秒)という超高速な時間で、層間に30 mVの電圧印加がなされることが分かりました。
グラフェンは大規模な情報通信を行う次世代光デバイスの有力な材料であり、その情報を伝える高速電子の運動に高い注目が集まっています。中でも、「ねじれ角」をつけて積層したグラフェンは最近、超伝導状態が観測されるなど、新しい物性の発現が期待されています。本研究で用いられた準結晶状態のグラフェンは、2枚を30度に「ねじって」重ねることで実現します。
今回の発見で、準結晶状態及び「ねじれ積層」が、質量ゼロの電子の超高速移動において新しい制御法として利用できることが分かりました。今後、本研究成果を元に、質量ゼロ粒子による次世代光デバイス開発が大きく促進されることが期待されます。
本研究成果はアメリカ化学会の速報誌「ACS Nano」に掲載予定です(10月8日(火)オンライン版掲載予定。前後する可能性あり)。
図 本実験で得られた電子分布の光照射後の時間変化
通常の2層グラフェンでは変化がないこと(左側)と比べて、ねじれた2層グラフェンでは上下の層で電子分布が逆に変化しました(右側)。これは超高速に2層間に大きな電場が生じていることを意味します。
発表内容:
背景
グラフェンとは厚さが原子1層分の炭素のシートであり、熱伝能、電気伝導、耐久強度に優れ“SUPERMATERIAL”として応用技術開発が現在世界中で精力的に実施されています。グラフェンの珍しい物性はその特異な電子状態が重要な役割を果たしていることで知られています。グラフェンの伝導電子は「質量がゼロ(0)」に相当することから、次世代光デバイスの動作原理に不可欠であり、最近ではその制御に注目が集まっています。
グラフェンは2層、3層と重ねることができますが、そのままではなく「ねじれ角」をつけて積層するとモアレ構造(注3)が生まれ、新しい電子状態が生成されます。2018年、1.1度のねじれ角で積層した2層グラフェンが超伝導転移することが発見され、さらに同年、韓国の成均館大学のJ.R.Ahn教授のグループより30度のねじれ角で積層することで2層グラフェンに準結晶状態が形成することが発見されました。
積層した場合、電子の数は積層した分だけ増えますが、ねじらないで積層した場合には、電子に質量が生じてしまいます。これに対し、30度ねじって積層した準結晶状態のグラフェンでは、質量ゼロの電子が保存されます。しかし、積層することで、層間を移動する電子が発生し、この電子を制御する方法はありませんでした。デバイスとして応用するには、質量ゼロの電子が保存され、かつ層に対して垂直方向に伝導する電子を制御する必要があります。
そこで日本と韓国の共同研究を行い、この新しい準結晶グラフェンにおける「質量ゼロ」の電子状態のダイナミクスを調べることにしました。
研究成果
東京大学物性研究所で開発した紫外線よりも波長の短い真空紫外線を発振する高次高調波レーザーを用い、時間分解光電子分光実験を行いました。その結果、準結晶グラフェンの各層における「質量ゼロ」の電子状態について、時間変化を追跡測定することに成功しました。
図は通常の2層グラフェンと今回の「ねじれ」積層の2層グラフェンの測定結果です。これは光照射で高いエネルギーとなった電子の分布が光照射後にどのように時間変化したかを表しており、上層と下層それぞれに印加される電圧に相当しています(1 eV = 1 Vの電圧)。通常の2層グラフェンでは電子の質量はゼロでなく時間変化もありませんが、積層がねじれた準結晶グラフェンでは、0〜0.4 psという短い時間の間に上の層と下の層で逆の変化をしています。このような変化になる原因は、どちらの層にも「質量ゼロ」の電子状態があることと、光照射による基板からの電子移動が2層間で異なるためです。さらに、0.1 psという超高速な時間で、層間に30 mVの電圧印加がなされることが分かりました。これは、層間の距離がわずか3.4 Å(オングストローム、10-10 m)であることを考えると、巨大な電場が生じていることを示しています。この電場の大きさは、照射する光の波長、強さによって制御することができます。すなわち、2層のグラフェンを「ねじる」ことにより、2つの層に質量ゼロの電子を保存したまま、電子の移動(電流)や分布(電圧)を超高速に制御できることを示したことになります。
今後の展開
グラフェンにおける「質量ゼロ」の粒子は電気伝導を担うため、エレクトロニクス及びオプトエレクトロニクスの新たな動作原理に従うものとしても現在注目されています。これまでのこの粒子の制御にはグラフェンの積層数や基板が検討されてきましたが、今回の研究で積層の「ねじれ角」も重要な因子であることが明らかになりました。今後、本研究成果を元に、さらに多種多機能な原子シートの開発が促進され、超スマート社会、すなわち、時空間の隔たりを仮想的にゼロ化し、全ての人が豊かで安心・安全な生活を共有できる持続可能な未来社会実現のカギとなる次々世代無線通信システム(Beyond 6G)の基盤デバイス創出に貢献するものと期待されます。
発表雑誌:
雑誌名:ACS Nano
論文タイトル:“Ultrafast unbalanced electron distributions in quasicrystalline 30° twisted bilayer graphene”
著者:Takeshi Suzuki, Takushi Iimori, Sung Joon Ahn, Yuhao Zhao, Mari Watanabe, Jiadi Xu, Masami Fujisawa, Teruto Kanai, Nobuhisa Ishii, Jiro Itatani, Kento Suwa, Hirokazu Fukidome, Satoru Tanaka, Joung Real Ahn, Kozo Okazaki, Shik Shin, Fumio Komori, Iwao Matsuda
DOI:>a href=”https://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/acsnano.9b06091″ target=”_blank”>http://dx.doi.org/10.1021/acsnano.9b06091
用語解説:
- (注1) 準結晶
- 準結晶とは結晶ともアモルファス(非晶質)とも異なる、第三の固体物質ともいうべき状態で、特殊な秩序を有しています。この研究により、ダニエル・シェヒトマン博士に2011年のノーベル化学賞が授与されました。
- (注2)光電子分光法
- 金属や半導体などの固体に紫外光以上のエネルギーを持つ光を照射すると、電子が放出されます。この電子を光電子と呼び、光電子のエネルギーや速度を分析することで固体中の電子の情報を抽出する実験法を光電子分光法といいます。
- (注3)モアレ構造
- 規則正しい繰り返し構造を複数重ね合わせた時に、それらの周期のずれにより視覚的に発生する縞構造のこと。