植物の乾燥耐性と洪水耐性のトレードオフ

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気候変動下での作物の改良に重要な発見

2019-07-01 岐阜大学,理化学研究所,北海道大学,インド工科大学

岐阜大学応用生物科学部の小山博之教授の研究グループ(植物細胞工学研究室;Sadukan, Ayan 博士研究員、榎本拓央博士研究員、小林佑理子准教授、山本義治教授)は、理化学研究所バイオリソース研究センター(実験植物開発室;小林正智室長、井内聖専任研究員)、北海道大学大学院農学研究院(植物栄養学研究室;渡部敏裕准教授)、インド工科大学グワハティ校(生物科学及び生物工学科;Sahoo, Lingaraj 教授)との国際共同研究により、植物の冠水耐性に必要な遺伝子が乾燥・干ばつ耐性とトレードオフの関係を持つことを、モデル植物シロイヌナズナにおける分子生物学的手法を用いて明らかにしました。

本研究成果は、「Plant & Cell Physiology」(日本植物生理学会が英国 Oxford University Press より刊行する国際誌)(電子版)2019 年7月1日付(日本時間午後 7 時)に掲載されます。

【発表のポイント】
・ 地球温暖化の影響もあり、世界各地で洪水や干ばつの頻度が増加しているため、作物の洪水(冠水)耐性と干ばつ耐性を向上させることが求められています。
・ 小山教授のグループは理化学研究所(同上)等と、2007 年に同定した植物の酸性土壌耐性の発現に必要不可欠な STOP1 転写因子 1)が、洪水(冠水)ストレス耐性にも必須であることを本年 3 月に別の国際学術誌に公表しました 2)。
・ 今回の研究では、新たに STOP1 転写因子を破壊すると乾燥耐性が向上することを発見しました。
・ 本研究成果は、洪水耐性と乾燥耐性がトレードオフの関係にあることを証明するものであり、地球温暖化対策に対応する品種改良では、この2つの耐性の関係に折り合いをつけることの重要性を示したものです。

【概要】
近年世界的に豪雨と極端な乾燥が入れ替わりながら頻発する現象が問題となっています。例えば、研究チームに加わったインド工科大学グワハティ校が所在する北東インド地域はその典型と言えます。このような地域での作物の生産性を上げるためには、乾燥ストレス耐性と洪水(冠水)ストレス耐性の双方を強化することが望まれています。
本研究の中心メンバーである岐阜大学と理化学研究所が、2007 年に発見した Zinc Finger 型転写因子である STOP1(ストップワン;Sensitive TO Proton rhizotoxiciy1)は、アジア・アフリカで問題となる酸性土壌環境での生育に必須な遺伝子群を転写制御することに加えて、洪水耐性にも必須であることを最近明ら植物の乾燥耐性と洪水耐性のトレードオフ気候変動下での作物の改良に重要な発見報道の解禁日(日本時間) (テレビ、ラジオ、インターネット):令和元年7月1日(月)19時 (新 聞) :令和元年7月2日(火)付朝刊かにしました。この STOP1 はコケ、イネ、タバコなどの陸上植物に保存され、植物の陸上適応に無くてはならない重要な転写因子であると考えられています。

ところが、今回の研究ではシロイヌナズナにおいては、STOP1 を不活性化すると乾燥耐性が向上することが明らかになりました。これは、植物の陸上適応の進化の理解を深めることと、地球温暖化を見越した作物の品種改良戦略に重要な知見を与える発見です。

まず、植物の陸上適応進化は湿潤な環境で始まったと考えられていますが、これを成功させるには洪水(冠水)耐性に加えて、湿潤地域では土壌が酸性である場合が多いため、酸性土壌耐性を持つことが必要になります。つまり、STOP1 は陸上適応には必要不可欠であると考えられますが、これは全ての陸上植物が STOP1 を有することと矛盾しません。一方、湿潤な環境から乾燥する環境に進出する際には STOP1 により負に制御される乾燥耐性は、阻害要因となりうると考えられ、乾燥地適応のために植物は、これを解決する必要があったと考えられます。その機構を調べることで、植物の陸上適応の仕組みの理解が進むことが期待できます。

植物の乾燥耐性と洪水耐性のトレードオフ
図1 STOP1遺伝子破壊系統の干ばつ耐性と洪水(冠水)処理耐性 干ばつ処理;16 日間給水しない状態 洪水(冠水処理);酸素欠乏で14 時間処理して1 週間後の生存状

このように本研究成果により、洪水耐性と乾燥耐性が同じ STOP1で制御され、トレードオフの関係にあることがわかりました。冒頭で述べたような豪雨と極端な乾燥が起こる地域での作物の生産性をあげるためには、今後、STOP1 が制御するようなトレードオフを回避する育種戦略を見つけることが重要であると考えられます。例えば、STOP1 遺伝子の発現を、特定の組織(例えば気孔)で抑制するような品種改良を行うことが考えられます。

【論文情報】
雑誌名:Plant & Cell Physiology
タイトル:Sensitive To Proton Rhizotoxicity1 Regulates Salt and Drought Tolerance of Arabidopsis thaliana Through Transcriptional Regulation of CIPK23.
著者: Ayan Sadhukhan, Takuo Enomoto, Yuriko Kobayashi, Toshihiro Watanabe, Satoshi Iuchi, Masatomo Kobayashi, Lingaraj Sahoo, Yoshiharu Y. Yamamoto, Hiroyuki Koyama
DOI 番号:https://doi.org/10.1093/pcp/pcz120

【研究支援】
本研究は、日本学術振興会科研費による支援を受けました。

【用語解説】
1) STOP1 転写因子:2007 年に岐阜大学・理化学研究所バイオリソース研究センターが発見したシロイヌナズナの転写因子。酸性土壌耐性に細胞質酸性化の抑制などに働く遺伝子の発現を調節し、イネを含む作物やヒメツリガネゴケでも相同タンパク質が同じ機能を持っている。破壊すると、酸性土壌での根の生育が激しく抑制される。
2) 洪水耐性と STOP1:洪水(冠水)時に植物は酸素欠乏状態となり細胞内部が酸性化する。酸耐性の鍵遺伝子 STOP1 を破壊したシロイヌナズナ、タバコは洪水耐性が低下する。(Takuo Enomoto, Mutsutomo Tokizawa, Hiroki Ito, Satoshi Iuchi, Masatomo Kobayashi, Yoshiharu Y Yamamoto, Yuriko Kobayashi, Hiroyuki Koyama,Journal of Experimental Botany, Oxford University Press が刊行する国際誌 https://doi.org/10.1093/jxb/erz124 Published: 18 March 2019)

【本件に関する問い合わせ先】
<研究に関すること>
岐阜大学応用生物科学部教授 小山 博之

<報道担当>
岐阜大学総合企画部総務課広報係

理化学研究所広報室

北海道大学総務企画部広報課

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