発電コストの時間変動に着目した解析・制御技術を開発
2019-06-04 科学技術振興機構,北海道大学,名古屋大学,東京理科大学
ポイント
- 電力需要ピーク時に電力使用量を調整するデマンドレスポンスは、その経済的価値が明らかになっていなかった。
- デマンドレスポンスが費用対効果を最大化するための制御技術を新たに開発。
- 今後のデマンドレスポンス技術の標準になることが期待される。
JST 戦略的創造研究推進事業において、北海道大学の小林 孝一 准教授、名古屋大学の東 俊一 教授および東京理科大学の山口 順之 准教授らは、発電コストの1日の変動に着目したデマンドレスポンスの解析・制御技術を開発しました。
電力需要ピーク時に需要家の電力使用量を調整するデマンドレスポンスは、需給バランスの維持が目的であり、経済的価値(ピークシフトによるコスト削減とデマンドレスポンスにより発生するコスト増加のバランス)はこれまで注目されていませんでした。
再生可能エネルギーが普及すると価値変動がさらに大きくなることから、デマンドレスポンスの時刻ごとの価値評価が重要になっています。また、デマンドレスポンスの中継を担う事業者「アグリゲーター」の制御技術を開発し、経済的価値を最大化することが求められます。
本研究では、デマンドレスポンスが経済的価値を生むための条件を導出しました。そして、経済的価値を最大化するために、発電コストと電力使用量の調整に必要なコストの両方を考慮したデマンドレスポンスの制御技術を開発しました。これにより、1日の発電コストと需要の予測に基づき、最適な電力使用量を求めることができます。
本研究成果は、次世代の電力システムにおけるデマンドレスポンスの標準的な解析・制御技術になると期待されます。
本研究は、北海道大学の宮崎 公大 大学院生(研究当時)および山下 裕 教授と共同で行いました。
本研究成果は、近日中に米国電気電子学会誌「IEEE Transactions on Industrial Informatics」のオンライン版で公開されます。
本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域:「分散協調型エネルギー管理システム構築のための理論及び基盤技術の創出と融合展開」(研究総括:藤田 政之 東京工業大学 教授)
研究課題名:「太陽光発電予測に基づく調和型電力系統制御のためのシステム理論構築」
研究代表者:井村 順一(東京工業大学 教授)
研究期間:平成27年4月~令和2年3月
JSTは本領域で、分散協調型エネルギー管理システムを実現するための研究を電力、制御、経済などの多角的な観点から進めています。上記研究課題では、大量導入された太陽光発電のもとで、電力系統全体の需給バランスを実現するための次世代の電力系統制御技術の構築を目指しています。
<研究の背景と経緯>
太陽光発電などの再生可能エネルギーは出力が変動しやすいため、電力系統は不確かさを持つ大規模複雑システムとして捉えることができます。電力の需給バランスを安定させるには、これを制御するエネルギー管理システムが必要です。近年、電力自由化や電力使用量を可視化するスマートメーターの普及を背景に、エネルギー管理システムは盛んに研究されています。
エネルギー管理システムの1つの方法として、デマンドレスポンスが挙げられます。デマンドレスポンスとは、「需給ひっ迫時に、電気料金価格の設定またはインセンティブ(報酬)の支払いに応じて、需要家が電力の使用を抑制し電力消費パターンを変化させること」と定義されています。国際的にも以前から検討され続けているものの、社会全体の費用対効果が明らかでなく、現時点では大規模な導入が進んでいません。
このデマンドレスポンスの中継を担い、電力の需要量を制御して電力の需給バランスを保つ事業者「アグリゲーター」の導入が注目されています(図1)。この枠組みでは、需要家と電力会社が直接取引するのではなく、アグリゲーターが電力会社と需要家の間に立って取り引きします。アグリゲーターは数百程度の需要家を管理し、電力会社からの要請に応じて需要家の電力使用量を制御します。各需要家の振る舞いが複雑であったとしても、集団の振る舞いは「ならし効果」によって扱いやすくなる場合があります。つまり、アグリゲーターの導入により、基幹系統の制御と需要家の制御を分離することができ、さらに、基幹系統の制御を簡単にできるようになります。日本では昨年度、経済産業省の関連実証事業に50社あまりがアグリゲーターとして参加するなど、電力自由化と相まって今後のビジネスの活況に大きな期待がかかっています。
1日の中でも、電力の需要や供給の状況に応じて、デマンドレスポンスの費用対効果は変動します。再生可能エネルギーが普及するとさらに大きく変動すると予想されます。デマンドレスポンスは、需給バランスの維持が目的であり、その費用対効果はこれまで重要視されていませんでした。しかし今後は、各時刻での発電コストや調整コスト(電力使用量の調整に必要なコスト)に着目した、デマンドレスポンスの価値評価が重要になります。そして、アグリゲーターの制御方策を開発し、デマンドレスポンスの経済的価値を最大化することも必要になっています。
<研究の内容>
デマンドレスポンスが経済的価値を生むには、発電コストの単価が1日の中で大きく変動することが必要です(図2)。調整コストと比較して、発電コストの最高値と最安値の差が大きいほど、デマンドレスポンスが経済的価値を生みます。本研究では、より具体的に「発電コストの最高値と最安値の差が調整コストの2倍以上であれば、デマンドレスポンスは経済的価値を生む」という条件を導出しました。ピークシフトでは、電力使用量をある時間で下げた分、別の時間で上げる必要があります。そのため、調整コストが2回かかることを条件としています。シンプルな条件なので、デマンドレスポンスの際の需要家への報酬を算出する指針に使うこともできます。
次に、経済的価値を最大化するために、数理モデルを用いて将来の振る舞いを予測して現時刻の最適な制御方策を決定する「モデル予測制御」(図3)と呼ばれる手法を用いて、発電コストと調整コストの両方を考慮したデマンドレスポンスの制御技術を開発しました(図4)。
この手法では、発電コストと電力使用量の予測、および過去の電力使用量の実績に基づき、現在の最適な電力使用量を求めます。そのため、需要家に大きな負担を課さない範囲で、経済的価値を最大化する電力使用量を求めることができます。シミュレーションでは、日本卸電力取引所のデータを発電コストと電力使用量の予測値として利用し、提案手法の有効性を示しました(図5)。
<今後の展開>
開発した制御技術は、今後のデマンドレスポンス技術の標準になると期待され、実用化に向けてはさまざまな実環境で評価する必要があります。
電力小売事業者(アグリゲーター)がこの手法を利用することで、再生可能エネルギーの利用の促進が期待されます。さらに、電気自動車や蓄電池の利活用との融合も考えられます。
<参考図>
図1 次世代の電力システムにおけるアグリゲーターの位置付け
アグリゲーターは数百程度の需要家を管理し、電力会社からの要請に応じて、デマンドレスポンス(DR)を実施する。
図2 発電コストの時間別単価の例(日本卸電力取引所のデータを参考に作成)
(上)発電コストの単価の差が大きいことから、ピークシフトのためのデマンドレスポンスの経済的価値が大きい。
(下)発電コストの単価の差が小さいため、ピークシフトしても、経済的価値が小さい。
図3 標準的なモデル予測制御の概念図
エアコンを想定し、操作可能な入力を操作することで状態(温度)を制御することを考える。左図では現在時刻が2であり、3時刻先までの状態や入力を予測した上で、時刻2の入力を決定する。右図では時刻がシフトし現在時刻が3となっている。時刻3でも3時刻先までの状態や入力を予測する。この手順を繰り返すのがモデル予測制御である。時々刻々変化する環境に対応可能な制御手法である。予測区間の長さは一定であり、この図では予測区間は3に固定されている。
図4 開発した手法におけるモデル予測制御の概念図
本研究では、1日単位のデマンドレスポンスを想定しており、終端時刻が与えられている。現在時刻から終端時刻までの状態や入力を求めた上で、現在時刻の入力を決定する。左図では終端時刻6までの4時刻先の振る舞いを予測する。右図は現在時刻が3にシフトしているので、1時刻短い3時刻先の振る舞いを予測すればよい。終端時刻を設定することで、「1日に利用可能な電力使用量の総和は前日計画と一致しなければならない」という制約条件を課すことができる。この制約条件により、ピークシフトが実現される。
図5 デマンドレスポンスの計算例
日本卸電力取引所の2017年9月のデータを用いてシミュレーションを実施した。上図において、青点線が電力使用量の予測値、赤線が提案手法により調整した電力使用量である。下図は発電単価の時系列である。両方の図から、発電単価の高い時間帯の電力使用量が発電単価の安い時間帯にシフトしていることが確認できる。また、このピークシフトにより経済的価値が得られることを試算した。
<論文情報>
- タイトル:“Design and Value Evaluation of Demand Response Based on Model Predictive Control”
(モデル予測制御に基づくデマンドレスポンスの設計と価値評価) - DOI:10.1109/TII.2019.2920373
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
小林 孝一(コバヤシ コウイチ)
北海道大学 大学院情報科学研究院 准教授
<JST事業に関すること>
舘澤 博子(タテサワ ヒロコ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ICTグループ
<報道担当>
科学技術振興機構 広報課
北海道大学 総務企画部 広報課
名古屋大学 総務部 総務課 広報室
東京理科大学 広報部 広報課