異なる2次元結晶を重ねた界面で スピン偏極した光電流が流れることを発見 ~2次元物質界面における新しい光スピントロニクス機能の開拓~

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2023-06-19 東京大学

発表のポイント
◆異なる結晶構造を持つ二次元結晶を重ねた界面に円偏光を照射することで、スピン偏極した光電流が生じることを発見した。
◆観測された光電流が、電子の幾何学的性質によって説明できることを明らかにした。
◆二次元物質界面における光スピントロニクス機能開拓への新しい可能性を見出した。

異なる2次元結晶を重ねた界面で スピン偏極した光電流が流れることを発見 ~2次元物質界面における新しい光スピントロニクス機能の開拓~

WSe2/SiP界面における円偏光に依存する光電流

発表概要
東京大学物性研究所の井手上敏也准教授と東京大学大学院工学系研究科の岩佐義宏教授(理化学研究所創発物性科学研究センター 創発デバイス研究チーム チームリーダー兼任)らの研究グループは、Nanjing University、Princeton University、University of California at Berkeleyのグループと共同で、2種類の異なる二次元結晶(注1)(二セレン化タングステン(WSe2)とリン化ケイ素(SiP))を重ねて作製した界面に円偏光(注2)を照射することで、界面の特定の方向にスピン偏極(注3)した光電流が流れることを発見した。

三次元層状物質から剥離した数原子層からなる二次元結晶は、貼り合わせる物質の種類とはほぼ無関係に作製できるという特徴がある。そのようにして作製された二次元結晶界面では、元の結晶にはない特徴的構造とそれを反映した新しい物性や機能性が発現することがあり、近年大きな注目を集めている。本研究では、二次元結晶界面の対称性に着目して、異なる結晶構造を持つ二次元結晶を重ねて界面の対称性を低下させることで、円偏光によって励起されたスピン偏極キャリア(電子やホール)の整流効果(注4)を実現できることを明らかにした。さらに、光電流の詳細な振る舞いを調べることで、観測された光電流が、電子の幾何学的性質を反映した量子力学的機構によって説明できることを見出した。

本研究成果は、二次元結晶界面における新しい光スピントロニクス機能を与えるものであり、二次元結晶界面の機能性開拓をさらに推進する契機となると期待される。

本研究成果は、2023年6月15日(英国夏時間)に英国科学雑誌「Nature Nanotechnology」オンライン版に掲載された。

発表内容
〈研究の背景〉
三次元層状物質を剥離して得られる数原子層からなる二次元結晶は、貼り合わせる物質の種類に関係なく自在に重ねて界面を作製することができ、元の二次元結晶にはない特徴的構造とそれを反映した物性や機能性の開拓が可能になる。近年、そのような二次元結晶界面におけるさまざまな輸送特性や光機能性が報告されるようになってきたが、そのような二次元結晶界面の対称性に着目した研究はまだ例が少ない。また、光によって生成されたスピン偏極キャリアの整流機能はこれまで報告がなかった。

〈研究の内容〉
本研究では、異なる結晶構造を持った二次元結晶である、二セレン化タングステン(WSe2)とリン化ケイ素(SiP)を重ねることで、対称性が低下した二次元結晶界面を作製した。WSe2とSiPには回転対称性(注5)や複数の鏡像対称性(注6)が存在しているが、それらを重ねることで生じる界面(WSe2/SiP界面)では回転対称性が消失して1つの鏡像対称性のみが存在する(図1)。この界面に流れる光電流を照射光の偏光を変化させながら調べたところ、鏡像面に垂直な方向に円偏光に依存する光電流の成分が観測された。一方、鏡像面と平行な方向にはそのような応答は見られなかった(図2)。WSe2に円偏光を照射するとスピン偏極したキャリアが生成されることが知られているので、この結果はスピン偏極キャリアが鏡像面に垂直な方向に整流されて、円偏光に依存する光電流として観測されていることを示唆している。さらに磁性体電極を用いたデバイスによる測定も行い、実際に光電流がスピン偏極していることも明らかにした。また、円偏光に依存する光電流成分の照射光波長(注7)依存性等を詳細に調べることにより、観測された光電流が電子の幾何学的性質を反映した量子力学的機構によって説明できることを見出した。

fig02

図1:WSe2(左)、SiP(中央)、WSe2/SiP界面の結晶構造の模式図。

実線は鏡像対称面、⦿は回転軸を表している。

fig03

図2:WSe2/SiP界面における光電流測定の模式図(左)と測定結果(中央、右)。

黒点は測定された光電流で赤点は円偏光に依存した成分を表す。鏡像面と垂直な方向にのみ、円偏光に依存した光電流が観測されている。

〈今後の展望〉
本研究では、二次元結晶界面の対称性に着目し、異なる結晶構造を持つ二次元結晶を重ねて対称性を低下させた界面において、円偏光に依存する光電流が生じ、それがスピン偏極していることを報告した。今後は、二次元物質の組み合わせを最適化することによってスピン偏極した光電流の巨大化が見込まれると同時に、より複雑なデバイス構造と組み合わせることによりさらに高度な光スピントロニクス機能の実現が期待される。また、本研究成果は、二次元結晶界面の対称性を制御することでスピンをはじめとするさまざまな量子力学的自由度を制御できる可能性を示しており、今後このような二次元結晶界面の対称性制御に立脚した多彩な量子機能性の開拓が進むと予想される。

発表者
東京大学
物性研究所 凝縮系物性研究部門
井手上 敏也(准教授)

大学院工学系研究科附属量子相エレクトロニクス研究センター
岩佐 義宏(教授)<東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻 教授/理化学研究所創発物性科学研究センター 創発デバイス研究チーム チームリーダー>

論文情報
〈雑誌〉Nature Nanotechnology
〈題名〉Berry Curvature Dipole Generation and Helicity-to-spin Conversion at Symmetry-mismatched Hetero-interfaces
〈著者〉Siyu Duan, Feng Qin, Peng Chen, Xupeng Yang, Caiyu Qiu, Junwei Huang, Gan Liu, Zeya Li, Xiangyu Bi, Fanhao Meng, Xiaoxiang Xi, Jie Yao, Toshiya Ideue, Biao Lian, Yoshihiro Iwasa, Hongtao Yuan
〈DOI〉10.1038/s41565-023-01417-z
〈URL〉https://www.nature.com/articles/s41565-023-01417-z

研究助成
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 さきがけ研究領域「トポロジカル材料科学と革新的機能創出(課題番号:JPMJPR19L1)」、科研費「基盤研究S(課題番号:JP19H05602)」、「基盤研究A(課題番号:23H00088)」、「新学術領域研究(課題番号:22H04584)」、日本学術振興会日中韓フォーサイト事業の支援により実施された。

用語解説
注1:二次元結晶
原子や分子が、1つの層の二次元平面内で周期性を持って配列した物質。

注2:円偏光
光の進行に伴い、光の電場と磁場の成分が進行方向に垂直な面内で回転する状態のこと。

注3:スピン偏極
電子の磁石としての性質であるスピンが特定の方向に偏った状態。

注4:整流効果
特定の方向へ電流が流れるときに、正方向と負方向で流れやすさが異なる現象のこと。

注5:回転対称性
ある対象を特定の軸の周りに決まった角度回転させたものが自らと同一になる性質。

注6:鏡像対称性
ある対象の特定の面に関する鏡像(鏡に映った像)が自らと同一になる性質。

注7:(光の)波長
光は電場と磁場が振動しながら空間中を伝わっていく波であるが、その波の1回分の長さ(電場や磁場の山と山の間隔)のこと。波長が変化することで、光の色等の性質が変化する。

プレスリリース本文:PDFファイル
Nature Nanotechnology:https://www.nature.com/articles/s41565-023-01417-z

0403電子応用
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