ジャガイモシストセンチュウ類の孵化を促進する 新規化合物「ソラノエクレピンB」を発見 ~新たな害虫防除法の開発に道、作物の生産能力向上へ~

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2023-03-16 神戸大学

神戸大学大学院農学研究科の水谷正治准教授、秋山遼太研究員、清水宏祐(博士後期課程修了)らと、農研機構北海道農業研究センターの串田篤彦博士、北海道大学大学院理学研究院の谷野圭持教授らの研究グループは、世界中で農業に甚大な被害を及ぼしているジャガイモシストセンチュウ類の孵化を誘導する新規化合物であるソラノエクレピンBを発見しました。また、宿主作物の一つであるトマトにおいてソラノエクレピンBの生合成を遮断することにより、ジャガイモシストセンチュウの孵化を大幅に低減できることを明らかにしました。これにより、シストセンチュウの新たな防除法の開発への道が開かれ、持続可能な農業生産に大きく貢献できると期待されます。

この研究成果は、3月15日に、国際学術雑誌「Science Advances」に掲載されました。

ポイント

  • ジャガイモシストセンチュウ類(PCN)は世界中で食糧生産を阻害する重大害虫である。
  • PCNの卵はシストと呼ばれる硬い殻に守られており、宿主作物の根から分泌される孵化促進物質(Hatching Factor: HF)に応答して孵化する。
  • PCNに対する既知HFはソラノエクレピンA(SEA)のみであった。
  • 本研究ではPCNに対する新規HFとしてソラノエクレピンB(SEB)を発見した。
  • SEBは土壌中の微生物によりSEAへ変換されることを明らかにした。
  • トマトからSEB生合成遺伝子を世界で初めて発見し、それらの遺伝子をノックアウトすることによりSEBの生産が完全に阻害され、PCNの孵化率が顕著に低下することを明らかにした。

研究の背景

ジャガイモシストセンチュウ類の孵化を促進する 新規化合物「ソラノエクレピンB」を発見 ~新たな害虫防除法の開発に道、作物の生産能力向上へ~
図1.シストセンチュウの生活環

ジャガイモシストセンチュウ類 (PCN)※1はジャガイモやトマトなどのナス属作物の根に寄生して養水分を宿主から奪って成育する植物寄生性線虫種であり、世界中の主としてジャガイモ生産に深刻な被害を与えています。しかしながら、PCNの独特な生活環が防除を困難にしています (図1)。PCNの雌成虫は交尾を終えると自らの体内に数百個の卵を産み、死亡後に外皮が硬化してシスト (硬い殻) となります。シスト内の卵は乾燥や低温、殺線虫剤などに高い耐性を持ち、寄生相手の植物が近くに現れるまで土壌中で10年以上休眠状態のまま生き続けます。宿主作物が栽培されると、その根から分泌される孵化促進物質“Hatching Factor (HF)” ※2に応答して一斉に孵化し、寄生を達成します。一方、この特性はPCNを防除することにも応用が期待でき、古くから研究が続けられてきました。つまり、人工合成したHFを使って宿主作物が無い時期に線虫を孵化させ、餓死させてしまう方法や、宿主作物におけるHF生産を制御することで、栽培中に孵化が起こらないようにする防除法が挙げられます。しかし、HFの天然の存在量は非常に微量なためにその研究は難航し、1990年代にHFとしてソラノエクレピンA (SEA) が発見されて以降、孵化促進物質の検出の報告例さえありませんでした。

研究の内容


図2.孵化促進物質の構造

まず初めに、ジャガイモ根滲出液中にSEAが存在することを確認するとともにSEA以外のHFの存在を明らかにすることを目的として研究を進めました。約7万リットルのジャガイモ水耕栽培廃液を合成樹脂に通過させ、吸着された化合物を様々な手法で分画・精製していきました。分画したサンプルをPCN卵に処理し、孵化が確認されたサンプルをさらに分画するというバイオアッセイを繰り返し、HFを精製していきました。最終的に二つのHFの精製に成功し、そのうち一つがSEAであることが明らかになりました。もう一方のHFを精密質量分析※3およびNMR※4を用いて構造解析を行った結果、SEAと類似した構造であることが明らかとなり、その化合物をソラノエクレピンB (SEB) と命名しました (図2)。さらに、SEBは土壌中の微生物によりSEAへ変換されることを明らかにしました。


図3.SOLA遺伝子ノックアウト毛状根の解析

次に、培養および形質転換が容易なトマト毛状根※5を使ってHFの分析を行いました。その結果、トマト毛状根の培養液中にはSEAは検出されずSEBのみが検出されました。無菌のトマト毛状根培養液からSEBが検出されることから、SEBは植物自身が生合成する化合物であることを明らかにしました。そこで、トマト毛状根を用いてSEB生合成遺伝子を探索することにしました。トマト毛状根を様々な条件で培養し、HF生産量が変化する条件を複数見出し、その変化と遺伝子発現が同調する遺伝子を候補遺伝子として選抜しました。ゲノム編集技術※6を用いてそれらの遺伝子のノックアウト※6毛状根を作成し、培養液中のSEBの分析を行った結果、5つの遺伝子 (SOLA1~5) のノックアウト毛状根培養液中からはSEBが検出されなかったことから、SOLA1~5がSEB生合成遺伝子であることを明らかとしました (図3)。さらに、これらの遺伝子ノックアウト毛状根の培養液は非ノックアウト体と比べてPCNに対する孵化促進活性が顕著に低いことが確認されました (図3)。本研究から、SEB生合成酵素遺伝子をノックアウトすることにより、PCNの孵化を抑制し、被害を軽減できる可能性が示されました。

今後の展開

本研究により孵化促進物質を生産せずシストセンチュウを孵化させない新たな品種の育成への道を切り開きます。また同様の方法でさらに生合成遺伝子を明らかにすることで、孵化促進物質を多量に異種生産させることが可能となり、宿主不在時にシストセンチュウを孵化させて餓死させる自殺孵化剤として利用できる可能性があります。本研究成果は、地球規模で食糧生産を損なっているジャガイモシストセンチュウ類による被害を軽減し、作物の生産能力を十分に発揮させる研究へと発展していきます。

用語解説
※1 ジャガイモシストセンチュウ類 (Potato Cyst Nematode: PCN):
ジャガイモやトマトなどのナス属植物の根に特異的に寄生して収量を大幅に低下させる植物寄生性線虫であり、ジャガイモシストセンチュウ Globodera rostochiensis とジャガイモシロシストセンチュウ Globodera pallida の近縁2種が属する。両種とも南米アンデス地域を原産とし、日本にも侵入・分布している。これらのセンチュウは生活史の中にシストという段階を持つ。シストとはメス成虫が変化したもので、直径0.2~0.6ミリメートルの球形で数百もの卵が入っている。このシスト内の卵は低温・乾燥に強く、土壌中で10年以上生存する。そのため一旦畑に侵入すると駆除することは極めて困難であり、深刻な問題となっている。
※2 孵化促進物質 (Hatching Factor: HF):
シストセンチュウの孵化を誘導する化合物である。シストセンチュウの卵は宿主の根から分泌される孵化促進物質を特異的に認識し、宿主の存在を感知して孵化する。HFは極めて低濃度でシストセンチュウの孵化を誘導することができる。
※3 精密質量分析:
精密に化合物の質量を分析する装置である。測定値の値から化合物の分子式を決定できる。
※4 NMR:
核磁気共鳴。有機化合物の分子構造解析を行う上で不可欠な手法。 原子核のスピンを利用して物質の構造・状態を非破壊的に知ることができる。
※5 毛状根:
植物の代謝過程の研究あるいは特化代謝産物を生産するためによく用いられる植物組織培養の一種である。植物に毛根病菌 Agrobacterium (Rhizobium) rhizogenes が感染すると感染部位に不定根が発生し、それが髪の毛のように生えている様子から毛状根と呼ばれている。毛状根は培養に植物ホルモンを必要とせず、旺盛な生育を示し、遺伝的ならびに化学的安定性を有する。
※6 ゲノム編集技術とノックアウト:
ゲノム編集とは、人工的にデザインされたDNA分解酵素により標的とした遺伝子配列内に変異を導入する手法。DNAの切断に伴うDNA修復の際のエラーによる遺伝子の破壊、または短い配列の挿入や欠損が生じることで、遺伝子機能が失われる (ノックアウト)。
謝辞

本研究の一部は、JSPS科研費基盤B(21H02132)(水谷、串田)、生研支援センター「革新的技術開発・緊急展開事業(うち先導プロジェクト)」(水谷、串田、谷野)、および、JST/ACT-X「シストセンチュウ孵化促進物質生合成の解明と新奇防除法への応用(JPMJAX21B1)」(秋山)の支援を受けて行った。

論文情報
タイトル
Solanoeclepin B, a hatching factor for potato cyst nematode
DOI:10.1126/sciadv.adf4166
著者
Kosuke Shimizu#, Ryota Akiyama#, Yuya Okamura, Chihiro Ogawa, Yuki Masuda, Itaru Sakata, Bunta Watanabe, Yukihiro Sugimoto, Atsuhiko Kushida, Keiji Tanino, Masaharu Mizutani
#共同筆頭著者
掲載誌
Science Advances
1202農芸化学
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