2026-07-11 Tii技術情報研究所

はじめに
テラヘルツ波(0.1~10THz)は、電波と光の中間に位置する電磁波であり、近年ではBeyond 5G/6G通信、非破壊検査、材料評価、医療診断、セキュリティ検査など幅広い分野で実用化に向けた研究開発が急速に進展している。
特に6Gでは100Gbpsを超える超高速・超大容量通信を実現する有力な周波数帯として期待されており、送受信デバイスやアンテナ、材料、通信システムなど多方面で技術革新が進んでいる。
一方で、テラヘルツ波は発生・検出・伝送が難しいという課題も抱えており、高効率光源や高感度検出器、低損失材料などの基盤技術の確立が重要な研究テーマとなっている。
本稿では、最近発表された10件の研究成果をテーマ別に整理し、それぞれの研究の位置付けと最新動向を俯瞰する。
§1 テーマ分類と各記事の概要
テーマ1 6G・Beyond 5G通信システムの高度化
テラヘルツ波は次世代無線通信における最重要技術の一つであり、超高速・超大容量・低遅延通信を実現するため、アンテナ、無線機、通信システム、車車間通信、無線LANなど様々な応用技術が開発されている。
①世界初、サブテラヘルツ波二偏波MIMOアンテナ一体型無線機モジュールの開発に成功

② 6G時代に向け、サブテラヘルツ波を利用した車両通信システムの高速大容量伝送に成功

③「テラヘルツ波による超大容量無線LAN」の実現に必要な要素技術・統合技術を開発

④ 高密度信号のテラヘルツ波送信を高温超伝導体で実現

テーマ2 テラヘルツデバイス・電子材料
テラヘルツ波を効率よく発生・伝搬・吸収・検出するためには、新しい電子デバイスや機能材料の開発が不可欠である。本テーマでは半導体、吸収材料、チップ技術など基盤デバイスの研究を整理する。
⑤ テラヘルツ波用チップベースのシステムにより、より効率的で高感度な電子機器が可能になる可能性

⑥ 6G用の世界最薄のテラヘルツ波吸収フィルムを開発

⑦ トランジスタの新動作原理プラズモンでテラヘルツ波の検出感度を一桁以上高めることに成功

テーマ3 計測・分光・新しい物理現象
テラヘルツ波は通信だけでなく、材料科学やスピントロニクス、非破壊検査など幅広い分野で利用が進んでいる。新たな計測手法や物理現象の解明は、基礎科学と産業応用の双方を大きく発展させる可能性を持つ。
⑧ テラヘルツ波で物質の「ねじれ」を“地図”のように可視化

⑨ テラヘルツ波がスピン流に変換される機構を実証・解明

⑩ 手のひらサイズの高輝度テラヘルツ波光源を開発

§2 テーマ分類ごとのトレンド分析
テーマ1 6G・Beyond 5G通信システムの高度化
技術の効果
近年の研究では、テラヘルツ波を利用した通信技術が、単なる通信速度向上ではなく、通信システム全体の高度化へと発展していることが特徴である。
二偏波MIMOアンテナ一体型無線機モジュールでは144Gbps級の超高速通信が実証され、6G端末の実現可能性が大きく高まった。また、車両通信では高精細センサーデータやAIによるリアルタイム認識結果を高速伝送できるようになり、自動運転や協調運転の安全性向上に寄与する。
さらに、テラヘルツ無線LANの研究では、データセンター、工場、病院、XR空間など屋内超高速通信基盤としての利用も視野に入っており、通信インフラそのものの在り方を変革する可能性を示している。
技術的課題
一方、テラヘルツ波は空気中での伝搬損失が非常に大きく、降雨や湿度の影響も受けやすい。そのため、通信距離の制約や安定した接続維持が大きな課題となる。
また、高周波回路ではアンテナ、RF回路、パッケージングを一体的に最適化する必要があり、従来のマイクロ波通信よりも高度な設計技術が要求される。さらに、高出力送信器や低雑音受信器の実用化、ビームフォーミング制御、低消費電力化、量産技術の確立も重要な課題であり、研究成果を社会実装へ結び付けるためには、デバイスからネットワークまでを統合した開発が不可欠である。
今後の方向性
今後は、個々の要素技術からシステム全体の最適化へ研究の重点が移ると考えられる。AIを活用した適応型ビーム制御やRIS(Reconfigurable Intelligent Surface)との連携、衛星通信や光通信との融合、さらには通信とセンシングを一体化したISAC(Integrated Sensing and Communication)の実現が期待される。
6Gではテラヘルツ波が主要周波数帯となる可能性が高く、日本が強みを持つ高周波デバイス技術や材料技術を生かすことで、国際競争力の高い通信基盤の構築につながると考えられる。
テーマ2 テラヘルツデバイス・電子材料
技術の効果
通信性能はデバイス性能によって大きく左右されるため、テラヘルツ波を効率的に制御する電子デバイスや機能材料の研究が急速に進展している。
チップベースのテラヘルツシステムは、従来大型で複雑だった装置を半導体チップ上へ集積できる可能性を示し、小型化・低消費電力化・量産化への道を開いている。
また、世界最薄のテラヘルツ波吸収フィルムは不要な反射や電波干渉を抑制し、高品質な通信環境の構築に寄与する。
さらに、プラズモンを利用した高感度トランジスタは受信性能を飛躍的に向上させ、6Gだけでなく将来の7G通信にも適用可能な基盤技術として期待されている。
技術的課題
デバイス研究では、高周波化に伴う発熱やノイズ、製造ばらつき、微細加工精度などが依然として大きな課題である。
テラヘルツ帯ではナノメートルレベルの加工誤差が性能に大きく影響するため、高精度製造技術が不可欠となる。
また、新材料は優れた特性を示す一方で、大面積製造や長期信頼性評価、既存半導体プロセスとの整合性など、量産化へ向けた検討が十分とは言えない。高性能材料を安価かつ安定的に供給する技術の確立が、今後の普及を左右する重要な要素となる。
今後の方向性
今後は、半導体プロセスとの親和性が高いCMOS技術やシリコンフォトニクスとの融合が加速すると予想される。
また、メタマテリアルや二次元材料、トポロジカル材料など新しい機能材料の導入により、発生・制御・吸収・検出を一体化した高性能デバイスの実現が期待される。
さらに、AI設計技術やデジタルツインを活用した材料探索・デバイス最適化も進展し、研究開発期間の短縮と性能向上が同時に進むことで、テラヘルツ技術の実用化がさらに加速すると考えられる。
テーマ3 計測・分光・新しい物理現象
技術の効果
近年のテラヘルツ研究は通信分野にとどまらず、計測科学や物性物理学への応用が急速に広がっている。
物質内部の「ねじれ」構造を可視化する新しい分光イメージング技術は、次世代半導体や量子材料の評価手法として大きな可能性を持つ。
また、テラヘルツ波からスピン流への変換機構の解明は、スピントロニクス分野に新たな研究方向を提示し、超低消費電力メモリーや高速情報処理技術への応用が期待される。
さらに、小型高輝度光源の開発は、従来研究施設に限られていたテラヘルツ計測を産業現場へ展開する基盤技術となる。
技術的課題
これらの研究は基礎科学として極めて重要である一方、実用化には高性能な光源や検出器、解析アルゴリズムの高度化が不可欠である。
特に分光イメージングでは空間分解能と測定速度の両立、スピントロニクスでは材料特性の最適化や信号効率の向上、小型光源では出力・安定性・耐久性の向上など、多くの技術課題が残されている。
また、取得した大量データを高速に解析するAI技術やシミュレーション技術との連携も今後重要性を増すと考えられる。
今後の方向性
今後は、通信・計測・材料科学の境界がさらに曖昧になり、相互に技術が波及する研究開発が進展すると予想される。
高性能光源や高感度検出器の開発は通信性能向上にも直結し、逆に通信技術で培われた高周波回路技術は計測装置の小型化・高性能化へ応用される。
さらに、量子技術、スピントロニクス、AI解析との融合が進むことで、テラヘルツ波は「高速通信のための電磁波」から、「新しい物質科学と情報科学を支える基盤技術」へと役割を拡大していくことが期待される。
§3 全体まとめ
3-1 総合的なトレンド分析と今後の展望
今回取り上げた10件の研究成果を俯瞰すると、テラヘルツ波技術は「通信システム」「デバイス・材料」「計測・物性」の三つの領域が相互に連携しながら急速に発展していることが分かる。
特に6Gを見据えた研究では、144Gbps級の超高速無線機モジュールやサブテラヘルツ車両通信、超大容量無線LANなど、これまで基礎研究の色彩が強かったテラヘルツ波技術が、実用的な通信システムとして具体化する段階へ移行している。
一方で、チップベースのテラヘルツシステム、超薄型吸収フィルム、高感度検出トランジスタなどの研究は、通信性能を支える基盤技術の成熟を示しており、小型化・高性能化・低消費電力化が着実に進展していることを示している。
さらに、物質の「ねじれ」を可視化する分光イメージング技術や、テラヘルツ波からスピン流への変換機構の解明、小型高輝度光源の開発などは、テラヘルツ波が通信だけでなく、材料科学、量子技術、スピントロニクス、非破壊検査といった幅広い分野で新たな価値を生み出す基盤技術へ発展していることを示している。
近年の研究動向は、個別技術の性能向上だけでなく、異なる分野の技術を融合して新しい応用領域を創出する方向へ進んでいる点が大きな特徴である。
3-2 今後の展望・提言
今後は、個々の要素技術の高性能化に加え、通信・計測・材料・AI・量子技術を統合したシステム開発が競争力の鍵になると考えられる。
特にAIによる通信制御やデバイス設計の最適化、通信とセンシングを融合したISAC(Integrated Sensing and Communication)、さらには量子材料やスピントロニクスとの融合は、新たな産業応用を切り拓く重要な研究テーマとなるだろう。
また、社会実装を加速するためには、基礎研究から実証試験、標準化、量産技術までを一体的に推進する産学官連携が不可欠である。
日本は高周波デバイス、電子材料、精密加工、計測技術において世界トップクラスの研究基盤を有しており、これらの強みを結集することで、6G時代の国際標準化や産業競争力の向上を主導できる可能性がある。
今後は、テラヘルツ波技術を単なる高速通信技術としてではなく、次世代社会インフラを支える基盤技術として位置付け、長期的な研究開発と人材育成を継続的に推進することが重要である。

