シリコン量子ビット間で強い誤り相関を観測~シリコン量子コンピュータの将来設計に重要な示唆~

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2023-10-10  理化学研究所,東京工業大学

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター 量子機能システム研究グループの樽茶 清悟 グループディレクター、量子システム理論研究チームのダニエル・ロス チームリーダー、東京工業大学 超スマート社会卓越教育院の米田 淳 特任准教授らの共同研究グループは、シリコン量子ビット[1]間に強い誤り相関[2]を観測しました。

本研究成果は、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータ[3]を実現する有力候補の一つである、シリコン量子コンピュータの将来設計と性能向上に大きく貢献することが期待されます。

大規模量子コンピュータで実用的な計算を行うには、量子ビットの誤りに対する耐性(訂正機能)が必要と考えられます。その際、量子ビット誤りの特性、とりわけ量子ビット間の誤り相関が、誤り耐性に大きく影響することが知られています。

今回、共同研究グループは、高密度集積の観点で有望なシリコン量子ビットを用い、量子ビット誤りをもたらす電子スピン[4]の位相回転速度のゆらぎ[5](時間的変動)を測定しました。このゆらぎの量子ビット間相関を評価することで、隣接するシリコン量子ビット間では誤り相関が強くなり得ることが分かりました。これは、シリコン基板に量子ビット列を高密度集積した際の量子誤り耐性、ひいてはシリコン量子コンピュータの将来設計に影響を及ぼす重要な知見です。

本研究は、科学雑誌『Nature Physics』オンライン版(10月9日付:日本時間10月10日)に掲載されました。

シリコン量子ビット間の誤り相関を観測の図

シリコン量子ビット間の誤り相関を観測

背景

誤り耐性型汎用量子コンピュータは、あらゆる量子計算を実行できる量子コンピュータで、圧倒的な情報処理能力を持ち、社会に変革をもたらすと期待されています。特に従来の量子コンピュータとは異なり、量子ビットに生じる誤りに対して耐性(訂正機能)があるため、大規模集積化による情報処理能力の向上が可能です。

大規模な誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現する手法として注目されているのが、シリコン量子ドット[6]中の単一電子スピンを用いるシリコン量子ビットです。シリコン量子ビットは、現在の大規模集積回路技術との親和性が高く、大規模集積化に有利と考えられます。近年、その基本動作や特性の確認などを行う原理検証として、誤り耐性獲得に必要とされる、極めて高い精度での操作や量子非破壊測定[7]が示されるなど、目覚ましい進展が見られています。

今後の研究開発で集積化を推し進め、誤り耐性の獲得を目指すにあたり、量子ビットに生じる誤りの特性を理解しておく必要があります。シリコン量子ビットの誤りに関しては、主に単一の量子ビットを対象として、これまでに多くの詳細な測定がなされてきました。しかし、複数のシリコン量子ビットに生じる誤りの特性の評価は技術的に困難であり、とりわけ誤り耐性の獲得に大きな影響を与える量子ビット間の誤り相関に関して、精密な測定が待たれていました。

研究手法と成果

共同研究グループは、高密度に集積されたシリコン量子ビット列において期待される誤りの特性を調べるため、100ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)程度離れたシリコン量子ビットのペアに対して、各量子ビットに誤りをもたらす、位相回転速度のゆらぎ(時間的変動)の同時測定を行いました(図1)。

量子ビットのペアに対する位相回転速度のゆらぎの同時測定の図
図1 量子ビットのペアに対する位相回転速度のゆらぎの同時測定
シリコン量子デバイス中に隣接して電子スピンを二つ閉じ込め、金属電極(黄土色)に制御信号を与えることで、それぞれを量子ビットとして動作させた。これらの量子ビットのペアに対し、誤りをもたらす位相回転速度のゆらぎ(時間的変動)を同時に測定することで、量子ビット間の誤り相関を評価した。


このようにして同時測定されたゆらぎのデータを解析し、それらの間の相関の強さや位相関係を周波数ごとに評価しました(図2)。0.02Hz程度以下の低い周波数においては、量子ビット間に負の相関が観測された一方で、0.06Hz程度以上の周波数領域では、量子ビット間に正の相関が観測されました。1Hzにおけるゆらぎの量子ビット間相関の強さは0.7程度と、最大値1の70%に達しました。これらの結果から、100nm程度離れたシリコン量子ビット間では、強い誤り相関が観測され得ることが分かりました。

シリコン量子ビットのペアにおけるゆらぎの相関の図
図2 シリコン量子ビットのペアにおけるゆらぎの相関
シリコン量子ビットに誤りをもたらす位相回転速度ゆらぎの、量子ビット間での相関の強さや、位相関係を周波数ごとに評価した結果。各データ点の色は、相関の位相を表す。低周波側では相関の位相が180°に近く、一方の量子ビットにおいて位相回転が速い場合には他方では遅いというような、負の相関が観測された。高周波側では相関の位相が0°に近くなっており、一方の量子ビットで位相が進んでいる場合には他方でも進んでおり、一方が遅れている場合には他方でも遅れているというような、正の相関が観測された。


さらに、量子ビット間に働くスピン交換相互作用[8]に観測されるゆらぎと、それぞれの量子ビットの位相回転速度のゆらぎの交差相関[9]に着目したところ、強い相関が観測されました。スピン交換相互作用は磁気的なノイズには鈍感であることから、そのゆらぎは電気的なノイズによってのみ生じると考えられます。従って、今回実験に用いたシリコン量子ビットに生じる誤りが、デバイス中の欠陥、不純物などに由来する電気的なノイズに支配されていることが、実験によって直接的に示されました。

今後の期待

今回、シリコン量子ビットの隣接ペアに対して誤りをもたらすゆらぎを測定し、強い相関を観測しました。シリコン量子ビット間において誤り相関が強くなり得るという知見は、シリコン技術に立脚した誤り耐性型汎用量子コンピュータの将来設計と性能向上に大きく貢献すると考えられます。

また、本研究で確立した交差相関に基づくノイズ源の同定手法を用いることで、従来方法ではノイズ源の特定が困難な状況においてもノイズ源の特定が可能になり、より高品質な量子ビットデバイスの開発につながると期待されます。

補足説明

1.シリコン量子ビット
従来コンピュータの性能向上が限界に達しつつあるといわれる中、革新的な情報処理能力を発揮し得る量子コンピュータが注目を集めている。量子コンピュータが情報処理に用いる量子情報の最小単位は量子ビットと呼ばれ、重ね合わせや量子もつれといった量子論の法則に従う。量子ビットのうち、現在の大規模集積回路などを支える半導体材料であるシリコンを用いて作製されるものを、シリコン量子ビットと呼ぶ。既存のシリコン集積回路技術のノウハウが応用できることへの期待から、大規模集積の観点で有利であるとされる。

2.誤り相関
量子ビット(の担う量子情報)には、ノイズなどの影響で有限の確率で誤りが生じる。異なる量子ビットの間で生じる誤りに見られる相関を、ここでは誤り相関と呼んでいる。誤り相関が強い場合は、複数の量子ビットで同時に誤りが生じる確率が上昇する。そのため、誤り相関の強さは、量子情報の冗長化(情報の一部に誤りが生じた場合に備えて、誤りの検出や訂正に役立つ情報を、本来処理を行いたい必要最低限の情報に付け加えること)と量子誤り訂正を行う際の効率に影響を及ぼす。

3.誤り耐性型汎用量子コンピュータ
量子コンピュータの中でも、量子ビットに生じる誤りに対する耐性を持ち、情報処理能力を向上させる大規模集積化が可能で、あらゆる量子計算を実行できる汎用的な量子コンピュータのこと。圧倒的な情報処理能力で社会に変革をもたらすことが期待される。誤り耐性を獲得するためには、誤り率が一定の水準以下の高性能な量子ビットを大規模集積して誤り訂正符号(処理を行いたい情報を表現するための規則のうち、情報処理過程で生じる誤りの訂正に適したもの)を実行し、冗長性(情報の一部に誤りが生じても、誤りの検出や訂正を可能とする付加情報が利用可能な状態)を持たせる必要がある。

4.電子スピン
電子は、通常のエレクトロニクスで用いられる電荷に加えて、磁気的な内部自由度を持っている。この自由度のことを電子スピンと呼ぶ。電子スピンは、上向きスピン、下向きスピンの2状態に加えて、それらの任意の重ね合わせ状態をとることができ、3次元空間で任意の方向を向く矢印によって表現されることがある。

5.位相回転速度のゆらぎ
電子スピンに静磁場をかけると、磁場方向を軸とした回転運動が起こる(磁場の方向をz軸にとると、電子スピンのx、y成分が周期的に変動する)。これは電子スピンの重ね合わせ位相が回転していることに対応しており、その回転速度は理想的には一定である。シリコン量子ビットの誤りの大部分は、ノイズなどの影響によりこの位相回転速度がゆらぐ(時間的に変動する)ことで、電子スピンの位相情報が失われることによって生じる。

6.量子ドット
単一あるいは少数の電子(あるいは正孔)を空間的に閉じ込めることで、量子効果が顕著に観測される微細構造デバイスのこと。

7.量子非破壊測定
量子力学的な状態に対する測定で、例外的に、測定される物理量に擾乱を及ぼさないもの。測定後の状態が測定結果に対応する固有状態に射影される、理想的な量子射影測定と見なせる。

8.スピン交換相互作用
互いの軌道が重なり合うことで、電子スピン間に働く相互作用。シリコン量子ビットでは2量子ビット実装などに利用される。

9.交差相関
複数の時系列データにおいて、互いの時刻をずらした際のデータ間の相関。時系列データの類似性、関係性を調べるのに用いられる。相互相関ともいう。

共同研究グループ

理化学研究所
量子コンピュータ研究センター 半導体量子情報デバイス理論研究チーム
特別研究員 フアン・セバスチャン・ロハス‐アリアス(Juan Sebastian Rojas-Arias)
創発物性科学研究センター
量子システム理論研究チーム
上級研究員 ピーター・スタノ(Peter Stano)
チームリーダー ダニエル・ロス(Daniel Loss)
(バーゼル大学 物理学科 教授)
量子機能システム研究グループ
上級研究員 武田 健太(タケダ・ケンタ)
研究員 野入 亮人(ノイリ・アキト)
上級研究員 中島 峻(ナカジマ・タカシ)
グループディレクター 樽茶 清悟(タルチャ・セイゴ)
(量子コンピュータ研究センター 半導体量子情報デバイス研究チーム チームリーダー)

東京工業大学 超スマート社会卓越教育院
特任准教授 米田 淳(ヨネダ・ジュン)

研究支援

本研究は、科学技術振興機構(JST)ムーンショット型研究開発事業目標6「2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現(プログラムディレクター:北川勝浩)」の研究開発プロジェクト「大規模集積シリコン量子コンピュータの研究開発(プロジェクトマネージャー:水野弘之)JPMJMS2065」「拡張性のあるシリコン量子コンピュータ技術の開発(プロジェクトマネージャー:樽茶清悟)JPMJMS226B」、JSTさきがけ「情報担体とその集積のための材料・デバイス・システム(研究総括:若林整)」の研究課題「ネットワーク型シリコン量子プロセッサの開拓(研究代表者:米田淳)JPMJPR21BA」などの助成を受けて行われました。

原論文情報

J. Yoneda, J. S. Rojas-Arias, P. Stano, K. Takeda, A. Noiri, T. Nakajima, D. Loss, S. Tarucha, “Noise-correlation spectrum for a pair of spin qubits in silicon”, Nature Physics, 10.1038/s41567-023-02238-6

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 量子機能システム研究グループ
グループディレクター 樽茶 清悟(タルチャ・セイゴ)
量子システム理論研究チーム
チームリーダー ダニエル・ロス(Daniel Loss)

東京工業大学 超スマート社会卓越教育院
特任准教授 米田 淳(ヨネダ・ジュン)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
東京工業大学 総務部 広報課

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