マイクロ空間内に均一な原子層を形成させる新技術~狭窄空間内への新たな原子層堆積手法の開発~

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2023-05-12 東京大学

ポイント

  • きわめて狭い空間(マイクロ空間)に対して均一に原子層堆積(ALD)を行う新手法を開発した。
  • 従来困難だったレベルの狭窄空間(長さ1000mm、内径100μm のキャピラリーチューブ)に対しても均一なALDが可能となった。
  • さまざまな形状の材料に対してALDを用いて表面特性を変調させる新手法としての発展が期待される。

概要

東京大学大学院工学系研究科の柳田剛教授、細見拓郎助教、亀井龍真大学院生、京都大学大学院工学研究科の久保拓也准教授、京都大学薬学研究科の金尾英佑助教らによる研究グループは、きわめて狭いマイクロ空間に対して均一に原子層を堆積する新しい方法を開発しました。
これまで、微細な構造表面に対して膜厚・膜組成を細やかに制御しながら空間均一的に金属酸化物を堆積させる手法として原子層堆積(ALD 注1)法が広く用いられてきました。しかし、キャピラリーチューブ(注2)のような狭い空間に対しては金属酸化物の前駆体を供給することが難しく、適用に課題がありました。本研究では、狭い空間の両端に大きな圧力差をつけることのできるALD装置を新たに開発することで、長さ1000mm、内径100μm というきわめて細長いキャピラリーチューブの内壁に酸化チタン層を均一に成膜することに成功しました(図1)。
また、酸化チタンをコーティングしたキャピラリーマイクロチューブは、優れた熱的および化学的堅牢性を示し、さまざまな分子混合物を分離精製することが出来る流路(カラム)として適した性能を発揮しました。ALDが可能な形状の適用範囲を大幅に広げたという点で本成果は意義深く、今後さまざまな狭窄空間内の表面特性を自在に変調させるための新手法として発展することが期待されます。

図1:狭窄空間内への均一な原子層堆積装置。(きわめて細長いキャピラリーチューブの内壁にも均一な成膜が可能。)

発表内容

〈研究の背景〉

マイクロ空間とは、一般に1mm以下のきわめて狭い空間のことを指し、特にチューブ状の流路としたマイクロチューブは、優れた化学反応・物質分離場として近年活発に研究されています。その特性を向上させるためには、内壁面の材質をさまざまに変調させることが有効であり、これまでに有機ポリマー材料をはじめとしてさまざまな材料によるマイクロチューブ内壁面の修飾が行われてきました。一方で、特に高温下における安定性が必要となる用途においては、熱的に堅牢な無機固体による修飾が特に有望と目されています。

無機固体を堆積させる有用な手段として、原子層堆積(ALD)法が知られています。他の一般的な堆積法とは異なり、分子状のALD前駆体(注3)が材料表面で起こす逐次的な化学反応によって原子一層ごとの堆積が可能であることから、ある程度入り組んだ形状を有する材料に対しても均一な堆積が可能な点が長所の一つです。しかしながら、キャピラリーチューブのように長距離にわたるマイクロ空間に対してはALD前駆体を十分量供給することが難しく、一般的なALDシステムの適用限界が示唆されてきました。

〈研究の内容〉

本研究では、まず既存システムにおけるALD前駆体のマイクロ空間内部への供給の制限要因の解明を行いました。分子流(注4)・粘性流(注5)双方を勘案したシミュレーションからマイクロチューブ内部への供給時間を計算したところ、マイクロチューブの数cm以上まで長くなると、現実的な時間内にALD前駆体の供給を行うことが出来ないことが明らかとなりました。そこで、外部から圧力をかけて強制的にALD前駆体を供給するモデルについても計算したところ、キャピラリーチューブのような長距離マイクロ空間全域に対してALDを行うためには、10000Pa以上の差圧が不可欠であることが判明しました。

そこで本研究では、マイクロチューブのような狭い空間に対しても十分な差圧を印加可能な新たなALDシステムを開発しました(図2)。新システムでは、マイクロチューブへのALD前駆体の供給とマイクロチューブからのALD前駆体の排出の両工程において、マイクロチューブに必要な差圧をかけることができるように設計されています。各バルブは独立して制御可能で、ALD前駆体の供給・排出を連続的に行うことが出来ます。

fig02

図2:本研究で開発された新ALDシステム概略図

本システムを用いて内径100μm・長さ1000mmのキャピラリーチューブ内壁に対してテトラキス(ジメチルアミノ)チタンをALD前駆体として酸化チタンを堆積させ、その結果を従来システムのものと比較しました(図3)。その結果、従来のALDシステムではキャピラリーチューブ内壁にほとんど酸化チタン堆積が見られなかったのに対し、新システムではキャピラリーチューブ内全域に対して均一な酸化チタン堆積が可能であることが実証されました。

fig3

図3:キャピラリーチューブ内壁に堆積された酸化チタン層の厚み

A-Jはキャピラリーチューブを10cmごとに切断した各点を表す。図中赤点は既存ALDシステムにより、緑点は本研究で開発された新システムにより堆積された結果をそれぞれ示す。

さらに、内壁に酸化チタンを堆積させたキャピラリーチューブが、高い堅牢性を有しながら、混合物を分離するための流路(ガスクロマトグラフィカラム)として機能することも見出しました。ガスクロマトグラフィカラムの使用においては、測定ごとに加熱して内壁に吸着した有機分子を脱離させること(焼き出し)が必要ですが、特に強く吸着した分子を脱離させるためにはしばしばカラムの耐熱限界付近の高温が必要となります。市販の有機ポリマー修飾型キャピラリーチューブでは、高温(350℃)での焼き出しを数回繰り返すにつれて分離性能が著しく劣化してしまうのに対し、今回作製した酸化チタン修飾型キャピラリーチューブでは同様の条件で分離性能にほとんど劣化が見られませんでした。本研究で得られた一連の知見は、このようなマイクロ空間内の表面特性を自在に変調させるための新たな方法論となると期待されます。

〈今後の展望〉

本研究では、きわめて狭いマイクロ空間に対してALDを適用して均一な原子層を堆積するための新しい方法の開発に成功しました。今後、元素種の多様化や印加差圧の向上などによって、さらなる適用範囲の増大が可能と考えられます。また、本手法を用いた新しいALD装置の製品化検討が進んでいます。本手法の適用範囲が広がることで、マイクロ空間に対する既存の修飾手法の枠を超えた新たな材料設計が可能となると期待されます。

発表者
東京大学大学院工学系研究科
柳田 剛(教授)〈九州大学先導物質化学研究所 教授〉
長島 一樹(准教授:研究当時)
高橋 綱己(准教授)
細見 拓郎(助教)
田中 航(助教)
劉 江洋(日本学術振興会特別研究員)
李 文君(特任研究員)
亀井 龍真(博士課程)

京都大学
大学院工学研究科

大塚 浩二(名誉教授)
久保 拓也(准教授)
中野 克哉(修士課程:研究当時)

大学院薬学研究科
金尾 英佑(助教)

九州大学先導物質化学研究所
金井 真樹(研究員)

論文情報
〈雑誌〉ACS Applied Materials and Interfaces
〈題名〉Rational Strategy for Space-Confined Atomic Layer Deposition
〈著者〉Ryoma Kamei, Takuro Hosomi, Masaki Kanai, Eisuke Kanao, Jiangyang Liu, Tsunaki Takahashi, Wenjun Li, Wataru Tanaka, Kazuki Nagashima, Katsuya Nakano, Koji Otsuka, Takuya Kubo, and Takeshi Yanagida*
〈DOI〉10.1021/acsami.3c01443
〈URL〉https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsami.3c01443

研究助成
本研究は、科研費「基盤研究(S)(課題番号:JP18H05243)」、科学技術振興機構CREST、物質・デバイス領域共同研究拠点、および文部科学省IRCCSの支援により実施されました。

用語解説
(注1)原子層堆積:
分子反応を利用することで、金属酸化物や金属の原子層を1層ずつ堆積する手法。

(注2)キャピラリーチューブ:
おおむね内径1mm以下の毛細管のこと。クロマトグラフィによる分離等に用いられる。

(注3)ALD前駆体:
ALDにおいて、堆積対象となる化合物を表面化学反応によって生成する分子のこと。

(注4)分子流:
チューブ内を流れる分子が分子は他の分子とほとんど衝突せず、チューブ内壁とのみ衝突していると見なせるような流れのこと。

(注5)粘性流:
チューブ内を流れる分子の密度が高く、互いの相互作用による粘性力が慣性力に比較して支配的になるような流れのこと。

プレスリリース本文:PDFファイル

ACS Applied Materials and Interfaces:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsami.3c01443

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