焦点距離を変えられるメタレンズを開発~光の偏光でレンズの焦点距離を制御~

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2023-11-20 理化学研究所

理化学研究所(理研)光量子光学研究センター フォトン操作機能研究チームの田中 拓男 チームリーダー(開拓研究本部 田中メタマテリアル研究室 主任研究員)らの国際共同研究グループは、光の偏光で焦点距離を制御できるメタレンズを開発しました。

本研究成果は、超小型のデジタルカメラや光学顕微鏡、光学センサーなど小型で高性能な光学機器の創出に貢献すると期待されます。

今回、国際共同研究グループは、入射する光の偏光方向を変えるだけで焦点距離が変化するメタレンズの開発に成功しました。メタレンズとは光の波長よりも細かなナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)スケールの人工構造によって構成されるレンズで、わずか750ナノメートルの厚みしかない極薄のレンズです。このメタレンズを構成するナノ構造を特定の光の偏波(偏光)にのみ応答するように設計して、光の偏光方向を変化させることでレンズの焦点距離を自在に変化させることに成功しました。

本研究は、科学雑誌『Nano Letters』オンライン版(11月13日付)で掲載されました。

光の偏光方向で焦点距離を制御できるメタレンズの図
光の偏光方向で焦点距離を制御できるメタレンズ

背景

焦点距離を変化させることが可能なレンズは、可変倍率のカメラのズームレンズや双眼鏡、光学顕微鏡、プロジェクターなどさまざまな光学機器に利用されています。最近では、スマートフォンのカメラのような小型の光学ユニットにも可変倍率の光学レンズが搭載されています。しかし、これまでは複数枚のレンズで光学系を構成し、レンズ間の距離を機械的に変化させて実効的な焦点距離を定める手法が主流でしたが、機械的にレンズを動かすため、すばやく焦点距離を変えることは困難でした。またレンズの駆動機構が必要になるなど、光学システムそのものが複雑化、大型化するといった課題がありました。

メタレンズの中には、Micro-electromechanical systems(MEMS)[1]技術を利用してナノ構造を機械的に変形させたり、伸縮性のあるフィルム表面にメタレンズを形成して、そのフィルムを機械的に伸縮させてナノ構造間の距離を変えたりすることで、焦点距離を変化させる焦点可変レンズが提案されていました。しかし、いずれも機械的な操作を伴うため従来の複数枚のレンズで構成されている焦点距離可変レンズと同様に応答が遅く、機構が複雑化する課題を有していました。

そこで、国際共同研究グループは、2次元状メタマテリアル[2]であるメタサーフェス[2]技術を用いて焦点距離を可変なメタレンズを開発しました。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、特定の光の偏光にのみ応答するナノ構造を利用して、光の偏光を変えるだけで焦点距離を変えられる、新しい焦点距離可変メタレンズを開発しました。

この焦点距離可変メタレンズでは、特定の方向の偏波を持つ光(偏光)にのみ応答する異方的な特性を有するナノ構造が鍵となります。このナノ構造は直方体の窒化ガリウム(GaN)で構成され、横幅(W)や奥行き(L)などのサイズを変化させると、光波が照射された際にその光波に与える位相を変えることができます(図1a)。さらにWとLが異なる非対称な構造を特定の方位に配列させることで、ある方向の偏光のみに位相ずれを与えることができます。

焦点距離可変メタレンズの構造の図
図1 焦点距離可変メタレンズの構造
(a)メタレンズを構成する基本素子のナノ構造。サファイア(Al2O3)基板と基板表面に形成された直方体の窒化ガリウム(GaN)とから構成されている。
(b)偏光角θ=0°(x偏光)を入射した場合の集光スポットとその時の焦点距離fx。
(c)偏光角0°<θ<90°を入射した場合の集光スポット。
(d)偏光角θ=90°(y偏光)を入射した場合の集光スポットとその時の焦点距離fy。


そこで、x方向の偏光に対してはレンズの形状と同じような位相ずれを与え、それと直交するy方向の偏光にはランダムな位相ずれを与えてレンズとしては機能しないようなメタレンズを設計します(図2a)。このような特殊な光学特性を付与できるのはメタレンズの最大の特徴で、従来のガラスなどを研磨して作ったレンズでは実現できないものです。このメタレンズにx偏光を照射するとレンズ内の位相ずれによって光は焦点距離fxの位置に集光されます。一方y偏光を照射しても光は集光されずそのまま透過します(図2c)。このメタレンズを構成するナノ構造一式をGroupAとします。一方、x偏光にはランダムな位相ずれ、y偏光には焦点距離fyを持つレンズとして機能するナノ構造を設計することもできます(図2b、d)。このメタレンズを構成するナノ構造一式をGroupBとします。

焦点距離可変メタレンズの位相特性と生成される光スポットの強度分布の図
図2 焦点距離可変メタレンズの位相特性と生成される光スポットの強度分布
(a)x偏光(青)には凸レンズと同様の位相ずれがメタレンズによって加えられ集光されるが、y偏光(赤)にはランダムな位相ずれが加わり光は集光されない。
(b)(a)とは反対にx偏光(青)にはランダムな位相のずれを与え、y偏光(赤)には凸レンズと同様の位相のずれを与えて光が集光される。
(c)(a)のメタレンズによって生成される集光スポット。x偏光は焦点距離fxで集光される。
(d)(b)のメタレンズによって生成される集光スポット。y偏光は焦点距離fyで集光される。


これらGroupAとGroupBの2種類のナノ構造を互いに影響し合わないように一つの基板表面に集積化したメタレンズを設計します。すると、このメタレンズにx偏光を入射させると、焦点距離fxの位置に光が集光され、y偏光を入射させると焦点距離fyの位置に光が集光されます。そして、斜め方向の偏光を入射させると、その偏光成分がx方向とy方向に分解されて、x方向の偏光成分はfxの位置に、y方向の偏光成分はfyの位置へと二つの光スポットが形成されます。トータルの光強度分布は二つの光スポットの強度を足し算したものになります。このとき、足し算後の光強度分布の中に元の二つのスポットのピークが現れないような、すなわち二つのピークの間にくぼみが発生しないような距離になるように、あらかじめfx、fyの値を設計していくと、足し合わされた光スポットは、fxとfyの間に一つだけピークを持つ光スポットになります。そして、偏光方向をx方向からy方向に回転させていくと、スポット位置もfxからfyへと連続的に変化します(図3)。

焦点距離可変の原理の図
図3 焦点距離可変の原理
二つのスポットが足し合わされて一つの光スポットが形成される。(a)偏光角度30°の場合の集光スポットの強度分布。(b)偏光角45°の場合の集光スポットの強度分布。いずれの場合もx偏光とy偏光の二つの集光スポットの間にくぼみができないように設計すると一つの集光スポットになる(黒実線)。


実験では、膜厚750nmの窒化ガリウム(GaN)層がサファイア(Al2O3)基板の表面に形成された基板を使って、GaN層を電子ビームリソグラフィ法[3]ならびに反応性イオンエッチング法[4]などを用いて成形し、開口数[5]0.1と0.01の2種類のメタレンズを試作しました(図4)。

試作した焦点距離可変メタレンズの構造の図
図4 試作した焦点距離可変メタレンズの構造
(a)メタレンズの電子顕微鏡写真。左下は光学顕微鏡写真。
(b)メタレンズの電子顕微鏡写真を拡大したもの。GroupAの構造がピンク、GroupBの構造がブルーに塗り分けられている。


試作した焦点距離可変メタレンズの光学特性の測定結果が図5です。図5aは光の偏光方向を変化させた際に、光スポットの形状と位置がどのように変化するかを示したものです。また図5cは偏光方向がx方向(θ=0°)、y方向(θ=90°)ならびにその中間の斜め方向(θ=45°)の三つの場合について、光スポットの強度分布を測定した結果です。図5aのグラフからは、偏光方向をx方向(θ=0°)からy方向(θ=90°)へ変化させるにつれて、光スポット位置が24.5mmから28.6mmへと4.1mm変化していること、ならびに光スポットのサイズは大きくは変化していないことが分かります。図5bは図5aの結果を基に偏光方向と光スポットの強度ピーク位置(焦点距離に相当)の関係をプロットしたものです。赤線の実験結果は偏光方向の変換に対してほぼ線形に焦点位置(焦点距離)が変化しています。図5bの青線は、理論計算で求めたスポット位置です。二つのグラフを比較すると試作したメタレンズのスポット位置が理論計算結果とほぼ一致していることが分かりました。

また、焦点距離を変化させてもスポットの形状は常に円形でスポット形状の崩れがないことも確認しました。試作した焦点距離可変メタレンズの構造は、波長532nmの緑色光を基準に設計したものですが、赤色から紫色の異なる波長の光に対しても焦点距離可変メタレンズとして機能することも確かめました。

試作した焦点距離可変メタレンズの光学特性の図
図5 試作した焦点距離可変メタレンズの光学特性
(a)光の偏光方向を変化させた場合に生成される光スポットの強度分布。
(b)偏光方向と光スポットの位置(焦点距離に相当)関係。赤線は実験結果の値、青線は理論計算値。
(c)偏光角0°、45°、90°の場合に生成される光スポットの強度分布。

今後の期待

本研究により、小型かつ極薄で高速に焦点位置やズーム率を変化させられるレンズが実現されました。このようなレンズは、スマートフォンのカメラや拡張現実ディスプレイ、顕微鏡、双眼鏡や内視鏡などの医療用光学機器など幅広い分野に適用できます。人工構造の形状を設計すれば光機能を制御できるというメタレンズの設計の柔軟性と併せて、特定のアプリケーションの要求に合わせて精密にカスタマイズされた高性能な光学機器が実現できると期待されます。

補足説明

1.Micro-electromechanical systems(MEMS)
マイクロメートルスケールの微小な電気機械素子から構成される部品で、アクチュエーターやセンサー、電子回路などをシリコンやガラスなどの基板表面に集積化したシステムの総称。

2.メタマテリアル、メタサーフェス
メタマテリアルは、光の波長よりも細かな構造を人工的に導入して、その構造と光との相互作用を利用して実効的な物質の光学特性を人工的に操作した疑似物質。”メタ”は超越したという意味。メタサーフェスは、物体表面のみにナノ構造を形成した2次元版のメタマテリアルで、人の髪の毛の直径の数百分の一という極薄のナノ構造だけで光波を巧みに制御する技術。

3.電子ビームリソグラフィ法
電子ビームが照射されると分解する樹脂を塗布した基板上に、電子ビームを集光して照射し、この電子ビームを任意のパターン形状に走査することでパターンを感光性樹脂上に転写する。感光性材料を現像処理すると、電子ビームで描いた通りの樹脂パターンが基板表面にできあがる。この樹脂パターンをそのまま利用することもできるが、この樹脂をマスクとして基板表面をエッチングして基板にパターンを転写することも行われる。

4.反応性イオンエッチング法
エッチングガスにマイクロ波などを照射してプラズマ化し、このプラズマを被加工物質と化学反応させながらエッチングする手法。単にプラズマで物質をエッチングするのではなく、化学反応を介在させることにより、特定の物質のみを選択的にエッチングすることができる。

5.開口数
レンズの場合、そのレンズが円すい状に集光する光のうち最も外側の光の入射角をθ、光が伝播している空間の屈折率(空気なら1.0)をnとしたときn×sinθで定義される量。レンズの明るさや分解能に直接関係し、開口数が大きいほどそのレンズは明るく、分解能が高い。

国際共同研究グループ

理化学研究所 光量子光学研究センター フォトン操作機能研究チーム
チームリーダー 田中 拓男(タナカ・タクオ)
(開拓研究本部 田中メタマテリアル研究室 主任研究員)

台湾大学
助理研究員 朱 正弘(Cheng Hung Chu)

成功大学
准教授 吳 品頡(Pin Chieh Wu)

研究支援

本研究の一部は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「メタマテリアル吸収体を用いた背景光フリー超高感度赤外分光デバイス(研究代表者:田中拓男)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

Po-Sheng Huang, Cheng Hung Chu, Shih-Hsiu Huang, Hsiu-Ping Su, Takuo Tanaka, and Pin Chieh Wu, “Varifocal Metalenses: Harnessing Polarization-Dependent Superposition for Continuous Focal Length Control”, Nano Letters, 10.1021/acs.nanolett.3c03056

発表者

理化学研究所
光量子光学研究センター フォトン操作機能研究チーム
チームリーダー 田中 拓男(タナカ・タクオ)
(開拓研究本部 田中メタマテリアル研究室 主任研究員)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

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