暗い励起子から明るい励起子への変換機構を解明~カーボンナノチューブの発光効率向上への新指針~

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2019-12-06 理化学研究所

理化学研究所(理研)開拓研究本部加藤ナノ量子フォトニクス研究室の石井晃博特別研究員(理研光量子工学研究センター量子オプトエレクトロニクス研究チーム特別研究員)、加藤雄一郎主任研究員(同チームリーダー)らの研究チームは、カーボンナノチューブ[1]の発光における「暗い励起子[2]」から「明るい励起子」への変換メカニズムを明らかにしました。

本研究成果は、カーボンナノチューブの発光効率[3]向上やカーボンナノチューブ単一光子源[4]の性能向上につながると期待できます。特に、カーボンナノチューブ単一光子源は、室温で動作する通信波長帯の光子源であるため、小型化や長距離伝送に向いており、量子通信への応用が注目されています。

カーボンナノチューブにレーザーパルスを当ててエネルギーを与えると発光しますが、そのとき明るい励起子と暗い励起子が生成されます。明るい励起子は明るく発光してすぐに消滅しますが、暗い励起子はその後もしばらく残り、その一部が明るい励起子に変換されることがあります。暗い励起子は発光にほとんど寄与しないことから、数パーセント程度というカーボンナノチューブの低い発光効率の一因だと考えられてきました。しかし、暗い励起子は光を出さないために直接観測することができず、詳しい性質は分かっていませんでした。

今回、研究チームは、原子の並び方(幾何構造)を決定したカーボンナノチューブを用いて、時間分解測定により暗い励起子の挙動を系統的に調べました。その結果、暗い励起子から明るい励起子への変換効率を定量的に求めることに成功し、変換効率は長いナノチューブほど高くなることが分かりました。さらに、明るい励起子へ変換される速度は幾何構造に依存すること、暗い励起子の50%以上を明るい励起子に変換できることを実験的に示しました。

本研究は、米国の科学雑誌『Physical Review X』のオンライン版(12月5日付け:日本時間12月6日)に掲載されます。

カーボンナノチューブの中で起こる暗い励起子(右)から明るい励起子(左)への変換の図

図 カーボンナノチューブの中で起こる暗い励起子(右)から明るい励起子(左)への変換

背景

単層カーボンナノチューブ(以下、カーボンナノチューブ)は、炭素原子が六角形の格子状に並んだ原子一層の膜(グラフェン)を直径1~3ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)程度の筒状に丸めた構造を持つ物質です(図1a)。その炭素原子の並び方(幾何構造)は、チューブの直径とカイラル角と呼ばれる角度で特徴づけられ、(n,m)という二つの整数の組み合わせで特定することができます(図1b)。

単層カーボンナノチューブの模式図の画像

図1 単層カーボンナノチューブの模式図

(a)単層カーボンナノチューブは、炭素原子が六角形の格子状に並んだ原子一層(グラフェン)の膜を筒状に丸めた構造をしている。その直径は1~3nm程度である。

(b)(a)のカーボンナノチューブの円周一巻きに相当するベクトル(赤い矢印)をグラフェン上に描くと、グラフェンの基本格子ベクトルa1,a2の重ね合わせで表現することができ、このときに現れる二つの係数n,mを用いてカーボンナノチューブの幾何構造を定義する。図中のθをカイラル角と呼ぶ。

カーボンナノチューブは、光通信に使われている近赤外光領域(波長1200~1600nm)で発光すること、またレーザーパルスを照射すると室温で単一光子を発生することから、ナノフォトニクス[5]や量子情報処理技術[6]への応用を念頭に置いた研究が進められています。さらに、発光特性からカーボンナノチューブの幾何構造を厳密に同定できることを利用して、ナノテクノロジーを超えた原子レベルの技術の開拓に役立つと期待されています。しかし、カーボンナノチューブの発光効率は数%程度しかなく、応用の観点からはその原因解明と効率向上が求められています。

一方、カーボンナノチューブが発光する際には、「励起子」が生成されます。励起子とはマイナスの電荷を持つ電子とプラスの電荷を持つ正孔が結びついた粒子で、消滅するときに光を放出するため、いわば”光のもととなる粒子”だといえます。カーボンナノチューブでは、光を出す「明るい励起子」と光を出さずに消滅する「暗い励起子」が存在することが知られています。この暗い励起子は発光にほとんど寄与しないことから、それが低い発光効率の一因であるとこれまでの研究から考えられてきました。しかし、暗い励起子は光を出さないために直接観測することができず、詳しい性質は分かっていませんでした。

研究手法と成果

研究チームは、暗い励起子と明るい励起子の寿命が大きく異なることに注目しました。カーボンナノチューブにレーザーパルスを照射してエネルギーを与えると、励起子が生成されます。このとき、明るい励起子は60~80ピコ秒(1ピコ秒は1兆分の1秒)ほどで明るく発光して消滅しますが、暗い励起子はその後もしばらく残ります。そして、暗い励起子の一部は明るい励起子に変換されるため、明るい発光の後に微弱な発光がしばらく続くことになります。したがって、明るい励起子が全て消滅した後、暗い励起子に由来する発光の様子を調べれば、暗い励起子の寿命や明るい励起子への変換効率を明らかにすることができます。

ただし、カーボンナノチューブは幾何構造によって物性が大きく異なることから、測定にはまずその幾何構造をはっきりと決定することが重要です。そこで、研究チームが独自開発した全自動顕微分光装置[7]を用いて、基板上に合成したカーボンナノチューブの位置・幾何構造・長さを1,000本単位でデータベース化し、所望のカーボンナノチューブを測定対象としました(カイラリティ・オン・デマンド測定)(図2)。

単一のカーボンナノチューブに対する光学測定の図

図2 単一のカーボンナノチューブに対する光学測定

(a)長さ4.8マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)のカーボンナノチューブの発光イメージ。スケールバーの長さは1μm。

(b)同じカーボンナノチューブに対する励起分光測定の結果。発光波長と励起波長それぞれのピーク位置から、直径が1.23nmでカイラル角が22.7度の(11,7)ナノチューブと決定される。

カイラリティ・オン・デマンド測定により、原子レベルで同一の幾何構造を持つカーボンナノチューブの中からさまざまな長さのものを選び出し、発光の時間変化を調べました。その結果、暗い励起子由来の発光時間は、長いカーボンナノチューブほど長くなることが分かりました(図3)。

発光減衰曲線の長さ依存性の図

図3 発光減衰曲線の長さ依存性

同一の幾何構造を持ち、長さが異なるカーボンナノチューブにおける発光の減衰曲線。右上枠内に長さを示す。レーザーパルスを照射した直後の高い発光ピークは明るい励起子によるもので、その後は暗い励起子の一部が明るい励起子に変換されるためしばらく発光が続く。この暗い励起子由来の発光時間は、長いカーボンナノチューブほど長いことが分かる。1ナノ秒は10億分の1秒。

次にデータ解析により、暗い励起子から明るい励起子への変換効率を定量的に求めることに成功しました。暗い励起子は、レーザーが照射された場所から拡散して端部に到達したときに消滅するため、長いカーボンナノチューブでは暗い励起子の寿命も長くなることが分かりました。また、拡散している途中で一定の速度で明るい励起子へと変換されるため、変換効率は長いカーボンナノチューブほど高くなることが明らかになりました。

さらに、暗い励起子が明るい励起子へ変換されるまでの時間(変換時間)は、カーボンナノチューブの長さには依存しないものの、幾何構造に依存することが分かりました(図4)。これは、変換時間は変換速度に反比例することから、変換速度が幾何構造に依存することを意味しており、変換速度が大きいほど、変換効率は高くなります。また、カーボンナノチューブ表面に空気分子が吸着すると、変換時間が短くなり変換効率が向上することも明らかになりました(図4)。

このように、変換効率はカーボンナノチューブの長さ、幾何構造、空気分子吸着の有無などの条件に依存しますが、今回調べたカーボンナノチューブのうち最も変換効率が高いものは、暗い励起子の50%以上が明るい励起子に変換されていることを確認しました。この変換効率は、カーボンナノチューブの発光効率を1.5倍に引き上げることに相当します。

励起子状態の変換時間の直径依存性の図

図4 励起子状態の変換時間の直径依存性

暗い励起子から明るい励起子へ変換されるまでの時間を、カーボンナノチューブの幾何構造を決定した上で測定した。カーボンナノチューブの幾何構造には二つのタイプ(赤丸および青丸)、およびファミリー(線で結ばれているグループ)があり、それらの分類が励起子状態の変換時間に影響を与えていることが確認された。緑三角は、カーボンナノチューブの表面に付着している空気分子を脱離させたときに得られた変換時間を表す。空気分子の吸着により変換時間が短くなることが分かる。右上の挿入図は、明るい励起子と暗い励起子の状態遷移を示す。明るい励起子から暗い励起子への遷移も可能だが、明るい励起子はすぐに光を出して消滅するため、実際には起きにくい。

さらに今回の測定データの解析では、明るい励起子の寿命(60~80ピコ秒)が幾何構造と密接に関係していること、そして明るい励起子と暗い励起子それぞれの拡散係数(拡散する速さの指標)がチューブ直径の約2.5乗に比例することも確認でき、カーボンナノチューブにおける励起子の性質の理解がさらに深まりました。

今後の期待

本研究により、明るい励起子への変換メカニズムが明らかになったことで、十分に長いカーボンナノチューブが得られれば、端部における暗い励起子の緩和が起きにくくなり、さらに高い変換効率が期待できるので、暗い励起子を全て明るい励起子に変換できる可能性も出てきました。これに伴い、発光効率も向上するはずです。

また、暗い励起子の拡散長は、今回の実験(4.2μm以下の長さのカーボンナノチューブ)では計測不能なほど長いことが判明しました。このような性質は単一光子発生に有利に働くことから、暗い励起子を積極的に活用することでカーボンナノチューブによる単一光子源の性能向上につながると考えられます。

カーボンナノチューブの励起子には、ほかにも間接励起子[2]や三重項励起子[2]など詳しく分かっていない種類の励起子も存在します。今回詳細が分かってきた明るい励起子と暗い励起子を手がかりとして、他の種類の励起子が関わる未知の現象が明らかになる可能性があります。

補足説明

1.カーボンナノチューブ
炭素原子だけからなるチューブ状ナノ物質。単層カーボンナノチューブと単層カーボンナノチューブが入れ子になった多層カーボンナノチューブがある。本研究では単層カーボンナノチューブのみを用いた。

2.励起子、間接励起子、三重項励起子
「励起子」は、電子と正孔がクーロン引力で結合して対を形成した状態の粒子のこと。励起子が再結合する際に光子を放出するため、いわば光のもととなる粒子。本研究で調査した奇パリティの明るい励起子と偶パリティの暗い励起子に加えて、運動量が異なる電子と正孔が結合した「間接励起子」や電子と正孔のスピンが三重項状態をとる「三重項励起子」も存在する。

3.発光効率
光を発生する効率のこと。照射された光が吸収されて励起子が生成される効率や励起子が再結合する際に光を放出する効率などで、全体の発光効率が決まる。カーボンナノチューブでは発光効率は数%程度であり、暗い励起子や間接励起子、三重項励起子など光を放出しない励起子の存在により効率が低くなっていると考えられている。

4.カーボンナノチューブ単一光子源
光子を一つずつ発生する光源を単一光子源といい、量子通信に利用される。カーボンナノチューブは単一光子源として、光通信に用いられている波長帯であること、室温動作すること、シリコン基板上で合成可能なことなど応用上のメリットが多く、注目されている。

5.ナノフォトニクス
ナノスケールの光デバイスを指す。波長より短い長さスケールであるため、従来の光学とは異なる技術を利用する必要がある。カーボンナノチューブの直径は1~3nmであり、波長の1000分の1程度の大きさであるため、ナノスケールの光源としての応用が考えられている。

6.量子情報処理技術
量子計算や量子通信など、量子状態を用いた情報処理技術。古典コンピューターと比較して飛躍的な性能向上が期待されており、量子超越性として話題になっている。解読不可能なことが物理法則で保証される量子暗号など、単一光子の量子状態を用いた通信の研究も進められている。

7.全自動顕微分光装置
当研究室で独自に開発しており、自動ステージにより試料表面を10mm×10mm以上の範囲にわたって常に焦点を合わせた状態で走査できるほか、励起レーザーの波長・強度・偏光を自動制御してフォトルミネッセンス分光や励起分光、光伝導度分光、電界発光分光などを測定できる。自動測定により数千本のナノチューブが評価できるため、合成段階で完全に制御することが難しいナノ物質であっても、原子レベルで正確な構造を特定して利用することが可能になる。

研究チーム

理化学研究所 開拓研究本部
加藤ナノ量子フォトニクス研究室
特別研究員 石井 晃博(いしい あきひろ)
(理化学研究所 光量子工学研究センター 量子オプトエレクトロニクス研究チーム 特別研究員)
研修生 町屋 秀憲(まちや ひでのり)
主任研究員 加藤 雄一郎(かとう ゆういちろう)
(理化学研究所 光量子工学研究センター 量子オプトエレクトロニクス研究チーム チームリーダー)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金挑戦的萌芽研究「カーボンナノチューブとフォトニック結晶の融合によるラマンレーザー(研究代表者:加藤雄一郎)」、同研究活動スタート支援「カーボンナノチューブ電荷汲み上げ発光素子による単一光子発生(研究代表者:石井晃博)」による支援を受けて行われました。

原論文情報

A. Ishii, H. Machiya, Y. K. Kato, “High efficiency dark-to-bright exciton conversion in carbon nanotubes”, Physical Review X, 10.1103/PhysRevX.9.041048

発表者

理化学研究所
開拓研究本部 加藤ナノ量子フォトニクス研究室
特別研究員 石井 晃博(いしい あきひろ)
(理化学研究所 光量子工学研究センター 量子オプトエレクトロニクス研究チーム 特別研究員)
主任研究員 加藤 雄一郎(かとう ゆういちろう)
(理化学研究所 光量子工学研究センター 量子オプトエレクトロニクス研究チーム チームリーダー)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

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