火山ガスの分析からマグマ活動の変化を捉えることに成功

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2022-11-21 東京大学 先端科学技術研究センター

1.発表者
  • 角野 浩史 (東京大学 先端科学技術研究センター 教授)
  • 小長谷 智哉(北海道大学 大学院理学研究院 地球惑星科学部門 博士研究員)
  • 寺田 暁彦 (東京工業大学 理学院火山流体研究センター 准教授)
  • 大場 武  (東海大学 理学部化学科 教授)
2.発表のポイント
  • 草津白根山(群馬県)の火山ガス中のヘリウムとアルゴンの同位体を指標にしてマグマ発泡度の変化を捉えることに成功した。
  • 草津白根山のように水蒸気噴火が主体の火山では初めての成果。
  • マグマ活動の変化を地球化学的手法によって捉えることを可能にした点で意義があり、噴火の前兆現象を捉えるための新手法としての応用が期待される。
3.発表概要

東京大学先端科学技術センターの角野浩史教授と北海道大学大学院理学研究院の小長谷智哉博士研究員、東京工業大学理学院火山流体研究センターの寺田暁彦准教授、東海大学理学部化学科の大場武教授らの研究グループは、草津白根山周辺の噴気孔から火山ガスを採取・分析し、その希ガス同位体組成がマグマ発泡度(注1)の変化を反映して変動することを明らかにしました。類似の変動はこれまでにイタリアのエトナ火山で報告されていましたが、草津白根山のように水蒸気噴火(注2)が主体の火山では初めての成果です。本成果は、従来用いられてきた地震や地殻変動の観測ではうかがい知ることのできない地下深部のマグマ活動の僅かな変化を、地表に放出される火山ガスの地球化学的手法による分析で捉えることを可能にした点で意義があります。また本研究で確立された手法は他の火山にも適用でき、火山深部における噴火の前兆活動を監視するための新たな手法としての応用が期待されます。

本研究成果は、2022年11月21日(日本時間)に英国科学誌「Scientific Reports」のオンライン版に掲載されました。

4.発表内容

マグマには水や二酸化炭素を主体とする揮発性成分が溶けていますが、その一部は常にマグマから分離(脱ガス)して上昇し、噴気や温泉ガスとして地表に放出されています。マグマへの溶解度(注3)が低い揮発性成分ほど脱ガスしやすいことから、マグマから脱ガスしたガス(マグマガス)の組成は、マグマ中の揮発性成分組成とは異なります。これまでに、この組成の相違の程度がマグマ発泡度の増加に伴って小さくなる(=マグマ中の組成に近づく)ことが知られていました。したがってマグマガスの組成はマグマ発泡度の変化を反映する可能性があります。

草津白根山の噴気孔はマグマ起源成分を含む火山ガスを放出しており、火山深部の情報を地上に伝える窓と言えます。しかし火山ガスは、マグマガスが地表に到達するまでに天水や大気などの混入および岩石や地下水との化学反応などによる組成変化を受けたものであるため、火山ガスの分析からマグマガス組成を議論することは困難でした。

本研究では、草津白根山(図1)の噴気孔から放出される火山ガスを2014年から2021年にかけて数か月おきに採取し、主にヘリウム(He)、ネオン(Ne)、アルゴン(Ar)、二酸化炭素(CO2)の濃度と同位体組成を分析しました。希ガスであるHe、Ne、Arは化学反応による組成変化を起こしません。またHe/Ne比およびHe同位体比(3He/4He比)の値から、採取した火山ガス中の3Heのほとんどがマグマ由来であることが分かりました。さらに本研究ではArの同位体である40Arのうち、天水や大気に由来する成分を補正してマグマ起源40Ar(40Ar*)の濃度を求めることに成功しました。草津白根山の火山ガス中のArは、マグマガス組成変動の研究が進んでいるイタリアのエトナ火山と比べて大気由来Arの影響が大きく補正が困難でしたが、本研究ではAr同位体の質量依存分別(注4)の影響を考慮することで従来よりも正確に大気由来40Arの補正を行い、40Ar*濃度を決定することができました。以上をまとめると、3Heと40Ar*はともにマグマに由来し、またどちらも化学反応とは無関係です。したがって火山ガス中の3He/40Ar*比はマグマガス組成を直接反映すると考えられます。

本研究の結果、草津白根山ではマグマガスの3He/40Ar*比が大きく変動していることが明らかになりました(図2)。HeとArのマグマへの溶解度を考慮したモデルによれば、マグマ発泡度が増加するとマグマガス中の3He/40Ar*比が上昇することが予想されます(図3)。このことから、火山ガス中の3He/40Ar*比が高いときには草津白根山の地下のマグマの発泡度が高まっていたと考えられます。さらに、火山ガス中のマグマガスの寄与率の指標になることが知られている3He/4He比や3He/CO2比も、3He/40Ar*比と同期して上昇していました。これらはマグマガス供給量の増加を示唆し、マグマ発泡度の増加と整合的です。また、草津白根山の火山活動が落ち着いていた2000年から2001年にかけての3He/40Ar*比が低いことから、この時期のマグマ発泡度は低かったと考えられます(図2)。

火山ガス中の3He/40Ar*比の変動はイタリアのエトナ火山ですでに報告されていましたが、草津白根山のように水蒸気噴火が主体の火山では初めての成果です。火山噴火にはマグマ活動が大きく関与していますが、これまでのマグマ活動の監視は地震や地殻変動の観測といった地球物理学的手法が主な手段でした。大量のマグマ上昇を伴わない水蒸気噴火に関わるマグマの状態の変化は、従来の地震・地殻変動観測のみで捉えることは困難であり、実際に2014年9月の御嶽山や2018年1月の本白根山の噴火では、前触れのない水蒸気噴火により多数の人々が被災しています。本研究成果は、火山ガスの微量成分に対する新たな地球化学的解析手法を開発したことで、化学反応に隠されて見えにくかった僅かなマグマ活動の変化を捉えることを可能にした点で意義があります。今後地球物理学的観測と組み合わせることで、水蒸気噴火を含む噴火メカニズムのさらなる理解につながることが期待されます。また本手法は火山ガスの採取が可能な他の火山においても適用できることから、各火山の深部における噴火の前兆現象を監視するための新たな手法としての応用が見込まれます。将来的には水蒸気噴火の早期警戒情報として活用できるかもしれません。火山ガスの採取と化学分析には危険と手間を要しますが、それに見合う価値のある情報を得られることを、この成果は示しています。

本研究は、文部科学省「次世代火山研究・人材育成総合プロジェクト(JPJ005391)」、文部科学省「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画(第2次)」の支援により実施されました。

5.発表雑誌
雑誌名:
「Scientific Reports」(オンライン版:11月21日)
論文タイトル:
Monitoring of magmatic–hydrothermal system by noble gas and carbon isotopic compositions of fumarolic gases
著者:
Tomoya Obase*, Hirochika Sumino, Kotaro Toyama, Kaori Kawana, Kohei Yamane, Muga Yaguchi, Akihiko Terada, and Takeshi Ohba(*は責任著者 corresponding auhtor)
DOI番号:
10.1038/s41598-022-22280-3
6.問い合わせ先

東京大学 先端科学技術研究センター 教授 角野 浩史(すみの ひろちか)

7.用語解説

(注1)マグマ発泡度
マグマ中の気相の体積分率。

(注2)水蒸気噴火
地下水などがマグマによって間接的に熱せられて圧力が上昇することにより起こる噴火。噴出物はマグマ由来の物質を含まない。

(注3)溶解度
一定温度で、1barの気体が1gの溶媒(ここではマグマ)に溶ける量。

(注4)Ar同位体の質量依存分別
Arの安定同位体(36Ar、38Ar、40Ar)の比が同位体質量の違いに応じて変化すること。

8.添付資料

草津白根山

図1:草津白根山 白根山の北側斜面(写真左側)に活発な噴気活動が観察される。

草津白根山北側斜面噴気孔(W, C, E)で採取した火山ガスの3He/40Ar*比の経時変化

図2:草津白根山北側斜面噴気孔(W, C, E)で採取した火山ガスの3He/40Ar*比の経時変化 2000年から2001年にかけて同地点で採取された火山ガスの3He/40Ar*比(文献値)も示している。網掛けで示された3He/40Ar*比が高い時期にマグマ発泡度が増加していたと考えられる。点線は2018年1月に本白根山で発生した水蒸気噴火。

脱ガス前のマグマに溶けている3He/40Ar*比を1としたときのマグマ発泡度とマグマガスの3He/40Ar*比の関係

図3:脱ガス前のマグマに溶けている3He/40Ar*比を1としたときのマグマ発泡度とマグマガスの3He/40Ar*比の関係。マグマ発泡度の増加に伴って3He/40Ar*比が上昇することがわかる。

1702地球物理及び地球化学
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