電子1個の精度で触媒ナノ粒子の電荷量を計測 ~地球環境問題の解決に向けた触媒開発を加速する強力な新技術を獲得~

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2022-10-14 株式会社日立製作所

ポイント
  1. 透過電子顕微鏡法の一種である「電子線ホログラフィー」の位相計測精度を従来よりも1桁高め、触媒ナノ粒子の電荷量を電子1個の精度で計測することに成功
  2. 新技術を駆使して、白金ナノ粒子触媒の帯電状態を初めてナノ粒子ごとに解析し、ごく微弱な帯電を引き起こすメカニズムを究明
  3. 本技術により、今後、カーボンニュートラルや食料増産等の課題解決に役立つ触媒の開発が加速されることが期待
概要

さまざまな化学反応を促す「触媒」は、環境浄化や食料増産など地球規模の問題解決に貢献する、とりわけ重要な材料です。触媒の性質を明らかにするための新技術として、透過電子顕微鏡法の一種であり、物質の電位分布を観察できる「電子線ホログラフィー(※1)」が重要視されています。しかし、触媒ナノ粒子が示すごく微弱な電位分布や電荷量を計測するためには、電子線ホログラフィーの位相(※2)計測精度を従来よりも1桁高めるという、技術上の大きな飛躍が必要でした。
今回、九州大学大学院工学研究院の麻生亮太郎准教授、村上恭和教授らの研究グループ、株式会社日立製作所の谷垣俊明主任研究員、品田博之技術顧問らの研究グループ、および明石工業高等専門学校専攻科の中西寛教授は、大阪大学大学院情報科学研究科の御堂義博特任准教授、九州大学大学院総合理工学研究院の永長久寛教授、北條元准教授らと共同で、最先端の電子顕微鏡技術と情報科学的手法(微弱信号の抽出技術)を融合する独自の研究戦略により、電子線ホログラフィーの位相計測精度を目的通り1桁向上させました。同グループはこの超高感度を活かして、触媒ナノ粒子の電荷量を「電子1個の精度で数える」という、従来技術では達成できなかった未踏の計測を成し遂げました。また、化学反応に寄与する触媒電位の空間分布を観察することで、酸化チタン(TiO2)に担持(付着)した白金(Pt)ナノ粒子が、接合界面の素性によって正にも負にも帯電し得ることを明らかにしました。さらに、電荷量がPtナノ粒子の結晶の歪み具合にも影響を受けることなど、触媒の研究開発にとって非常に重要な知見を得ました。本研究で実現した超高感度の電子線ホログラフィーにより、今後、地球環境問題の解決に役立つ触媒の開発が加速されることが期待されます。
本研究の成果は2022年10月14日(金)午前3時(日本時間)発行の米国科学誌「Science」オンライン版で公開されました。

[画像](左)TEM像、(中央)位相像/従来法、(右)位相像/本研究手法

白金ナノ粒子触媒が示す電位分布:触媒ナノ粒子近傍(試料外)の電位分布を初めて観察

電子線ホログラフィーの位相計測精度を従来よりも1桁高めることで、白金ナノ粒子触媒の電位の空間分布を初めて観察するとともに、触媒ナノ粒子の電荷量を「電子1個の精度で数える」という究極的な計測に成功した。

【研究の背景と経緯】

地球規模の課題であるプラネタリーバウンダリー(地球の限界)に対し、環境問題の解決に役立つ触媒はとりわけ重要な材料です。例えばカーボンニュートラルの実現を促す水素の合成・利用やCO2の有用物質への変換、食糧増産に不可欠なアンモニアの合成、有害な窒素酸化物の無害化などには、常に触媒が使われます。高効率・長寿命な触媒の開発は、世界の研究者がしのぎを削っている熾烈な研究分野です。
触媒の電位分布や帯電の様子を明らかにすることは、触媒材料の研究開発において重要な課題です。この課題に対して、透過電子顕微鏡法の一種である「電子線ホログラフィー」の利用が大いに期待されています。電子線ホログラフィーは、試料を透過した電子波の位相の変化、つまり波である電子の進み具合の変化を計測することで、局所領域の電場や磁場の分布を明らかにできます。
日本は日立製作所のパイオニア的な研究以来、電子線ホログラフィーについて、世界的なリーダーシップを発揮してきました。量子力学・基礎物理学に関わる重要な効果の究明のほか、電池、磁石、半導体デバイスにおける電場・磁場の観察など、材料工学への応用展開も進んでいます。化学の分野でも、触媒ナノ粒子への技術展開に期待が持たれていました。しかし、触媒ナノ粒子が示す微弱な電位分布・帯電を計測するためには、電子線ホログラフィーの位相計測精度を従来よりも1桁高めるという、技術上の大きな飛躍が必要であり、触媒の解析は長年にわたる難題でした。

【研究の内容と成果】

本研究では、電子線ホログラフィーの位相計測精度が、画像データである「ホログラム(※3)」の像質に強く依存することに注目し、その像質改善と微弱情報の抽出を究めました。ホログラムの像質改善により位相計測精度を1桁高めることは、長年にわたる挑戦的な課題でした。例えば測定時間(電子照射量)に注目した場合、位相計測精度を1桁高めるためには、測定時間を従来よりも100倍長くする必要があります。しかし長時間の電子照射は試料の変質・損傷を招くため、測定時間の延長には限度があり、目標とする精度の達成には至りませんでした。そこで本研究では、ホログラムの像質に深く関係する「電子波の干渉性・平行性」について世界最高峰の性能を有する日立製作所の1.2MV原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡(図1)を用いるとともに、ウェーブレット隠れマルコフモデル(本研究で開発された新たなノイズ除去技術)(※4)によるノイズと微弱信号の正確な分離など、新たな情報科学的手法を開発・活用しました。このような計測と情報の先端技術を融合することで、ハードウェアの開発・活用に基づく従来のアプローチでは到達できなかった超高感度、すなわち触媒ナノ粒子の電位や電荷量の計測に対して要求された「電子線ホログラフィーの位相計測精度を従来よりも1桁高める」という技術目標がはじめて達成されました。この位相計測精度により、電子顕微鏡で観察される一つ一つのナノ粒子に対してその電荷量を「電子1個の精度」で数えるという、あらゆる計測手法でも実現できなかった触媒材料に対する未踏の研究を進めることが可能となりました(図2)。
本手法を用いて、環境浄化などに広く利用される白金-酸化チタン(Pt/TiO2)系触媒の電位分布を精緻に解析しました(図3)。この研究では、試料外部(真空領域)の位相計測によって電位の空間分布を明らかにするという独自の方法により、TiO2に担持したPtナノ粒子の電荷量を、図3上段のナノ粒子では電子6個相当、下段のナノ粒子では2個相当など、まさに”注目するナノ粒子一つ一つに対して”決めることができました。さらにこの解析を通して、TiO2との接合界面の素性によって、Ptナノ粒子は正にも負にも帯電し得ること(それぞれ図3の上段、下段の結果に対応)、また電荷量はPtナノ粒子の結晶の歪み具合にも影響を受けることなど、触媒の研究開発にとって非常に重要な知見を獲得することができました。

【今後の展開】

電子線ホログラフィーの高感度化により、地球環境問題の解決に向けた触媒開発を加速する強力な計測技術を獲得するに至りました(図4)。今後、本技術の適用による触媒開発の加速が期待されるとともに、この技術をガス環境下や高温域など、触媒が実際に利用される環境でのデータ取得につなげることで触媒の研究開発が一段と進み、革新的な材料の創成を促すものと期待されます。また本技術は、今回大きな成果を収めた電位・電場の解析にとどまらず、磁場計測にも応用展開が可能です。新規な磁気メモリや永久磁石の開発などの領域へも、高感度化された電子線ホログラフィーの貢献が期待されます。

【参考図】

[画像]図1 1.2 MV原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡
図1 1.2 MV原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡

電子顕微鏡の外観図(左図)と電子線ホログラフィーの模式図(右図)。2014年に「最先端研究開発支援プログラム(FIRST)」の助成により開発。

[画像]図2 電位分布に対する高精度解析の概要
図2 電位分布に対する高精度解析の概要

電子線ホログラフィーにより、ホログラム(白金ナノ粒子を含む画像データ)を取得する(左上図)。このホログラムから、電子波の「位相変化」に関わる情報を抽出する : 位相再生と位相像の取得(右上図)。本研究ではナノ粒子外側の位相変化に注目。従来の研究では、左下図に例示したように、多数の位相像を積算することで像質を高めていた。本研究では、ウェーブレット隠れマルコフモデルを併用することで、積算後も残存するノイズと微弱信号を分離した(右下図)。これらの解析を通して、位相変化の根源となる電位の分布を、これまでにない精度で明らかにした。

[画像]図3 酸化チタン上に担持した白金ナノ粒子の帯電状態の決定
図3 酸化チタン上に担持した白金ナノ粒子の帯電状態の決定

負に帯電した白金ナノ粒子(図上部)と正に帯電した白金ナノ粒子(図下部)。触媒電位の空間分布から、白金ナノ粒子の電荷量と帯電の符号を高精度に計測することができる。

[画像]図4 新計測技術の開発による今後の展望
図4 新計測技術の開発による今後の展望

【用語解説】

(※1)電子線ホログラフィー
透過電子顕微鏡法(TEM)の一種。通常のTEMは、試料の形状、大きさ、結晶方位などの構造的な情報を与える。これに対して電子線ホログラフィーは、試料を透過する電子の位相(※2)の解析を通して、その根源となる静電ポテンシャルや磁束密度など、電場・磁場に関わる情報を与える。

(※2)位相(電子波の位相)
波としての性質を持つ電子(電子波)の状態は、「振幅」と「位相」をもとに表現することができる。通常のTEMでは、原理的に、振幅の情報しか得ることができない。これに対して電子線ホログラフィーでは、電子波の干渉パターン(後述するホログラム※3)の解析をもとに、振幅と位相、両方の情報を取得できる。試料を透過した電子の位相は、上記の通り、試料の電場や磁場に応じた変調(位相変化)を被る。従って、位相の解析をもとに、電子顕微鏡で観察する局所領域の電場・磁場の情報を得ることができる。

(※3)ホログラム
試料を透過した電子波(物体波)と、試料の外側(真空)を通過した電子波(参照波)を干渉させた際に観測される電子の強度分布(干渉パターン)。画像データとして取得されたホログラムを解析することで、物体波の位相変化を決定できる。位相変化を精度よく解析するためには、ホログラムの像質(干渉縞の鮮明度)を十分に高めることが重要となる。この位相解析精度の向上において、後述するウェーブレット隠れマルコフモデル(※4)など、情報科学的手法との接点が生じる。

(※4)ウェーブレット隠れマルコフモデル
画像データに対するノイズ除去技術の一つ。ウェーブレット変換を利用した旧来の手法では、画像データのノイズを除去する際に、微弱な信号も失われるという問題があった。一方、画像データのウェーブレット変換では、「信号としての特徴を持つ画素(ピクセル)は、変換後の相当画素にも、その特徴が受け継がれる」という傾向がある。この傾向を複数の確率変数(マルコフパラメータ)で表し、同パラメータの最適化を通して信号とノイズの的確な分離を行う技術を本研究で独自に整備した。パラメータの記述にあたって「隠れ状態」という確率論・統計論的な概念を参照していることから、この手法を「ウェーブレット隠れマルコフモデル」と称する。

【謝辞】

本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「計測技術と高度情報処理の融合によるインテリジェント計測・解析手法の開発と応用」(研究統括 : 雨宮慶幸)における研究課題「AIと大規模画像処理による電子顕微鏡法の技術革新」(JPMJCR1664)(研究代表者 : 村上恭和)、および日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金(JP18H03845, JP21H04623)(研究代表者 : 村上恭和)の助成を受けたものです。

【論文情報】

掲載誌 : Science
タイトル : Direct identification of the charge state in a single platinum nanoparticle on titanium oxide
著者名 : Ryotaro Aso, Hajime Hojo, Yoshio Takahashi, Tetsuya Akashi, Yoshihiro Midoh, Fumiaki Ichihashi, Hiroshi Nakajima, Takehiro Tamaoka, Kunio Yubuta, Hiroshi Nakanishi, Hisahiro Einaga, Toshiaki Tanigaki, Hiroyuki Shinada, Yasukazu Murakami
DOI : 10.1126/science.abq5868

お問い合わせ先

<研究に関すること>
九州大学大学院工学研究院 准教授 麻生亮太郎(アソウリョウタロウ)
九州大学大学院工学研究院 教授 村上恭和(ムラカミヤスカズ)

<JST事業に関すること>
科学技術振興機構戦略研究推進部グリーンイノベーショングループ 嶋林ゆう子(シマバヤシユウコ

<報道に関すること>
株式会社日立製作所 研究開発グループ

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