2022-06-20 日本原子力研究機構
【研究成果のポイント】
- カルシウム40原子核の超変形状態から球形の基底状態への予想外に抑制された崩壊を発見
- 超変形原子核の崩壊メカニズムはこれまで大きな謎であったが、カルシウム40原子核に存在する3つの異なる変形状態からの電子・陽電子放出による崩壊遷移を観測することで明らかに
- 原子核特有の変形共存現象に関する理解が進展し、宇宙での元素合成過程や原子核の魔法数進化現象の理解に寄与
概要
大阪大学核物理研究センター、オーストラリア国立大学、日本原子力研究開発機構、東京大学、GITAM大学の国際共同研究グループ(代表:大阪大学・井手口准教授)は、カルシウム40(40Ca)の超変形状態※1から球形の基底状態※2への崩壊遷移が予想外に抑制されていることを世界で初めて明らかにしました。これは質量数50以下の原子核で最も強く抑制されたものでした(図1)。この新しい発見は原子核に特有な変形共存現象※3を広く理解する上でも重要なものです。
図1.質量数(陽子数と中性子数の和)50以下の原子核でのスピン0状態間の遷移強度。緑色の点が40Caの超変形状態から基底状態への遷移強度で最も小さい値を示している。赤い点は遷移強度の実験値、破線は質量数Aの2/3乗に反比例する曲線でスピン0状態間の質量数に対する傾向を示す。
これまで原子核の超変形状態は様々な質量数領域で観測されています。このような超変形した原子核は一般に励起状態であり、放射線を何本か出すことによって徐々にエネルギーを失い、最終的には基底状態へと遷移します。しかし、ほとんどの場合、超変形状態から他の励起状態を経由せずに球形の基底状態へ直接遷移する過程は観測されていませんでした。この直接遷移過程は、超変形状態の素性を知るうえで重要な手がかりを与えるものとして関心を持たれてきました。
今回、井手口准教授らの研究グループは、3つの異なる変形状態を持つ40Ca原子核でのスピン※4 0の状態間を電子・陽電子放出※5により崩壊する遷移を観測し、超変形状態と球形基底状態間の遷移は、他の遷移に比べ予想外に著しく抑制されていることを発見しました。大規模殻模型計算※6に基づいた理論解析により、超変形状態から球形への崩壊では量子力学的な干渉効果によって遷移強度が極端に小さくなることを明らかにしました。これは従来の研究では考慮されなかったものです。この発見により原子核の変形共存現象の解明が進展し、更にはそれに強く影響を受ける宇宙での元素合成過程※7や原子核の魔法数進化現象※8の理解にも寄与すると期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「Physical Review Letters」に、6月21日(火)に公開されました。
研究の背景
[背景]
原子核は陽子と中性子という2種類の粒子で構成されますが、通常その全体として球形もしくは回転楕円体(ラグビーボール型あるいはミカン型)の形状を持つことが知られています。回転楕円体の長軸・短軸比の値は多くの場合1.3程度以下ですが、1980年代後半に、その値が2に達する極めて大きく変形した原子核が励起状態に現れることが発見されました。これは超変形状態と呼ばれ、現在では様々な原子核の励起状態として存在することが分かっています。しかし、ほとんどの場合超変形状態から球形の基底状態へ直接遷移する過程が観測されておらず、その崩壊メカニズムが解明されていませんでした。その理解にはそれぞれの固有の変形をもつ一連の原子核状態のうち、最もエネルギーの低いスピン0の状態間の遷移を調べる必要があります。しかし、スピン0の状態間の遷移は脱励起ガンマ線を放出しないために測定が難しく、超変形原子核でスピン0の状態間の遷移を観測した例はほとんどありませんでした。
カルシウムは骨の主要成分としてよく知られた元素ですが、安定同位体がカルシウム40,42,43,44,46,48の6種類と、原子番号(陽子数)30以下の元素では最も多く存在します。これは、カルシウム原子核の陽子数20が魔法数と呼ばれる数であり、その数の特性として球形の基底状態が強く安定化されるためです。特にカルシウム40原子核は中性子数も魔法数20となる二重魔法数核であり、その強い安定性を有するカルシウムが地上に多く存在する要因の一つを担っていると考えられています。こうしてカルシウム40原子核の基底状態はスピン0の球形となりますが、励起状態に2つのスピン0の状態があり、それぞれラグビーボール形の通常変形状態(軸比1.3:1)、超変形状態(軸比2:1)になることが知られています (図2)。このようにカルシウム40原子核は3つの大きく異なる形状が共存するという特徴的な性質を示すことが分かっていました。
図2.40Ca原子核に共存する3つの変形状態と電子・陽電子(e+e–)遷移の模式図。(A)超変形から球形, (B)通常変形から球形, (C)超変形から通常変形への遷移
[明らかにしたこと]
井手口准教授らの研究グループは、カルシウム40原子核で、超変形したスピン0の励起状態からスピン0の基底状態への崩壊遷移を観測することに初めて成功しました。スピン0の状態間の遷移では角運動量保存則のためガンマ線放出による遷移が禁止されますが、電子・陽電子放出による遷移が可能です。そこで、これを観測して超変形状態からの崩壊メカニズムを探るためにオーストラリア国立大学の加速器施設にある超電導ソレノイド電磁石による電子分光装置(Super-e)(図3)を用いた国際共同実験を行いました。その結果、超変形状態から基底状態および超変形状態から通常変形状態、通常変形状態から基底状態への遷移の観測に成功しました。
形状の全く異なる状態間は禁止されるため、これらの遷移の発見は3つのスピン0の状態での主成分がそれぞれ球形、通常変形、超変形であるものの、その他の変形成分も有した混合状態になっていることを意味します。(図2)即ち混合状態中の変形が似通った成分間の遷移を経由することで超変形状態から球形状態へ崩壊が起こっていると考えられます。これは原子核が粒子と波動の両方の性質を合わせ持つ量子であり、トンネル効果※9によって異なる変形状態が混合している事を反映していますが、遷移強度を測定することでそれぞれの成分の混合度合を明らかにできました。特に超変形−球形間の遷移が他の遷移に比べて著しく抑制されていることが観測されましたが、大規模殻模型計算により超変形−球形間の遷移が異なる形状成分間の干渉により打ち消しあうために抑制されていることが分かりました。図2はポテンシャルエネルギーの壁で隔てられる3つの異なる変形状態を示していますが、それぞれに異なる変形成分が混ざっていて、同種変形間を経由する遷移とそれらが干渉する様子(赤破線)を表しています。
図3.電子・陽電子分光装置Super-e。図中の黄色線はビームがターゲットに照射される様子を示し、そこから放出される電子・陽電子(赤線、緑線)がその下流にあるSi検出器に導かれる
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
変形共存現象は原子核に現れる特殊な量子現象で、これまでその発見自体に興味が持たれて探索されていました。この現象はこれまで球形状態と変形状態の2つの状態の混合の割合によって理解されていましたが、カルシウム40原子核では3つの変形が共存し、さらに状態間の干渉効果があることが今回の研究で分かりましたので、この効果を考慮に入れることにより変形共存現象研究が大きく進展すると期待されます。
原子核の変形共存現象は不安定な原子核領域での魔法数進化現象、即ち安定核付近では魔法数のため球形だったものが不安定核で変形状態に変わる現象に密接に関係しています。魔法数が変化すると天体での元素合成過程に影響を及ぼすため、いかにして魔法数が変化するかを理解するために変形共存現象のメカニズムの解明が重要です。
各機関の役割
本研究は大阪大学核物理研究センター、オーストラリア国立大学、日本原子力研究開発機構、東京大学、GITAM大学が参加する国際共同研究グループにより行われました。大阪大学核物理研究センターは研究全体を統括し主導しました。オーストラリア国立大学は同大学が保有する加速器施設、電子・陽電子対の測定器により実験実施に中心的役割を果たしました。日本原子力研究開発機構、東京大学は大規模殻模型計算による実験データの理論的解釈で貢献しました。GITAM大学は実験に参加することで本研究に貢献しました。
特記事項
本研究成果は、2022年6月21日(火)に米国科学誌「Physical Review Letters」(オンライン)に掲載されます。
タイトル:“Electric monopole transition from the superdeformed band in 40Ca”
著者名:E. Ideguchi1*, T. Kibédi2, J. T. H. Dowie2, T. H. Hoang1, M. Kumar Raju1, 3, N. Aoi1, A. J. Mitchell2, A. E. Stuchbery2, N. Shimizu4, Y. Utsuno5, 4, A. Akber2, L. J. Bignell2, B. J. Coombes2, T. K. Eriksen2, T. J. Gray2, G. J. Lane2, and B. P. McCormick2
* 責任者
- Osaka University
- The Australian National University
- GITAM University
- The University of Tokyo
- Japan Atomic Energy Agency
なお、本研究は以下の研究助成を受けて行われました。
- 大阪大学国際共同研究促進プログラム
- JSPS科研費 17H02893, 18H03703, 20K03981, 17K05433
- JSPS A3 Foresight program Grand Number JPJSA3F20190002
- Australian Research Council grant numbers DP140102896 and DP170101673
- 文部科学省ポスト「京」重点課題9「宇宙の基本法則と進化の解明」
- 文部科学省「富岳」成果創出加速プログラム「シミュレーションで探る基礎科学:素粒子の基本法則から元素の生成まで」(JPMXP1020200105)
- 本研究成果の一部は、理化学研究所のスーパーコンピュータ「富岳」/「京」/東京大学が提供するスーパーコンピュータOakforest-PACSを利用して得られたものです。
(課題番号:hp170230, hp180179, hp190160, hp200130, hp210165) - RCNP Collaboration Research Network (RCNP COREnet)
- Australian Government Research Training Program
- Australian National Collaborative Research Infrastructure Strategy (NCRIS) program
用語説明
※1 超変形状態
原子核に現れるラグビーボール型の形状のうち長軸・短軸比が2:1(下図参照)と極端に変形度が大きな状態。これまでに質量数40, 80, 130, 150, 190領域およびアクチノイドで発見されているが、ほとんどの場合高スピン状態(高速で回転する状態)でのみ観測され、そこから未知の遷移を経て球形の基底状態(もっともエネルギーの低い状態)へ崩壊すると考えられているが、崩壊メカニズムは分かっていない。また、ほとんどの場合スピン0の超変形状態は観測されていない。
※2 基底状態
原子核でもっともエネルギーの低い状態。陽子数、中性子数共に偶数の原子核では基底状態のスピン(角運動量の大きさ)は0である。
※3 変形共存現象
同一原子核でほぼエネルギーの等しい領域に複数の異なる変形状態が準安定に存在する現象。特に陽子数・中性子数が魔法数となる近傍の原子核では球形を好む魔法数の効果と構成核子の集団性による変形を好む効果が競合して出現することが多い。
※4 スピン
原子核を構成する陽子・中性子の固有のスピン角運動量とそれらが原子核内を運動することにより生じる軌道角運動量を合わせた原子核が持つ角運動量の総量。換算プランク定数(プランク定数を2πで割ったもの)を単位にして表現される。質量数が偶数の原子核で最小のスピン状態は0である。
※5 電子・陽電子放出
原子核の遷移エネルギーが電子質量の2倍以上になったとき、ガンマ線を放出する代わりに陽電子と電子の対を生成し、残りのエネルギーを電子・陽電子対に与えて遷移する過程。ガンマ遷移が禁止されるスピン0の状態間の遷移が可能。
※6 大規模殻模型計算
原子核構造を計算する手法の一つ。陽子、中性子からなる量子系からなる多体問題をかなり正確に取り扱うことが可能なため、行列の対角化による数値計算が可能な軽い原子核において特によく用いられている。
※7 元素合成過程
天体内や超新星爆発などの環境下で起こる原子核反応によって新たな原子核、すなわち元素が合成される事象。代表的な反応様式として、陽子、中性子、アルファ粒子などの捕獲、核融合、核分裂が知られている。
※8 魔法数進化現象
魔法数とは、原子核が特に安定となる陽子数または中性子数を指し、そこでは原子核は原子同様に閉殻構造を持ち、基底状態の形状は球形となる。安定同位体では2,8,20,28,50,82,126が魔法数として知られている。近年の不安定核の研究からβ安定線から離れた原子核では魔法数を持つにも関わらず基底状態が変形したり、新たな魔法数(16,34など)の出現など魔法数が進化する現象が見られる。
※9 トンネル効果
量子力学において波動関数がポテンシャル障壁を超えて伝播する現象であり、原子核も粒子と波動の両方の性質を合わせもつ量子であるため変形ポテンシャルの障壁を超えて異なる変形状態が混合する。
【研究者のコメント】
40Caは二重魔法数原子核で球形を示す典型例だと思われていましたが、励起状態に超変形状態が出現するなど非常に変わった性質を示し、更に高いエネルギーにはハイパー変形(軸比3:1)やバナナ型変形の理論予言もあります。超変形状態崩壊の謎の解明に電子・陽電子対の測定が必要でしたが、国際共同研究で知り合った研究者と議論を進める中でオーストラリア国立大学にしかない電子・陽電子分光装置の話を聞き、共同実験を行ったところ新しい結果を得ることができました。