ナノスケールで整列する電子を可視化~物性理論の常識を覆す電子のうねりの発見~

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2021-09-03 東京大学,理化学研究所

発表のポイント
  • 世界最高の空間分解能を有するレーザー光電子顕微鏡を用いて、鉄系超伝導体における電子の空間分布をナノメートルの精度で可視化
  • 液晶状態にある電子が、結晶格子と全く独立に存在するうねりを示すことを発見
  • これまでの物性理論では説明できない電子間に働く未知の力の存在を示唆
発表概要:

理化学研究所創発物性科学研究センターの下志万貴博研究員、東京大学物性研究所およびマテリアルイノベーション研究センター辛埴特別教授らは、鉄系超伝導体(注1)がナノメートルスケールの電子のうねりを形成することを発見しました。
固体中の電子が互いの運動に強い影響を及ぼす強相関電子系と呼ばれる物質群では、電子が不思議な模様で整列することがあります。この電子の模様を調べることは、電子間に働く力の起源を知ることに繋がるため、固体物理学における重要な課題です。近年、電子の集団がある一方向に揃おうとする「電子液晶」状態(ネマティック秩序)(注2))が、強相関電子系である鉄系超伝導体で実現していることが指摘されています。しかし、電子の模様を調べるためにはナノメートルの空間分解能を必要とするため、これまで観測することが困難でした。

図 1:レーザー光電子顕微鏡の概略図

本研究では、鉄系超伝導体として代表的なBaFe2(As0.87P0.13)とFeSeに対して空間分解能に優れたレーザー光電子顕微鏡(図1、注3))を用いて、電子の空間分布をナノメートルの精度で可視化しました。その結果、波長500 nm程度の正弦波(サイン波)で表される電子のうねりが存在することを発見しました。一般に固体は電子と結晶格子(注4)から構成されます。従来の物性理論では、電子と結晶格子が同じ空間スケールの整列パターンを示すと考えられてきました。しかし、観測されたうねりは結晶格子のスケール(数nm)より100倍程度大きな周期であり、結晶格子と独立した電子の波であると考えられます。本結果から、電子と結晶格子が異なる整列パターンをとることを可能にする、電子間にだけ働く未知の力が存在すると考えられます。これはネマティック秩序の本質に迫る発見であり、新たな物性理論の枠組みを必要とします。

今後、本研究成果を基にした新たな物性理論の構築や、銅酸化物高温超伝導体のようなネマティック秩序を示す他の物質群への研究展開が期待されます。

本研究成果は2021年9月3日(米国東部時間)に米国科学誌「Science」で公開されました。

発表内容
研究の背景と経緯

強相関電子系と呼ばれる物質群では、固体中の電子が互いの運動に強い影響を及ぼしながら特殊な空間パターンを示すことがあります。強相関電子系に特有な性質は、この電子の空間パターンから理解することができるため、詳細に調べることが重要です。これまでの研究から、強相関電子系の一つである鉄系超伝導体では電子の持つスピン(注5)や軌道(注6)が秩序することが知られています。この秩序状態は電子の集団が自発的に一軸異方性を示す「ネマティック秩序」と呼ばれており、鉄系超伝導体において普遍的に観測されます。ネマティック秩序は、電気伝導、磁気特性、超伝導状態などに異方性をもたらす重要な物理現象ですが、その起源となる電子の空間パターンは明らかになっていません。

図2: 様々な計測手法によるネマティック秩序の可視化
(A)光学顕微鏡により観測されたBaFe2As2のネマティック秩序における電子の空間分布。縦横に延びる直線的な結晶格子のドメイン分布が見られる[Phys. Rev. B 79, 180508R (2009)]。
(B)レーザー光電子顕微鏡によるBaFe2(As0.87P0.13)の線二色性イメージング。
(C)走査型トンネル顕微鏡によるFeSeのネマティック秩序における原子イメージング。視野の中心に幅5 nm程度のドメイン壁が見られる[Phys. Rev. X. 5, 031022 (2015)]。


これまでに、マイクロメートルの精度をもつ光学顕微鏡(図2A)や、サブナノスケール(オングストローム)に特化した走査型トンネル顕微鏡(図2C)によりネマティック秩序が可視化されてきました。しかし、両者の中間であるナノメートル〜数百ナノメートル領域は、観測に適した手法が無く、研究の空白地帯となっていました。

研究の内容

本研究では、レーザー光電子顕微鏡装置を用いて、鉄系超伝導体 BaFe2(As1-xPx)とFeSeのネマティック秩序に対して線二色性イメージング(注7)を行いました。ネマティック秩序を示す電子の空間分布は、バンド構造(注8)に現れる電子軌道の異方性を指標にして調べることができます。光電子顕微鏡では、バンド構造の変化をナノメートル程度の高い空間分解能で調べることができます。

図3:ネマティック秩序における正弦波に従う電子分布
図2B中のシグナルに対するフィッティング解析。ネマティック秩序の指標である電子軌道の非対称度が周期500 nmの正弦波に従うことがわかる。

図4:ネマティック秩序における電子と結晶格子の模式図
(A) ネマティック秩序の模式図。ネマティック秩序温度以下では電子と結晶格子がともに一軸異方性を示す。(B) 本研究の観測結果の模式図。秩序変数は異方性の度合いを示す。結晶格子と比較して電子は100倍程度大きな空間分布を示す。(C)従来の物性理論による予想。電子と結晶格子が互いに追従した空間パターンを示す。


その結果、試料表面を覆う(図2B)最も細かい構造でも波長が500 nmにおよぶ正弦波状の電子のうねりを見出しました(図2D)。鉄系超伝導体のネマティック秩序では、電子と結晶格子がともに異方性を示します(図3A)。結晶格子はドメイン構造(注9)を示し、その切り替わり(ドメイン壁)は原子レベルの5 nm以下で、矩形波的な空間パターンとなることが知られていました。一方で、今回観測した電子軌道の空間変調はそれよりも100倍程度大きな空間スケールを示します(図3B)。一般に固体は電子と結晶格子から構成されます。従来の物性理論では、電子と結晶格子の結びつきのため、電子の空間パターンも格子と同調して変化すると考えられてきました(図3C)。しかし、観測されたうねりは波長500nm超の正弦波を示しており結晶格子の示す5nmの矩形波とは異なるため、この描像は成り立ちません。今回発見された波が、結晶格子の構造に追従しない要因として、電子間に働く未知の力の存在を示していると考えられます。これはネマティック秩序の本質に迫る発見であり、新たな物性理論の枠組みを必要とします。

本研究は、科学研究費基盤研究(S)(No. 25220707)、科学研究費基盤研究(B)(15H03687)、新学術領域研究「量子液晶の物性科学」(No.19H05824、19H05825)、および文部科学省「光・量子融合連携研究開発プログラム」、「最先端の光の創成を目指したネットワーク研究拠点プログラム」の助成を受けました。

今後の展開

本研究により、代表的な2つの鉄系超伝導体において新規な電子の空間パターンの存在が示されました。今後、観測された電子のうねりの起源を理論的に解明することが重要になります。本研究成果を基に、銅酸化物高温超伝導体のようなネマティック秩序を示す他の強相関電子系への研究展開が期待されます。

発表雑誌:

雑誌名:Science(9月3日(金)にオンライン版掲載)

論文タイトル:Discovery of mesoscopic nematicity wave in iron-based superconductors

著者:T. Shimojima, Y. Motoyui, T. Taniuchi, C. Bareille, S. Onari, H. Kontani, M. Nakajima, S. Kasahara, T. Shibauchi, Y. Matsuda, S. Shin

DOI番号:10.1126/science.abd6701

用語解説:
(注1)鉄系超伝導体
超伝導とは、物質を十分に低温にすることで電気抵抗が急激にゼロになる現象である。鉄系高温超伝導体は2008年に発見され、銅酸化物高温超伝導体に次ぐ高い超伝導転移温度を示すことから、室温超伝導体の候補として注目を集めている物質群。これらの中で、FeSeは最も単純な結晶構造を持ち、単層膜試料では液体窒素温度(-196℃)に匹敵する高い超伝導転移温度を示す。
(注2)電子液晶、ネマティック液晶
液晶は、固体と液体の両方の性質を持った物質あるいはその状態をさし、ディスプレイなどに用いられる。ネマティック液晶は液晶の一種であり、構成要素である棒状分子が特定の方向を向く(一次元の規則性を持つ)が、層構造など三次元的な規則性を持たない状態である。同様な性質が電子系に現れることがあり、液晶からの類推でそれを電子液晶と呼ぶ。電子液晶の一軸的な配向は、電子の軌道の形や角運動量(スピン)の向きが一方向にそろうことによって生じると考えられている。
(注3)レーザー光電子顕微鏡法
光電子顕微鏡法とは、光を物質に照射し真空中に飛び出す電子の数を計測し、その空間分布を可視化する手法である。特に光源として真空紫外レーザーを用いる場合をレーザー光電子顕微鏡法と呼ぶ。物質の仕事関数を若干上回るエネルギーをもつレーザー光源を用いる本手法は、フェルミ準位近傍の電子を検出する。さらに直線偏光あるいは円偏光レーザーを用いることで、電子の軌道やスピンの情報を選択的に取得できるという利点がある。
(注4)結晶格子
固体中で三次元的に規則正しく配列した原子核の集団。
(注5)電子スピン
スピンは電子の自転のような運動から生ずる磁性の源である。スピンには上向きと下向きの2つの状態がある。
(注6)電子軌道
電子軌道は量子力学において波動関数で記述され、原子核の周りに電子がどの位置にどれぐらいの確率で存在するかを表す。方位量子数に依存した特徴を示し、s,p,d軌道などと分類される。銅酸化物超伝導体では銅の3d軌道のうちx2-y2軌道のみが、鉄系超伝導体では鉄の3d軌道のうち全ての軌道成分(zx, yz, xy, x2-y2, 3z2-r2)が伝導に寄与している。
(注7)線二色性イメージング
互いに直行する直線偏光を用いた光電子顕微鏡観察を行い、2枚の画像の差分をとることで画像のコントラストを向上させる手法。本研究では、直線偏光を斜方晶結晶軸に平行または垂直に設定することで、鉄3d電子のzx軌道とyz軌道の偏りをイメージングすることが可能となる。
(注8)バンド構造
固体中の電子は原子核による周期的な電場を感じ、取り得るエネルギーが帯状(バンド)の領域に限られている。エネルギーバンドへの電子の入り方により、物質固有の電気伝導性や光学特性が決定される。

(注9)ドメイン構造特定の性質や構造を持つことで他と区別できる領域。鉄系超伝導体では、ネマティック秩序温度を下回ると、結晶格子の単位が正方形から長方形に変化する。この変形に伴う歪みを緩和するように、長方形が縦方向と横方向にそれぞれ延びた2種類のドメイン構造が形成される。

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