立体電子回路や超高感度センサーへ
2021-06-29 量子科学技術研究開発機構
概要
京都大学大学院工学研究科分子工学専攻 神谷昂志氏 (修士課程2年)・坂口周悟氏 (博士課程1年)・ 信岡正樹氏 (修士課程1年)・河田実里氏 (学部4年)・櫻井庸明講師 (現京都工芸繊維大学講師)・関修平教授らのグループは、量子科学技術研究開発機構 出崎亮主幹研究員 ・越川博主任技術員 ・杉本雅樹上席研究員、およびインド大学間加速器研究センター G.B.V.S.Lakshmi博士 ・D.K. Avasthi教授と共同で、放射線がん治療などに有効な粒子線を用いて,ごくありふれた有機分子を自在にナノ空間内で凝固させ、数ナノメートル径の細線を形成することに成功しました。形成された細線の長さ 太さは完全に均一 (Under Control)で、従来の微細加工技術では達成が難しいとされていた数100を優に超えるアスペクト比を有しています。これらの細線は、従来のナノ細線 (ナノワイヤー)と異なり,非常に簡便なステップで形成できるうえ,基板の上にすべて“立った”状態で得られます。(本研究成果は、2021年6月29日に国際学術誌「Nature Communications」にオンライン公開されました。
図1.今回の手法 (STLiP法~All Dry Process)によって基板上に直立して形成されたナノワイヤー.ひとつのワイヤーは,分子性材料 (この場合はフラーレン分子)固体を通過したたった一つの原子 (イオン)の引き起こす反応によって形成される.原子が真直ぐに進む様子がはっきりとわかり,またすべてのワイヤーの長さは,もとの固体の厚みによく一致して完全に均一であることが見てとれる.電子顕微鏡写真のスケールバーは500 nm.
1.背景
現代におけるがん治療は,放射線を用いた治療法が他の外科的・化学的な治療法に比べて,身体への負担の小ささから,世界各国で広く行われています.中でも,高いエネルギーまで加速された高速粒子線によるがん治療は,正常な生体組織への放射線によるダメージをうまく抑制しながら,身体の深部にあるがん組織 ・集合体を狙い撃つことが可能であるため,現在日本各地においてもこの粒子線を利用できる施設が多くつくられています.これは、粒子線はある一定の深さでエネルギーのピークを迎え、その前後で弱く抑えられる特性があることから、ピークになる深さをがん病巣の位置に合わせることで、がんだけを集中的に狙い撃ちすることができる性質に基づいています.
一方で放射線は現代における半導体微細加工の主役にもなりつつあります.数年前まで,多くの半導体素子は光が有機材料中で引き起こす化学反応を用いてその構造を形づくられてきましたが,数年前から軟X線領域にあたる極端紫外光 (EUV)を用いた半導体微細加工が積極的に進められています.数nmレベル( まだ,原子・分子の大きさよりは十分に大きいサイズですが)の半導体素子の加工は,さまざまな限界が叫ばれつつも,技術的連続性のある改良によって,いまだその微細化のスピードを維持し続けています.一方で,来るべき分子・原子・量子素子の時代においては,“大きさ”に基づく集積は確実に限界を迎えることもまた明らかで,実際の記憶素子などにおいても,空間的(3次元的)な集積が進められてきました.
2.研究手法・成果
微細加工技術の革新は,上記のようにたゆまない展開が進められつつも,その空間的な拡張において依然として,従来型の“平面に構造を描く”方法の重ね合わせによって進められています.半導体の主役であるシリコンは,とても固い無機物ですが,これに構造を“描く”ための技術は,有機物中の化学反応によって支えられています.無機物質・酸化物に比べて有機物質が破格に“柔らか”いことは,この化学反応をもとにした構造形成において“細長い”構造の形成に決定的に不利でした.この本質的な問題のため,いまだ2次元の重ね合わせによって何とか3次元の構造は形成されており,例えばその2次元の構造1枚では,長さと太さの比 (アスペクト比)が精々10程度の構造を直立させて作りこむことすら困難でした.3次元的な素子をつくろうとすると,どうしても細長い構造を直立させ,つなぎ合わせる技術をどのように実現するかがカギになります.私たちはこの課題に,がん治療に用いられつつある,高エネルギー粒子線をもって挑むことにしました.
高エネルギー粒子線が物質に突入すると,速度が十分に速い間は,その運動エネルギーを少しづつ連続的に物質に与えながら直進します.しかしこのエネルギーは,少しづつではあっても,例えば光子のエネルギーよりははるかに大きいため,その軌道に沿ったごく狭い空間の中だけに化学反応を引き起こすのには十分です.図1左図は,この粒子線の軌道に沿って化学反応を引き起こし,反応していない分子のみを昇華させて取り除くことにより,極めて細長い構造を基板上に直立させた結果を示しています.この細長い構造を,ナノワイヤーと呼びますが,一つのナノワイヤーは,材料中を通過するたった一つの原子 (イオン)によって形成されるため,そもそも従来の微細加工で用いされてきたような,光や放射線を“集束”させる必要がありません.いわば,究極に細いビーム,と言うことができるでしょう.例えばこのような構造を,従来の微細加工でよく用いられる“現像”操作のような,液体や超臨界流体などによって不要な部分を洗い流すという操作を行った場合,図1右図にあるように直ちにすべての構造体が絡まりあい,倒れてしまいます.ここで示したナノワイヤーは,アスペクト比にしておよそ100に達しますが,原理的にはさらなる向上が見込めます.
この方法の特色は,上記の究極に細いビームによる高いアスペクト比の直立構造という特色以外に,5つの特徴があります。
1) 一つの原子(粒子)で一つの構造を形成するという,極めて効率の良い形成手法であること.
2) 数nm という現代の最先端微細加工に匹敵・凌駕する微細性を持つこと.
3) 太さ・長さなどが完全に均一で,そのゆらぎがほとんどないこと.
4) 身の回りにあるごくありふれた分子の多くを加工することができること.
5) 異なる物質を自由につなぎ合わせることができること.
例えばこれらのうち,4)については,下記図2に示すように,昇華性を持つさまざまな有機分子を自由に選
択して,それぞれの分子をもとにしたナノワイヤーを自在に形成することが可能です.
図2.さまざまな分子を自由に選択して直立型ナノワイヤーを形成した例.電子顕微鏡写真のスケールバーは500 nm.
また5)について,粒子線が突き抜けることだけが唯一の条件であることから,例えば2種類の異なる有機分子を積み重ねて用いれば,図3に示すように二種類のナノワイヤーを自由に連結しつつ,直立した構造を形成することも可能です.ここでは,機能性有機分子のうち,半導体性を示す分子,中でも電子を主に輸送できる分子と正孔の輸送を担う分子の組み合わせの例を示しています.直立し,きれいに整列した構造であることから,これらの連結型ナノワイヤーのさまざまな性質を測定することも容易で,例えばこの例では,ナノサイズのダイオードのように,整流特性を示すことが明らかになりました.
図3.機能性有機分子としてよく知られているフタロシアニン/フラーレン分子とペリレン酸無水物/トリフェニレン分子を積み重ねてナノワイヤーを形成した例.電子顕微鏡写真のスケールバーは500 nm.
3.波及効果、今後の予定
対象とする物質に依らないという点は,科学技術の普遍性の上で極めて重要で,「ナノ構造をできるものは何か?」という従来の研究のアプローチから,「自分たちがナノ構造にしてみたいものは何か?」という大きなパラダイムの変換を促すものと確信しています.
図4.試料を飛んでくる粒子の方向に対して傾けて回転させ,さまざまな方向から粒子が材料中に侵入するようにさせて直立型ナノワイヤーの“櫓”を組ませた例.
例えば“真直ぐに進む”という性質をうまく用いれば,上図に示しているようなナノワイヤー同士の3次元構造も簡単に作成することができ,将来の3次元立体電子回路の形成につながるものと考えています.上に示したダイオード・トランジスター・キャパシタはもとより,原理的にはほぼありとあらゆる構造が形成可能(曲線構造・ソレノイドは考え物ですが・・・)ではないでしょうか.また,この極微細な直立型ナノワイヤーは,理論的に最も広い界面を有する構造でもあります.この広大な界面を利用して,化学物質・ウイルスなどを対象にした超高感度センサーや,非常に高い効率を持つ触媒特性・光エネルギー変換材料などへの展開を進めています.
4.研究プロジェクトについて
本研究は,科学研究費補助金・国際共同研究加速基金(B)及び学術変革領域研究(A)「高密度共役の科学:電子共役概念の変革と電子物性をつなぐ」の支援を受けて行われました.
<研究者のコメント>
放射線によって引き起こされる化学反応は、ほかの反応を起こすための手法では決して実現できない新しい化学反応になる可能性があります.かつてレントゲンが初めて放射線を発見したときのインパクトは,すべての科学分野の研究者にとって大変な驚きをもって迎えられました.20~21世紀の近代物理学・化学の礎を築く上で最も重要な役割を果たした放射線が,その精密な制御によって再び,21世紀の生物学・がん治療のみならず,物質・材料科学の切り札になったらと思っています.
<用語解説>
粒子線:高エネルギー粒子の流れで、放射線の一種である。電荷を有する粒子線はイオンビームと呼ばれることも多い.例えば半導体素子の作成などでは,主にドーピングと呼ばれる操作にエネルギーの低い粒子線が数多く用いられている.この研究で用いるような高いエネルギーの粒子線は,関西では大阪重粒子線センター・若狭湾エネルギー研究センターや兵庫県粒子線医療センターなどにも設置されているが,さらに数多い例として,陽電子トモグラフィー法(PET法)という名で広く市中でも行われている腫瘍診断技術のためのアイソトープ製造用のものは枚挙に暇がない.
ナノワイヤー:ナノサイズの配線、あるいは線上物質.“ナノ”は10–9 m(1 mの1000000000分の1)であり、非常に小さい.今回のような直径10 nm程度の均一かつ微細な有機ナノワイヤーが直立した例は初めてのことである.
<論文タイトルと著者>
タイトル:Ubiquitous Organic Molecule-based Free-standing Nanowires with Ultra-high Aspect Ratios
(ごくありふれた有機分子をもとにした異常に高いアスペクト比を有する直立型ナノワイヤーの形成)
著 者:Koshi Kamiya1, Kazuto Kayama1, Masaki Nobuoka1, Shugo Sakaguchi1, Tsuneaki Sakurai1,
Minori Kawata1, Yusuke Tsutsui1, Masayuki Suda1, Akira Idesaki,2 Hiroshi Koshikawa,2 Masaki Sugimoto2, G.B.V.S. Lakshmi3, D.K. Avasthi4, Shu Seki1
1 Department of Molecular Engineering, Graduate School of Engineering, Kyoto University, Nishikyo-ku, Kyoto 615-8510, Japan.
2 Takasaki Advanced Radiation Research Institute, National Institutes for Quantum and Radiological Science and Technology, 1233 Watanuki-machi, Takasaki, Gunma 370-1292, Japan.
3 Special Center for Nanoscience, Jawaharlal Nehru University, New Mehrauli Road, New Delhi 110067, India.
4 Department of Physics, School of Engineering, University of Petroleum and Energy Studies, Dehradun 248007, India
掲 載 誌:Nature Communications DOI: 10.1038/s41467-021-24335-x