柔らかいスキルミオンの挙動を解明~10億分の1秒の精度でムービー計測~

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2021-06-17 理化学研究所

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター電子状態スペクトロスコピー研究チームの下志万貴博研究員、中村飛鳥基礎科学特別研究員、石坂香子チームリーダーらの研究グループは、超高速時間分解ローレンツ電子顕微鏡[1]を用いて、磁気スキルミオン[2]がナノ秒(10億分の1秒)からマイクロ秒(100万分の1秒)の時間スケールで柔軟な変形を繰り返すことを発見しました。

本研究成果は、光によるスキルミオンの高速繰り返し制御の可能性を示しており、次世代磁気メモリ素子の開発に貢献すると期待できます。

磁気スキルミオンは粒子のように振る舞う安定なスピン渦として知られており、磁気メモリ素子の新たな情報担体として注目されています。一方で、実際の材料では、格子欠陥や端面においてスキルミオンが容易に変形することが知られています。このような柔軟な性質を調べることは、より自由度の高いスキルミオンの制御につながるため、応用上重要な課題と考えられてきました。

今回、研究グループは意図的に格子欠陥[3]を導入したキラル磁性体[4]のCo9Zn9Mn2(Co:コバルト、Zn:亜鉛、Mn:マンガン)薄片に対してナノ秒パルスレーザーを照射し、磁気スキルミオンが柔軟に変形する過程を超高速ローレンツ電子顕微鏡により時分割計測しました。その結果、スキルミオンの生成、収縮、ドリフト、クラスター形成、消滅までの一連の過程がナノ秒からマイクロ秒の時間スケールで繰り返し生じることを発見しました。

本研究は、オンライン科学雑誌『Science Advances』(6月16日付:日本時間6月17日)に掲載されます。

柔軟なスキルミオンが示す超高速サイクルの図

柔軟なスキルミオンが示す超高速サイクル

背景

磁気スキルミオン(スキルミオン)はナノメートル(10億分の1メートル)サイズのスピン渦であり、密集して格子を組んだり孤立して粒子のように振る舞ったりする性質があります。一度生成されると寿命が長い上に、電流や熱により搬送できる点から、次世代磁気メモリの情報担体としての利用が期待されています。これまではクリーンな系のスキルミオンが盛んに研究され、その有用性が示されてきました。一方で、実際の材料に含まれる格子欠陥、端面、界面などの近くでは、スキルミオンの安定性が乱されて容易に変形することが知られています。

スキルミオンを現実の電子デバイスの中で利用するには、このようなスキルミオンの柔軟な挙動を調べ、より良く制御するための指針を得ることが重要です。そのためには、スキルミオンの挙動を実時間で直接観測する必要があります。しかし、スキルミオンが外場に応答する時間スケールはナノ秒(10億分の1秒)程度と、ごく短いことが理論的に予想されています。これまで、このような現象を観測するための高い時間・空間分解能を両立する磁気イメージング手法は非常に限られていました。

研究手法と成果

研究グループは、ガリウム(Ga)イオン照射により意図的に格子欠陥を導入したキラル磁性体のCo9Zn9Mn2(Co:コバルト、Zn:亜鉛、Mn:マンガン)薄膜に対してナノ秒パルスレーザー[5]を照射し、試料を急速に加熱しました。そして、超高速時間分解ローレンツ電子顕微鏡法(図1)を用いて、熱に駆動されるスキルミオンを観測しました。本実験では、スキルミオンを熱的に駆動する目的のレーザーパルスと、スキルミオンの応答を検出する目的の電子パルスを用いました。両パルス間の時間差を制御することで、10ナノ秒の精度で過渡的なスキルミオンの状態を追跡できます。得られるローレンツ電子顕微鏡像では、スキルミオンの形状が画像コントラストとして現れます。

超高速時間分解ローレンツ電子顕微鏡の概略図の画像

図1 超高速時間分解ローレンツ電子顕微鏡の概略図

2台のナノ秒レーザーから発射されたレーザーパルスの一方(薄緑)を試料の構造変化を引き起こすために用いる。もう一方(薄紫)は電子顕微鏡内の陰極へと照射され、電子パルス(薄黄)に変換される。電子線は、試料内の磁気モーメントによりローレンツ力を受け偏向される。試料を透過した電子がカメラに記録され、磁気イメージングが可能となる。遅延発生器によりレーザーパルスと電子パルスが試料へ到着するタイミングを制御することで、ナノ秒の精度で動画を撮影する。

レーザー照射前は、格子欠陥の影響により歪んだスキルミオンが観測されます(図2a)。ここにナノ秒パルスレーザーを5mJ/cm2の強度で照射すると、試料は急速に熱せられます。その結果、歪んだスキルミオンが、270ナノ秒後にはほぼ6回対称のクラスター構造に近づくことを見いだしました(図2b)。

ローレンツ電子顕微鏡像の時間変化の図

図2 ローレンツ電子顕微鏡像の時間変化

レーザー照射前(a)および照射後270ナノ秒(b)におけるローレンツ電子顕微鏡像。照射前はスキルミオンAが7個のスキルミオンに囲まれた歪んだ構造を示すが、270ナノ秒経過するとスキルミオンAの周りに6個のスキルミオンがほぼ等間隔に整列することが分かった。

図3に、照射前から照射後7,820ナノ秒までの時分割されたローレンツ電子顕微鏡像を示します。これを詳しく見ると、スキルミオンを反映した磁気コントラストの形状が時々刻々と変化していく様子が分かります。レーザー照射直後、楕円形のスキルミオンが収縮または分裂し、その後にドリフトして、より対称性の高いスキルミオンクラスターを構成することが判明しました。さらに、これら一連のダイナミクスがナノ秒オーダーの遅延時間(ある動作から次の動作に移るまでの待ち時間)を示すことが明らかになりました。これは外力が加わることにより生じる電子スピンの擾乱に起因しており、スキルミオン間の摩擦に相当する現象を捉えたものと考えられます。

また、レーザー照射により分裂していたスキルミオンが、約5マイクロ秒(5,000ナノ秒)後には再結合することを見いだしました(図3d, e)。クリーンな系では長時間安定であるスキルミオンが、格子欠陥の影響によりマイクロ秒の短い寿命に変わったと考えられます。対称性の高いスキルミオンクラスターが、レーザー照射の7,820ナノ秒後には元の歪んだスキルミオンに戻ることから、柔軟なスキルミオンの生成から消滅に至る一連の過程が繰り返し可能であることが明らかになりました。

ナノ秒レーザー照射によるスキルミオンの変化の図

図3 ナノ秒レーザー照射によるスキルミオンの変化

レーザー照射前(a)から7,820ナノ秒(e)までの各ローレンツ電子顕微鏡像(上段)とそれらの模式図(下段)。青いスキルミオンは、レーザー照射後に収縮するが再び膨張する。赤いスキルミオンは分裂後、ドリフトを経て再結合する。最終的にレーザー照射前のスキルミオンの配列に戻ることから、一連の観測結果は可逆なサイクルを示している。

今後の期待

本研究では、超高速時間分解ローレンツ電子顕微鏡を用いた実時間観測から、格子欠陥周辺の柔軟な磁気スキルミオンがナノ秒からマイクロ秒の時間領域で可逆な生成・消滅サイクルを示すことを明らかにしました。今後、スキルミオンの柔軟性を活かした繰り返し可能な高速制御により、次世代磁気メモリ素子の開発に貢献することが期待できます。

補足説明

1.超高速時間分解ローレンツ電子顕微鏡
透過電子顕微鏡では、電子線を観察したい対象に照射し、透過した電子線を拡大し記録することで像を得る。特にローレンツ電子顕微鏡法では、試料中の局所磁化により偏向された電子がコントラストを形成するため、磁気イメージングを行うことが可能である。物質の構造を変化させるパルスレーザーと観察のためのパルス電子線を用い、両パルスの時間差を制御することで、ローレンツ電子顕微鏡像の動画が得られる。

2.磁気スキルミオン
電子はスピンと呼ばれる小さな磁石のような性質を持つ。この小さな磁石の作る渦状の模様を「磁気渦構造」と呼び、その中でもスピンが三次元空間の全ての方向を向くような特殊なものを「磁気スキルミオン」という。

3.格子欠陥
結晶において周期的な配列パターンに従わない要素を指す。不純物や原子配列の乱れが含まれる。

4.キラル磁性体
鏡に映した像が互いに重ならない結晶構造を持つ磁性体。

5.ナノ秒パルスレーザー
パルス幅が数ナノ秒のレーザー。連続波レーザーに比べてパルス幅が短いため、高いピークパワー(パルスエネルギー/パルス幅)を持つ。

研究グループ

理化学研究所 創発物性科学研究センター
電子状態スペクトロスコピー研究チーム
研究員 下志万 貴博(しもじま たかひろ)
基礎科学特別研究員 中村 飛鳥(なかむら あすか)
チームリーダー 石坂 香子(いしざか きょうこ)
(東京大学大学院 工学系研究科 附属量子相エレクトロニクス研究センター 教授)
電子状態マイクロスコピー研究チーム
チームリーダー 于 秀珍(う しゅうしん)
強相関物質研究グループ
研究員 軽部 皓介(かるべ こうすけ)
グループディレクター 田口 康二郎(たぐち やすじろう)
強相関物性研究グループ
グループディレクター 十倉 好紀(とくら よしのり)
(理化学研究所 創発物性科学研究センター センター長、東京大学大学院 工学系研究科 教授、東京大学国際高等研究所 東京カレッジ 卓越教授)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(B)「超高速電子顕微鏡によるスキルミオンダイナミクスの観測と制御(研究代表者:下志万貴博)」、挑戦的研究(萌芽)「光渦を用いた固体の新規励起現象の探索(研究代表者:下志万貴博)」、基盤研究(A)「電子顕微鏡によるトポロジカルスピン構造とそのダイナミクスの実空間観察(研究代表者:于秀珍)」、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「ナノスピン構造を用いた電子量子位相制御ナノスピン構造を用いた電子量子位相制御(領域代表者:永長直人)」「Beyond Skyrmionを目指す新しいトポロジカル磁性科学の創出(領域代表者:于秀珍)」による支援を受けて行われました。

原論文情報

T. Shimojima, A. Nakamura, X. Z. Yu, K. Karube, Y. Taguchi, Y. Tokura, K. Ishizaka, “Nano-to-micro spatiotemporal imaging of magnetic skyrmion’s life cycle”, Science Advances, 10.1126/sciadv.abg1322

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 電子状態スペクトロスコピー研究チーム
研究員 下志万 貴博(しもじま たかひろ)
基礎科学特別研究員 中村 飛鳥(なかむら あすか)
チームリーダー 石坂 香子(いしざか きょうこ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

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