機械学習ハードウェアの高エネルギー効率化へ期待
2021-06-01 東京大学
○発表者:
小林 正治(東京大学 生産技術研究所 准教授)
○発表のポイント:
◆Snを添加したIGZO(注1)材料を用いて移動度が従来に比べて2倍以上高いトランジスタと、400℃以下の低温プロセスで形成可能な強誘電体キャパシタを実現しました。
◆さらに開発した高移動度トランジスタと強誘電体キャパシタを同時集積して、三次元集積可能なメモリデバイスの動作実証に成功しました。
◆このメモリデバイス技術により機械学習をエッジデバイスにも実装することが可能になり、人工知能を用いたより高度で充実した社会サービスの展開が期待されます。
○発表概要:
東京大学 生産技術研究所の小林 正治 准教授らは、神戸製鋼所およびコベルコ科研と共同で、Snを添加した酸化物半導体IGZOを用いたトランジスタと強誘電体HfO2キャパシタを集積し、プロセッサの集積回路の配線層に混載可能なメモリデバイス技術の開発に成功しました。
大量のデータを用いる機械学習アルゴリズムには大容量のメモリとプロセッサ-メモリ間の効率的なデータ伝送が必要となります。しかし、現在メインメモリはプロセッサとは別チップで実装されており、チップ間のデータの伝送効率が十分でなく、機械学習の計算処理を律速しています。これをフォンノイマンボトルネックと呼びます。大容量のメモリと高効率なデータ伝送を両立するためには、プロセッサの集積回路の配線層に直接、三次元集積可能な混載メモリデバイスが有効な解決策となります。
そこで本研究では、Snを添加したIGZO材料(IGZTO)を用いたトランジスタと強誘電体HfO2キャパシタを400℃以下の低温プロセスで同時集積したメモリデバイスを開発しました。IGZTOを用いたトランジスタは従来のIGZOを用いたトランジスタに比べて移動度(注2)が2倍以上高く、また正バイアスストレス安定性を大幅に向上させた信頼性の高いトランジスタです。またIGZTOをキャップ材料とすることでHfO2材料は400℃でも強誘電相の結晶化が可能となりました。これによりプロセッサの配線層上に三次元集積できる大容量メモリが実現可能となり、プロセッサの直上に直接配線できることからデータ伝送効率も向上し、機械学習の高エネルギー効率な実行が可能となりました。
本成果は機械学習を高いエネルギー効率で計算することを可能にし、エッジデバイス(注3)で高度な人工知能計算を行うことで、ビッグデータに基づく社会サービスの飛躍的な向上が期待されます。
○発表内容:
<研究の背景と経緯>
近年、ビッグデータを用いた人工知能技術により革新的な社会サービスが実現されてきています。特に機械学習を用いた学習・推論システムはイノベーションの源泉となっています。機械学習のアルゴリズムの実装には大容量のメモリと高いコンピューティング能力が必要であり、現在、高性能なCPUやGPUを搭載したコンピュータによって実装されています。一方、大量のデータを用いる機械学習のような計算では、プロセッサとメモリとの間のデータの伝送効率が性能を大きく律速することがわかっており、これをフォンノイマンボトルネックと呼びます。そのため、大容量のメモリとプロセッサ-メモリ間のデータ伝送の高効率化が重要となります。
通常メインメモリはプロセッサとは別チップで実装されており、この場合プロセッサとメモリは限られた配線数と長い配線長で接続されているためデータの伝送効率がよくありません。データの伝送効率を上げるためには、プロセッサとメモリを同一チップに集積することで配線数を増やし配線長が短くすることが考えられます。これまでも同一チップ上に形成する混載メモリの例はありますが、一般的にメモリ要素をシリコントランジスタで駆動する必要があるため、プロセッサの直上の配線層に三次元集積することは難しく、チップ上にメモリのための面積が必要となってしまい高コストでした。大容量なメモリをプロセッサ上に形成しかつコストを抑えるためには、メモリ要素だけでなくそれを駆動するトランジスタも配線上に形成する必要があります。さらにメモリを高速かつ長期に動作させるためにはそのトランジスタの高性能化と高信頼性化が重要となります。
<研究の内容>
本研究では、大容量メモリと高効率データ伝送を両立するプロセッサと混載可能なメモリ技術実現のため、Snを添加したIGZO(IGZTO)をチャネル材料とするトランジスタと強誘電体HfO2キャパシタを集積する、配線層に形成可能なメモリデバイス技術を提案しました(図1)。
Snを添加したIGZO材料は共同研究機関である神戸製鋼所とコベルコ科研がフラットパネルディスプレイ向けに開発した高移動度・高信頼性な酸化物半導体材料です。今回、集積デバイス応用のため8nmの極薄IGZTOチャネルと高誘電率のHfO2ゲート絶縁膜でトランジスタを試作し、従来のIGZO材料と比べて2倍以上の高い移動度を実現しました(図2)。この高い移動度の起源を第一原理計算を用いて調査したところ、Snを添加することでアモルファス構造でも伝導電子が感じるポテンシャルの揺らぎが小さくなることが理由であることがわかりました。
強誘電体HfO2材料は東京大学 生産技術研究所の小林研究室で開発している材料です。これまで500℃以下で強誘電性を発現させることが困難という課題がありました。また従来の金属電極と強誘電体HfO2の間には欠陥や酸素空孔が形成されやすく、書き換えを繰り返すごとに特性が変動するwakeup現象が起こり問題となっています。今回、IGZTOをキャップ材料とすることで400℃以下の温度でも強誘電性を発現することができました(図3)。これはIGZTOの熱膨張係数が小さく、HfO2材料の結晶化アニールのプロセス最中に強誘電相形成を促すプロセス歪が印加されたことが理由と考えられます。さらにIGZTOと強誘電体HfO2は共に酸化物材料であり急峻な界面が得られるため、界面に欠陥や酸素空孔が形成されにくく、wakeup現象のない良好な強誘電体特性が実現できました。
IGZTOを用いたFETと強誘電体HfO2キャパシタを実際に同時集積したメモリデバイスを設計・試作し、その書き込み動作と読出し動作を実証しました(図4)。トランジスタのゲート電圧を大きくすることでトランジスタの駆動力が上がり、メモリ動作が早くなることを確認するとともに、キャパシタの面積を小さくすることで充放電する電荷量を小さくし、メモリ動作が早くなることも確認しました。さらに、デバイスモデリングを行い微細なメモリデバイスの動作シミュレーションを行ったところナノ秒オーダーで動作することを確認し、有用性を検証しました。
現在、半導体集積デバイス分野においては、ムーアの法則に従うデバイスの微細化による性能向上が鈍化してきており、三次元集積化が今後の技術の大きな潮流となってきます。本研究で開発した技術もこの技術潮流に沿って発展していく技術であると考えています。
<今後の展開>
本研究では、大容量メモリと高効率データ伝送を両立するための、Sn添加IGZOを用いたトランジスタと強誘電体HfO2キャパシタを集積し、プロセッサの集積回路の配線層に直接形成可能なメモリデバイス技術を開発しました。IGZOの移動度は従来の移動度より2倍高い20cm2/Vs程度ですが、更なる高移動度化によりメモリ動作速度の向上が見込めます。集積回路では長期信頼性が重要であるため、トランジスタとキャパシタの更なる信頼性の向上が必要であり、信頼性評価と劣化メカニズムの解明および課題解決に取り組んでいきます。
本成果は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「二次元機能性原子・分子薄膜の創製と利用に資する基盤技術の創出」研究領域(研究総括:黒部 篤(株)東芝 研究開発センター 首席技監)における研究課題「原子層ヘテロ構造の完全制御成長と超低消費電力・3次元集積デバイスの創出」(代表者:宮田 耕充 東京都立大学 大学院理学研究科 准教授)と日本学術振興会科学研究助成事業 基盤研究B 研究課題「CMOSと整合性の高い強誘電体デバイスの集積化による超低消費電力システムの開拓」の支援を受けて得られました。
○発表学会
学会名:「VLSI Technology Symposium 2021」
論文タイトル:Mobility-enhanced FET and Wakeup-free Ferroelectric Capacitor Enabled by Sn-doped InGaZnO for 3D Embedded RAM Application(「三次元混載RAM応用に向けたSn添加IGZOによる高移動度FETとwakeup現象の起きない強誘電体キャパシタ」)
○問い合わせ先:
<研究に関すること>
東京大学 生産技術研究所
准教授 小林 正治(コバヤシ マサハル)
<JST事業に関すること>
嶋林 ゆう子(シマバヤシ ユウコ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
○用語解説:
(注1)IGZO
In-Ga-Zn-Oの四元素からなる酸化物半導体。現在、パネルディスプレイの駆動トランジスタの材料として使われている。
(注2)移動度
半導体材料の電気的特性の一つ。半導体に電界をかけると電子または正孔が運動する。電界を高くするほど速度は速くなる。移動度は電子または正孔の速度と電界の間の比例係数を指す。
(注3)エッジデバイス
IoTの枠組みでは大規模なデータセンターで構成されるクラウドに対する言葉。一般的にはネットワークにつながる小型のデバイスを表し、携帯端末やセンサーデバイス、監視カメラなどが当てはまる。
○添付資料:
図1
左に従来の混載メモリと本研究で提案する三次元集積メモリの概念図を示す。右に具体的なメモリセル構造を示す。トランジスタとメモリ要素を同時に配線層に形成することで、大容量メモリとプロセッサ-メモリ間の高効率データ伝送を実現できる。
図2
(a) 試作したIGZTOトランジスタのチャネル部の断面TEM像。(b) IGZTOトランジスタのドレイン電流-ゲート電圧特性。(c) IGZTOトランジスタとIGZOトランジスタの実効移動度の比較。良好なトランジスタ特性と従来のIGZOトランジスタに比べて2倍以上の高い移動度を実現。
図3
(a) 試作した強誘電体HfO2 キャパシタの断面TEM像。(b) 400℃の結晶化アニールで作成した強誘電体キャパシタの分極電荷特性。(c) IGZTOをキャップ層として用いた強誘電体HfO2キャパシタの書き換え耐性。400℃の低温で形成が可能となり、wakeup現象のない良好な特性が得られた。
図4
(a) IGZTOトランジスタと強誘電体HfO2キャパシタを集積したメモリセルの顕微鏡写真と、メモリセルの書き込み・読出し動作を表す回路図。 (b) メモリセルの書き込み・読出し電流特性のゲート電圧依存性。(c) メモリセルの書き込み・読出し電流特性のキャパシタ面積依存性。