2021-05-21 大阪大学
研究成果のポイント
- 高出力レーザーとX線自由電子レーザー(XFEL)を組み合わせた実験により、極限環境下の液体金属の様子を直接観察することに初めて成功。
- 超高速膨張時の液体金属状態のタンタルに、数万気圧もの“負の圧力” が作用していることを実証。
- 極限環境、高速変形時の液体の理解深化は、新材料開発やレーザー加工の高度化などに直接影響。
概要
大阪大学大学院工学研究科の大学院生の片桐健登さん(博士後期課程/日本学術振興会特別研究員)と尾崎典雅准教授、広島工業大学の大村訓史准教授、理化学研究所の宮西宏併研究員、高輝度光科学研究センターの籔内俊毅主幹研究員らを中心とした国際研究グループは、大阪大学と理化学研究所がX線自由電子レーザー施設SACLAに共同で整備したレーザー高エネルギー密度科学の実験プラットフォームにおいて、極限環境下の液体金属の構造を明らかにすることに成功しました。
高出力レーザーを照射することによって、数千万気圧・数万度にもおよぶ物質の極限状態を生成することができます。その際、ほぼ全ての固体の物質は瞬間的に高密度の液体やプラズマの状態へと変化します。高密度に圧縮された、“正の圧力”下の物質に関する研究は、本チームのみならず各国で精力的に行われています。それでは、極限的な“負の圧力”で膨張する際の物質はどのように振る舞うでしょうか。とりわけ液体状態の物質に関しては、レーザーアブレーションの理解やレーザー加工予測の高度化において重要であるにも関わらず、これまで知見を得ることは困難でした。
本研究では、高出力レーザーの照射によって瞬間的に超高圧高温で高密度のタンタルの液体金属状態を生成すると同時に、真空中で高速に膨張させることで極限的な“負の圧力”の状態を実現しました。液体タンタルが膨張する瞬間のタイミングを狙って超高輝度のX線自由電子レーザーを照射し、タンタル原子の位置を反映したX線回折イメージを得ることに成功しました(図1)。スーパーコンピュータを利用した量子力学に基づく第一原理計算の結果と比較することにより、高温の液体タンタルに5.6万気圧もの極めて高い負の圧力が作用していることが明らかとなりました。これは、強く引っ張られた液体の内部に発生した物質固有の抗力を表しています。本研究によって、極限環境における液体の構造やその強度といった物性を直接調べることが可能であることが証明されました。今後、液体に関する新たな知見が得られ、新材料開発やレーザー加工・プロセス技術の高度化にも繋がるものと期待されます。
本研究成果は2021年4月28日(米国時間)に、米国物理学会刊行の学術誌Physical Review Lettersでの掲載に先立ちオンライン公開されました。
図1. 高出力レーザーとX線自由電子レーザーを組み合わせた実験の様子と、超高速膨張時の液体に関して取得されたX線回折イメージの一例。
研究成果の背景
極限的な “正の圧力”で圧縮された物質とは対照的に、“負の圧力”で高速に膨張する際の物質はほとんど調べられてきませんでした。高速で運動する液体におけるこのような状態は、ナノ秒にも満たない短時間にしか維持されないため、フェムト秒パルスのX線自由電子レーザーがその観測に威力を発揮します。
研究成果の内容
高出力レーザーを照射して、高融点・高硬度の金属であるタンタルを最大440万気圧・19,000度の条件で液体金属状態とした上で、真空中で高速に膨張させることで極限的な“負の圧力”の液体状態を実現しました。X線自由電子レーザーを同時に照射して液体の構造が直接観察できることを実証するとともに、最大5.6万気圧の“負の圧力”が液体タンタルの内部に発生していることを実験と計算の両方を駆使して明らかにしました。この大きな負の圧力は、理論的に予測されるキャビテーション発生圧力と近い値であったことから、生成した液体タンタルは気体と液体が混合した、より複雑な状態である可能性があります。
本研究成果が与える影響
本研究成果は、圧縮だけでなく膨張の極限環境における液体の構造やその強度などを直接調べることが可能となったことを示しています。高温の液体に関する研究の進展は、航空宇宙分野に関わる新材料開発や、レーザー加工およびプロセスの高度化に繋がるものと期待されています。
特記事項
本研究成果は2021年4月28日(米国時間)に、米国物理学会刊行の学術誌Physical Review Lettersでの掲載に先立ちオンライン公開されました。
題名:「Liquid structure of tantalum under internal negative pressure」
邦訳:「内部負圧状態のタンタルの液体構造」
著者:K. Katagiri, N. Ozaki, S. Ohmura, B. Albertazzi, Y. Hironaka, Y. Inubushi, K. Ishida, M. Koenig, K. Miyanishi, H. Nakamura, M. Nishikino, T. Okuchi, T. Sato, Y. Seto, K. Shigemori, K. Sueda, Y. Tange, T. Togashi, Y. Umeda, M. Yabashi, T. Yabuuchi, and R. Kodama
SACLAでの実験は、共用課題(課題番号2019B8032、2019B8057)として行われました。第一原理計算は東京大学物性研究所および九州大学情報基盤研究開発センターのスーパーコンピュータを利用して行われました。本研究は、文部科学省“光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)”「光量子科学によるものづくりCPS化拠点 JPMXS0118067246」、および日本学術振興会科学研究費補助金の助成(19K21866)、株式会社コンポン研究所の支援を受けて行われました。本研究で使用された高出力ナノ秒パルスレーザーは、大阪大学と浜松ホトニクス株式会社との共同開発によるものです。