温度差で発電する柔らかい電池の開発へ前進 ~IoT社会を支えるウェアラブルな電源~

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2020-02-15    名古屋大学,北海道大学,科学技術振興機構

ポイント
  • 電荷量の自在なコントロールにより、導電性高分子の熱電変換性能を簡便に制御
  • 発電性能の最大化をもたらすメカニズムの解明
  • フレキシブルな熱電変換素子の実現に期待

名古屋大学 大学院工学研究科の田中 久暁 助教、竹延 大志 教授、伊東 裕 准教授らの研究グループ、北海道大学 電子科学研究所の太田 裕道 教授は、産業技術総合研究所の下位 幸弘 研究チーム長との共同研究で、電気を流すプラスチック(導電性高分子)における熱電変換性能の上限を決めるメカニズムの解明に成功しました。

温度差から発電する熱電変換機能を持つ導電性高分子は、人体を熱源としてIoT(Internet of Things)機器への電源供給を可能とする有望な材料として注目されています。しかし、従来、高分子の発電性能を向上させる取り組みは経験的な知見に頼っており、材料の構造や電子状態とリンクした科学的な根拠は得られていませんでした。

本研究では、分子配列の秩序が極めて高い高分子薄膜に電解質を用いて連続的に電荷を導入することで、半導体の一種である高分子の電子状態を金属状態までコントロールすることに成功し、その過程で高分子の発電性能が極大値を示す現象を発見しました。この現象は半導体と金属の電子状態の違いを考慮すると、理論的にも説明することができます。本研究成果は、将来的に高い発電性能を持つフレキシブルな熱電変換材料・素子の開発につながると期待されます。

本研究成果は、米国のオンライン科学ジャーナル「Science Advances」に2020年2月15日付(日本時間)で掲載されます。

本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 CREST「ナノスケール・サーマルマネージメント基盤技術の創出」(研究総括:丸山 茂夫)における研究課題「フレキシブルマテリアルのナノ界面熱動態の解明と制御(研究代表者:柳 和宏)」(No.JPMJCR17I5)、日本学術振興会 科学研究費助成事業 新学術領域研究「π造形科学:電子と構造のダイナミズム制御による新機能創出」(領域代表:福島 孝典)における研究課題「π造形システム集合体の物性制御」(No.26102012)、基盤研究(A)「ファンデルワールス材料を用いた革新的熱電変換デバイス」(No.17H01069)および文部科学省物質デバイス共同研究拠点事業などによる支援を受けて行われました。

<背景>

プラスチックの一種である導電性高分子は、軽量・安価でフレキシブルな電子材料として、エレクトロニクス分野への応用が期待されています。特に、人体への毒性が低く、大面積の薄膜作製を溶液から簡便に行える特性を生かし、人体と外気の温度差から発電する「ウェアラブル」な電池(熱電変換素子)の開発が期待されています。この技術が実現すれば、近年注目されるモノのインターネット(IoT)社会に向け、必要とされる膨大な数の電子機器やセンサーへの電源供給を細やかに行える大きな利点があります。一方で、ほとんどの高分子材料の熱電発電性能は低く、性能向上が大きな課題となっています。

熱電変換素子は、温度差により材料に起電力が発生するゼーベック効果注1)を用いて発電します。高い発電性能(パワーファクター(PF)注2))の発現には、大きなゼーベック係数(S)と電気伝導率(σ)が必要です。一般に、この2つの物理量は相反する傾向があり、PFの最適化を実現するためには、両者の関係を具体的に知り、コントロールしなければなりません。ところが、高分子材料中には構造の「乱れ」が多数存在し、これが電気伝導を妨げるため、Sとσの関係が複雑化し、既存の理論を用いてPFの最適値を求められなくなります。実際に、ほとんどの高分子材料ではPFの最大化をもたらすことが可能かどうかも分かっておらず、高分子材料の熱電変換応用に向けて大きな障害となっていました。

<研究内容>

研究グループは、下記の2つのアプローチにより、PFの最適化に向けた研究に取り組みました。

1.分子配列の秩序が極めて高い高分子材料を用いることで、乱れの効果を抑制する。

2.材料への電荷注入を連続的に行い、Sとσの間の関係を高い精度で明らかにする。

そこで、高い構造秩序を示す高分子材料(PBTTT)を対象とし、電解質ゲート法と呼ばれる電荷注入手法を用いて、高分子薄膜の電荷濃度を制御しました。電解質ゲート法は、図1に示すように、正負の可動イオンを含む電解質を高分子薄膜上に滴下し、ゲート電圧(V)によってイオンを高分子膜内まで駆動し、高分子に電子(正孔)を導入する手法です。このやり方で極めて高い濃度まで電荷の導入が行えるため、本手法は材料の性質を精密にコントロールできる強力な方法です。さらに、ペルチェ素子を用いて温度差を誘起することで、S、σ、PFを同一材料で幅広く変調・観測できるシステムを開発しました(図2)。

このようなシステムを用いて、研究グループは室温で600S(ジーメンス)/cmを超える高い電気伝導率を実現させるとともに、σの向上に伴いPFが明確なピークを示すことをPBTTT薄膜において初めて見いだしました(図3)。

このようなPFのピークが見られる原因は、ピーク付近で材料の電気伝導性が大きく変化している点にあります。図4に示すσの温度依存性は、Vの絶対値が小さく電荷濃度が低い条件では、半導体的な温度依存性(低温で値が減少する)を示しますが、電荷濃度が増大すると、金属的な温度依存性(低温で値が増加する)が高温領域に表れます。このような電気伝導性の変化は、σ~100S/cm付近のPFがピークとなる電荷濃度で起きています(図3)。従って、観測されたPFのピークは、半導体から金属への電気伝導特性の変化に起因した本質的な現象であることが分かりました。実際に、金属領域ではSとσの反比例関係が明瞭に観測され、これは従来の金属のゼーベック係数の理論でよく説明されます。

一方で、乱れを含んだ高分子薄膜において金属的な電気伝導性が観測されることは、それ自体が極めて珍しい現象です。研究グループは、電子スピン共鳴法注3)を用いてPBTTT薄膜の電子状態をミクロなサイズスケールまで調べました。その結果、薄膜中の、特に分子配列秩序が高い「結晶領域」では、金属状態の形成がより低い電荷注入量で起きていることを突き止めました。しかし、「結晶領域」の間をつなぐ高分子(連結分子)は乱れの効果を強く受けるため、そこで電気伝導が妨げられ、半導体的な傾向が全体として表れると考えられます。ところが、PBTTT分子の理論的な構造計算を行うと、中性状態では分子の平面性が低い分子構造であるのに対し、電荷注入に伴い分子の平面性が高くなることを研究グループは突き止めました(図5)。このような分子平面性の向上により、結晶領域間が電気的によく接続され、金属的な電気伝導と熱電特性が表れたと考えられます(図5)。

<成果の意義>

本研究の成果は、導電性高分子を用いた熱電変換素子の発電性能が、金属的な電子状態変化が起こる電荷注入量付近で最大値を持つことを明確に示しています。このような金属状態への変化は、微小な「結晶領域」では、従来考えられていたよりも低い電荷注入量で起きることも明らかになりました。従って、結晶領域間を効率的に接続できる分子や素子の設計により、より低い電荷注入濃度で現在よりも高い発電性能を実現できると予想されます。本研究成果は、将来的に高い発電性能を持つフレキシブルな熱電変換材料・素子の開発につながると期待されます。

<参考図>

温度差で発電する柔らかい電池の開発へ前進 ~IoT社会を支えるウェアラブルな電源~

図1 電解質ゲート法による電荷注入の模式図

S、D、Gは電極を表す。

図2 ペルチェ素子を用いたゼーベック係数の計測システムと用いた高分子(PBTTT)および電解質[DEME][TFSI]の化学構造

図2 ペルチェ素子を用いたゼーベック係数の計測システムと用いた高分子(PBTTT)および電解質[DEME][TFSI]の化学構造

図3 ゼーベック係数(上)と発電性能(下)の電気伝導率依存性

図3 ゼーベック係数(上)と発電性能(下)の電気伝導率依存性

PFは金属状態形成に伴い明確なピークを示す。

図4 電気伝導率(σ)の温度依存性

図4 電気伝導率(σ)の温度依存性

図5 高分子薄膜の構造模式図と理論計算された分子構造図5 高分子薄膜の構造模式図と理論計算された分子構造

電荷濃度の増大に伴い分子配列の秩序が高い結晶領域が金属化するとともに、それらをつなぐ「連結分子」が高平面化し、金属的な電荷輸送が実現。

<用語解説>
注1)ゼーベック効果
物質に温度差が印加されると、高温部と低温部で電荷濃度に偏りが生じ、その間に起電力(熱起電力)が発生する現象。温度差1℃あたりの起電力の大きさをゼーベック係数と呼ぶ。
注2)パワーファクター(PF)
熱電変換素子の発電電力の指標。PFは電気伝導率σとゼーベック係数(S)の二乗の積(PF=Sσ)となる。一般に、材料の電荷濃度が変化すると、Sとσは正反対の変化を示すため、PFを最適化するためには、材料への精密な電荷注入量コントロールが必要となる。
注3)電子スピン共鳴法
電子の持つ磁気的な性質(スピン)により、磁場中で電子に電磁波を照射すると、スピンの向きの反転を伴う電磁波の共鳴吸収が起こる。このような磁気共鳴現象を電子スピン共鳴と呼び、非接触・非破壊で材料の電子状態に関する情報を微視的に得ることができる。
<論文タイトル>
“Thermoelectric properties of a semicrystalline polymer doped beyond the insulator-to-metal transition by electrolyte gating”
著者名:田中 久暁(名大)、金橋 魁利(名大)、竹腰 直哉(名大)、馬田 裕章(名大)、伊東 裕(名大)、下位 幸弘(産総研)、太田 裕道(北大)、竹延 大志(名大)
DOI:10.1126/sciadv.aay8065
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>

竹延 大志(タケノブ タイシ)
名古屋大学 大学院工学研究科 教授

太田 裕道(オオタ ヒロミチ)

北海道大学 電子科学研究所 教授

<JST事業に関すること>

中村 幹(ナカムラ ツヨシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ

<報道担当>

名古屋大学 総務部 総務課 広報室

北海道大学 総務企画部 広報課

科学技術振興機構 広報課

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