福島第一原子力発電所構内の排水路用放射線モニターとして運用開始
2020-01-30 日本原子力研究開発機構,日本放射線エンジニアリング株式会社
【発表のポイント】
- 東京電力HD福島第一原子力発電所 (1F)構内においては、排水路に汚染水漏えいの可能性がある場合、排水路の水をサンプリングし、汚染水に多く含まれるストロンチウム90(90Sr)を想定したβ線計測を行っている。
- 現状の管理ではβ線とγ線を区別できないモニターが多く、迅速な対応や効率化のために、水中での進む距離 (飛程) が短く直接測定することが難しいβ線をフォールアウト*起源のγ線と区別して計測できる簡便なリアルタイムモニタリング技術の確立が求められていた。
- JAEAなどは、β線とγ線を区別して、リアルタイムに測定できるファイバ型モニターの開発を行った。本モニターを1F現場や模擬的な汚染水を使って検証した結果、水中のβ線核種のストロンチウム(90Sr)をγ線と区別して検出することに成功した。
- β線のリアルタイムモニタリングが可能となることで、排水路の現場でサンプリング・分析を行うことなく、汚染水の漏えい有無の判断の迅速化及び作業員の負担軽減が期待できる。本モニターは、東京電力HDにより現場設置工事を行い、令和2年1月31日に運用開始予定。
*フォールアウト:大気圏内核実験や原子力施設の事故などで大気中に放出され、地上に降下した放射性物質のこと。放射性降下物。
図1 ファイバ型モニターの外観と放射線の水中での飛程を基にしたβ線の検出理論
〇放射性セシウムからのβ線を遮蔽し、ストロンチウム90(90Sr)からの強いβ線(正確には、90Srの壊変後のイットリウム90(90Y)から放出されるβ線)のみを検出できるように樹脂の厚みを選定。
〇ステンレス層で遮へいされる差分から、β線のみを検出可能。
【概要】
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 (理事長 児玉敏雄、以下、「JAEA」) 福島研究開発部門 福島研究開発拠点 福島環境安全センター 放射線監視技術開発グループ(南相馬市)は、東京電力ホールディングス株式会社(以下、「東京電力HD」)及び日本放射線エンジニアリング株式会社 (以下、「JREC」)と共同で、福島第一原子力発電所(以下、「1F」)構内におけるファイバ型モニター 1) を用いた排水路の放射線モニターの開発を行いました。
1Fの廃炉現場では、ストロンチウム(90Sr)を多く含む汚染水の漏えいの可能性がある場合、排水路の水をサンプリング及び分析し、漏えいの有無を確認しています。しかしながら、サンプリングから分析までは簡易的な評価であっても数時間程度の時間を要しており、これをリアルタイムで早期に検出することにより、汚染水の漏えい有無を迅速に判断することが可能になると考えられています。90Srの検出には、セシウム(134Cs+137Cs)由来のγ線と区別して、β線2) のみを効率よく検出する必要があります。しかし、水中での進む距離 (飛程) の短いβ線を直接測定することは難しく、簡便なβ線のリアルタイムのモニタリング技術の確立が求められていました。そこで、JAEAは環境中の除染前後の放射線分布の測定に利用してきたファイバ型モニターの適用を検討してきました a-c) 。
今回、JAEAとJRECは、既存の放射線測定技術を応用し、β線とγ線を区別して、リアルタイムに測定できるファイバ型モニターを開発しました。本モニターでは、ファイバの全長の半分をステンレス管で覆うことで、β線のみを遮へいしています。このファイバを使用することで、γ線のみを検出できる部位と従来のβ線+γ線を検出する部位の差分から、β線のみを検出できました。開発した本モニターを東京電力HDと共同で1Fの現場にて検証した結果、施設内におけるフォールアウト起源の放射性セシウム (134Cs+137Cs) の影響を受けることなく、水中のβ線核種の90Srを検出できることを確認できました。
本モニターは、令和2年1月31日より東京電力HDが1Fにおいて運用を開始する予定です。本モニターの開発により、排水路の現場でサンプリング・分析を行うことなく、執務エリアに設置したPC等で排水中の90Sr濃度の確認が可能となったため、汚染水の漏えい有無の判断の迅速化、作業員の負荷軽減につながる事が期待できます。
【研究の背景と目的】
1Fの廃炉現場にある汚染水には、γ線放出核種である134Csや137Csだけでなくβ線放出核種である90Srが含まれます。空気中や水中での飛程が比較的長いγ線は、直接測定することが簡単ですが、飛程の短いβ線は直接測定することが難しく、リアルタイムのモニタリング技術の確立が求められていました。技術的な課題として、既存の排水路モニター (試作モニター) は、β線とγ線の弁別が難しいため、降雨時に流入するフォールアウト起源の134Csや137Cs の影響を受けて、建屋内等由来の汚染水との区別が難しいことが挙げられます (図2)。また、現状の管理において、モニターで一定の警報レベルを超えた場合には、現場で排水路内の水をサンプリング・分析を行い、汚染水の漏えいがないことを確認できるまで、排水路をせき止めることになっており、漏えい有無の判断の迅速化が望まれていました。さらに、詳細なβ線放出核種の定量には、現場で水をサンプリングし実験室で液体シンチレーション検出器等の専用機器で測定する必要があり、人手、時間及びコストがかかります。
図2 従来のモニターと改良型モニターによる放射性物質検出のイメージ
水中での放射線測定技術として、事故直後からプラスチックシンチレーションファイバを用いた技術が1F周辺環境で用いられています。本技術は、β線とγ線に感度のあるプラスチックシンチレーションをひも状に加工したもので、放射線の入射した位置が特定できる特徴があります (図3)。また、検出面が長く柔軟に変形できるため、1F事故以降に環境中において除染前後の面的な測定に用いられた他 a) 、耐水性に着目し水底のモニタリング等に活用されてきました b) 。そこで、JAEAは環境中で培ったプラスチックシンチレーションファイバの技術を、1F構内の汚染水検出に応用することを目的とし、β線とγ線を区別してリアルタイムに測定できるファイバ型モニターの開発を行いました c) 。
図3 ファイバ型モニターの原理と外観
【開発内容と成果】
β線とγ線を区別するため、90Srのβ線2)の飛程を考慮し、10 mのファイバの片側のみβ線を遮蔽するステンレス管で覆うことでγ線のみを測定できる部位を作り、樹脂製の部分との差分でβ線を検出する検出器を考案しました (図4a)。図1に示すように、134Csや137Csのβ線と比較した90Srの子孫核種である90Yが放出するβ線は比較的エネルギーが高く水中での飛程が長いことが特徴です。そのような特徴と妨害となる134Csや137Csのβ線を遮蔽できる管の厚さを選択しています。同図に90Sr線源を樹脂管部分 (βγ測定部) 及びステンレス管部分 (γ線測定部) の中心部で測定した結果を示します。このように、ステンレス管部位は樹脂管部位と比較してβ線に起因する計数率が小さいことが分かります(図4b)。
図4 β・γ弁別型検出器の構成と90Sr線源の照射試験結果
開発した機器について、実際に1Fの現場において、定量できるように既知の標準溶液を用いて校正を実施しました。校正の結果は、100 Bq/L~10000 Bq/Lの濃度まで計数率はよい直線関係にあり、定量可能であることが確認できました (図5)。校正した機器について実際に1Fの排水路に設置し、機器の耐久性を確認するとともに、測定結果の信頼性を評価しました。評価方法は、実際に排水路の水をサンプリングすることにより、実験室で90Srの濃度を実測した結果と比較しました (図6)。比較の結果、ファイバ型モニターの測定値とサンプリングによる測定結果は同様な傾向を示し、モニターとして適用可能であることが分かりました。この結果を受けて、東京電力HDでは、実用機を製作し現場への設置工事を行い、令和2年1月31日から運用を開始予定です。
図5 既知の汚染水を用いた校正結果
図6 1F排水路におけるモニタリング結果例
【波及効果と今後の展望】
本開発により、検出が難しかった汚染水中の90Srを現場でリアルタイムにモニタリングすることが可能となり、排水路に汚染水漏えいの可能性がある場合には、排水路の現場でサンプリング・分析を行うことなく、執務エリアに設置したPC等で排水中の90Sr濃度の確認が可能となったため、汚染水の漏えい有無の判断の迅速化、作業員の負荷軽減につながる事が期待できます。また、本技術は他の原子力発電所へも適用可能であり、原子力発電所から出る排水のモニターとしても適用可能です。JAEAは、本モニター設置後も機器の不具合対応や新たな課題が出た場合の対策などできる限りのサポートを実施していく予定です。JAEAは今後も技術開発で協力を進め、1Fの廃止措置に貢献していきます。
【参考文献】
a) 眞田幸尚, 福島第1原子力発電所事故後におけるプラスチックシンチレーションファイバを用いた環境計測, 光学, 45, 300-305, 2016.
b) 眞田幸尚他, 水底のin-situ放射線分布測定手法の開発 JAEA-Research 2014-005, 2014.
c) 眞田幸尚他, プラスチックシンチレーションファイバ測定技術の福島第一原子力発電所における汚染水管理への応用, JAEA-Research 2016-011, 2016.
【用語解説】
1) プラスチックシンチレーションファイバ (ファイバ型モニター):
昭和50年後半に高エネルギー物理の分野で高速荷電粒子の飛跡測定用を目的として開発され、平成10年代に入って、TOF法 (Time-of-Flight) 3)と組み合わせて原子炉内や施設内の線量率分布測定手法として応用されていた。プラスチックシンチレーションファイバは、放射線に感度のあるプラスチックシンチレーションをコア材 4) とした光ファイバ検出部に放射線が入射することによって発生する光が両端の光電子増倍管に到達する時間差から光の位置を特定できる。ひも型であるため、水中では対象との接触面積が多くなるため、比較的高い効率での測定が可能となる。ファイバ型検出器は、検出部は比較的安価に製作できる他、測定対象となる水と接触面積が大きくなるため、高い効率で水中の放射性物質の計測が可能。プラスチックシンチレーションファイバは、日本放射線エンジニアリング株式会社とJAEAが共同で開発した製品。
2) 90Srの放出するβ線:
90Srがβ壊変して生成される90Yは高エネルギー (2.28 MeV) のβ線を放出する。
3) TOF法 (Time-of-Flight):
TOF法は一般的に距離測定の1つの方法であり、光源から出た光が対象物で反射し、センサに届くまでの光の飛行時間 (遅れ時間) と光の速度(3×108m/s) から、光源までの距離を求める。プラスチックシンチレーションファイバにおいては、両端の光電子増倍管への光の到達時間の差から位置を特定する。
4) コア材:
一般的な光ファイバケーブルは、コア材と呼ばれる芯とその外側のクラッド(clad)と呼ばれる部分、そしてそれらを覆う被覆の3重構造になっていて、クラッドよりもコアの屈折率を高くすることで、全反射や屈折により出来るだけ光を中心部のコアにだけ伝播させる構造になっている。ファイバ型モニターでは、コア材に放射線に感度のあるプラスチックシンチレーションファイバを採用している。