南極大気の精密観測 ~南極域初の非干渉性散乱レーダー観測を支える適応的信号処理技術を開発~

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2019-11-28   国立極地研究所,東京大学大学院理学系研究科

国立極地研究所(極地研、所長:中村卓司)の橋本はしもと大志たいし助教、東京大学大学院理学系研究科の佐藤薫教授(国立極地研究所客員教授)らは、2015年、南極昭和基地大型大気レーダー(PANSY(パンジー)レーダー; Program of the Antarctic Syowa MST/IS Radar、図1)のISレーダー・モードの観測により、高度200km~500kmにおける電離大気の電子密度を観測することに成功しました。ISレーダーでの電離圏大気の観測は、南極域では初となります。

非干渉性散乱(IS)レーダーは、地球大気と宇宙空間の境界領域である電離圏(高度100km~1000km)の電子・イオンの組成や運動、温度などを最も詳細に調べられる強力な観測手段です。しかし、大きなアンテナと電力を必要とするため、これまで、極域では北極域でしか実施されておらず、南北両極の電離圏を定量的に比較するために南極域でのISレーダーによる観測が求められていました。

また、PANSYレーダーによる電離圏観測では、その設置場所の磁気的特性から、地磁気の磁力線に沿って電子密度の不均一が生じる現象(Field Aligned Irregularity; FAI)による干渉が発生し、多くの時間で観測ができなくなってしまいます。そこで佐藤教授らは、FAI観測専用のアンテナアレイをPANSYレーダーの近傍に設置し、このアンテナアレイから得た受信信号をPANSYレーダーの受信信号と共に適応的信号処理を行うことによって、FAIによる干渉下においても電離大気の電子密度を正確に測定する方法を開発しました。今後、同じ原理を利用することで、FAIの運動や構造を明らかにするイメージング観測も可能となります。

本成果は学術誌Journal of Atmospheric and Oceanic Technologyに掲載されました。

南極大気の精密観測 ~南極域初の非干渉性散乱レーダー観測を支える適応的信号処理技術を開発~

図1:PANSYレーダーとオーロラ

研究の背景

非干渉性散乱(Incoherent Scatter; IS)レーダーは、上空に向けて放射した電波が大気中の電子により散乱されてわずかに戻ってくることを利用し、広い高度範囲の電子・イオンの組成や運動、温度などの電離圏の種々の物理量を連続して観測できる強力な測器です。しかし、非常に大きな電力とアンテナ開口面積を必要とするために建設数が少なく、2000年代まで南極域には存在していませんでした。

そこで、東京大学大学院理学系研究科の佐藤薫教授が中心となって、南極昭和基地大型大気レーダー(PANSYレーダー; Program of the Antarctic Syowa MST/IS Radar)を計画し、2012年に観測を開始しました。PANSYレーダーは1045本のアンテナで構成される南極域最大の大気レーダーで、地表付近から高度約100kmまでの風を測ることができます。また、520kWに達する最大出力電力と300m四方に及ぶ広大なアンテナ設置面積を生かし、高度約500kmまでの電離圏のISレーダー観測を行うことも可能な設計となっています。

研究の内容

2015年5月、佐藤薫教授と、国立極地研究所の堤雅基教授、西村耕司特任准教授、橋本大志助教、京都大学の佐藤亨特定教授、齊藤昭則准教授らの研究グループは、PANSYレーダーを用いて南極域では初めてとなる電離圏のISレーダー・モードによる観測を行い、高度200km~500kmにおける電子密度の高度プロファイルを測定することに成功しました(図2)。

図2:2015年5月15日に南極域で初めて観測された電離圏の電子密度の高度プロファイル

北極域での電離圏ISレーダー観測はすでに行われていることから、新たに南極域での観測が可能になったことで、南極域と北極域の電離圏の相違点と類似点を明らかにすることができるようになりました。この比較によって極域で電離圏の変動を起こす原因の解明が進むものと期待されます。

さらに、同研究グループは2017年にPANSYレーダーを用いて行った電離圏観測において、地磁気の磁力線に沿って電子密度の不均一が生じる現象(Field Aligned Irregularity; FAI)による干渉下においても、適応的信号処理を用いることで干渉を抑圧し、電子密度を測定できることを示しました(図3)。PANSYレーダーが用いる周波数帯の電波においては、FAIによる反射波が観測される距離がISと同じ約250kmとなるため、ISレーダー・モードでの電子密度測定の妨げとなってしまい(図4)、多くの時間で測定ができなくなっていました。そこで研究グループは、PANSYレーダーの近傍にFAI観測専用のアンテナアレイ(図5)を設置し、このアンテナアレイから得た受信信号とPANSYレーダーの主アレイから得た受信信号の到来方向が異なることを利用した適応的信号処理の方法を開発しました。その結果、FAIの干渉を抑圧し、電子密度を正確に測定することが可能となりました。

図3:FAIエコー抑圧後の高度プロファイルの時系列。横軸は地方時で、上段及び中段の色は信号強度、下段は専用アンテナアレイにより検出されたFAIエコーの時間・高度分布を表す。適応的信号処理により干渉を抑圧し、ISエコーを観測することが可能となった(赤枠内は一例)

図4:PANSYレーダーの電離圏観測におけるFAIによる干渉の仕組み

図5:PANSYレーダーに併設されたFAI 観測専用アンテナアレイ

また、本手法と同じ原理によってFAIの運動や構造を明らかにするイメージング観測も可能となるため、PANSYレーダーは1台で磁力線に沿って流入する高エネルギー粒子と背景の電子密度を分離しながら観測できる多機能性を備えたことになります。

まとめと今後の展望

PANSYレーダーは2015年に電離圏のISレーダー・モードでの観測に南極域で初めて成功し、2017年には適応的信号処理を用いた電子密度とFAIの同時観測も行いました。今後はさらに、電子やイオンの速度、温度、組成などの観測時にもFAIの抑圧及び分離受信を行えるよう機能開発・実装を行い、完全なISレーダーとしての運用を目指します。これまで南極域では不可能であった電離圏のISレーダー・モード観測がPANSYレーダーにおいて整備されれば、ほかのISレーダーや人工衛星、光学観測装置との同時観測を通じて、『宇宙空間と地球大気との繋がり』や『地球大気の中での、私たちの暮らしている地表付近の大気とその外側に広がる大気との繋がり』の中で南極という特別な地域が果たしている役割を明らかにできると期待されます。

発表論文

掲載誌: Journal of Atmospheric and Oceanic Technology
タイトル: First incoherent scatter measurements and adaptive suppression of field-aligned   irregularities by the PANSY radar at Syowa Station, Antarctic
著者:
橋本 大志(国立極地研究所)
齋藤 昭則(京都大学 大学院理学研究科)
西村 耕司(国立極地研究所)
堤 雅基(国立極地研究所)
佐藤 薫(東京大学 大学院理学研究科)
佐藤 亨(京都大学 国際高等教育院)
URL: https://journals.ametsoc.org/doi/full/10.1175/JTECH-D-18-0175.1
DOI: 10.1175/JTECH-D-18-0175.1
論文出版日: 2019年9月17日

研究サポート

本研究は、JST CREST JPMJCR1663 の支援を受けたものです。

お問い合わせ先

研究内容について
国立極地研究所 宙空圏研究グループ 助教  橋本 大志(はしもと たいし)

報道について
国立極地研究所 広報室

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