リグニン誘導体からアクリル樹脂の開発に成功

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非可食性バイオマスを原料に用いたプラスチック開発に期待

2019-10-17 理化学研究所

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センターバイオプラスチック研究チームの阿部英喜チームリーダー、竹中康将研究員、今田基祐研究生らの共同研究チームは、木材の主要成分であるリグニンの分解生成物として知られているリグニン誘導体[1]を原料にして、これまで石油からしか作ることのできなかったアクリル樹脂[2]を開発することに成功しました。

本研究成果は、化石燃料などの枯渇性資源から脱却し、持続可能な社会の実現に向けた新しいプラスチック生産システムの開発に貢献すると期待できます。

今回、共同研究チームは、有機酸[3]触媒を用いたグループトランスファー重合法(GTP)[4]により、リグニン誘導体として知られる桂皮酸[1]エステルなどβ位に芳香族置換基を持つα,β-不飽和カルボン酸エステル(アクリルモノマー)を重合すると、これまで合成することが困難とされていた炭素-炭素二重結合部位のみで重合が進行した単独重合体が得られることを明らかにしました。これは、既存のアクリル樹脂であるポリメタクリル酸メチル(PMMA)と同じポリマー主鎖骨格を持ち、ポリマー主鎖のエチレン炭素に直接芳香族性置換基が結合した新しいアクリル樹脂です。

本研究は、英国の科学雑誌『Communications Chemistry』のオンライン版(9月16日付け)に掲載されました。

リグニン誘導体を原料に用いたアクリル樹脂の合成の図

図 リグニン誘導体を原料に用いたアクリル樹脂の合成

背景

メタクリル酸メチル(MMA)に代表されるように、α位にメチル基を持つα,β-不飽和カルボン酸エステル(アクリルモノマー)は、石油から作られるアクリル樹脂の原料となります。それに対して、木材の主要成分であるリグニンの分解生成物として知られるリグニン誘導体の多くは、桂皮酸やカフェ酸[1]などのβ位に芳香族置換基を持つα,β-不飽和カルボン酸エステル(アクリルモノマー)です。これらのリグニン誘導体もα位とβ位の置換基が異なるだけで、その構造はMMAと似た構造をしています。しかし、桂皮酸エステルなどは、β位にある芳香族置換基による電子的な影響と立体的な影響によって、一般的なラジカル重合法[5]ではアクリル樹脂の特徴であるポリマーの主鎖構造を生成する炭素-炭素二重結合部位での単独重合が極めて進行しにくいことが知られていました。

一方、グループトランスファー重合法(GTP)は、アクリル樹脂の原料であるMMAなどのアクリルモノマーのリビング重合法[6]として開発されました。1990年代に入るとβ位にメチル基を持つα,β-不飽和カルボン酸エステルであるクロトン酸エステルが金属ルイス酸[7]を触媒に用いたGTPによって、PMMAと同様の主鎖構造を持ったポリマーが生成することが明らかにされました。また、最近、共同研究チームでも有機酸触媒を用いたGTP注1)により、効率的に同様のポリマーが得られることを明らかにしました(図1)。しかし、クロトン酸エステルのβ位のメチル基に比べ、桂皮酸エステルやカフェ酸エステル誘導体などのβ位に芳香族置換基は、電子的影響と立体的影響が非常に大きく、α,β-不飽和カルボン酸エステルの炭素-炭素二重結合部位での単独重合性を極めて低下させてしまうため、目的の単独重合体の合成は達成されていませんでした。

クロトン酸エステルのグループトランスファー重合(GTP)の図

図1 クロトン酸エステルのグループトランスファー重合(GTP)

金属ルイス酸または有機酸を触媒に用いたグループトランスファー重合法(GTP)により、ポリクロトン酸エステルが得られる。合成されるポリマーは、従来のアクリル樹脂であるポリメタクリル酸メチル(PMMA)と比べて、高いガラス転移点(Tg)を持ち、従来のアクリル樹脂やガラスと同等の全光線透過率およびHAZE値(くもり度)を示す。

単独重合性が極めて低いβ位に芳香族置換基を持つα,β-不飽和カルボン酸エステルである非可食性バイオマス由来の桂皮酸エステルやカフェ酸エステルから、これまで石油からしか作ることのできなかったプラスチックであるアクリル樹脂といった機能性プラスチックが生産可能となれば、化石燃料などの枯渇性資源から脱却し、持続可能な社会の実現に向けた新しいプラスチック生産システムの開発が期待できます。

研究手法と成果

共同研究チームは、バイオプラスチック研究チームで開発した有機酸触媒を用いたクロトン酸エステルのGTP注1)を応用し、桂皮酸エステルやカフェ酸エステル誘導体などを含むリグニン誘導体のGTPを検討した結果、炭素-炭素二重結合部位でのみ重合が進行したリグニン誘導体の単独重合体を合成することに成功しました(図2)。この重合体は、ポリスチレンユニットとポリアクリル酸エステルユニットを同時に持つ新しいアクリル樹脂です。

炭素-炭素二重結合部位で重合が進行した桂皮酸エステルの単独重合体の図

図2 炭素-炭素二重結合部位で重合が進行した桂皮酸エステルの単独重合体

有機酸触媒を用いたグループトランスファー重合法(GTP)により、リグニン誘導体の一つである桂皮酸エステルを炭素-炭素二重結合部位で重合が進行した単独重合体(アクリル樹脂)の合成に成功した。このアクリル樹脂は、ポリスチレンユニットとポリアクリル酸エステルユニットを同時に持っている。

炭素-炭素二重結合部位で重合が進行していることを明らかにするために、桂皮酸メチルのオリゴマー(2量体~10量体程度の混合物)を合成し、分取高速液体クロマトグラフィー[8]を用いて4量体~6量体を高純度で単離しました。得られた4量体、5量体および6量体の桂皮酸メチルオリゴマーの単結晶を作製し、X線結晶構造解析[9]を行いました。その結果、炭素-炭素二重結合部位で重合が進行したオリゴマーであることを確認しました。この結果と有機酸触媒を用いたGTPにより得られた桂皮酸メチルの単独重合体の分析結果から、この手法により得られるリグニン誘導体の単独重合体は、炭素-炭素二重結合部位でのみ重合が進行し、既存のアクリル樹脂であるポリメタクリル酸メチル(PMMA)と同じポリマー主鎖骨格を持ち、ポリマー主鎖の炭素上に直接芳香族性置換基を持つ新しいアクリル樹脂であることを明らかにしました。

注1)Yasumasa Takenaka and Hideki Abe, Macromolecules, 2019, 52(11), 4052-4058.

今後の期待

本研究では、重合が難しいといわれていた桂皮酸エステルやカフェ酸エステル誘導体の炭素-炭素二重結合部位での単独重合が進行した新規のアクリル樹脂の開発に成功しました。得られた重合体の主鎖構造に直接結合する芳香環により、従来のアクリル樹脂とは異なる特徴的な物性の発現が期待できます。

本手法を用いることで、バイオ生産が可能な同様の化学構造を持つアクリルモノマーあるいは食糧問題と競合しない非可食性バイオマスから誘導される同様の化学構造を持つアクリルモノマーを原料とした新たな機能性アクリル樹脂の製造が可能になります。本成果は、化石燃料などの枯渇性資源からの脱却、持続可能な社会の実現に向けた環境調和型プラスチック生産システムの開発に大きく貢献すると期待できます。

さらに、今回の研究は、国際連合が2016年に定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs)」のうち「12.つくる責任つかう責任」に大きく貢献する成果です。

補足説明

1.リグニン誘導体、桂皮酸、カフェ酸

木質バイオマスの主成分の一つであるリグニンから誘導される化合物群。本研究では、リグニンの熱分解物として知られている桂皮酸やカフェ酸などのフェノール誘導体を指している。下記にリグニンの熱分解で生成するフェノール誘導体の一部を示す。

桂皮酸、カフェ酸などリグニンの熱分解で生成するフェノール誘導体の一部の図

 

2.アクリル樹脂

ポリアクリル酸エステルあるいはポリメタクリル酸エステルを加工して製造される熱可塑性樹脂で、透明性の高い非晶性ポリマーである。主な用途としては、無機ガラスの代用品として建築や乗り物の窓材、浴槽や洋式トイレ(パナソニックの「アラウーノ」)の素材、自動車のドアミラーやインソール(アクリル樹脂にゴム成分を混ぜたソフトアクリル)などがある。

3.有機酸

精密有機合成反応などに用いられる超強酸に分類されるパーフルオロ構造を持つ酸性化合物。硫酸の100倍以上の酸性度を示すといわれている。

4.グループトランスファー重合法(GTP)

アクリルモノマーの重合において、特定の開始剤部位が成長末端に移動しながらポリマー鎖の伸長反応が起こる重合法。

5.ラジカル重合法

活性の高い中性のラジカル種を成長種とする重合反応であり、工業的にも広く用いられている重合法。

6.リビング重合法

ポリマーの成長末端が常に重合活性であり、連鎖移動や停止反応が起こらず、開始反応と成長反応のみで構成される重合法。

7.金属ルイス酸

ルイス酸はG.N.ルイスによって「電子対を収容しうる空の軌道を持つ原子を含むもの」と定義された酸である。金属イオンの電気陽性が大きいとき、金属イオンは空の軌道に電子対を受け入れて配位化合物となるため、ルイス酸としての性質を示す。

8.分取高速液体クロマトグラフィー

液体の移動相をポンプなどによって加圧してシリカゲルや合成樹脂で出来たゲルを充填したカラムを通過させることにより、複数の化合物が混じった混合物を分離し、純度の高い単一な化合物を取得する方法。

9.X線結晶構造解析

対象とする分子などの単結晶を作製し、その単結晶にX線を照射して得られる回折データを解析することにより、物質内部の原子の立体的な配置を調べる方法。この方法によって、タンパク質などの複雑な分子の立体構造を詳細に知ることができる。

共同研究チーム

理化学研究所 環境資源科学研究センター バイオプラスチック研究チーム

チームリーダー 阿部 英喜(あべ ひでき)

研究員 竹中 康将(たけなか やすまさ)

研究生 今田 基祐(いまだ もとすけ)

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