過酷な熱水力条件での炉心冷却性能を実験的に確認する
2019-05-31 日本原子力研究開発機構
発表のポイント】
- 原子炉の重大事故※1の影響を評価するためには、事故時に生じる複雑な物理現象とその影響について理解する必要があり、炉内の熱や流体の動き(熱水力現象)もその一つである。
- 今回、新たに製作した高圧熱流動実験ループ(HIDRA)を用い、沸騰水型軽水炉(BWR)における事故時の高い熱負荷と厳しい冷却条件、さらにこれに伴う振動的な流動を模擬した炉心熱伝達実験を開始した。
- 今回の実験は、新規制基準で新たに要求された多重故障条件における炉停止失敗事象での炉心冷却性能に関連する。従来実験では十分に検討されていない厳しい熱水力条件をHIDRAにより模擬が可能である。
- 実験結果を用いて、関連する熱水力現象のメカニズムを解明することにより、BWRにおける炉心冷却性能の評価手法を高度化し、今後の安全規制における技術的な判断に役立てられることが期待される。
図1:HIDRAの外観写真と構成
【概要】
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:児玉敏雄。以下「原子力機構」という。)安全研究センター(センター長:中村武彦)は、新規制基準で要求される厳しい熱水力条件における炉心冷却性能の評価に関し、その解析手法や熱水力現象のメカニズム解明を目的として製作した高圧熱流動実験ループ(HIDRA:HIgh pressure thermal-hyDRAulic loop、ハイドラ)を用いて新たな実験を開始しました。
HIDRAは最高圧力12MPaまでの高圧条件を実現でき、試験部を条件ごとに様々に組み替えることで、目的に応じた実験を実施できる汎用の高温高圧の熱水力ループです。本装置は、原子力規制庁からの受託事業※2「原子力施設等防災対策等委託費(軽水炉の事故時熱流動調査)」の一部として設計・製作を進めてきたもので、現在は炉心の冷却性能を評価するための試験部が組み込まれています。
この試験部は、沸騰水型軽水炉(BWR)の炉心を4×4格子配列の燃料バンドルで模擬した電気出力加熱ヒーターを実装し、実機と同じ発熱長及び熱出力性能を有するヒーターを使用することにより、炉心損傷に至る可能性のある高い熱負荷や過渡的な境界条件等、事故時に遭遇する複雑な熱水力条件での実験が可能です。この実験条件は、新規制基準で新たに要求された安全対策と関連します。新規制基準では、事故時にATWS※3と呼ばれる炉心スクラム(緊急停止)に失敗した場合においても、炉心が損傷することなく適切に冷却される性能を有することが要求されており、本実験はこのような過酷な事故シナリオで現れる熱水力的な現象に対応するものです。このような厳しい事故条件での炉心冷却の性能評価は従来研究では十分に検討されておらず、本研究ではHIDRAを含む複数の実験結果に基づいて関連する物理現象のメカニズムの解明を目指しています。
今回の実験は、原子炉が運転時の異常な過渡変化※4の状態から炉心を停止させて事象を収束させるところ、その緊急停止に失敗したときを想定し、そのときに現れる特徴的な振動現象を実験条件として与えたものであり、炉心冷却性能を示す模擬燃料棒表面温度や温度データから評価できる液膜進展挙動等のデータの取得に成功しました。今後、流量や圧力等のパラメータを変えて幅広いデータベースを構築し、複雑な事故条件における熱水力現象のメカニズムの解明、並びに、得られた知見を用いた解析手法の高度化を目指します。
図2:HIDRAの系統図
【研究開発の背景と目的】
平成25年に改正された新規制基準は重大事故対策が強化されたことが最大の特徴であり、従来の規制において要求されていた「運転時の異常な過渡変化」並びに「設計基準事象※5」に対する安全評価に加えて、多重故障条件下での重大事故に至るおそれのある事故時の熱水力挙動や、シビアアクシデント※1の防止並びに影響緩和のためのアクシデントマネジメント※6の有効性についての評価が求められるようになりました。これらの評価では、起こり得る可能性のある、あらゆる事故状況において、合理的に実施し得る範囲で効果的な手段を準備しておく必要があるため、複雑な物理現象を現実的に評価する「最適評価」と呼ばれる手法の適用が主流になります。これは、従来用いられていた安全余裕を大きく見積もった設計を進化させ、精度の高い予測に不確かさを加味して評価することにより、重大事故のような厳しい結果を評価するのに適した手法であると言えます。産業界においても導入が検討され、日本原子力学会でも本件に関する標準の整備が進んでいます。
本研究ではこれらにかかわる事象のうち、軽水炉の炉心冷却性能評価について、熱水力的に厳しい条件での実験を開始しました。最適評価手法に組み込む予測モデルを開発するためには、実現象に沿ってモデル化することが重要であり、本実験は実機での重大事故時に想定される熱水力条件を模擬し、従来実験で十分に検討されていない厳しい冷却条件での実験を計画しています。今回得られた実験結果は、関連する物理現象の解明と予測手法の高度化に役立てられる予定です。
【研究の対象】
BWRでは、通常運転時やそれを逸脱した異常過渡と呼ばれる状態において、図3の左側に示されるように燃料棒は常に液膜で覆われ、燃料棒の表面温度は水温よりわずかに高い程度に抑えられ、過度に温度が上昇しないように設計されています。一方、事故時には、流量の減少や圧力の低下によって燃料棒の表面を覆っていた液膜が消失し、図3の右側に示すようなドライアウトと呼ばれる状態となり、露出した燃料棒の表面温度が急上昇することが知られています。このような熱伝達の劣化を「沸騰遷移※7」と呼び、この温度上昇は、原子炉の緊急停止に失敗した場合には更に顕著となり、炉心損傷を引き起こすことが懸念されます。表面温度が低下するためには、ドライアウトした表面が再び液膜で覆われる、リウェットが生じる必要があります。炉停止失敗時には、高熱出力かつ高圧条件となり、さらに原子炉に備えられたバルブ(主蒸気逃し弁)がくりかえし開閉することで引き起こされる振動的な条件や、熱出力及び冷却材流量の変動も加わり、ドライアウトとリウェットを繰り返す複雑な状態になることが特徴です。従来の研究ではこのような条件での実験例がほとんどなく、本現象を理解するには新たな実験データベースの構築が必要です。
図3:沸騰水型原子炉の炉心の流れの様子
【HIDRAの概要】
高圧熱流動実験ループ(HIDRA)は、試験部を目的に応じて変更することができる汎用の実験ループで、実機軽水炉の事故時に生じる可能性のある振動的な境界条件を与えるために、圧力逃し弁を備えた冷却水流出配管系が設置されています。基本仕様を表1に示し、主な特徴を以下にまとめます。
- 実機軽水炉と同等以上の圧力・温度の熱水力仕様。
- 流量、熱出力、圧力等に対して過渡的な条件を設定可能。
- 実機軽水炉の炉心を模擬した実長の4×4格子配列のバンドル試験部、及びバンドルスペーサの交換が容易な短尺の3×3格子配列のバンドル試験部を装備。
【今回の成果】
4×4バンドル試験部を用いた実験を行い、高熱出力・高圧条件において、熱出力及び冷却水流量の周期的な増減に起因する、模擬燃料棒表面におけるリウェットとドライアウトの繰り返し現象を示す温度データを初めて取得しました。ループ内初期圧力、熱出力及び冷却水流量の変化量・周期等のパラメータが現象に与える影響を調べるとともに、周期ごとのリウェット・ドライアウト速度の変化について調査しました。
【今後の展開、及び波及効果】
今回実施した過渡条件における炉心熱伝達実験をさらに幅広い条件で実施し、また3×3バンドル試験部を用いてバンドルスペーサの形状が炉心熱伝達に与える影響に関するデータを取得することで、これらの実験から、事故時の原子炉での熱水力挙動に関する現象理解を向上させ、実験データベースを構築し、熱水力現象の解明に関する知見を蓄積する予定です。また、これらの実験研究を通して高圧熱流動実験を含む熱水力実験を行うための体制や技術の構築、及び、物理モデルの不確かさの低減の観点から、熱水力現象を支配する二相流の計測技術等の技術基盤の構築・維持も図っていきます。得られた実験データベースを解析コードの妥当性確認及び評価モデルの高度化に用いることによって、今後の安全規制における技術的な判断に役立てられることが期待されます。
【用語解説】
(1) 重大事故(シビアアクシデント)
軽水炉の設計において、あらかじめ想定した設計基準事象を大きく超える事象であり、設備の多重故障や人的過誤等により防護策の機能喪失が多重に重なり、炉心が重大な損傷を受けるような事象を指す。新しい規制基準では重大事故と呼ばれている。
(2) 原子力規制庁からの受託事業
安全研究センターでは、平成24年度より、原子力規制庁から「原子力施設等防災対策等委託費(軽水炉の事故時熱流動調査)」事業を受託し、原子力規制庁によるシステム解析コードの開発支援のための炉心熱伝達等に関する研究を実施している。
(3) ATWS(Anticipated Transient Without Scram)
原子炉停止機能喪失事象。運転時の異常な過渡変化中に緊急停止(原子炉スクラム)が要求されたにもかかわらず、原子炉安全保護系または原子炉停止系の故障のためにスクラムしない事象のことをいう。ATWSでは過渡変化中の原子炉の出力制御が困難になり、事象が原子炉出力の高い状態で推移することが予想される。
(4) 運転時の異常な過渡変化
通常運転時に予想される機械又は器具の故障もしくはその誤作動、運転員の誤操作及びこれらと類似の頻度で発生すると予想される外乱によって発生する異常な状態。この異常状態が継続した場合には原子炉施設の炉心や原子炉圧力容器の著しい損傷が生じる恐れがあるものとして安全設計上想定する必要がある。
(5) 設計基準事故/設計基準事象
発生頻度が運転時の異常な過渡変化よりも低い異常な状態であって、当該の状態が発生した場合には原子炉施設から多量の放射性物質が放出される恐れのあるものとして安全設計上想定する必要があるもの。運転時の異常な過渡変化と設計基準事故を併せて設計基準事象と呼ぶ。
(6) アクシデントマネジメント
設計基準事象を超え、炉心又は使用済み燃料プール内の燃料が大きく損傷する恐れのある事態の発生に備えて、あらかじめ設置した機器や、設計上使用できる保証がなくても実際には使用可能な機器等を活用することによって、シビアアクシデントへの発展を防止するために採られる措置。もしくは、万一シビアアクシデントに至った場合でも被害を最小限にとどめるために採られる措置。
(7) 沸騰遷移
蒸気が伝熱面から気泡状に生成し離脱を繰り返す核沸騰と呼ばれる状態から、伝熱面が蒸気膜で覆われる膜沸騰への沸騰形態の遷移のことをいう。BWRの場合、燃料被覆管を覆う水の膜(液膜)が消失し被覆管表面が乾いた状態になる現象を指して用いられる。