年輪を用いた南アルプスにおける 1774 年以降の夏期気温の復元

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2019-05-20 総合地球環境学研究所

安江 恒*  久保典子**  赤尾実紀子**+佐野雅規***  中塚 武****
Dendroclimatic Reconstruction of Summer Temperature at the Akaishi Mountains since A.D. 1774
Koh YASUE*, Noriko KUBO**, Mikiko AKAO**+, Masaki SANO*** and Takeshi NAKATSUKA****
[Received 7 March, 2018; Accepted 24 August, 2018]

Abstract
Ring width, maximum density, and δ 18O chronologies of Tsuga diversifolia and Picea jezoensis var. hondoensis growing in a sub-alpine forest at Mt. Senjo in the Akaishi Mountains were developed. Ring width and maximum density were measured with X-ray densitometry. Treering δ 18O was measured using a mass spectrometer after cellulose extraction. The chronologies developed have significant positive correlations with monthly temperatures in July, August, and September, with the exception of the ring width of T. diversifolia. The transfer functions for July-September temperature were developed using the four chronologies and were verified statistically. The transfer functions reveal a high coefficient of determination, whereas statistical verifications were not successful with rather low RE, CE, and sign test. The estimated temperatures since 1774 partially agreed with reported climate changes based on historical records. The results indicate that estimated temperature is weak for reconstructing increasing trends and low-frequency variations of temperature, although it is potentially useful for higher frequency temperature changes in local areas.

Key words: dendrochronology, climate reconstruction, ring width, maximum density, oxygen isotope ratio
キーワード:年輪年代学,気候復元,年輪幅,年輪内最大密度,酸素同位体比


* 信州大学山岳科学研究所
** 信州大学農学部
*** 早稲田大学人間科学学術院
**** 総合地球環境学研究所
+ 現所属:京都府農林水産部
* Institute of Mountain Science, Shinshu University, Kamiina, 399-4598, Japan
** Faculty of Agriculture, Shinshu University, Kamiina, 399-4598, Japan
*** Faculty of Human Science, Waseda University, Tokorozawa, 359-1192, Japan **** Research Institute for Humanity and Nature, Kyoto, 603-8047, Japan    + Present address: Department of Agriculture, Forestry, Commerce and Industry, Kyoto Prefecture, Kyoto, 602-8570, Japan


I.は じ め に
樹木の肥大成長には気候をはじめとする環境因子が影響することが知られており,年輪に含まれるこれらの記録を読みとることで樹木の生育環境の長期にわたる変動を把握することが可能である(Fritts, 1976)。年輪気候学的研究では,樹木年輪を用いることにより,時間的分解能が高い 1 年単位の気候変動を数百~数千年にわたり復元することが可能である。また,樹木は世界に広く生育しているため,広範囲にわたる地域を対象として気候の復元を行うことが可能である。気候システムを理解し,気候モデルの長期予測精度を向上させるためには高い時間分解能,高い空間分解能での気候復元が不可欠である(PAGES 2k Consortium, 2013)。
わが国における年輪を用いた気候復元に関しては,ヒノキやスギの年輪幅を用いて冬から春にかけての気温復元が可能であることが報告されている(Yonenobu and Eckstein, 2006; Ohyama et al., 2013)。また,年輪における酸素同位体比が相対湿度や降水量との相関が高いことから,降水や水循環の指標として期待されている(Kurita et al., 2016; Sakashita et al., 2017)。一方で,農業の生産性に大きく関与する夏期の気温の復元についてはまだ知見が少ない(Davi et al., 2002)。
これまで温帯から亜寒帯にかけて,針葉樹の年輪内最大密度が夏期の気温を反映する指標として用いられている(Parker and Henoch, 1971; Schweingruber et al., 1978; Yasue et al., 1998)。そこで,本研究では南アルプス仙丈ヶ岳に生育するコメツガおよびトウヒを対象として,年輪幅に加えて年輪内最大密度および酸素同位体比を指標として夏期の気候復元を目指した。南アルプスの高標高域では,伐採等の人為の影響の少ない高樹齢木を得られるため,森林攪乱に伴う変動の少ない長期にわたる時系列を得られると考えられる。

II.方   法

樹木年輪を用いて古気候の復元を行うためには,年輪幅や年輪内最大密度のクロノロジーを作成する必要がある。クロノロジーは生育地を代表する年輪幅または年輪内最大密度の時系列であり,形成された年輪の正確な年代を照合する作業であるクロスデイティングを経て,複数の個体の年輪幅指数または年輪内最大密度指数の平均として求められる。

年輪を用いた南アルプスにおける 1774 年以降の夏期気温の復元

図 1 試料採取地(仙丈ヶ岳 2150 m)と飯田特別地域 気象観測所(516 m).国土地理院ウェブサイト 1) より加工して利用.
Fig. 1 Study site located at Mt. Senjo (2150 m a.s.l) and Iida meteorological station (516 m a.s.l.) The original map is from the web site of Geospatial Information Authority of Japan1) .

南アルプスの仙丈ヶ岳北西向き斜面,北緯 35° 44.4¢,東経 138°12.7¢,標高約 2150 m に位置する亜高山帯林を試料採取地とした(図 1 )。林分には伐根がなく,人為的攪乱の影響が含まれていないことが期待できる。地上高約 1 m において内径 5 mm または 12 mm の成長錐を用い,1 個体につき 2 方向以上よりコア試料を採取した。毎日蒸留水を交換しながら熱水抽出を 3 日間行い,引き続きソックスレー管にてトルエン・エタノール(2:1)溶液による還流を 3 日間行い,可溶成分をとり除いた。コアを添え木に接着後,樹軸方向に 1.6 mm 厚に切削し,恒温恒湿室(気温 20 ± 2°C,相対湿度 60 ± 5%,木材含水率 12%相当)にて約 1 週間調湿を行った後,X 線フィルム(Fuji X-RAY Film FR/Industrial)の上に標準吸収体とともに並べ,軟 X 線撮影装置(大日本ソフテックス社製)を用い,管電圧 20 kVp,管電流 14 mA,露光時間 3 分 30 秒間の条件にて撮影を行った。現像したフィルムについてスキャナー(EPSON-GTX970)を用いて分解能 2400 dpi のデジタル画像としてとり込んだ。WinDENDRO プログラム(Regent 社)を用い,年輪幅および年輪内最大密度の測定を行った(図 2 )。また,軟 X 線写真が不鮮明な試料については,年輪幅測定装置(VELMEX Tree-Ring system)を用いて,0.01 mm の精度にて年輪幅測定のみ行った。

図 2 年輪の木口面顕微鏡写真と対応する年輪内密度 変動.
Fig. 2 Transverse section of tree rings and related density fluctuations measured with X-ray densitometry.

年輪幅の広狭の出現パターンに基づき形成された年輪の正確な年代を照合する作業であるクロスデイティングを行った(Stokes and Smiley, 1996)。実体顕微鏡を用いた目視による照合と COFECHA プログラム(Holmes, 1983, 1994)による統計的な照合の 2 つの方法を併用した。修正された年輪幅時系列を再び照合し,偽年輪,欠損輪,人為的ミスによる疑わしい箇所がなくなるまで繰り返し行った。年輪幅時系列にはフィルター長 120 年のスプライン関数(Cook and Peters, 1981)を近似曲線として,年輪内最大密度には回帰直線をあてはめ,実測値との比を算出する標準化(Fritts, 1976)を行った。外れ値に影響を受けにくい Tukey’s biweight robust mean 法(Mosteller and Tukey, 1977)により平均値を求め,生育地を代表する時系列変動であるクロノロジーとした。この際,個体あたりに複数の測線がある場合は個体ごとの平均値を求めたうえで算出した。試料の破損や明瞭な x 線像が得られず単一測線のみが得られた場合にはその測線での値を個体の代表値とした。算出には ARSTAN プログラム(Cook, 1985)を用いた。
年輪酸素同位体比の測定にあたり,直径 12 mm のコアについて年輪幅の測定とクロスデイティングを行った後,樹軸方向の厚さが 1.0 mm の薄板を切り出した。テフロンパンチシートで挟み込み,亜塩素酸溶液による脱リグニン処理,水酸化ナトリウム溶液による脱ヘミセルロース処理を行い,セルロースを抽出した(Kagawa et al., 2015)。実体顕微鏡下で年輪境界を切り分け,年輪ごとに 120 ~ 250 μg ずつ秤量し,純銀箔(7 ´ 7 mm)に梱包し,熱分解元素分析計⊖同位体質量分析計(サーモフィッシャーサイエンティフィック社,TECA-Delta V Advantage)を用いて酸素同位体比を測定した。実測値について Tukey’s biweight robust mean 法による平均値を算出し,クロノロジーとした。
クロノロジーの信頼性を評価する指標である expressed population signal(Wigley et al., 1984,以下,EPS)を 25 年間を対象として 1 年ずつずらしながら算出し,0.85 以上を信頼できる区間として(Wigley et al., 1984)気候復元に用いた。
作成したクロノロジーが反映する気候要素を明らかにするため,飯田特別地域気象観測所(北緯 35°31.4¢,東経 137°49.3¢,標高 516.4 m)における日平均気温の月平均値,降水量の月合計値,日照時間の月合計値2)とクロノロジーの間について,1898⊖2001 年を統計期間として単相関分析を行った。複数のクロノロジーとの相関が認められた気候要素を対象として,重回帰式である transfer function(Fritts, 1976,以下,気候復元モデル式)を作成した。気候復元モデル式では目的とする飯田における気候要素を被説明変数,複数のクロノロジーを説明変数とする。一般に年輪幅や密度時系列には前年以前の気候の影響も反映されているため,復元対象 t 年の翌年(t + 1 年)のクロノロジーも説明変数として用いた。多重共線性の問題を排除し,重回帰式における説明変数の数を減らすためすべてのクロノロジーについて主成分分析を行い,PVP 基準(Guiot, 1990)を満たす主成分の主成分得点を重回帰式の説明変数とした。PVP 基準とは,第 1 主成分~第 m 主成分の固有値の積を,第 1 主成分×第 2 主成分,第 1 主成分×第 2 主成分×第 3 主成分,…と順に算出していき,その値が 1 より大きく,かつもっとも 1 に近くなった時点での第 p 主成分までを選択する方法である。気候データが存在する期間を 1898⊖1949,1950⊖2001 の期間に 2 分し,復元モデル式が時間経過にかかわらず成り立つことを示す検証(Fritts et al., 1990)を行った。指標として年輪気候学において一般に使われている,相関係数,サインテスト,reduction of error(RE, Fritts et al., 1990),coefficient of efficiency(CE, Cook et al., 1999)を用いて評価した。

III.結果と考察
作成したクロノロジーのうち,1543 年まで遡る 470 年間のコメツガ年輪幅クロノロジーが最長,1686 年まで遡る 316 年間のトウヒの年輪幅,年輪内最大密度クロノロジーが最短であった(表 1 ,図 3 )。酸素同位体比について,トウヒとコメツガでは変動の樹種間差が非常に小さく,両樹種のクロノロジー間の相関も 0.94 と非常に高かったため(図 4 ),計 6 個体を平均して 1 つのクロノロジーとした。すべてのクロノロジーが 0.85 以上の EPS となった期間として,1774‐2001 年(228 年間)を気候復元の対象とした。
クロノロジーと気候要素との単相関分析の結果,7‐9 月のいずれかの月の気温とコメツガ年輪幅を除くクロノロジーが有意な正の相関を示した(表 2 )。そこで,7‐9 月の平均気温を対象として,気候復元モデル式を作成した。この際,実測の気温(以下,実測値)に加え,長期にわたる気温の上昇傾向を除く変動を復元するため,1898‐ 2001 年の期間についての回帰直線との差分(以下,回帰直線との差分)についても対象とした。 7‐9 月の平均気温を従属変数,PVP 基準により選択された第 1 ‐第 5 主成分の主成分得点を独立変数として得られた重回帰式は,t 年における 7‐9 月の平均気温を Tt,第 n 主成分の主成分得点を PCnt とおくと,実測値については, Tt = 0.067PC1t + 0.333PC2t + 0.032PC3t + 0.074PC4t + 0.145PC5t – 0.103 (1)

表 1  仙丈ヶ岳における年輪幅,年輪内最大密度,酸素同位体比のクロノロジーの基本統計. Table 1 Basic statistics of chronologies of ring width, maximum density, and δ 18O at Mt. Senjo

a)1898⊖2001 年を含む時系列を対象として算出した.
a) Calculated for common period from 1898 to 2001.

 

図 3 仙丈ヶ岳における年輪幅,年輪内最大密度,酸素同位体比のクロノロジー.5 つのクロノロジーについて,それぞれ上図はクロノロジーに含まれるコア数(塗りつぶし)と EPS(黒実線)を,下図はクロノロジー(色実線)を表す.EPS は 25 年間の区間を対象に 1 年ずつずらしながら算出し,区間の初年に表示した.
Fig. 3 Chronologies of ring width, maximum density, and δ 18O at Mt. Senjo. For each chronology, the upper graph shows the number of cores (shaded area) and EPS (black line). The lower graph shows chronology (colored line). EPS were calculated for 25-year intervals with a one-year lag. Values shown are at the first years of intervalFig. 4 Individual series of δ 18O for each of three trees, T. diversifolia(blue lines), and P. jezoensis var. hondoensis(green lines) at Mt. Senjo.


図 4  仙丈ヶ岳におけるコメツガ(青線),トウヒ(緑線)各 3 個体の酸素同位体比の時系列変動. Fig. 4 Individual series of δ 18O for each of three trees, T. diversifolia(blue lines), and P. jezoensis var. hondoensis(green lines) at Mt. Senjo.

回帰直線との差分については,

Tt = 0.090PC1,+ 0.341PC2,+ 0.064PC3,+ 0.114PC4,+ 0.117PC5,- 0.023 (2)

で表された。式 2 および 3 における主成分得点をもとの年輪幅指数,年輪内最大密度指数,酸素同位体比の正規化された値の系列に変換した 7⊖9 月の平均気温の復元モデル式は,実測値については

Tt = 0.089PJRWt + 0.293TDMXt + 0.228PJMXt + 0.11418Ot – 0.040PJRWt+1 – 0.126TDMXt+1 – 0.144PJMXt+1 – 0.06618Ot+1 – 0.1032           (3)

回帰直線との差分については,

Tt = 0.083PJRWt + 0.330TDMXt + 0.247PJMXt + 0.14218Ot – 0.044PJRWt+1 – 0.087TDMXt+1 – 0.125PJMXt+1 – 0.06518Ot+1 – 0.0233            (4)

である。ここで,t 年のトウヒ(PJ)における年輪幅指数(RW),年輪内最大密度指数(MXD)およびコメツガ(TD)における年輪内最大密度指数(MXD),両樹種における酸素同位体比(18O)はそれぞれ PJRWt,PJMXt,TDMXt,18Ot と表す。式 3 および 4 において,コメツガにおける t 年の年輪内最大密度指数の係数がもっとも大きく,次いでトウヒの t 年の年輪内最大密度指数の係数の絶対値が大きかった。
実測値についての復元では,気候復元モデル式における自由度調整済み決定係数(R2 adj)が 0.33 と高い値であるともに,実測値と推定値の間で気温の高い年や低い年の出現の一致が認められた(表 3 ,図 5 )。一方,過去 104 年間にわたる気温の上昇傾向は反映できていなかった。RE や CE も前後半を通じて低い値であった。回帰直線との差分についての復元では,R2 adj が 0.44 とさらに高い値となった。RE,CE,サインテストの結果において,前半をキャリブレーション期間とした場合にはすべてが有意であり,良好に復元ができていることが示されたが,後半をキャリブレーション期間とした場合にはいずれも有意ではなかった。

表 3  気候復元モデル式の検証.
Table 3 Verification statistics of transfer functions


気候データが存在する期間を 1898⊖1949(前半),1950⊖2001(後半)の期間に二分し,一方をキャリブレーション期間,他方を検証期間とする.キャリブレーション期間を対象として作成した気候復元モデル式に独立変数を代入することにより,検証期間の気候要素の推定値を算出する.検証期間における実測値と推定値の一致性を相関係数,サインテスト,RE,CE を用いて評価した.この過程を,キャリブレーション期間と検証期間を入れ替えて再度行った.R2 adj:自由度調整済み決定係数, **,*:p < 0.01 および 0.05 で有意.正の RE,CE は推定値と実測値の一致性が偶然による変動より大きいことを示す.
The entire period of meteorological data was divided into early half (1898⊖1949) and late half (1950⊖2001). One of these periods is the calibration period and the other is the verification period. Temperatures for the verification period were estimated with a calibration equation developed for the calibration period. Similarities between independent estimates and observations were tested using Pearson’s correlation coefficient, sign test, reduction of error (RE), and coefficient of efficiency (CE). The process was performed again upon exchanging early and late half. R2 adj : adjusted R-square, **, *: significant at p < 0.01 and 0.05, respectively. Positive RE and CE values indicate that the estimates by chance resemble observations more than expected.


図 5 復元した南アルプスにおける 1774 年以降の 7⊖9 月の平均気温.上図は飯田気象観測所における実測値に,下図は同観測所における実測値の回帰直線との差分に基づいて推定した.赤線:気温実測値,黒線:年輪より復元した推定値,青線:北東アジアの夏期平均気温の復元値(Cook et al., 2013). Fig. 5 Reconstructed July⊖September temperatures in the Akaishi Mountains since A.D. 1774. Upper figure shows a reconstruction based on measured temperatures at the Iida meteorological station. Lower figure shows a reconstruction based on temperature anomalies from regression lines. Red lines: observed, black lines: reconstructed, blue line: mean summer temperature of north eastern Asia (Cook et al., 2013).

いずれの復元モデル式においても,決定係数は国内の既往研究(0.19‐0.24,Yonenobu and Eckstein, 2006; Ohyama et al., 2013)に比べて高く,比較的良好に気温の復元ができているといえる。一方,検証結果においては,いずれのモデルにおいても前後半を通じて有意な RE,CE,サインテストの結果を得られることはなかった。とくに,実測値を対象とした場合には前後半を通じて低い RE,CE となったことと,推定値に過去約 100 年間の上昇傾向が認められないことは,年輪幅や年輪内最大密度,酸素同位体比のクロノロジーに長期的な気温の上昇傾向が反映されていないことを示唆している。回帰直線との差分についての復元では,RE,CE が上昇したことから,短周期の変動成分は復元できていること,ただし,1900 年代はじめのような低温傾向が 10 年間程度にわたり続く場合には,推定値が低下量を十分に反映できていないことが示唆される。過去約 100 年間の上昇傾向が推定値に反映されない原因として,第一に標準化曲線の問題があげられる。本研究では年輪幅の標準化にフィルター長 120 年のスプライン関数を用いているため,長周期変動がもともと除かれている。加えて年輪内最大密度時系列においては不鮮明部を除くために時系列を分断してそれぞれに直線をあてはめているため,長周期変動が反映されなくなっている可能性がある。第二に年輪試料を採取した高標高域では長期的な気温の上昇程度が少ない可能性があげられる。わが国の山岳地帯の高標高域(868 ~ 3776 m)に位置する気象観測所では 1958 年以降の 44 年間について 6‐9 月の温暖期の気温上昇がわずかであることが指摘されており(但野ほか, 2006),標高 2150 m に位置する本試料採取地では,標高 516 m に位置する観測点ほどの気温上昇が生じていなかった可能性がある。一方,世界的には高標高ほど昇温率が高いとの報告も多数あり(例えば, Mountain Research Initiative EDW Working Group, 2015),今後の気候学的研究の進展に伴う結果との比較が必要である。
比較的短期間の変動成分については良好に復元ができていることが明らかなことから,復元した気温と過去の歴史事象や文書記録による気候復元結果との関係を比較した(図 5 )。1783 年の気温の急な低下および 1786‐1789 年と続く低温は,東北地方を主とする全国的な低温や多雨に伴うとされる天明の飢饉(1782‐1787,山川, 1993)と対応している。文書記録による近畿地方の梅雨期間の復元(水越, 1993)では 1780 年代(天明期)の出梅日が遅い傾向にあることが報告されており,本研究における夏の低温とあわせて本州中部でも低温多雨が生じていたことが示唆される。
天保の飢饉(1833‐1839)時には,数年にわたって続くような気温低下は認められないが高温と低温が 1,2 年おきに繰り返された。水越(1991)は古日記より作成した天気日表に基づき近畿・東海地方の 6‐8 月の降水日数を復元し, 1830 年代には著しい乾燥年と湿潤年とが入り交じっていることを報告しており,本結果と整合的である。東北地方における古日記に基づく夏期の気温復元において 1836 年は気温偏差が -2.8°C と異常低温であったことが報告されているが(近藤, 1985),本報告では気温偏差は低いものの(-0.8°C)とくに顕著な低温ではなかった。このことは,地域によって低温の程度が異なることを示している。
1865 年および 1867 年には本研究の対象期間中に一,二番目となる高温を,その間の 1866 年には一番の低温が示されており,慶応から明治にかけての数年間は年ごとの夏期気温変動が非常に大きかったことを示唆している。古日記における降雨日数に基づく東京での 7 月の気温の復元においても 1866 年には顕著な低温が報告されており(Mikami, 1996),加えて文書記録や機器観測記録を整理した財城・三上(2013)は 1850‐1860 年代が年々の気温変動が非常に大きい時期であったことを指摘しており,本結果と整合的である。また,1866‐1868 年を中心に激化した世直し一揆との関連がある可能性がある。田上・深石(1993)は広域的な古日記の天気記録の降水日出現率より,全国的に夏期に顕著に低温だった時期を 1780 年代,1830⊖1840 年代,1860 年代,高温期として 1790⊖1820 年代と推定している。本研究では 1780 年代に連続的に顕著な低温が認められたが,その他の低温と推定される時期には年ごとの気温の偏差が非常に大きかった。一方高温期とされる 1790‐1820 年代には年ごとの偏差が比較的小さいことは興味深い。多地点における年輪クロノロジーをもとに推定された北東アジア地域の夏期気温(Cook et al., 2013)と比較すると,1780 年代の低温や 1810 年代の連続的な低下傾向などに一致が認められるものの,本研究によって認められた 1830 年代や 1860 年代の大きな気温の変動は認められなかった。
統計的な検証は成立しなかったものの,いずれのモデルにおいても実測値と推定値の決定係数が高いこと,過去に起きた飢饉等の記録と一致することから,本研究による過去の夏の気温の推定値は歴史事象の検証や気候変動メカニズムの解明に役立つ資料となると考えられる。一方,過去 100 年間にわたる温暖化傾向や比較的長周期の変動が再現できていない点は,利用にあたり注意が必要である。本研究にて構築したクロノロジーのうち,コメツガの年輪幅については国際年輪データバンク3)に掲載済みである。そのほかのクロノロジーについても同データベースにて公開予定である。

謝 辞
試料採取にあたり,中部森林管理局南信森林管理署に許可および助言をいただいた。本研究の一部は,科研費 13760128,16780123,17H02020,総合地球環境学研究所プロジェクト「高分解能古気候学と歴史・考古学の連携による気候変動に強い社会システムの探索」の助成を得て実施した。

1)国土地理院ウェブサイト:https://maps.gsi.go.jp/ [Cited 2018/3/7]。
2)気象庁過去の気象データ検索:http://www.data. jma.go.jp/obd/stats/etrn/index.php [Cited 2018/3/7]。
3)国際年輪データバンク:https://www.ncdc.noaa.gov/ paleo-search/study/1521 [Cited 2018/3/7]。

文  献
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1304森林環境1902環境測定
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