量子コンピューターや量子ネットワークへの応用に期待
2019-03-11 早稲田大学,科学技術振興機構
ポイント
- 共振器量子電気力学系は、光子を用いた量子情報技術の実現に有力だが、共振器と光ファイバーの結合効率が悪く、複数の系の高効率な結合の実現が待たれていた。
- 本研究グループは、複数の系を低損失・高効率に結合可能なナノ光ファイバー共振器の開発に成功。2つの共振器量子電気力学系を光ファイバーで結合した、結合共振器量子電気力学系を実現。
- 光量子コンピューターや分散型量子コンピューター、量子ネットワークへの応用が期待される。
早稲田大学 理工学術院の青木 隆朗 教授、科学技術振興機構(JST)の加藤 真也 さきがけ研究者、オークランド大学(ニュージーランド)のスコット・パーキンス 准教授の研究グループは、2つの共振器量子電気力学系を光ファイバーで高効率に結合した、結合共振器量子電気力学系を実現しました。光ファイバー量子ネットワークや分散型量子コンピューター注1)の実現に寄与することが期待されます。
本研究グループは、ナノ光ファイバー注2)とファイバーブラッグ格子注3)を組み合わせたナノ光ファイバー共振器を開発しました。ナノ光ファイバー共振器は光ファイバーそのものに作り込まれた全ファイバー共振器であり、光ファイバーを用いて複数の共振器を低損失に接続できます。これにより、2つのナノ光ファイバー共振器量子電気力学系を光ファイバーで低損失・高効率に結合することが可能になりました。また、この系において、数メートル離れた原子と、2つの共振器に同時に存在する光子の間の相互作用を初めて観測しました。
なお、本研究成果は、2019年3月11日午前10時(現地時間)に「Nature Communications」に掲載されます。
本研究成果は以下の支援を受けて行われました。
研究費名:JST CREST
研究課題名:スケーラブルな光学的量子計算に向けた超低損失ナノファイバー共振器QED系の開発
研究代表者名:青木 隆朗(早稲田大学)
研究費名:科研費 新学術領域研究
研究課題名:共振器量子電気力学系の非局所コヒーレント結合の研究
研究代表者名:青木 隆朗(早稲田大学)
研究費名:JST さきがけ
研究課題名:量子光学技術を駆使した生物系を含んだ散逸と量子の研究
研究代表者名:加藤 真也(JST)
<研究の背景>
光共振器に閉じ込められた光子と原子が量子力学的に相互作用する系を共振器量子電気力学系といいます。共振器量子電気力学系では、光子と原子の間でエネルギーを交換する過程が、エネルギーを損失する過程に対して支配的となり、通常の系ではさまざまな損失過程に阻まれて困難な、純度の高い量子状態の生成や特異な現象の観測が可能になります。これらの特長から、共振器量子電気力学系は光子や原子の量子性を探求する上で理想的な実験対象です。さらに、共振器量子電気力学系は光子を用いた量子情報技術の実現に有力な系であると期待されています。2012年には、共振器量子電気力学の実験技術の開拓に貢献したセルジュ・アロシュ 氏がノーベル物理学賞を受賞しました。近年では、光共振器の代わりに超伝導電気回路を、自然の原子の代わりに人工原子を用いた「回路量子電気力学系」が考案され、GoogleやIntelを始めとする世界中の多くのグループが回路量子電気力学系に基づいた量子コンピューターの実現を目指して研究を進めています。
アロシュ氏の共振器量子電気力学系や、それに続く回路量子電気力学系は、いずれも周波数が数GHz~数十GHz程度のマイクロ波光子を用いるものです。マイクロ波光子のエネルギーは室温の熱エネルギーより小さく、マイクロ波光子は室温では量子性を保つことができません。そのため、これらの実験では、系全体を数mK程度の極低温に冷却する必要があります。一方、光領域の光子を用いた共振器量子電気力学系の研究も進められています。光領域の光子は周波数が数百THzであり、室温の熱エネルギーよりずっと大きなエネルギーを持つため、室温においても全く量子性を失いません。さらに、光ファイバーによって量子性を保ったまま長距離伝送できます。
このような光領域の共振器量子電気力学系の特長を生かして、量子コンピューターや量子ネットワークといった量子情報技術を実現するには、多数の共振器量子電気力学系を低損失・高効率に結合することが必要です。しかし、従来の光領域の共振器量子電気力学系は、共振器と光ファイバーの結合効率が悪く、複数の系の高効率な結合は実現されていませんでした。
<研究内容>
本研究グループは、後述するナノ光ファイバー共振器と、その表面近傍にトラップされた原子を用いた共振器量子電気力学系(図1)を光ファイバーで高効率に結合することで、結合共振器量子電気力学系を実現しました(図2)。また、この系において、数メートル離れた原子と、2つの共振器に同時に存在する光子の間の相互作用を初めて観測しました(図3)。
本研究グループは、ナノ光ファイバーとファイバーブラッグ格子を組み合わせたナノ光ファイバー共振器を開発しました。ナノ光ファイバー共振器は光ファイバーそのものに作り込まれた全ファイバー共振器であり、光ファイバーを用いて複数の共振器を低損失に接続できます。これにより、二つのナノ光ファイバー共振器量子電気力学系を光ファイバーで低損失・高効率に結合することが可能になりました。
<研究の波及効果や社会的影響>
本研究の成果は、光子を用いた量子コンピューター(光量子コンピューター)の実現に向けて極めて重要です。光子は他の量子系と比較して格段に高いコヒーレンスを持ち、室温においても全く量子性を失わず、光ファイバーによって長距離伝送し、任意の1量子ビット操作を容易に実現でき、時間多重化が可能であるという優れた特長を持ちます。一方で、単一光子源や2量子ビットゲートといった光量子コンピューターに必須の要素を高効率に動作させるには共振器量子電気力学系が必要です。しかし、従来の共振器量子電気力学系は、共振器と光ファイバーの結合効率が悪く、また、極度に複雑で精密な調整や制御が必要なため、損失を低く抑えつつ多数の共振器量子電気力学系を連結してそれらを同時に使用することが難しく、光量子コンピューターの実装には積極的に利用されていませんでした。このような理由から、光量子コンピューターの実現に向けた最近の世界的な研究では、共振器量子電気力学系を用いない全光学的手法が主流となっています。しかし全光学的手法は各要素の動作成功確率が低く、効率が悪いという問題があります。これに対して本研究は、複数の共振器量子電気力学系の低損失・高効率な結合に初めて成功したもので、共振器量子電気力学系に基づいた高効率な光量子コンピューター実現への道を拓く大きな成果です。
また、現在、さまざまな物理系に基づいた量子コンピューターが研究されていますが、いずれも従来の(古典)コンピューターを凌駕する性能を達成する規模への拡大が大きな課題となっています。これに対し、1つの量子コンピューターを大規模化するのではなく、多数の小規模な量子コンピューターを光ファイバーでつないでネットワーク化することで大規模な量子コンピューターを実現する「分散型量子コンピューター」の方法が提案されています。本研究の成果は分散型量子コンピューター実現のための極めて重要な要素技術です。さらにこの技術は、量子情報を多地点間で送受信し処理する情報通信ネットワークである「量子ネットワーク」への応用が期待されます。
<今後の課題>
ナノ光ファイバー共振器量子電気力学系の技術を基に、光量子コンピューターや光ファイバー量子ネットワークの実現に向けた量子技術の研究を進めていきます。
<参考図>
図1 ナノ光ファイバー共振器と原子を用いた共振器量子電気力学系の模式図
図2 結合共振器量子電気力学系の実験装置
図3 数メートル離れた原子と、2つの共振器に同時に存在する光子の間の相互作用を示す実験結果
<用語解説>
- 注1)量子コンピューター
- 量子力学に基づいた次世代のコンピューター。
- 注2)ナノ光ファイバー
- 光の波長よりも小さな、数百ナノメートルの直径を持つ光ファイバー。
- 注3)ファイバーブラッグ格子
- 光ファイバー中に形成された周期的な屈折率変化構造。特定の波長のみを反射する鏡の役割をする。
<論文情報>
タイトル:“Observation of dressed states of distant atoms with delocalized photons in coupled-cavities quantum electrodynamics”
著者名:加藤 真也、Nikolett Német、千賀 功平、水上 翔太、黄 心和、Scott Parkins、青木 隆朗
DOI:10.1038/s41467-019-08975-8
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
青木 隆朗(アオキ タカオ)
早稲田大学 理工学術院 教授
<JST事業に関すること>
中村 幹(ナカムラ ツヨシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
<報道担当>
早稲田大学 広報室 広報課
科学技術振興機構 広報課