新しい機能性ポリマーの開発に成功~さまざまな環境で自己修復できる実用材料の開発に期待~

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2019-02-07 理化学研究所

ポイント

新しい機能性ポリマーの開発に成功~さまざまな環境で自己修復できる実用材料の開発に期待~

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター先進機能触媒研究グループの侯召民グループディレクター(開拓研究本部侯有機金属化学研究室主任研究員)、ハオビン・ワン特別研究員、ヤン・ヤン特別研究員、西浦正芳専任研究員(開拓研究本部侯有機金属化学研究室専任研究員)らの共同研究チーム※は、希土類金属[1]触媒を用いることにより、極性オレフィン[2]とエチレンとの「精密共重合[3]」を達成し、乾燥空気中のみならず、水や酸、アルカリ性水溶液中でも自己修復性能や形状記憶性能を示す新しい「機能性ポリマー」の創製に成功しました。

本研究成果は、さまざまな環境で自己修復可能で、かつ実用性の高い新しい機能性材料の開発に大きく貢献すると期待できます。

今回、共同研究チームは、独自に開発した希土類触媒を用いることにより、エチレンとアニシルプロピレン類[4]との精密共重合に初めて成功し、得られた新しいポリマーが高い伸び率(2200%)を示すエラストマー物性[5]だけでなく、極めて優れた自己修復性能を持つことを明らかにしました。外部から一切の刺激やエネルギーを加えなくても、大気中だけではなく、水、酸やアルカリ性水溶液中でも自己修復性能を示します。さらに、この新しいポリマーは、温度制御によって形状記憶材料として機能し、形状固定率および形状回復率は99%と優れた特性を示し、繰り返し変形させた際にも、機能低下は見られませんでした。

本研究成果は、米国の国際科学雑誌『Journal of the American Chemical Society』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(2月7日付け)に掲載されました。

※共同研究チーム

理化学研究所 環境資源科学研究センター 先進機能触媒研究グループ
グループディレクター 侯 召民(コウ・ショウミン)
(開拓研究本部侯有機金属化学研究室 主任研究員)
特別研究員 ハオビン・ワン(Haobing Wang)
特別研究員 ヤン・ヤン(Yang Yang)
専任研究員 西浦 正芳(にしうら まさよし)
(開拓研究本部侯有機金属化学研究室 専任研究員)

九州大学 先導物質化学研究所
教授 高原 淳(たかはら あつし)
助教(研究当時)檜垣 勇次(ひがき ゆうじ)

※研究支援

本研究は、ImPACT「超薄膜化・強靭化「しなやかなタフポリマー」の実現(PM:伊藤耕三)」の研究課題「高性能希土類触媒によるタフポリマーの開発(研究開発責任者:侯召民)」による支援を受けて行われました。

背景

損傷から自己修復できる材料の開発は、学術的にも実用的にも極めて重要です。従来の自己修復性材料には、水素結合[6]やイオン相互作用などを活用し、精巧に設計されたものが知られています。しかし、それらの相互作用は水や酸などで壊れやすいため、従来の材料は変化に富む実際の自然環境ではほとんど機能しないことが課題となっています。また、現状ではこれらの材料は、その精巧な分子設計のために多くの場合は合成に多段階を必要とし、実用化に向けた大量合成が困難です。

一方で、ポリエチレンに代表されるポリオレフィン[2]は、さまざまな包装材や農業用フィルムなどとして幅広く利用されており、現代社会に欠かせない重要な汎用性高分子材料です。さらなるポリオレフィンの高付加価値化や用途拡大をはかるために、水素原子や炭素原子以外のヘテロ原子[7]を含むオレフィン[2](極性モノマー)とエチレン(非極性モノマー)を共重合[3]させて、ヘテロ原子などの極性基をポリオレフィンへ導入する触媒の研究が世界中で行われてきました。しかし、通常、ヘテロ原子を持つオレフィンの重合活性は、エチレンに比べて格段に低いため、得られた共重合体は極性モノマーの含有量や分子量が低いことが課題となっていました。

侯召民グループディレクターらは2017年に、希土類金属と酸素や硫黄などのヘテロ原子との特異な相互作用によって、ヘテロ原子を含むα-オレフィン[2]の重合活性が著しく向上することを明らかにしました注1)。また2016年には、アニソールユニットにあるエーテル基が希土類金属と適切に相互作用することにより、従来の触媒では実現困難なC-H結合官能基化反応が進行することを見いだしています注2)。

そこで、今回はこれらの研究背景を踏まえ、希土類金属触媒を用いたエチレンとアニシル基を持つプロピレン類との共重合反応の開発に取り組みました。

注1)2017年7月22日プレスリリース「機能性ポリオレフィンの合成・制御に成功」
注2)Shi, X.; Nishiura, M.; Hou, Z. C−H polyaddition of dimethoxyarenes to unconjugated dienes by rare earth catalysts. J. Am. Chem Soc., 138, 6147 (2016).

研究手法と成果

共同研究チームは、スカンジウム(Sc)触媒を用いて、エチレン1気圧の条件でアニシルプロピレンとの共重合を行うことにより、1段階で比較的高分子量のポリオレフィンを得ることに成功しました(図1)。構造解析の結果、アニシルプロピレンとエチレンとの交互ユニットに加え、エチレン-エチレン連鎖を持つ構造であることが分かりました。

得られたポリオレフィンは、伸び率約2200%と優れたエラストマー物性を示すだけではなく、自己修復性能を持つことが明らかになりました。外部から一切の刺激やエネルギーを加えなくても、大気中だけではなく(図2上)、水、酸やアルカリ性水溶液中でも自己修復性能を示します(図2下)。

さらに、アニシルプロピレン類の置換基をt-Bu基のような嵩高い置換基に変えることにより、ポリマーの熱物性を制御でき、室温では固いプラスチックとして振る舞い、加熱するとエラストマー物性を示す材料の合成が可能です。この性質を適切に活用し、温度制御を行うことにより、このポリマーが形状記憶材料として機能することが分かりました(図3)。このポリマーを50℃の加熱状態で変形させ、そのまま室温まで冷やすと変形した状態で固まります。続いてこれを50℃に加熱すると速やかに元の形状に戻り、形状固定率および形状回復率は99%で優れた形状記憶特性を発現することが分かりました。さらに、繰り返し変形させた際にも、機能低下は見られませんでした。

さまざまな測定の結果、エラストマー物性や自己修復性および形状記憶特性を発現する理由の一つとして、アニシルプロピレンとエチレンとの交互ユニットが柔らかい成分として働き、エチレン-エチレン連鎖の硬い結晶ユニットが物理的な架橋点として働くことができるネットワーク構造の構築が重要な鍵となっていることが分かりました(図4)。

水素結合やイオン結合などを活用する従来の自己修復性材料は、水中ではそれらの相互作用が弱められるため、うまく機能しないことがあります。しかし、今回開発したポリオレフィンにおけるエチレン-エチレン連鎖の結晶ユニットやアニシルプロピレンとエチレンとの交互ユニットは、水の影響を受けないため、大気中だけではなく、水、酸やアルカリ性水溶液中でも自己修復性や形状記憶特性を発現できる点に大きな特徴があります。

今後の期待

本研究では、希土類金属触媒を用いることにより、極性オレフィンとエチレンとの精密共重合を達成し、乾燥空気中のみならず、水や酸、アルカリ性水溶液中でも自己修復性能や形状記憶性能を示す新しい機能性ポリマーの創製に成功しました。本研究成果は、今後の自己修復性材料の設計・開発にとって重要な指針を与えるものです。

また、今回開発したポリマーは簡便に合成可能であり、置換基の適切な選択によって熱物性および機械物性を制御できることから、さまざまな環境で自己修復可能でかつ実用性の高い新規機能性材料の開発に大きく貢献すると期待できます。

さらに今回の研究は、国際連合が2016年に定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs)」のうち「12.つくる責任つかう責任」に大きく貢献する成果です。

原論文情報

Haobing Wang, Yang Yang, Masayoshi Nishiura, Yuji Higaki, Atsushi Takahara, Zhaomin Hou, “Synthesis of Self-Healing Polymers by Scandium-Catalysed Co-polymerization of Ethylene and Anisylpropylenes”, Journal of the American Chemical Society, 10.1021/jacs.8b13316

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 先進機能触媒研究グループ
グループディレクター 侯 召民(コウ・ショウミン)
(開拓研究本部侯有機金属化学研究室 主任研究員)
特別研究員 ハオビン・ワン(Haobing Wang)
特別研究員 ヤン・ヤン (Yang Yang)
専任研究員 西浦 正芳(にしうら まさよし)
(開拓研究本部侯有機金属化学研究室 専任研究員)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

補足説明

  1. 希土類金属
    元素の周期表で第3族にある、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)と原子番号57のランタン以下のランタノイド族の計17元素のこと。
  2. 極性オレフィン、ポリオレフィン、オレフィン、α-オレフィン
    オレフィンとは、エチレン(CH2=CH2)、プロピレン(C2H4=CH2)、ブテン(C3H6=CH2)などのように、分子内に炭素-炭素二重結合(C=C)を持つ炭化水素化合物のこと。アルケンともいう。α-オレフィンは、炭素−炭素二重結合がα位にある、つまり末端にあるオレフィンのこと。オレフィンをモノマー(単量体)として合成されるポリマー(高分子)を総称してポリオレフィンと呼ぶ。有機化合物における極性とは、結合間で電荷分布に偏りがある場合をいい、偏りがない場合を非極性という。本研究におけるヘテロ原子は、化合物内でマイナスに電荷が偏っている。極性官能基を持つオレフィンを極性オレフィンという。
  3. 精密共重合、共重合
    2種以上の単量体が重合して重合体を生成する反応を共重合といい,このようにして得られた重合体を共重合体という。共重合体の物性は単量体の配列に大きく依存し、この配列を精密に制御して共重合させる反応を精密共重合という。
  4. アニシルプロピレン類
    ベンゼンの水素1個をメトキシ基(–OCH3)に置き換えた化合物(C6H5OCH3)をアニソールといい、これが置換基となる場合は、アニシル基という。このアニシル基を持つプロピレンをアニシルプロピレン類という。
  5. エラストマー物性
    エラストマー(elastomer)とはゴム弾性を持つ工業用材料の総称であり、「elastic(弾力のある)」と「polymer(重合体)」を組み合わせた造語。ゴムのように伸びたり縮んだりする物性をエラストマー物性という。
  6. 水素結合
    電気陰性度の強い二つの原子(N,O,F,Cl,Brなど)の間に水素原子が入ってできる結合。通常の共有結合よりはるかに弱いが、水分子間や生体のDNA二重らせん構造などでみられ、重要な役割をする。
  7. ヘテロ原子
    有機化学の分野で炭素、水素以外の原子のこと。ヘテロとは、「異なる」を意味する古代ギリシア語heterosからきた言葉である。典型的なヘテロ原子としては、窒素、酸素、硫黄、リンなどが挙げられる。

スカンジウム触媒によるエチレンとアニシルプロピレン類の共重合反応の図

図1 スカンジウム触媒によるエチレンとアニシルプロピレン類の共重合反応

酸素原子がスカンジウムイオンへ配位するによって、アニシルプロピレン類の炭素-炭素二重結合の挿入反応が促進され、エチレンとの効率的な共重合を達成した。生成された新しい機能性ポリマーは、アニシルプロピレンとエチレンとの交互ユニットに加え、エチレン-エチレン連鎖を持つ。下段は、アニシル基の置換基をさまざまに変えた場合を示す。

新しい機能性ポリマーの大気中および水中における自己修復の図

図2 新しい機能性ポリマーの大気中および水中における自己修復

上は、大気下試験片をナイフで切断した後、室温で3分程度くっつけて自己修復させてから引っ張った様子、左下は、水中に浸した薄膜をナイフで切った直後の様子、右下は、切断後5分で自己修復により傷がほぼ消えている様子である。

新しい機能性ポリマーの形状記憶特性の図

図3 新しい機能性ポリマーの形状記憶特性

変形前のポリオレフィン(左上)を、50℃のお湯の中で変形させ、そのまま室温で冷やせば変形した形状を保持できる(右上)。これを再び50℃のお湯の中に入れると(左下)、元の形状が速やかに復元される(右下)。見分けやすいように、無色透明なフィルムをインクで黒塗りした。

新しい機能性ポリマーのミクロ相分離構造の模式図の画像

図4 新しい機能性ポリマーのミクロ相分離構造の模式図

アニシルプロピレンとエチレンとの交互ユニットは、柔らかい成分として働き、エチレン連鎖は分子間相互作用によって集まり、固い結晶ユニットを生成する。この結晶成分が架橋点として働くことにより、エラストマー物性や自己修復性を発現する。

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