フェリ磁性体においてスキルミオンホール効果消失を実証

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スキルミオンを利用した高密度磁気メモリの実現へ道筋

2019-01-22  京都大学

小野輝男 化学研究所教授、Duck-Ho Kim 同研究員、平田雄翔 同博士課程学生らの研究グループは、Yaroslav Tserkovnyak カリフォルニア大学教授、Se Kwon Kim 同博士研究員(現・ミズーリ大学助教)、Kyung-Jin Lee 高麗大学校教授、Sug-Bong Choe ソウル大学校教授、塚本新 日本大学教授らと共同で、フェリ磁性合金ガドリニウム・鉄・コバルト(GdFeCo)と非磁性重金属プラチナ(Pt)から成る二層膜を用いて、スキルミオンホール効果がフェリ磁性体の角運動量補償温度において消失することを実証しました。

スキルミオンは、外部の擾乱に対して安定であり、非常に小さく、低閾電流密度で駆動可能であるなど、磁気記録媒体として理想的な性質を有しています。しかしながら、スキルミオンホール効果の存在によりその磁気メモリへの応用は困難であるとされてきました。

本研究成果は、スキルミオンを利用した超高密度な磁気記録素子や論理回路の実現へ向けた道筋となることが期待されます。

本研究成果は、2019年1月22日に米国の科学誌「Nature Nanotechnology」のオンライン版に掲載されました。

フェリ磁性体においてスキルミオンホール効果消失を実証

図:本研究の概要図

書誌情報

【DOI】https://doi.org/10.1038/s41565-018-0345-2

Yuushou Hirata, Duck-Ho Kim, Se Kwon Kim, Dong-Kyu Lee, Se-Hyeok Oh, Dae-Yun Kim, Tomoe Nishimura, Takaya Okuno, Yasuhiro Futakawa, Hiroki Yoshikawa, Arata Tsukamoto, Yaroslav Tserkovnyak, Yoichi Shiota, Takahiro Moriyama, Sug-Bong Choe, Kyung-Jin Lee & Teruo Ono (2019). Vanishing skyrmion Hall effect at the angular momentum compensation temperature of a ferrimagnet. Nature Nanotechnology.

日刊工業新聞(1月22日 29面)に掲載されました。

詳しい研究内容について

フェリ磁性体においてスキルミオンホール効果消失を実証
―スキルミオンを利用した高密度磁気メモリの実現へ道筋―
ポイント
● フェリ磁性合金ガドリニウム・鉄・コバルト(GdFeCo)薄膜の角運動量補償温度において、スキルミオン ホール効果が消失することを実証しました。
● 磁気スキルミオンの研究に広く用いられている強磁性体の替わりにフェリ磁性体を用いることで、磁性体 の角運度量とスキルミオンホール効果の関係を明らかにしました。
● 本成果は、これまでスキルミオンホール効果の存在のために困難であった、スキルミオンを用いた超高密 度な磁気記録素子や論理回路の開発につながる先駆的研究です。概要
京都大学化学研究所 小野輝男 教授、Duck-Ho Kim 同研究員、平田雄翔 同博士課程学生らの研究グループ は、カリフォルニア大学 Yaroslav Tserkovnyak 教授、Se Kwon Kim 同博士研究員(研究当時、現:ミズー リ大学助教)、高麗大学校 Kyung-Jin Lee 教授、ソウル大学校 Sug-Bong Choe 教授、日本大学 塚本新 教授 らと共同で、フェリ磁性合金ガドリニウム・鉄 ・コバルト(GdFeCo)と非磁性重金属プラチナ(Pt)から成る二層 膜を用いて、スキルミオンホール効果注 1 がフェリ磁性体の角運動量補償温度注 2 において消失することを実証 しました。スキルミオンは、外部の擾乱に対して安定であり、非常に小さく、低閾電流密度で駆動可能である など、磁気記録媒体として理想的な性質を有しています。しかしながら、スキルミオンホール効果の存在によ りその磁気メモリへの応用は困難であるとされてきました。このため本成果は、スキルミオンを利用した超高 密度な磁気記録素子や論理回路の実現へ向けた道筋となることが期待されます。
本研究成果は、2019 年 1 月 22 日に米国の科学誌「Nature Nanotechnology」にオンライン公開されまし た。

1.背景
1960 年代に素粒子物理学の分野で導入されたスキルミオンと呼ばれる準粒子が、近年、磁性体中で観測さ れ、注目を集めています。このスキルミオンは、図 1(a)に示すように磁気モーメントが捻じれてあたかも一つ の渦のようになった構造を持ち、全体で一つの粒子のように振る舞います。スキルミオンは、直径が数 10 nm から 1 µm 程度と非常に小さく、またその粒子性から磁性細線中の欠陥サイトを避けて進むことができるため、 非常に低い電流密度で駆動することが可能です。このため、図 1(a)に示すようなレーストラック型の磁気記録 素子(スキルミオンレーストラックメモリ)や論理回路などが考案され、超高密度、低消費電力の磁気メモリと して注目を集めています。スキルミオンレーストラックメモリとは、磁性体でできた細線(レーストラック)中 のスキルミオンを、電流が起こすスピントルク効果注 3によって駆動させ、情報の書き込み・読み出しをおこな うものです。しかしながら、スキルミオンをスピントルク効果で駆動する際に、スキルミオンの軌道が電流印 加方向と垂直な方向に曲げられるスキルミオンホール効果が存在します。この効果のためにスキルミオンがレ ーストラックの端に到達して消滅してしまうという問題がありました。この問題は、スキルミオンを利用した 磁気メモリの実現に向けた大きな障害となっていました。


図1: (a) スキルミオンレーストラックメモリと磁気スキルミオン。スキルミオンレーストラックメモリとは磁性細線 中の磁気スキルミオンをスピントルクによって駆動することにより動作する磁気記録素子であり、スキルミオンの有無 がメモリの(“0”、“1”)に対応している。不揮発、高密度、低消費電力な次世代のメモリとして注目を集めている。
(b) スキルミオンホール効果の概略図。トポロジカル数注 1 に応じて電流印加方向と垂直な方向に力を受け、軌道が曲 げられる。この効果のために、スキルミオンが細線の端に追いやられてしまう。

2.研究手法・成果
本研究では、フェリ磁性合金ガドリニウム・鉄・コバルト(GdFeCo)層にスピントルク効果によりスキル ミオンを駆動するためのプラチナ(Pt)層を接合した薄膜を用いました。図 2(a)のように、この薄膜に生成した 円形磁区が電流によって拡大する様子を、磁気光学カー顕微鏡注 4 を用いて観察しました。その結果、図 2(b)  のように、円形磁区が電流印加方向に対して斜めに拡大していく様子が観測されました。さらに、磁区の磁化 方向を反転させたところ、磁区の拡大方向 (赤点線)と電流方向 (黒点線)の間の角度(θ)が反転することが 分かりました。これは、ハーフスキルミオンによってスキルミオンホール効果が生じていることを示しており、 磁区の反転によってトポロジカル数 Q の符号が反転するため、スキルミオンホール効果によって押しやられ る方向 (スキルミオンホール角)が逆になることを意味しています。次に、この角度θの温度依存性を調査し たところ、これが角運動量補償温度において 0 になり、角運動量補償温度を境にその符号が反転することが分 かりました(図 2(c)、図 3(a))。
本測定結果を説明するため、図 3(b)に示すように、円形磁区を二つの半円形のハーフスキルミオンおよびそ の間の長方形磁区とみなし、右側のハーフスキルミオンは素子加工によるダメージのため一点に固定されてお り、左側のハーフスキルミオンがスキルミオンホール効果により軌道を曲げられながら駆動されるというモデ ルを立てました。このモデルのもとで、スキルミオンホール角を異なる角運動量の下でシミュレーションした 結果、図 3(c)に示すように、スキルミオンホール角がトポロジカル数 Q (=±1/2)だけでなく、GdFeCo の磁 化が持つ角運動量(すなわち温度)にも依存することが分かりました。図 3(c)のシミュレーション結果が図 3(a)の実験結果とよく一致しており、本測定の実験結果がシミュレーション及び理論的な解析によって定性的 によく再現されることが分かりました。したがって、これらの観測結果によって、スキルミオンホール角がト ポロジカル数だけでなく磁化が持つ角運動量にも依存すること、さらに角運動量補償温度においてスキルミオ ンホール効果が消失することが実証されました。これまでスキルミオンのデバイス応用における課題であった スキルミオンホール効果が無くなるので、この成果はスキルミオンを用いた次世代の磁気デバイスの開発につ ながるものであると期待されます。


図2: (a) 磁気光学顕微鏡を用いた、スキルミオンホール角測定の概略図。パルス電流印加前後における磁区構造の変 化を、磁気光学顕微鏡を用いて観察することにより、スキルミオンホール角を測定した。(b) 電流印加による磁区拡 大の様子。上向き磁区(白)と下向き磁区(黒)で拡大方向が異なる。(c) 各温度における磁区拡大方向の様子。角運動量 補償温度近傍(~283 K)を境に、磁区の拡大方向が電流方向に対して反転する様子が確認された。


図3:: (a) スキルミオンホール角の温度依存性。角運動量補償温度(~283 K)を境に符号が変化することが分かる。(b) ハーフスキルミオンと長方形の磁区からなるシミュレーションモデルの概略図。(c) スキルミオンホール角の角運動量 密度依存性のシミュレーション結果。

3.波及効果、今後の予定
本研究チームが明らかにしたスキルミオンホール角および磁化が持つ角運動量との関係から、角運動量が補 償している材料ではスキルミオンホール効果が消失することが明らかとなりました。スキルミオンを利用した 磁気記録素子の実現に向けて、磁性体中のスキルミオンを精確に制御することは重要な研究課題であり、スキ ルミオンホール効果の消失を実証した本成果がその一助となることを期待しています。

4.研究プロジェクトについて
本研究の一部は、科研研究費補助金「特別推進研究」、「新学術領域研究:ナノスピン変換科学」、スピント ロニクス学術研究基盤連携ネットワークの助成を受けて行われました。

<用語解説>
注 1 スキルミオンホール効果 スキルミオンは電流によって駆動される際、あたかも磁場中を進行する荷電粒 子の軌道がホール効果によって曲げられるように、そのトポロジカル数 Q に応じて軌道が電流印加方向と垂 直な方向に曲げられることが知られている。これをスキルミオンホール効果と呼ぶ。トポロジカル数 Q とは、 スキルミオンの磁化の捻じれ方に応じて決まる離散的な値であり、通常のスキルミオンでは Q=±1、ハーフス キルミオンではその半分の Q=±1/2 となる。
注 2 角運動量補償温度 フェリ磁性体中では、大きさの異なる磁気モーメントが反対方向を向いて整列してい る。本研究で用いたフェリ磁性体 GdFeCo においては、温度変化に応じて Gd 及び Fe、Co の磁化が持つ角運 動量の大きさが変化する。このため、Gd 磁化の角運動量と Fe、Co 磁化の角運動量の大きさが等しくなると、 全体としての角運動量の和がゼロになる。この温度を角運動量補償温度と呼ぶ。
注 3 スピントルク効果伝導電子が持つスピン角運動量が磁気モーメントに直接作用することによって生じ る、磁気モーメントを回転させる力(トルク)のこと。
注 4 磁気光学カー顕微鏡 磁性体に直線偏光を入射すると、磁化の向きに応じて反射光の偏光面が変化する。これを磁気光学カー効果(Magneto-optical Kerr effect)と呼ぶ。磁気光学カー効果を利用して磁性体の磁化 方向の観察を行う顕微鏡を磁気光学カー顕微鏡と呼び、磁性薄膜の磁区(磁性体中で磁化が同じ向きに揃った 領域)観察に用いられる。

<研究者からのコメント>
今回フェリ磁性体の角運動量補償温度でスキルミオンホール効果が消失することを示すことが出来ました。ス キルミオンデバイス実現への大きな一歩といえますが、角運動量補償温度という特別な温度のみでの現象です。 今後は反強磁性体におけるスキルミオン生成とその動的制御に取り組みたいと思います。

<論文タイトルと著者>
タイトル:Vanishing skyrmion Hall effect at the angular momentum compensation temperature of a ferrimagnet(フェリ磁性体の角運動量補償温度におけるスキルミオンホール効果の消失)
著 者:Yuushou Hirata, Duck-Ho Kim, Se Kwon Kim, Dong-Kyu Lee, Se-Hyeok Oh, Dae-Yun Kim, Tomoe Nishimura, Takaya Okuno, Yasuhiro Futakawa, Hiroki Yoshikawa, Arata Tsukamoto, Yaroslav Tserkovnyak, Yoichi Shiota, Takahiro Moriyama, Sug-Bong Choe, Kyung-Jin Lee, and Teruo Ono
掲 載 誌:Nature Nanotechnology

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