大質量星に照らされた天空のカーボン・チェーン工場 〜高温領域で形成される「炭素鎖分子」の発見〜

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2021-02-24 国立天文台

概要
宇宙空間には水やアンモニアなどの分子が存在し、現在までに200種類以上が発見されています。その中には、地球上で天然には存在しないものもあります。 このような宇宙特有の分子の中に、複数の炭素原子が直線状に連なった「炭素鎖分子」と呼ばれるグループがあります。炭素は分子の骨格を形作る重要な元素であり、 有機分子にとっては必須のものです。そのため、炭素を多く含む「炭素鎖分子」の研究は、星形成領域で起こる化学反応を解明する上で重要です。 これまでにも「炭素鎖分子」の研究には野辺山45m電波望遠鏡が活躍してきています。星が生まれる前の低温環境だけでなく、 低質量星が誕生する暖かい環境でも「炭素鎖分子」が形成されることを発見してきました。
学習院大学の谷口琴美助教を中心とした国際的な研究グループは、太陽より8倍以上の質量をもつ大質量星が誕生する領域における「炭素鎖分子」に着目しました。 このような大質量星が誕生している周辺環境の調査は、未だに謎である大質量星形成に関して大きなヒントを与えることになります。
研究グループは、「炭素鎖分子」であるエチニルラジカル(CCH)とシアノジアセチレン(HC5N)との存在量について、野辺山45m電波望遠鏡を用いて、 詳細な調査を実施しました。その結果、これまでに知られていた環境での「炭素鎖分子」形成ではなく、 より高温の領域において「炭素鎖分子」が形成されていることを発見しました。この発見により、 大質量星が誕生している領域における化学反応の理解が大きく進むことが期待されます。

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大質量原始星周辺の高温領域おける炭素鎖分子の空間分布のイメージ

研究背景
現在までに宇宙空間で検出されている200種類以上の分子の中には、地球上では天然には存在しない宇宙空間特有の分子があります。 そのなかには、複数の炭素原子が直線状に連なった「炭素鎖分子」と呼ばれるグループがあります。炭素は分子の骨格を形作る重要な元素であり、 有機分子にとっては必須のものです。そのため、炭素を多く含む「炭素鎖分子」の研究は、星形成領域で起こる化学反応を解明する上で重要です。 「炭素鎖分子」に関する研究には、野辺山45m電波望遠鏡が活躍してきました。古典的には、 炭素鎖分子は星が生まれる前の低温 (~10 K ≈ −263 ℃)環境下で豊富にあると知られていました。 その後、低質量原始星1 周辺の25〜35 K(≈ −248〜−238 ℃)程度の暖かい領域で炭素鎖分子が再生成されていることを発見し、 「暖かい炭素鎖分子の化学」と名付けられました。 太陽の8倍以上の質量をもつ大質量星は集団的に星が誕生している領域内で生まれますが、 最近の研究では太陽系もそのような環境下で誕生したという証拠が見つかっています。そのため、 太陽系内の隕石や彗星から見つかっているアミノ酸などの有機分子の形成過程を解明するためには、 大質量星形成領域における化学反応を調べることが重要です。しかし、炭素鎖分子の化学に関する研究は、大質量星形成領域では遅れていました。

研究内容・成果
学習院大学の谷口琴美助教を中心とした、バージニア大学(アメリカ)、マックス・プランク地球外物理学研究所(ドイツ)、国立科学教育研究所(NISER)(インド)、国立天文台、東京学芸大学、大妻女子大学などの研究グループは、 国立天文台の野辺山45m電波望遠鏡を用いて、3つの大質量原始星(G12.89+0.49, G16.86-2.16, G28.28-0.36)周辺 にあるエチニルラジカル(CCH)の観測を行いました。一方、先行研究にて、野辺山45m電波望遠鏡とアメリカのグリーンバンク100m電波望遠鏡を用いて、 シアノジアセチレン(HC5N)の観測を行っていました。そこで、今回のCCHの結果と先行研究のHC5Nの結果を組み合わせることによって、 3つの大質量原始星周辺におけるCCHとHC5Nの存在量比(CCH/HC5N比)を導出しました。その結果は、3天体とも約15の値となりました。 これを化学反応ネットワークシミュレーションによるモデル計算と比較すると、85 K(≈ −188 ℃)の時の値と一致します(図1)。 比較のために低質量原始星 L1527のCCH/HC5N比も導出しました。この天体は「暖かい炭素鎖分子の化学」が起こっている典型的な天体として知られています。 その天体の値は625程度となり今回観測した大質量原始星周辺と大きく異なります。モデル計算の結果と比較すると35 K(≈ −238 ℃)での値となりました。 以上の結果から、大質量原始星周辺では、低質量原始星周辺とは大きく異なり、高温領域に炭素鎖分子が存在することが示されました。 これは今まで知られていた炭素鎖分子とは異なる新しいタイプの炭素鎖分子の形成と言えるでしょう。 今までは、大質量原始星周辺ではメタノール(CH3OH)などの水素原子が多く付加した有機分子が多いことが知られていましたが、 本研究結果から炭素鎖分子が効率的に生成されている天体もあることが示され、大質量原始星周辺での化学的多様性の存在が明らかになりました。

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今後の展望
今後は、非常に視力の良い、南米チリにある超大型電波干渉計であるアルマ望遠鏡などを用いて、 大質量原始星周辺での高空間分解能観測を行うことにより、炭素鎖分子の詳細な空間分布や化学的性質を調査する予定です。 大質量原始星周辺の化学的多様性は、大質量星が誕生する環境や形成過程の多様性を反映すると考えらます。 その多様性の起源を解明することは大質量星の形成過程を解明するヒントになる重要な研究テーマと言えるでしょう。

この研究成果は、Taniguchi et al. “Carbon Chain Chemistry in Hot-Core Regions around Three Massive Young Stellar Objects Associated with 6.7 GHz Methanol Masers” として、2021年2月に出版された”The Astrophysical Journal”に掲載されました。

研究メンバー・研究論文
谷口 琴美(学習院大学 理学部 物理学科)
Eric Herbst (University of Virginia)
Liton Majumdar (National Institute of Science Education and Research)
Paola Caselli (Max-Planck-Institute for Extraterrestrial Physics)
Jonathan C. Tan (University of Virginia / Chalmers University of Technology)
Zhi-Yun Li (University of Virginia)
下井倉 ともみ(大妻女子大学)
土橋 一仁(東京学芸大学)
中村 文隆(国立天文台 科学研究部)
齋藤 正雄(国立天文台 TMTプロジェクト)
Taniguchi et al., “Carbon Chain Chemistry in Hot-Core Regions around Three Massive Young Stellar Objects Associated with 6.7 GHz Methanol Masers” The Astrophysical Journal, 908:100 (12pp), 2021 (doi:10.3847/1538-4357/abd6c9)

1. 太陽と同程度の質量の若い星

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