過去3年にわたる連続的な調査結果から
2019-01-18 日本原子力研究開発機構
【発表のポイント】
- 河川水中の放射性セシウム濃度は1リットルあたり1ベクレルを下回っていることが各種モニタリング結果から判明しているが、その範囲内で具体的にどのように濃度が変化しているかは明らかになっていなかった。
- 平成27年4月から平成30年3月までの継続調査の結果、事故から7年経過した現在も、河川の放射性セシウム濃度は減少し続けていることが分かった。
- その減少速度はセシウム137の物理的半減期による減少速度のおよそ10倍である。
- この結果は、陸上に沈着した放射性セシウムが時間とともに地中に移動することによって、河川へ流出しにくくなっていることを示唆している。
- 河川を利用するにあたっての安全・安心に貢献するため、今後も観測を続けていく。
図1 太田川と請戸川で観測された河川の溶存態セシウムと懸濁態セシウムの濃度変化
実線は濃度の減少を指数関数で近似したときの結果を、破線は物理的な半減期による減少を示す
【概要】
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 (理事長 児玉敏雄、以下、「原子力機構」という)福島研究開発部門 福島研究開発拠点 福島環境安全センター 放射線監視技術開発グループの中西貴宏研究副主幹らは、福島県南相馬市の太田川、同浪江町の請戸川における平成27年春から3年間にわたる毎月の調査によって、東京電力ホールディングス株式会社福島第一原子力発電所(以下「1F」)の事故に由来する河川水中の放射性セシウム濃度が、事故後4~7年経過しても減少し続けていることを明らかにしました (図1) 。
河川水に含まれている放射性セシウムには、水に溶けているセシウム(「溶存態セシウム」)と河川水中に浮遊している土の粒子に付着しているセシウム(「懸濁態セシウム」)がありますが、どちらのセシウム137濃度も、平成27年4月から平成30年3月にかけて、物理的な半減期(30年)のおよそ10倍の速度で減少していました。また、夏期には溶存態セシウムの濃度が高くなりますが、年がたつにつれてその上昇幅は小さくなっていきました。本研究の結果は、河川を通じた放射性セシウムの移動の実態解明、将来予測につながることが期待されます。
本研究成果は、環境科学の専門誌である「Chemosphere」に掲載されました。
【研究の背景と目的】
1Fの事故に由来する放射性セシウムは、河川を通じて移動しています。環境省の調査によると、河川水中の放射性セシウム濃度は現在、1リットルあたり1ベクレル未満と、通常の検査手法では検出できない濃度となっていますが、一方、放射性セシウム濃度が事故以来どのように変化しているかについては明らかではありませんでした。しかし、一部の淡水魚で基準値を超えるものが現在もみられ、今後の見通しを得るためには、放射性セシウム濃度とその変化を正確に把握しておく必要があります。チェルノブイリ原子力発電所事故後のウクライナの河川では、セシウム濃度が減少する速度は年月の経過とともに遅くなっていることが報告されています。そのため、継続的な放射性セシウム濃度の観測が自治体や農水関係者から望まれていました。
本研究では、事故後4~7年の3年間、検出限界を下げて毎月の放射性セシウム濃度を精密に観測し、その時間変化を明らかにしました。
図2 調査を行った太田川と請戸川の観測地点(図中)
【研究の手法】
本研究は、平成27年4月から平成30年3月までの3年間、福島県南相馬市の太田川と同浪江町の請戸川で行いました(図2)。毎月定期的に採取した河川水を、ろ紙(孔径0.45 μm)を用いて分類し、ろ紙上の土の粒子に含まれるセシウムを「懸濁態セシウム」、ろ液に含まれる水に溶けているセシウムを「溶存態セシウム」としました。「溶存態セシウム」は植物に吸収されやすいことが知られています。それぞれの形態の放射性セシウム濃度を、ゲルマニウム半導体検出器を用いた核種分析によって測定しました。溶存態セシウムについては、当初はろ液をそのまま測定していましたが、濃度が低下してきたことから、平成28年4月以降は、より精度が高い産業技術総合研究所・日本バイリーンが開発した亜鉛置換体プルシアンブルー担持不織布カートリッジを用いて回収・濃縮したものを測定しました。
【得られた成果】
太田川と請戸川で観測された溶存態セシウムと懸濁態セシウムの濃度は、どちらも時間とともに減少している傾向が観測されました(図1)。調査結果を指数関数で近似すると、セシウム濃度の半減期は、太田川ではそれぞれ2.2(±0.6)年と1.5(±0.3)年、請戸川ではそれぞれ3.3(±0.7)年と2.1(±0.5)年と推定されました。セシウム137の物理的な半減期は30年なので、およそ10倍の速度で減少していることが明らかになりました。この結果は、陸上に沈着した放射性セシウムが時間とともに地中に移動することによって、河川へ流出しにくくなっていることを示唆しています。
また、溶存態セシウム濃度は、水温の上昇とともに増加していることも分かりました。落葉落枝や土壌の有機物が分解される時にそれらに付着していた放射性セシウムが溶出するため、分解が活発になる夏期に濃度が高くなったと推測されます。しかし、その増加幅が年々小さくなっていることから、これらの溶出の影響は少なくなっていくと考えられます。
【波及効果と今後の展開】
本研究で得られた成果は、河川の放射性セシウム濃度について、今後の中長期的な評価に用いることができる重要な知見となります。一方で、チェルノブイリ原子力発電所事故の経験から、濃度の変化について今後も注視していく必要があります。今後も観測とその結果の解析を継続することで、福島の河川における放射性セシウムの移動の実態を明らかにするとともに、河川を利用するにあたっての安全・安心に貢献できると考えています。
【書誌情報】
雑誌名:「Chemosphere」Vol.215 Page272-279 (2019)
論文タイトル:Trend of 137Cs concentration in river water in the medium term and future following the Fukushima nuclear accident
著者名:T.Nakanishi, K.Sakuma
所属:日本原子力研究開発機構
DOI:10.1016/j.chemosphere.2018.10.017